上 下
84 / 157
第二部

31

しおりを挟む
 曲が終わると、ディーノはノックもせず扉を勢いよく開けた。

「先生。只今戻りました」

「やあ、おかえり」

 扉に向かってリュートを弾いていた師匠が、にこやかにディーノを出迎える。

「心配をかけて、ごめんなさい」

「ん。だが、もう少し休むように。可能な限り、おまえの仕事は私が兼任するから」

「いえ、大丈夫です。先生の負担になるようなことはしたくありません」

「いや、私の負担どうこうという問題ではなくて、おまえにしっかりと身体を休めてほしいんだ。人に喜んでもらえる演奏をしようと思ったら、演奏者が心身ともに健やかでないといけない。わかるな」

「……はい」

 しぶしぶながら頷いたディーノの前に、師が立ち上がってリュートを置き、近づいてくる。

「おまえは私の弟子だが、息子のようにも思っている。私たちは家族だから。ピエールもマウロも、四人で家族なんだ。誰かが病になれば、心配する。誰かが困っていたら、誰かが助ける。遠慮なく甘えろ」

 云って師はディーノをぎゅっと抱きしめた。

 背中に回された手から温もりが伝わり、頭を胸に押し付けられて、師匠の鼓動を間近に感じる。

 ディーノはロゼッタのことを思い出した。ロゼッタはよくハグをしてくれた。ディーノがどれだけ恥ずかしがっても、背が伸びてロゼッタを追い越しても、彼女はハグを止めなかった。集落を出る最後まで温もりをディーノに与え続けてくれた。

 師匠からは初めてだったけれど、師匠はロゼッタより温かくて、父親にハグをされたらこんな感じなのかなと思い、目の端が熱くなった。

「先生、ありがとう」

 言葉では伝えきれない感謝の気持ちが、胸いっぱいにじんわりと広がった。

「ありがとう、ございます」

 溢れそうな思いをたくさん言葉にしたいのに、言葉が浮かばなくて、もどかしかった。

「ありがとう……」

 だから、たくさんのありがとうを云った。ありったけの感謝の気持ちを込めて。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】御食事処 晧月へようこそ

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:16

【完結】午前2時の訪問者

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:14

元婚約者様の勘違い

恋愛 / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:1,105

処理中です...