【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希

文字の大きさ
上 下
113 / 157
第三部 最終話

14 リーゼ

しおりを挟む
 三曲合奏した後、昼餉の頃合になったので、全員で食事をとり、それから解散となった。

 師匠とギュルダン氏はセルパンとツインクの二人を伴い、楽器部屋に戻り、クルムホルンの師弟は帰った。

 ディーノはリーゼに誘われ、外に出た。当てもなく、ぷらぷらと歩く。

 清々しい陽気にあてられ、少し欠伸が出る。

「眠そうだね」

「今朝早く起きたから」

「教会のあれ、見たの?」

「ああ。すごかった。天国ってあんな感じなのかと思ったよ」

「はは。天国だと思ったんだ。たしかにすごく幻想的だよね。この世のもとはちょっと思えないぐらい」

「ああ。驚いたよ。驚いたと云えば、あんたがここにいることもびっくりしたけどな」

「僕も、まさかこんな田舎町で会うとは思ってもいなかった」

「貴族の音楽会でなら合う可能性はあっただろうけどな」

 リーゼが何も云わないので、ディーノも口をつぐんだ。二人で黙々と坂道を下る。

 ふりにリーゼが口を開いた。

「実はさ、僕、一年前に弟子を辞めたんだ。」

「ここにいるってことは、そうなんだろうなとは思ったよ」

「やっぱりわかるよね。これでもさ、貴族の前で演奏させてもらえたんだよ。小さなサロンだったけど。称賛なんてほど遠いものだった。一応拍手はしてもらえるけど、社交辞令とわかるものだった。違いがわからなくて、先生に頼んで練習時間を増やしてもらったし、アドバイスもたくさんしてもらった。曲の解釈を深く追求したし、いろんな楽器の演奏を聴いた。僕に何が足りないのか、いろんな方向から考えて考えて考えて――」

 思い出しているのか、リーゼはいったん口を閉じた。

 ディーノは彼の演奏する光景を想像してみた。音楽会で、あるいは練習で。しかし上手くいかなかった。それもそのはずで、彼の独奏をまだ聴いたことがなかったのだ。

 再びリーゼは話しだす。

「だけど、評価は上らなかった。違いはわからないまま。出来る限りのことはした。華やかな世界は僕には合わないんだ。それがわかって、すっぱり諦められた。僕のレベルじゃ、宮廷音楽家どころか、演奏家として独り立ちするのも難しいんだなって。結局、実家に帰ってきた。音楽教師の仕事をもらって、今は小さい子供たちに教えてるんだ。少し前にここの教会がオルガン奏者を新しく探してるって知って、先代のギュルダン氏と父親が知り合いだった縁で雇ってもらえたんだ。それでわかったんだ。僕がメインの演奏より、補助的な演奏のほうが向いてるって」

「後悔はない?」

「ない。やっと自分の音楽が見つかったんだ」

 ディーノの問いかけに、リーゼははっきりと頷いた。

「そうか。オレはそういう音楽はただ消費されるだけで、何も残らないと思ってた。オレはあとから思い出してもらえるような印象に残る演奏をしたいと思ってる」

「うん。それが君の音楽なんだろうね。君も、君のお師匠の演奏も、すごく印象に残るよ。人の気持ちを動かせるような演奏ができるのが理想だけど、全員ができるわけじゃないんだよ。僕がそうであるように」

「挫折して諦めて逃げたうえで選んだのが今の音楽なら、音楽が可哀想だけど、ちゃんと納得して楽しんで音楽ができてるんなら、それはリーゼの音楽だから。良かったよ。あんたの音楽が見つかって」

「あ。初めて名前呼んでくれた。嬉しいな」

 リーゼがにこっと笑ったので、ディーノは恥ずかしくなった。

「やめろよ。気持ち悪い」

「あはは。実は君を外へ連れ出したのは、ここを教えたかったからなんだ」

 そう云ってリーゼが足を止めたのは、一軒の店の前だった。

「ここ? 飯屋?」

 もう昼をとっくに回っている。しかし店は閉まっていた。中を覗くと、カウンターの奥の棚に瓶やら樽やらがたくさん見えた。

「ここはお酒がメインのお店なんだけどね。月に数回演奏をさせてもらってるんだ。ご亭主が音楽とお酒が好きで、演奏を聴きながらお酒と軽い食事ができるお店なんだよ。地元の音楽好きが集まって、けっこう繁盛しているんだよ。今夜演奏するから、お師匠さんたちと一緒に来てよ。なんなら飛び入り参加もできるよ」

「ここで演奏してるんだ」

 メインが別のもので、消費されるだけの音楽。けれども、それが自分の音楽だというリーゼ。ディーノは少し戸惑っていた。自分の見方は狭いのだろうかと。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

処理中です...