【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第三部 最終話

15 リーゼのチェンバロ演奏

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 戻ってから師匠たちに今晩誘われたことを話すと、夕餉のあとギュルダン氏も誘ってみんなで行こうということになった。

 師匠たちを案内して、昼間に立ち寄った店にやってきた。といってもギュルダン氏も知っていたから、ディーノが案内しなくても辿り着けていたはずだけれど。

 扉を開けると、フルートの音が聴こえた。優しい音色だ。

 左に十席弱のカウンター席があり、壁の棚に瓶や樽が置いてある。カウンターの中に男性が一人いて、入店中のディーノたちに顔が向けられた。

 白髪の混じった髪を丁寧に撫でつけ、上顎には整えられた髭。着ているものに清潔感がある。こくりと顔を傾けたのは、ギュルダン氏がいたからだろう。

「いらっしゃい。お好きなお席へどうぞ」

 促され、一行は右手のテーブル席についた。

 エールやワインを注文し、店の奥に目をやる。

 ギュルダン氏が蒐集した楽器に比べると数は少ないけれど、チェンバロやリュート、ハープやニッケルハルパが置いてあり、楽器に囲まれるように中央で男性が一人フルートを奏でている。

「お待たせしました」

 注文しておいたお酒がつまみと一緒にテーブルに並んだ。乾杯ののち、ちびりちびりやりながら流麗な笛の音に耳を傾ける。

 店内には四組ほどの先客がいた。たまに店主と話をしながら一人で呑んでいる人。連れと呑んでいる人。酒屋や飯屋にありがちな喧騒はなく、どの客も音楽を聴きながらしっとりと杯を傾けている。

 フルートの独唱が終わり、男性が頭を下げると、お客はみんな拍手をした。

 音楽がなくなると、ざわざわと潜ませた人の声だけが店内にあった。

 少しして、舞台に男性が現れた。リーゼだった。

 お客に向けて頭を下げると、チェンバロの前に座った。

 一呼吸つくと、鍵盤を押さえた。金属質な音色が店内に響く。

 チェンバロには音の強弱がない。音色は常に一定。反響もあまりない。代わりに速度に緩急をつけ、音に表情をつけていく。

 ゆっくりと弾いていたかと思うと、ときおりトリルを加えたり、畳み掛けるように指を動かしたり。

 右手で主旋律を、左手が沿うように副旋律を奏でる。たまに腕を交差させ、右端から左端まで鍵盤の上を指が自由に動き回る。

 教会音楽とはまた違って、華やかで叙情的に歌い上げていく。

 いい演奏だった。やたら才能にこだわり自分を卑下しているから、よほど演奏に自信がないのかと思っていたが、彼の演奏技術は確かだった。長い間先生の元で積んできた、努力と研鑽の成果はしっかりと身についている。十分にソリストとしてやっていける腕前なんじゃないかと思った。

 ディーノは耳を向けながら、師匠の顔を盗み見た。

 師匠は杯を傾けつつ、顔は舞台に向いている。その表情は悪くない。

 ではなぜ貴族の受けが良くないのか考えてみた。

 貴族たちは幼い頃から一流の演奏のみを聴いてきて、耳が肥えている。それゆえ比べて聴くのだろう。だからそれ以上の演奏ができないと評価につながりにくいのかもしれない。

 それに、彼らは聴いた音楽をイメージして語り合うのが好きだ。ディーノもよく訊かれる。あの曲の主人公はどんな方? どんな背景? といいった具合に。

 ディーノは必ずイメージを大切にしながら弾いているから質問をされても困ったことはないし、それが当たり前だと思ってきた。

 しかしリーゼの演奏は、何のイメージも湧かなかった。それがチェンバロのためだけの曲でも、作曲者は人物なり場所なり状況なりを膨らませて曲にしているのだから、そこに想像がないわけがないのだ。

 リーゼの演奏が貴族に評価されないのはリーゼ自身のイメージ不足が、あるいはそれが伝わらないのが原因なのかもしれない。

 けれど、すべての演奏家がそういう演奏をしないといけないわけでもない。技術で惹きつけるのもその人の才能のひとつだと思う。

 それほど、リーゼの演奏は素晴らしかった。
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