【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第三部 最終話

5 ディーノの音楽

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 オレこういうの好きだな。

 食事のときの演奏は物足りなかった。メインは食事なのだから選曲は間違ってはいない。けれど音楽が消費されているように思えた。まるで飲み物や食べ物が喉を通り、胃に流されて消化され、腸へと至り排泄されてしまうように。後には何も残らない。食べ物は栄養になるというのに。

 音楽は何度聴いても飽きのこない、そして聴くたびに新しい発見があり、同じ曲でも人によって変わる。どきどきと胸が脈打ち、わくわくして期待に胸を膨らませる。まるで恋をしているような。ディーノにとって音楽は、そんな存在だった。

 ただただ消費されるだけなんてもったいない。聴いた演奏を何度でも思い返して欲しい。そしてまた聴きたいなと思って欲しい。

 自分はそういう演奏をしたい。できるようになりたい。

 大道芸の演奏を久しぶりに聴いて、自身の演奏を振り返ってみた。

 リュートを始めて手に取って、音を出してみたとき。

 リノに借りたリュートで、本格的に練習を始めたとき。

 とても難しかったけれど、挫けそうな心を叱咤して練習を続けたとき。

 練習を重ね、少しずつ上手くなっていると実感したとき。

 集落のみんなの前で演奏をして、絶賛されたとき。

 師匠と演奏をしたとき。

 貴族の前で演奏をしたとき。

 回数を重ねるごとに、成長できている自覚はある。

 褒められれば嬉しい。それによる報酬を得られる喜びもある。

 けれど、どれだけ賞賛を浴びようと、一番に嬉しかったことに取って代わるほどの喜びはまだない気がする。

 集落の人たちに初めて演奏を聴いてもらったとき。演奏後のみんなの興奮はいまだにはっきりと覚えている。頭をぐしゃぐしゃにしてくれた。肩を叩いてくれた。笑顔をたくさん向けてくれた。

 原点はあれだったことを思い出した。

 聴き手がすぐ近くで感情を素直に爆発させてくれる。自分がどんな演奏ができたのか、聴き手の顔を見れば一目瞭然。すぐ傍でというのがわかりやすくていい。

 今はどうだろう、とふと疑問を覚えた。

 貴族たちは、演奏後に拍手喝采してくれるけれど、距離があるから表情はわからなかった気がする。

 奏者と聴衆との距離が遠いと、初めて思った。

 突如、闇を切り裂くような悲鳴、ならぬ金切り声が辺りに響き渡った。

 聴衆の間に動揺が広がり、二人も演奏を止めた。

 声のした方を見ると、走ってくる人の姿が見えた。

 何かを叫んでいる。進行方向にいる人たちが道を譲る。

「いけねっ」

「片付けろ!」

 何かの緊急事態を察したらしいヴァイオリン奏者の二人が楽器を手早く片付けると、その場を立ち去った。

 ディーノたちが呆然としている間に、金切り声の主――女性だった――が通り過ぎていった。「坊ちゃまー」と叫びながら。驚くほどの俊足だった。

 演奏が中断されると、集まっていた人たちは三々五々散っていった。

「何だったんだろう」

 ディーノが呆気にとられたまま呟くと、師匠が答えを出してくれた。

「貴族か金持ちの商人の子息だろう。遊びで街中で演奏をしているのを叱られるとみて逃げたんだろうな」

 金持ちの道楽だったことは残念だけれど、二人の演奏はとても良かった。

 彼らの演奏を思い出して、ディーノの心が弾んだ。
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