【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第二部

18 それぞれの演奏

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 鼻息も荒く部屋に飛び込んだディーノは、リュートの前に膝をつき、息を整えた。

 ディーノが人前で演奏をすることを躊躇うのは初めてのことだ。今まで喜びしか感じていなかったのに、あの視線の前で弾くことを今回は怖いと思ってしまった。どんな演奏をしても貶されそうで。細かいミスをつついてきそうで。音楽家同士だからこそ、怖いのだ。どんな評価を受けるのか。

 思えば音楽家の前で演奏をするのも初めてのことだ。師匠を除いて。あの頃はまだ趣味としていたので、知識も技術もない代わりに、思うがままに演奏をすることに怖さはなかった。無学だったから。

 今は勉強して知識も技術も身につけ、好きだけではプロとしてやっていくことはできないのだとわかった。ちゃんと先生に付き、いろいろな曲を聴いて、音楽的な知識も勉強して、何年も勉強してようやく人に聴いてもらう演奏ができるのだ。チェンバロの弟子の彼のように。年月は関係ないのかもしれないが、二年なんてまだまだなんじゃないか。音楽家相手には通用しないのではないか。

 不安が次から次へとのしかかってきて、リュートを手にすることができないでいた。

 手を伸ばそうとしては引っ込め、また伸ばしては引っ込め。何度も繰り返して、溜息をついた。

 なにやってんだ、オレ。

 貴族が所望してくれることなんて、名誉なことだし、チャンスなのだ。出来ませんなんて言えば、もう終わりだ。自分だけのことではない。師匠の顔に泥を塗ることになる。師匠には感謝しているのだ。そんな恩知らずなことはしたくなかった。

 心を決めると、リュートを手に取った。迷いはまだなくなっていないが、どんな時でも最高の演奏を披露出来るのが、プロというものだ。プロへの一歩を踏み出そうとしている自分にそう言い聞かせ、戻って来るときとは逆に、ゆったりした足並みで心を落ち着かせながら、食事の部屋に戻った。

 さっきまで座っていた椅子とは別のものが用意され、舞台はすでに整っていた。

 師匠は大丈夫だと力強く頷き、後ろのピエールは少し心配そうな顔をしていた。二人を見ると、嫌でも他の音楽家たちが視界に入る。

 挑発するような、ふてぶてしい視線。こそこそ話している姿が不愉快だった。その後でこそっと笑う姿も。ディーノのことを話しているとは限らないが、眸はディーノに向いているのだから、自意識過剰なんかではないと思う。

 彼らは間違っている。

 突き刺さるようないやらしい視線を浴びて、唐突にそう思った。

 実際に演奏を聴きもしていない人に妬まれるなんて、逆恨み以外の何者でもない。悔しければ演奏で見返せばいいのだ。自分の望んでいたものを他者に見せつけられた腹いせに、その者を妬むなんてどうかしている。

 誰かが称賛を得たからといって、誰かがもう称賛されなくなる、なんてことはない。答えは一つじゃないのだから。

 人の感受性や価値観は個人によって様々だ。その人物に受け入れられなくても、別の人物は称賛するかもしれない。同じ人物が多くの人を称賛することだってあるのだ。

 オレは堂々と、自分の演奏をすればいい。認めてもらう必要なんてない。彼らからなんと評価されようと、全ての人から否定されるわけではないんだ。

 貴族はこうして自分の演奏を望んでくれている。ならば、貴族たちの望む演奏をすることが、今の自分のなすべきことなのだ。

 ディーノは正面から嫌な視線を受け止めた。

 一人ひとりに眸を合わせていく。視線を逸らす者、睨み返してくる者。全ての反応を受け止め、最後は師に向けて、しっかりと頷いた。
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