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第二部

19 ご褒美

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 結果は、大成功だった。得意とする即興演奏を貴族の四人は大絶賛し、師匠とピエールの顔も満足げだった。

 ヴァイオリンとチェンバロの音楽家の顔もそう悪くはなかった。敵意剥き出しだった弟子たちの顔は、悔しげに歪んでいた。チェンバロの弟子の彼は、兄弟子を前に遠慮気味ではあったが、評価してくれたようだった。

「専属にしたいぐらい素晴らしい」

「ねえ、あなた。毎日でも聴きたいわ」

 カリエール夫妻の言葉に、アイゼンシュタット夫妻も鼻が高そうだった。

 カリエール夫妻がディーノを雇うことは実際にはできない。アイゼンシュタット公爵が手放さない限り。だからゆとりのある笑みを浮かべて、自慢できるのだ。私たちが目をかけているのですよ、と。

「素晴らしい演奏を聴かせてくれたお礼をしよう。何が欲しい」

 えっ、とディーノは目を丸くした。

「いえ、お礼なんて……」ともごもご口ごもる。

「遠慮なく言ってくださいな。わたくし達の気持ちですから」

 にこにこと笑顔のカリエール夫人に言われて、ディーノはもじもじする。

「せっかくだから、何かお願いしてみなさい」

 アイゼンシュタット公爵にまで言われて、それでは、と小さく口を開いた。

「紙をいただけると、嬉しいです」

「紙? 楽譜でも作るのかね」

「いえ。その、手紙を出したいなと」

「紙などで良いのか。例えば新しいリュートなんかはどうかね」

 カリエール公の顔にはそれっぽっちで良いのか、と書いてある。

「カリエール公爵様。ディーノは遠慮をして申し上げているわけはございません。我々にとっては紙も郵便も高価なもので、金銭に余裕がないとできません。もちろんリュートの方が高額ですが、まだ一人前でない彼にとっては自由になるお金はあまりなく、紙でも高価なものなのです」

 ロドヴィーゴが口添えをし、もう一言付け加えた。手持ちのリュートで公爵様に充分に満足していただけましたので、と。

 カリエール公爵は納得したのか、何度か頷き、

「わかった。用意させよう」

 戸口に控えていた執事に合図を送った。執事は返事をして部屋を出ていく。

「明日には部屋に届けさせよう」

「ありがとうございます」

 ディーノは礼を言って、深々と頭を下げた。ロドヴィーゴもお辞儀をする。

 リュートを提げて席に戻ってくると、ピエールは「お疲れ様」と、意味ありげな笑みを浮かべていた。まだ何か言いたそうだったが、ここではそれ以上は何も言わなかった。

 ディーノは目だけを動かし、一番嫉妬のきつかったヴァイオリン奏者の弟子たちを見た。

 彼らは一様に、気まずそうな顔で俯いて食事の続きをしている。つまりディーノが貴族たちの賛辞を受けるに値する演奏をしたのだと、彼らを納得させることができたのだろう。嫉妬や敵愾心を失わせるほどのものを。

 オレは勝ったんだ。

 勝ったという表現を使いたくはなかったが、彼らの視線に挑んで、はねのけたのだ。 それだけの演奏ができたことに、ディーノの気持ちは高揚した。それは自信に繋がり、いずれイレーネを呼び寄せることも可能なんじゃないかと思えた。

 今日の出来事は手紙に書こう。社交界デビューできたことから書かないといけないかな。明日にでも書けるかもしれないイレーネへの手紙の内容で、ディーノの頭の中はいっぱいになった。

 食べきれなかったドルチェは、部屋に運んでおきますと使用人が下げ、食後酒やら紅茶で一服したあと、お開きとなった。

 ディーノはもう一度両公爵から演奏の賛辞を受け、今後のことでアイゼンシュタット公爵と話をするという師匠とピエールとは別れて、一人で退室した。

 リュートを弾きたくなったディーノは、中庭に向かった。寒いし灯りもない暗がりだが、熱くなった身体には心地良かった。

 中庭には何度か足を運んでいるので、腰を掛けるのにちょうどいい石があることを知っていた。ガラス窓からわずかに漏れるろうそくの明かりを頼りに石を探し、すとんと腰を落とす。

 頭上には残念ながら星はでていない。あいにくの曇り空で、近くまた荒れるかもしれない、と思った。大雪になれば足止めを食ってしまう。もうしばらくもって欲しいなと、空模様相手に願ってみた。

 次の公演でも、また師匠と演奏できるかもしれない。一人で弾く時間ももらえたら嬉しい。次への期待がこみあげる。

 こんなときは、楽しくなる曲がいい。イレーネに初めて出遭って、イレーネを好きになったときのような、どきどきした気持ちを曲にしよう。

 ディーノは幸せな気分でリュートを弾いた。
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