【完結】とあるリュート弾きの少年の物語

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)

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第一部

52 お別れ

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 集落の出入り口に、一頭の馬が引く馬車が佇んでいる。御者のマウロは準備万端で三人が乗り込むのを待っていた。

 馬車の背後には集落の人たちが揃っていた。ディーノは見送ってくれる一人ひとりと、声をかけたり、握手を交わした。ロゼッタとワルター老には抱きしめられ、ロマーリオとは頷き合った。頭を撫でる人、頑張れよと肩を叩く人たちに見送られ、馬車へ向かう。

 そこではロドヴィーゴがリノと話をしていた。仕事の話かとディーノが思っていたら、「ディーノをよろしく頼みます」とリノが頭を下げていた。父親になろうとしてくれていたリノに対して、一線を引いていたディーノは何と云おうかと悩み、しばらくリノの顔を見られなかった。

 ディーノの気持ちをリノは察したのか、何も云わず黙ってリュートを手渡した。

 受け取ったディーノは顔を上げ、ようやく「ありがとう」と伝えた。単に差し出された礼を云っただけではない。今までで一番の感謝をこめた。

 リノがディーノの左肩を掴み、頷いた。そしてディーノの身体を馬車に向けて、背中をぽんと押した。

 ディーノはされるがままに動いた。そうしないと馬車に乗り込めなくなりそうだった。
 
 ロドヴィーゴとヴィーノが乗ってから、ピエールが一礼をして乗り込み、扉を閉じた。

 マウロが手綱を握り、馬に鞭を入れる。馬車がゆっくりと動き出す。

 見送ってくれる人々の声が聞こえる。

 ディーノは膝の上に置いた握りこぶしを震わせながら、その声を聞いていた。寂しさはあった。新しい世界へ行くことに不安もあった。しかしそれ以上に心残りがあった。見送りの場にイレーネの姿だけがなかったことに。

 イレーネはやはりわかってくれなかったのだろうか。残していくことを怒っているのだろうか。わかってくれというほうが間違っていたのだろうか。イレーネと気持ちが通じ合っていることがわかったのは、ほんの十数日前のことだ。寂しいのはディーノも同じだった。いっそのこと連れてきてしまおうか。

 ふと窓の外を見ると、森の中に人影を見た。

 窓にへばりつき、過ぎ行くその姿に目を凝らす。

 イレーネだった。間違いなく。

「お願い! 止めて!」

 咄嗟にマウロの背に声をかけていた。

 マウロはディーノの声に反応して手綱を引いた。

 馬車はまだそんなに速度を上げていなかった。完全に止まりきらないうちに、ディーノは扉を開け、飛び出していた。
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