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第二部
8 舞台裏
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ディーノとピエールは楽屋でリュートを準備し、師匠の出番まで控えていることになった。
その師匠はアイゼンシュタット公爵夫妻と共に、お客を出迎えるカリエール公爵夫妻の傍にいる。そのまま貴族たちと肩を並べて食事をする。チェンバロの奏者とヴァイオリンのソリストも同じだった。出番のときだけ席を離れ、弟子たちが楽器を用意して演奏をした後、席に戻ることになっている。
楽屋は四部屋に分かれていて、演目ごとに分かれて使用していた。演奏者の弟子や付き人の待機する部屋、人形劇師と手品師の部屋、オペラ歌手の部屋、ダンサーの部屋といった具合に。
調整をすませた師匠のリュートを三本用意して、楽屋の隅でディーノは腰掛けていた。誤って人がぶつからないように、リュートは壁際に置いて、身を盾にするようにして座った。
楽屋内にはヴァイオリニストの弟子の何人かが舞台に上がることになっていて、音を出している者、向き合って互いの衣装をチェックしている者がいる。
楽屋の外では廊下を行き来する人の足音や、トーンを抑えつつも響いている声でざわついている。
彼らの落ち着きのない姿を見、音を耳にしていると、ディーノの肩にも自然と力が入ってしまった。膝の上に置いた両拳を、知らないうちに固く握り締めていた。
「きみも舞台に上がるのかい?」
横手からかけられた声に、「え?」と振り向く。
隣にいた生真面目そうな青年に話しかけられたのだと気づく。
「いいや。オレじゃなくて師匠が」
と言ってリュートを指差すと、彼は「あぁ」と頷いた。
「緊張しているように見えたから、羨ましいなあって思って」
「そういうあんたは? 出るの?」
見たところ、彼の近辺に楽器は置いていなかった。歌手かなにかで、楽屋を間違えているのだろうか。
「僕も出ないよ。僕のレベルではまだまだ出させてもらえない。兄弟子ですらこんな大きな舞台では演奏してないから」
そう呟く彼の声は、少し沈んでいるように思えた。
「あんた、楽器は?」
「僕はチェンバロだよ。出番になったら先生を呼びに行くために待機してるんだ」
「チェンバロ。それで手ぶらだったのか」
彼は歌手ではなかった。チェンバロはすでに舞台に用意されている。リュートのように小脇に抱えられるような軽い楽器ではない。
「きみは長いの? 弟子になって」
「二年と少しだ」
「まだ短いんだね。僕はもう七年、先生に付いている」
ディーノは演奏家やその弟子たちとはほとんど会話をしたことがない。誰かが話しているのを聞くとはなしに聞いているだけなので、二年が短くて七年が長いのかどうか、よく知らなかった。だから疑問がすぐに口をついてでた。
「七年って長いのか?」
「どうなんだろうね?」
質問に疑問形で返された。返事に困ってディーノは黙る。
「僕は十六歳から先生に付いているんだ。父親の知り合いを頼って紹介してもらって。だけど、先生はとても忙しいお人で、教わる時間があまりないんだ。先生の練習の後に兄弟子が教わって、僕は時間があればっていう時だけだから。こういう待機の時間がとても多くて。なんだかこの時間が勿体無いなって最近よく思うんだ。もっと練習したいな。演奏したいなって」
「たしかに勿体無い気はするけど。でも他の楽器や、本番前の出演者の雰囲気を知る良い機会だってオレは思ってる」
彼に見られているのを視界の端に捉えながら、ディーノは出演準備中の人たちに目を向けた。
その師匠はアイゼンシュタット公爵夫妻と共に、お客を出迎えるカリエール公爵夫妻の傍にいる。そのまま貴族たちと肩を並べて食事をする。チェンバロの奏者とヴァイオリンのソリストも同じだった。出番のときだけ席を離れ、弟子たちが楽器を用意して演奏をした後、席に戻ることになっている。
楽屋は四部屋に分かれていて、演目ごとに分かれて使用していた。演奏者の弟子や付き人の待機する部屋、人形劇師と手品師の部屋、オペラ歌手の部屋、ダンサーの部屋といった具合に。
調整をすませた師匠のリュートを三本用意して、楽屋の隅でディーノは腰掛けていた。誤って人がぶつからないように、リュートは壁際に置いて、身を盾にするようにして座った。
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楽屋の外では廊下を行き来する人の足音や、トーンを抑えつつも響いている声でざわついている。
彼らの落ち着きのない姿を見、音を耳にしていると、ディーノの肩にも自然と力が入ってしまった。膝の上に置いた両拳を、知らないうちに固く握り締めていた。
「きみも舞台に上がるのかい?」
横手からかけられた声に、「え?」と振り向く。
隣にいた生真面目そうな青年に話しかけられたのだと気づく。
「いいや。オレじゃなくて師匠が」
と言ってリュートを指差すと、彼は「あぁ」と頷いた。
「緊張しているように見えたから、羨ましいなあって思って」
「そういうあんたは? 出るの?」
見たところ、彼の近辺に楽器は置いていなかった。歌手かなにかで、楽屋を間違えているのだろうか。
「僕も出ないよ。僕のレベルではまだまだ出させてもらえない。兄弟子ですらこんな大きな舞台では演奏してないから」
そう呟く彼の声は、少し沈んでいるように思えた。
「あんた、楽器は?」
「僕はチェンバロだよ。出番になったら先生を呼びに行くために待機してるんだ」
「チェンバロ。それで手ぶらだったのか」
彼は歌手ではなかった。チェンバロはすでに舞台に用意されている。リュートのように小脇に抱えられるような軽い楽器ではない。
「きみは長いの? 弟子になって」
「二年と少しだ」
「まだ短いんだね。僕はもう七年、先生に付いている」
ディーノは演奏家やその弟子たちとはほとんど会話をしたことがない。誰かが話しているのを聞くとはなしに聞いているだけなので、二年が短くて七年が長いのかどうか、よく知らなかった。だから疑問がすぐに口をついてでた。
「七年って長いのか?」
「どうなんだろうね?」
質問に疑問形で返された。返事に困ってディーノは黙る。
「僕は十六歳から先生に付いているんだ。父親の知り合いを頼って紹介してもらって。だけど、先生はとても忙しいお人で、教わる時間があまりないんだ。先生の練習の後に兄弟子が教わって、僕は時間があればっていう時だけだから。こういう待機の時間がとても多くて。なんだかこの時間が勿体無いなって最近よく思うんだ。もっと練習したいな。演奏したいなって」
「たしかに勿体無い気はするけど。でも他の楽器や、本番前の出演者の雰囲気を知る良い機会だってオレは思ってる」
彼に見られているのを視界の端に捉えながら、ディーノは出演準備中の人たちに目を向けた。
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