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第二部
24 前座
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昼間のサロンよりも派手派手しく着飾ったご婦人方。
自慢気に立派な髭をたくわえた貴族たち。
街の子供とは着ているものこそ違うけれど、茶目っ気たっぷりの今にもはしゃぎまわりそうな子供たち。
雰囲気にのまれているのか緊張しているらしいディーノと同世代の若者の男女。
老若男女が次から次へと大広間に入ってきては、席についていく。
舞台の袖からこっそり様子を伺っていたディーノは、新年の時以上の、人の多さにたじろいでいた。しかも今回は前座とはいえ最初の出番。食事前の演奏だった。
胃からなにかがせりあがってきて、思わず手で口を押さえる。今まで感じたことのない緊張感に戸惑い、救いを求めるように師匠を見つめた。こちらにおいでと手招きされる。
ディーノが師匠の傍に行くと、リュートを握らせ、
「聴衆は野菜だと思えばいい。良い音楽を聴かせれば野菜は素直に育ち、良いものが出来あがる。無理に注目を集めようとしなくても、良い演奏ができれば、自然と耳を傾けてくれるものだから、いつものディーノの演奏をすればいい。気負うことはない。きみの演奏は素晴らしいのだから」
師匠の声を聞きながらリュートのボディを撫でていると、次第に落ち着きを取り戻せた。強張っていた肩から力が抜けていくのがわかった。
やがて男性のよく通る声が聞こえ、自分の出番であることを悟る。
「行ってきます」
力強く告げるとリュートのネックをぎゅっと掴んで、ディーノは舞台に向かった。
舞台の高さは座った貴族の頭の辺り。
見上げられ、適度に緩めたはずの緊張が、再びあらわれたことを感じる。
「野菜野菜」と小さく呟きながら頭を下げ座った。
リュートを抱える。
予定している演奏は三曲。神を称える曲で信心深い貴族たちの耳をとらえ、次いで北イリアでも有名なとあるオペラから抜粋した純愛を歌った曲で心を掴まえて、最後は即興演奏で締めようと、師と話し合って決めた。
ディーノは自身が神を信じているのか、自分でもよくわかっていない。熱心な信者であるとはいい難いが、無神論者でもなかった。
出生に関しては恨み言のひとつでも云いたい気持ちはある。しかしイレーネに出遭えたこと、奴隷の身分から脱したこと、師匠と出遭えたこと、今ここで演奏ができていること。これらは言葉では簡単に言い表せられないほど感謝している。
ならばこの気持ちを、ありたっけの感謝を演奏に込めて、ディーノは神を称えた。
ここでの演奏も大成功だった。
貴族たちは満足そうな笑顔で、ディーノに拍手を送っている。両掌を何度も何度も重ねている。一人一人は強くないが、その数たるや。
自身に向けられた盛大な拍手を背に、ディーノは舞台袖に戻った。
師匠にも満面の笑みと拍手で迎えられた。
「ディーノ。ブラボーだよ。日に日に上達しているな。愛の曲ももう自信をもって大丈夫だ。もう一曲披露しておいで」
鳴り止まぬ拍手に応えるため、師匠はディーノの身体を反転させ、もう一度舞台に向けた。背中をそっと押す。
ディーノが舞台に姿を現すと、ひときわ拍手が大きくなった。
自慢気に立派な髭をたくわえた貴族たち。
街の子供とは着ているものこそ違うけれど、茶目っ気たっぷりの今にもはしゃぎまわりそうな子供たち。
雰囲気にのまれているのか緊張しているらしいディーノと同世代の若者の男女。
老若男女が次から次へと大広間に入ってきては、席についていく。
舞台の袖からこっそり様子を伺っていたディーノは、新年の時以上の、人の多さにたじろいでいた。しかも今回は前座とはいえ最初の出番。食事前の演奏だった。
胃からなにかがせりあがってきて、思わず手で口を押さえる。今まで感じたことのない緊張感に戸惑い、救いを求めるように師匠を見つめた。こちらにおいでと手招きされる。
ディーノが師匠の傍に行くと、リュートを握らせ、
「聴衆は野菜だと思えばいい。良い音楽を聴かせれば野菜は素直に育ち、良いものが出来あがる。無理に注目を集めようとしなくても、良い演奏ができれば、自然と耳を傾けてくれるものだから、いつものディーノの演奏をすればいい。気負うことはない。きみの演奏は素晴らしいのだから」
師匠の声を聞きながらリュートのボディを撫でていると、次第に落ち着きを取り戻せた。強張っていた肩から力が抜けていくのがわかった。
やがて男性のよく通る声が聞こえ、自分の出番であることを悟る。
「行ってきます」
力強く告げるとリュートのネックをぎゅっと掴んで、ディーノは舞台に向かった。
舞台の高さは座った貴族の頭の辺り。
見上げられ、適度に緩めたはずの緊張が、再びあらわれたことを感じる。
「野菜野菜」と小さく呟きながら頭を下げ座った。
リュートを抱える。
予定している演奏は三曲。神を称える曲で信心深い貴族たちの耳をとらえ、次いで北イリアでも有名なとあるオペラから抜粋した純愛を歌った曲で心を掴まえて、最後は即興演奏で締めようと、師と話し合って決めた。
ディーノは自身が神を信じているのか、自分でもよくわかっていない。熱心な信者であるとはいい難いが、無神論者でもなかった。
出生に関しては恨み言のひとつでも云いたい気持ちはある。しかしイレーネに出遭えたこと、奴隷の身分から脱したこと、師匠と出遭えたこと、今ここで演奏ができていること。これらは言葉では簡単に言い表せられないほど感謝している。
ならばこの気持ちを、ありたっけの感謝を演奏に込めて、ディーノは神を称えた。
ここでの演奏も大成功だった。
貴族たちは満足そうな笑顔で、ディーノに拍手を送っている。両掌を何度も何度も重ねている。一人一人は強くないが、その数たるや。
自身に向けられた盛大な拍手を背に、ディーノは舞台袖に戻った。
師匠にも満面の笑みと拍手で迎えられた。
「ディーノ。ブラボーだよ。日に日に上達しているな。愛の曲ももう自信をもって大丈夫だ。もう一曲披露しておいで」
鳴り止まぬ拍手に応えるため、師匠はディーノの身体を反転させ、もう一度舞台に向けた。背中をそっと押す。
ディーノが舞台に姿を現すと、ひときわ拍手が大きくなった。
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