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第二部

1 隣国フラン

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 艶やかな栗毛もつ馬が、リズミカルに闊歩している。馬上の人は、制服姿の若い警官だ。街に鋭い視線を投げつけ、ぴりぴりとした空気を放つ。

 警官の緊張などどこ吹く風、街中は緊張感など全くない様相だった。

 露天商がお客を集めようと声を張り上げ、防寒用のマントと頭巾をかぶった平民たちが買い物を楽しんでいる。寒さなどものともしない子供たちははしゃぎ、施しを受けようと路地に座り込んでいる者もいる。

 どこにでもありそうな風景なのに、街によって雰囲気が違うのがおもしろい。

 例えば服の色が地味な街は住人たちもどこか疲れたような雰囲気をまとい、この街のように華やかな色合いが目立つところでは活気があった。

 ディーノは馬車の進行方向とは逆に向いて座り、寒さを凌ぐために馬車に張っている天幕を少し開いて外の景色を楽しんでいた。向かいにはピエールがおり、あれこれと説明をしてくれる。その隣で師匠はうつらうつら舟を漕いでいる。

 ここはピエールの生まれ故郷の国フランだった。出身地はもう少し東北の方らしいが、国の中心であるこの街のことにも明るかった。

 国境にある険しい山脈をぐるりと迂回し、公演を行ないながらではあったが、馬車で三ヶ月もの月日を費やして一行がここへやってきたのは、ロドヴィーゴを支援しているアイゼンシュタット公爵から誘いを受けてのことだった。

 公爵の遠縁にあたるらしい貴族が新年を祝うための音楽会を主催する。公爵はゲストとして招待され、出演者の一人として師匠が招かれた。

 音楽会が終わるまでの数日間は貴族の邸宅に泊めてもらえることになっている。

 街はすでにお祭りムードで、人々は浮かれているようだった。警邏している警官の顔つきが厳しくなるのも無理からぬことで、年末になるとこの雰囲気に乗じて犯罪が横行するのだ、とピエールが説明する。

 ディーノが暮らしていた国イリアも、そしてこの国も、貧富の差は激しいらしく、馬車にわざと当たって金品を要求する輩や、刃物やどこで手に入れたのか銃で脅す者などもいるらしい。一人では絶対に出歩かないこと、と注意を受けた。

「オレなんて見るからに貧相だから、狙われないって。むしろ仲間だと思われそうだよ」

 軽口を叩いてみたが、ピエールは真剣な顔をしてくすりとも笑ってくれず、ディーノは仕方なく「わかりました」と頷いた。

 ロドヴィーゴが鼾をかきだした。馬車の乗り心地は決していいとはいえない。街中は石畳で舗装されていて景観は綺麗だが、振動が直に身体にくる。石畳のないところではぬかるみに車輪がはまったり、ならされていないところでは高低さの揺れがひどい。

 その状態でも平気で眠れる師匠の姿に、ディーノは尊敬の念すら抱いたものだ。もちろんリュートの師匠として尊敬しているので、それとはこれとはまた別の感情だ。

 もうその乗り心地の悪さにも慣れ、尻の下に衝撃が和らぐようなものを置くなどして工夫して長旅に備えている。
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