【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第二部

6 裏方(ピエール目線)

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 ディーノが一座に加わって二年。

 出地のわからない子供を弟子するということに、ピエールの心の中では少し戸惑いがあった。

 聞けばリュート製作者夫婦の子供ではないのだと云う。

 そんな子供をアイゼンシュタット公爵に報告せず、先生の独断で決めてしまっていいものだろうか。

 興行人として公爵に雇われている身としては知らせないわけにはいかず、手紙を認め、大急ぎで配達を頼んだ。

 公爵から『好きにしてかまわない』との色よい返事が届いたのは、二ヶ月近く経つ頃だった。

 ほっとした。その頃にはディーノはすっかりみんなと打ち解けていたから。

 ディーノはまるでリスのように行動が素早い。ピエールが今までしていた雑用を率先して手伝い、文句どころか愚痴の一つも漏らさない。

 御者のマウロとも馬の世話のことで話が合うらしい。

 リュート製作の集落にいたときはのんびりした性格のようにピエールには見えていたが、共に過ごすようになって印象はがらりと変わった。

 きびきびと動き回っていたかと思えば、リュートのことになるとその動きを止めて集中する。眸をきらきらと輝かせて、一音も聞き逃すまいとするかのように、食い入るように見つめる。その集中力たるや賞賛に値するほどだ。

 見聞きし、ロドヴィーゴから教わったことを吸収し、自身の技術に応用していくの力を持っている子だった。

 ディーノはリュートの神様に愛されている子なのだろうと思う。

 実はピエールもリュートに触れたことがあった。ずいぶん昔のことだ。

 左手に集中すると、右手は違う弦を弾いてしまい、右手に集中すると左手が弦を押えていられなくなった。自分には向いていないと早々に諦めた。しかし音楽は好きだった。

 演奏家を陰から支えられる今の仕事は転職だと思っている。

 アイゼンシュタット公爵からの援助と演奏会の収入の管理を行ない、依頼のあった演奏会の日程をマウロと移動について相談してから調整し、営業活動も行なう。演奏家の衣装管理と体調管理も必要だ。

 新年は四日後。その前日の夜から宴が行なわれることになっている。夜通しになることは間違いないだろう。

 しかし、呼ばれるのはその日だけとは限らない。

 貴族たちは気ままで、日程外であろうと無茶な要求をしてくる人もいる。無下に断るわけにもいかない。貴族の機嫌を損ねると変な噂を立てられたり、演奏活動の妨害をするような者もいるという。まれなことだが名誉を傷つけられたと言いがかりをつけられ、殺されてしまうこともあるのだ。

 アイゼンシュタット公爵が援助をしている限りそんなことにはならないだろうが、その公爵の顔を汚すようなことがあってはおしまいだ。いつ呼ばれてもすぐに準備ができるように整えておく必要があった。

 ピエールはすべての荷を解いた後、もう一度衣装のチェックを行なった。皺を伸ばし、虫食いがないか調べ、組み合わせを考える。

 ロドヴィーゴは一台一台リュートを試し弾きし、ディーノは集中して聴いている。

 ディーノのお披露目の時期は先生が考えているが、近々貴族の前で演奏することになるだろう。

 窓の外で動いたものが気になり、視線を向けた。

 いつのまにやら真綿のような白いものが舞い始めていた。
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