【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第二部

29 回復

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 ピエールたちの心配をよそに一晩しっかりと眠ったディーノは、朝日がさんさんと入り込み、野鳥の可愛らしいさえずりのする部屋で、目を覚ました。

 見慣れない部屋を見渡して、ゆっくりと記憶を辿る。倒れた瞬間の記憶はなかったが、倒れる少し前のことは覚えていた。

 食事の後に部屋を移動し、演奏会となった。最初に希望者をつのって、数人の婦人たちが演奏をしてから、ディーノの出番となった。

 一部ガラス張りのサロンには春の暖かな日差しが降り注ぎ、そこここに活けられた花からふわりと甘い香りが漂う。聴衆にも演奏者にも心地良い時が流れていた。

 それは五曲目の演奏途中に突然訪れた。

 頭がくらっとなり、集中が途切れた。

 一瞬のことだったため気のせいだと思い込んで、演奏の手は止めることなく続けた。しかし、頭が徐々に重くなり、集中しようとしてもできなくなった。次第に目の焦点が定まらなくなり、世界が歪みはじめた。

 ここで記憶は途切れていた。その後どうなったのかわからない。誰かが部屋まで運んでくれたようだ。

 演奏会を台無しにしてしまい、伯爵夫人に迷惑をかけたことをお詫びなしなければいけないな、と思いながら身を起こす。と、掛け布団の左側だけに体重を感じた。視線をやると、赤茶色の髪色をした女性が、布団に突っ伏していた。

「……!」

 びっくりして叫びそうになって口を抑えた。

 昨日と同じ着飾ったままの伯爵夫人が傍で眠っていた。

 声をかけて起こすべきなのか、もう一度寝たふりをして彼女が部屋を出て行ってから起きるべきなのか。あれこれ考えている間に、伯爵夫人が先に目覚めてしまった。

「あ、先生……おはようございます。体調はもうよろしいのですか」

 まどろんだ声と眸は、いつもの流し目を送ってくる姿より色っぽく見え、ディーノの心臓を跳ねさせた。女性の寝起きの顔を見るのは初めてだった。イレーネはいつも先に起きていたため見たことがなかったのだ。

「あ……ええ、大丈夫のようです。あの、一晩ついていてくださったのですか」

「先生が心配で。でも途中でおいとまするつもりでしたのよ。いつのまにか眠ってしまったみたいで。申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしましたわね。先生はもうしばらくお休みなっていてください。ロドヴィーゴ様には昨夜使いの者をだしましたから、ご心配にはおよびませんわ。失礼致します」

 化粧の落ちかかっている顔に笑みを浮かべ、夫人はドレスの裾を引きずって退室していった。
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