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第二部
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屋敷の主カリエール公爵夫妻は、昼から城へ向かい、そのまま夜の宴に出席することになっていた。
ディーノたち三人も昼頃に起き、部屋で軽めの昼食をとってから、リュートの練習を始めた。
昨夜の反省もあり、褒めもあり、無事に社交界デビューを飾れたことを、師匠もピエールも喜んでくれた。
ディーノも今朝方考えていたことが脳裏にはあったものの、やはり演奏を披露する機会に恵まれたことを素直に喜んだ。
夜、アイゼンシュタット公爵からお呼びがかかり、屋敷の一室を借りて夕食を共にすることになった。
ディーノの正装用の服は一着しかないため、昨日と同じものを着、師とピエールは昨日のものとよく似てはいるが別の服に袖を通し、案内に来た使用人に連れられ移動する。
ロドヴィーゴを真ん中に左手にピエールが、右手にディーノが座るように指示された。
さほど待つこともなく夫妻がすぐに現れ、三人は立ちあがって夫妻を迎えた。
ディーノの目の前に夫人が座った。
「昨日は素晴らしい演奏だったな。貴君らを呼んだ私も鼻が高かったよ」
「本当に。感動致しましたわ。特にあなた」
夫人に目を向けられたのはディーノ。
「えっ」と目を丸くし、緊張していた身体をさらに伸ばす。
「わたくし、あなたの演奏に涙が止まりませんでしたわ。情景がすーっと浮かんで、夢の中で体験しているような妙な心地になりましたの。主役の方は絵描きさんかしら」
「私は音楽家と言ってるんだが、これは絵描きだと言うんだよ。君はどんな人物を画いて演奏したのかね」
夫人、公爵と順に訊ねられて、ディーノは困ってしまった。
「あの、ええっと……」
師匠を見る。
ロドヴィーゴは声を出す代わりに頷いた。お話させていただきなさい、と云っていた。
「オレ……じゃなくて、僕、えと、私? は」
呼称を何度も言い直し、戸惑った表情で、「絵描きです」と答えた。
呼称に困るディーノを笑うこともなく見つめていた夫人は、ディーノが答えた途端、ぱっと顔を輝かせた。
「わたくしの勝ちですわ」
「やれやれ負けてしまったよ。妻より良い耳を持っていると自負していたんだがね」
公爵は残念そうな口ぶりだが、顔はそれほどでもない。
「しかし、私は音楽家のイメージで弾いておりましたから、不正解ではございませんよ。ご夫妻ともに素晴らしいお耳と想像力をお持ちですね」
とロドヴィーゴが褒める。ディーノがどちらと答えようと、始めからフォローするつもりでいたのだろう。
「まあ。引き分けですわね」
夫人はなぜだかしゅんと肩を落としたあと、
「でもあの演奏はお弟子さんが中心で弾いていたのでしょう。ならばやはりわたくしの勝ちですわ」
むきになって公爵に詰め寄っている。公爵は「わかった。私の負けだよ」と両手を上げた。
「どうやら欲しいものがあるようでね。それを賭けて勝負をしていたのだよ。ただ買ってもらうだけじゃあおもしろくないからとか云ってね」
「可愛らしいお方です」
公爵の説明に、ロドヴィーゴがにこやかに答えた。
食前酒が全員の前に並べられた。アルコールに弱いディーノとピエールも最初の一杯は付き合うことにしているため、グラスを手に取った。
ディーノたち三人も昼頃に起き、部屋で軽めの昼食をとってから、リュートの練習を始めた。
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