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第三部 最終話

7 (イレーネ目線)

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「おはよう。イレーネちゃん」

「おはようございます」

「これ。直るかね」

「けっこう破けちゃってますね」

「継ぎはぎでも何でもいいからさ、どうにか着られるようにしてくれないかい」

「ええ。大丈夫です。お任せください」

「よろしく頼んだよ」

「いつもありがとうございます」

 朝一番で来たお客に頭を下げて見送ると、お客の名前を書いた薄い木札をぶら下げるように縫いつけ、職人に仕立て直してもらうため、仕事用の棚に置いた。

 街には裁縫が苦手な女性が以外と多く、仕立て直し屋には古くなった服や破れた服が次々と持ちこまれる。

 字が読めるイレーネはお客の対応を任されている。職人の中には仕事は出来るけれども、字は読めないという者も多数いた。

 手が空くと、職人の邪魔にならないような場所で繕い方の勉強をしたり手伝ったりしている。

 ここの仕立て直し屋で世話になって一年半が過ぎた。ご主人から店を引継いだ女主人はロゼッタのような気さくな人物であったお陰で、男性が多い職人の中でも何とかやっていけた。

 時々街にやってきたリノとロゼッタも、ここへ顔を出してくれるし、近くはないのにロマーリオもよく顔を見せてくれる。街の勝手がわからなくて数ヶ月は戸惑ったけれど、今は馴染めていると思う。少なくともイレーネは住み慣れたつもりだった。

 オルッシーニ男爵の屋敷がある街と違って、このパレルの街はとても活気があった。思っていたより大きな街だったので、初めて来たときはかなり驚いたけれど。

 しっかりとした壁が街をぐるりと取り囲み、門には警備の兵が立っている。たまに出入りをする人間を捕まえて、荷物の検めをしている。

 街では年に数回祭りが行われる。住人はここぞとばかりにハメを外して呑んだくれたり、踊ったり。毎日のようにごったがえしている酒屋の雰囲気が街中にも溢れ、そのときばかりは少し怖いので、いつも誰かと一緒に帰るようにしている。

 ロゼッタはイレーネの一人暮らしを赦してくれなくて、ロゼッタの実家の一部屋を間借りさせてもらうことになった。お給料は多くはないけれど、独り立ちの証として、家賃はきちんと支払っている。

 実家にはロゼッタの両親、兄夫婦とその子供たちが住んでいるので、家事も積極的に手伝っている。どんなに仕事で疲れていても、できるだけそれを理由にすることは避けた。信用を得るには多少の無理が必要。そう心に刻み込んでいるので、居心地が悪いわけではないけれど、まだ気が休まる場所とはいえなかった。

 そんなとき、ディーノの手紙がイレーネの心の拠り所になった。四通目の手紙が街へ来る直前に届いた。ディーノの頑張る姿が想像できて、自分も頑張ろうと思ったのだ。

 ときどき郵便会社に赴いて、手紙が来ていないか確認をするのが楽しみでもあった。

 五通目はまだ来ていないけれど、ディーノが少し近くなったような気がして、嬉しくなった。
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