【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

文字の大きさ
上 下
72 / 157
第二部

19 ご褒美

しおりを挟む
 結果は、大成功だった。得意とする即興演奏を貴族の四人は大絶賛し、師匠とピエールの顔も満足げだった。

 ヴァイオリンとチェンバロの音楽家の顔もそう悪くはなかった。敵意剥き出しだった弟子たちの顔は、悔しげに歪んでいた。チェンバロの弟子の彼は、兄弟子を前に遠慮気味ではあったが、評価してくれたようだった。

「専属にしたいぐらい素晴らしい」

「ねえ、あなた。毎日でも聴きたいわ」

 カリエール夫妻の言葉に、アイゼンシュタット夫妻も鼻が高そうだった。

 カリエール夫妻がディーノを雇うことは実際にはできない。アイゼンシュタット公爵が手放さない限り。だからゆとりのある笑みを浮かべて、自慢できるのだ。私たちが目をかけているのですよ、と。

「素晴らしい演奏を聴かせてくれたお礼をしよう。何が欲しい」

 えっ、とディーノは目を丸くした。

「いえ、お礼なんて……」ともごもご口ごもる。

「遠慮なく言ってくださいな。わたくし達の気持ちですから」

 にこにこと笑顔のカリエール夫人に言われて、ディーノはもじもじする。

「せっかくだから、何かお願いしてみなさい」

 アイゼンシュタット公爵にまで言われて、それでは、と小さく口を開いた。

「紙をいただけると、嬉しいです」

「紙? 楽譜でも作るのかね」

「いえ。その、手紙を出したいなと」

「紙などで良いのか。例えば新しいリュートなんかはどうかね」

 カリエール公の顔にはそれっぽっちで良いのか、と書いてある。

「カリエール公爵様。ディーノは遠慮をして申し上げているわけはございません。我々にとっては紙も郵便も高価なもので、金銭に余裕がないとできません。もちろんリュートの方が高額ですが、まだ一人前でない彼にとっては自由になるお金はあまりなく、紙でも高価なものなのです」

 ロドヴィーゴが口添えをし、もう一言付け加えた。手持ちのリュートで公爵様に充分に満足していただけましたので、と。

 カリエール公爵は納得したのか、何度か頷き、

「わかった。用意させよう」

 戸口に控えていた執事に合図を送った。執事は返事をして部屋を出ていく。

「明日には部屋に届けさせよう」

「ありがとうございます」

 ディーノは礼を言って、深々と頭を下げた。ロドヴィーゴもお辞儀をする。

 リュートを提げて席に戻ってくると、ピエールは「お疲れ様」と、意味ありげな笑みを浮かべていた。まだ何か言いたそうだったが、ここではそれ以上は何も言わなかった。

 ディーノは目だけを動かし、一番嫉妬のきつかったヴァイオリン奏者の弟子たちを見た。

 彼らは一様に、気まずそうな顔で俯いて食事の続きをしている。つまりディーノが貴族たちの賛辞を受けるに値する演奏をしたのだと、彼らを納得させることができたのだろう。嫉妬や敵愾心を失わせるほどのものを。

 オレは勝ったんだ。

 勝ったという表現を使いたくはなかったが、彼らの視線に挑んで、はねのけたのだ。 それだけの演奏ができたことに、ディーノの気持ちは高揚した。それは自信に繋がり、いずれイレーネを呼び寄せることも可能なんじゃないかと思えた。

 今日の出来事は手紙に書こう。社交界デビューできたことから書かないといけないかな。明日にでも書けるかもしれないイレーネへの手紙の内容で、ディーノの頭の中はいっぱいになった。

 食べきれなかったドルチェは、部屋に運んでおきますと使用人が下げ、食後酒やら紅茶で一服したあと、お開きとなった。

 ディーノはもう一度両公爵から演奏の賛辞を受け、今後のことでアイゼンシュタット公爵と話をするという師匠とピエールとは別れて、一人で退室した。

 リュートを弾きたくなったディーノは、中庭に向かった。寒いし灯りもない暗がりだが、熱くなった身体には心地良かった。

 中庭には何度か足を運んでいるので、腰を掛けるのにちょうどいい石があることを知っていた。ガラス窓からわずかに漏れるろうそくの明かりを頼りに石を探し、すとんと腰を落とす。

 頭上には残念ながら星はでていない。あいにくの曇り空で、近くまた荒れるかもしれない、と思った。大雪になれば足止めを食ってしまう。もうしばらくもって欲しいなと、空模様相手に願ってみた。

 次の公演でも、また師匠と演奏できるかもしれない。一人で弾く時間ももらえたら嬉しい。次への期待がこみあげる。

 こんなときは、楽しくなる曲がいい。イレーネに初めて出遭って、イレーネを好きになったときのような、どきどきした気持ちを曲にしよう。

 ディーノは幸せな気分でリュートを弾いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった

今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。 しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。 それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。 一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。 しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。 加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。 レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。

外れスキルと馬鹿にされた【経験値固定】は実はチートスキルだった件

霜月雹花
ファンタジー
 15歳を迎えた者は神よりスキルを授かる。  どんなスキルを得られたのか神殿で確認した少年、アルフレッドは【経験値固定】という訳の分からないスキルだけを授かり、無能として扱われた。  そして一年後、一つ下の妹が才能がある者だと分かるとアルフレッドは家から追放処分となった。  しかし、一年という歳月があったおかげで覚悟が決まっていたアルフレッドは動揺する事なく、今後の生活基盤として冒険者になろうと考えていた。 「スキルが一つですか? それも攻撃系でも魔法系のスキルでもないスキル……すみませんが、それでは冒険者として務まらないと思うので登録は出来ません」  だがそこで待っていたのは、無能なアルフレッドは冒険者にすらなれないという現実だった。  受付との会話を聞いていた冒険者達から逃げるようにギルドを出ていき、これからどうしようと悩んでいると目の前で苦しんでいる老人が目に入った。  アルフレッドとその老人、この出会いにより無能な少年として終わるはずだったアルフレッドの人生は大きく変わる事となった。 2024/10/05 HOT男性向けランキング一位。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

殿下はご存じないのでしょうか?

7
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 学園の卒業パーティーに、突如婚約破棄を言い渡されてしまった公爵令嬢、イディア・ディエンバラ。 婚約破棄の理由を聞くと、他に愛する女性ができたという。 その女性がどなたか尋ねると、第二殿下はある女性に愛の告白をする。 殿下はご存じないのでしょうか? その方は――。

帰ってこい?私が聖女の娘だからですか?残念ですが、私はもう平民ですので   本編完結致しました

おいどんべい
ファンタジー
「ハッ出来損ないの女などいらん、お前との婚約は破棄させてもらう」 この国の第一王子であり元婚約者だったレルト様の言葉。 「王子に愛想つかれるとは、本当に出来損ないだな。我が娘よ」 血の繋がらない父の言葉。 それ以外にも沢山の人に出来損ないだと言われ続けて育ってきちゃった私ですがそんなに私はダメなのでしょうか? そんな疑問を抱えながらも貴族として過ごしてきましたが、どうやらそれも今日までのようです。 てなわけで、これからは平民として、出来損ないなりの楽しい生活を送っていきたいと思います! 帰ってこい?もう私は平民なのであなた方とは関係ないですよ?

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

処理中です...