【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第二部

36 噂(ピエール目線)

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 ピエールは壁際から部屋全体を見渡し、演奏を聴いている貴族たちを観察していた。

 演奏者をうっとりと見つめる人。瞼を閉じている人。身体を揺らしている人。

 中には自分を抱えるように腕を回し身悶えているように見える女性もいる。曲に酔っているのか、リュートを自分に置き換えているのか、愛する人に抱きしめられているように感じているのか。

 聴き方、感じ方はさまざまだが、ディーノの演奏に聴衆が酔いしれていることは確かだった。

 ディーノはリュートを抱えて微笑み、実に楽しそうに奏でている。リュートを撫でるように演奏をする姿から、愛おしい想いが溢れている。

 リュートそのものに対してなのか、誰かを重ねているのか。

 それにしても、ずいぶんたくましくなったものだ。

 身長はピエールや先生ほど伸びなかったものの、あどけなかった顔つきはすっかり大人のそれになり、ピエールが教え込んだ立ち振る舞いも、板についた。

 ディーノを弟子にとった頃のことをピエールは思い出した。

 彼用の正装着を仕立て初めて袖を通したとき、本人も赤面するほど完全に服に負けていた。普段着に戻ったあと、ディーノはピエールにこっそり呟いたものだ。「あんなの着たくない」と。

 しかしリュートが上達するにつれて着こなしていけるようになった。身体の成長とともに様々なことに慣れ、それらが自信に繋がったからだろうとピエールは思っている。

 すべての演目の演奏を終えて、舞台から降り、聴衆が拍手する中をディーノが歩いていく。聴衆の拍手はディーノが席についてもすぐには止まなかった。腰を落ち着ける前に一度立ちあがり、聴衆に何度か頭を下げた。

 先生の右隣に座り、近くに座る招待客とグラスを掲げ食前酒を戴いている。

 ディーノの右隣にはバルドリーニ伯爵夫人が座っていた。倒れたディーノを助けてから、夫人の存在は貴族たちに一目おかれるまでに上り詰めていた。ディーノのことに関しては。

 一晩中看病したことも広がり、今ではディーノが夫人の愛人として貴族たちの間で囁かれている。もちろん噂は噂。ディーノに女の気配はまったくない。しかも夫人とは親子ほども歳が離れている。

 そもそも、ディーノは女性に興味があるのだろうか。と疑いたくなるほど、リュートしか見ていないように思えた。

 マルティナ夫人の隣には夫であるバルドリーニ伯爵も列席している。伯爵はマルティナに背を向けて隣の貴婦人との会話を楽しんでいる。一方のマルティナも寂しそうにしていなかった。むしろ隣のディーノに寄り添うように近づき、熱っぽく話しかけている。ディーノのグラスにワインを注ぎ、ディーノにも自身のグラスに注いでもらっている。

 まるでそこだけが切り離されたかのように、二人だけの世界ができあがっていた。先生も話しかけられていてディーノの相手はできないし、近くの席にいる人がディーノに話しかけようにも、バルドリーニ伯爵夫人の熱心さの前に諦めた感じだった。

 ディーノは大丈夫だろうか。ちょっと飲みすぎなんじゃ。お開きになった部屋まで送り届けたほうがいいかもしれないな。

 先生がディーノのことを息子と思っているなら、ピエールは弟のように思っていて、心配になった。
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