【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第二部

2 演奏旅行

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 世話になった集落を離れて二年近く経つ。過酷な演奏旅行ではあったが、見るもの聞くこと新しく、馬車に慣れるまでは大変だったが、楽しい演奏旅行をしている。

 イリア国の西側を最初の半年で回り、それから一度だけ集落に帰った。師匠が頼んでいたリュートの進み具合を確認するためだった。リノは一台目を完成させていて、二台目の製作にとりかかっていた。どうやら一台目は納得がいかなかったらしい。

 集落を旅立ってたった半年だったが、変わらないみんなの顔や集落の雰囲気もすでに懐かしいとディーノは感じた。

 季節は春を過ぎ、初夏になっていた。野菜の種まきはすでに終え、新しい芽が息吹いている。

 ロマーリオはすでに修行に出ていて会えなかった。別の家庭では新しい生命が一人誕生していた。

 大勢がいるところでは気恥ずかしくてイレーネとはほとんど話さなかったが、夕食後別々にこっそり抜け出して、森で落ち合った。身体を抱き寄せ抱擁した。恥ずかしいやら嬉しいやらで、イレーネとなかなか目を合わせることができなかった。

 日程の都合で、集落には一晩しかいられなかった。朝には出発し、南へと移動した。

 師匠はリノが製作した一台目を引き取り、演奏会で何度か披露している。師匠にとってはそう悪い品ではなかったようだ。しかし最初の契約通り、双方が納得できるものをと決めていたから、引き続き製作を依頼していた。しかしいまだに引き取りにいけていない。今回の移動で北上している途中で行ければ寄る予定をしていたが、日程が間に合わなくなる恐れが生じ、叶わなかった。

 演奏旅行は四つの国に渡って行なっていたため超多忙であった。すべてが馬車での移動のため、街まで辿り着けなければ、野宿になったり馬車で眠ったりすることが多々あり、なかなかにハードなものだ。

 しかし過去の過酷な経験のお陰か、ディーノは苦痛に感じなかった。荷物運びも食事の支度も、入浴時師匠の背を流すことも嬉しかった。ときにはマウロの仕事である馬の世話も手伝った。

 馬車に大きく揺られながらリュートを教わり、楽譜も読めるようになって、即興演奏だけではなく、題名のついた曲も演奏できるようになった。

 まだ貴族の前で演奏をしたことはなかったが、いつ人前にだしても恥ずかしくないと、師匠のお墨付きをもらった。あとは機会待ちだった。

「貴族の館が見えてきましたよ」

 ピエールがそう告げた。

 ディーノは身体の向きを変え、手綱を握っている御者台のマウロ越しに外を見た。

 庶民が行きかう通りはすでに遠ざかり、貴族の邸宅が立ち並ぶ街並みに移り変わっていた。
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