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四章 前を向いて

19.真実を聞いて

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 宮前亜矢から連絡を受け、土曜日、芙季子と美智琉は亜澄の病室へ来ていた。範子には連絡していない。

 弁護士さんから話して欲しいという亜矢の希望で、美智琉が伝えることになった。
 亜矢は病室の端にイスを持っていき、ずっと俯いていた。

 美智琉はまず名刺を渡して、山岸由依の付添人であることを亜澄に伝えた。
 由依の処分を伝えると、やはり不満を覚えているのか、亜澄は納得していない顔をしながら、「ありがとうございました」と頭を下げた。

「それともう一つ、伝える事があります」

 亜矢から託された親たちの因縁と、亜澄が生まれるまでの経緯を話す。

 口を挟まず、表情も変えずに聞いていた亜澄は、すべてがわかっていたのかのように、落ち着いていた。
 どうしてそんなに動じずにいられるのか、芙季子は不思議でならなかった。

「私と由依ちゃん、半分血の繋がった姉妹だったんですね」
 納得がいった、という顔つきだった。

「驚かないのかい?」
「驚いています。でも、腑に落ちた気持ちの方が強いというか、やっぱりそうなんだって思ってます」

「なぜ、そう思うのかな」
「以前、大村さんにはお話しましたけど、由依ちゃんとは二人で一つ、という感覚が強いんです。本当に姉妹だとは思っていなかったですけど。だから、嬉しいです。友情以上の繋がりがあって」

 ほんのりと頬を朱に染める。

「由依ちゃんは、知っているんですか? どんな反応でしたか?」
「喜んでいたよ。お姉ちゃんだから、優しいんだねと」

「姉だから優しいんじゃないです。由依ちゃんが優しいから、私も優しくなれるんです」

 由依の話をする亜澄は、とても柔らかな表情をする。
 心底から由依を好きで、信頼しているのが伝わってくる。

「でも、私は妹に、酷いお願いをしてしまいました。本当なら私は生まれてこなかった。由依ちゃんの人生を狂わせる事もなかった。合わせる顔がないです」

 俯き、悲しそうな顔をしている。胸中で、たくさんの後悔をしていることだろう。

「由依さんから、手紙を預かってきた。どうぞ」
 美智留が鞄からクリアファイルに挟んだ手紙を取り出た。

 手紙を見つめた亜澄は、少しの間逡巡していたが、受け取った。

「私を通して、手紙のやり取りは可能だ。ただし内容は確認させてもらうがな」

「読んでみたら? わたしたちは出ましょうか?」
 じっと手紙を見つめる亜澄に、芙季子が声をかけた。

「いいえ、大丈夫です」
 二つに折った便箋を広げた亜澄が目を通す。すぐにぐずぐずと鼻を鳴らし始めた。

 芙季子は内容を知らない。でも、亜澄にとって救いになる言葉が書かれているのだと思う。
 読み終えた手紙を、亜澄は胸で抱きかかえた。大切そうに。

「由依ちゃんが、自分のせいで痛かったよね、ごめんなさいって。だけど、また会いたいって。私と会ってお話ししたい、一緒に遊びたいって。恨まれていてもおかしくないのに」

「由依さんは、純粋な子なんでしょう。恨む気持ちなんて持っていないんじゃないかしら」

 芙季子が優しく言うと、亜澄は「そうでした」と呟いた。

「由依さんは高校を退学した。君たちが会えるのはまだ先になるが、いつか会っても問題がないと判断できる時期がくれば、私が手配しよう」

 美智留の言葉に、亜澄は力強く頷いた。
「はい。お願いします。いつか笑顔で会えるように、私も手紙を書きます」
 暗く沈んでいた亜澄が見せた明るい笑顔に、芙季子の心も晴れやかになった。

「お母さん」

 部屋の隅でハンカチを握りしめたまま、存在を消していた亜矢が、娘に声を掛けられて、ぴくりと体を動かした。

「そんなに小さくならなくても大丈夫だよ。私は、お母さんを恨んだりしないから」

「どうして産んだのよって思わないの?」

「う……ん。つらい事はいろいろあったけど、でもお母さんのせいじゃない。私の性格の問題。お母さんを責めた事は一度もないよ。だって、私の事、大切に思ってくれてるでしょ」

「亜澄……」
 ようやく顔を上げた亜矢の頬は、涙で濡れていた。

「復讐心で作った子供でも、私にその気持ちをぶつけたことあった?」

「ない! 絶対ない。だって一度失った赤ちゃんが帰ってきてくれたんだから、流産した子の分まで亜澄に愛情を注ごうって決めたの」

「そうだよね。お母さんから憎悪とか恨みとか感じたことないもん」

「あたしは、あなたが出来た事で絶望から救われたの。あなたを失いそうで、とてつもなく怖かった。誰かを攻撃しないと、不安で押し潰されそうだった」

「ごめんなさい、お母さんのことまで考えている余裕がなくて」

「お母さんが悪いの。あたしが欲しかった物を亜澄が持っていたから、夢を見て強引にすすめてしまって」

「これからは、私のしたい事をやっていい?」

「もちろん。亜澄は自分の夢を追っていいんだよ。お母さんの夢を、あなたにおしつけるような真似はもうしない」

 母娘は見つめあって微笑んだ。

 あつよママの見立てが正しかったのを、芙季子たちは目の当たりにした。
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