【完結】縁因-えんいんー 第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞

衿乃 光希

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四章 前を向いて

16.因果応報

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「宮前亜矢さんを追っていて、橘さんに辿り着きました。彼があなたの元ご主人だったと知らずにです。わたしも驚きましたよ。亜澄さんと由依さんが」

「待って! 言わないで」
 ぱっと手のひらを向けられる。

「子供たちに、教えていいんじゃないでしょうか」
「ちょっと待って。理解がおいつかない。宏樹のタイプじゃないでしょう」

「タイプではないけど、話を聞いてくれて甘え上手だったと言っていました。でも、橘さんも亜矢さんに騙されていたんですけど」

「あいつ、人の旦那をたらしこんだのね」
 憎々し気な顔をする。

「ええ。あなたが奥さんだと知ったから、だそうです」
「あたし? どうしてよ」

「中学3年間いじめられ続けて、あなたを恨んでいた。復讐をしたんだと、橘さんに語ったそうです。本当は家族を壊すつもりだったけど、先に妊娠したから、それは止めておくと」

「あいつ! 人の子に罪をかぶせるばかりか、あたしより先に宏樹の子供を妊娠! ゲス過ぎない?」
 芙季子が亜矢であるかのように、大声で威嚇する。
 もっとも、この場に亜矢がいたならば、口よりも手が出ていただろうけど。

「亜矢さんが憎いですか」
 どんなに声を荒らげようとも、芙季子は無関係の人間だから、自分に向けられる悪意や挑発には冷静だった。

「憎いわよ。とても」
「あなたが亜矢さんをいじめなければ、起こらなかったことでも、ですか」

「ちょっと遊んでただけじゃない」
「いじめる側は、そう言うんです。あなたも罪の意識を持つべきです」
 若気の至りであろうとも、許されざる行為なのだと気付いて欲しい。

 黙っていた美智留が口を挟んだ。
「山岸さん。あなたがしてきたことを、覚えていますか。宮前亜矢さんに行ってきたいじめを由依さんがされていれば、どう思いますか」

「……学校にクレームを言いに行きます」

 間があったのは、自身がしたことを思い出していたからか。
 娘に置き換えたことで酷い行為だったと反省してくれるよう、芙季子は願う。

「由依さんには詳しく話す必要はないだろう。だが、姉妹であることを伝えてもマイナスにはならないと思うが、山岸さんは反対されますか」

 沙都子は動揺を顔に浮かべたまま、考えている。

「二人の間に信頼関係が結ばれていますから、喜ぶのではないでしょうか。というか、今、横で話してますけど」
 芙季子が由依に視線を向ける。

「この子、短い時間の集中力が凄いんです。周囲の声が聞こえないぐらい」

 大人の視線が集まる中、由依は便箋に向かって鉛筆を動かしていた。消しゴムのカスが散らばっている。

「この手紙を書き終えるまで、反応しませんよ」

 沙都子が言った通り、由依は一心不乱に書いている。
 15分後、「できた!」と顔を上げた。
 書き上げた達成感からか、晴れ晴れしい笑顔を浮かべている。

「ママ、書けた。先生、亜澄ちゃんに渡して」
 受け取った美智琉が目を通し、頷いた。

「必ず渡すからな」
「うん!」

「由依、お願いします、でしょ」
「そうだった。先生、お願いしまぁす」

「承った。返事がもらえたら、持っていくからな」
「お返事くれるといいなぁ。亜澄ちゃん、すっごく字がきれいなんだよぉ」

 ほとんど減っていなかったオレンジジュースを一気に飲み、ズズッと音を立てた。

「山岸さん、どうされますか」
 美智琉が静かに尋ねる。

「由依のためになるんでしょうか」
「絆が深まるのではないかと思うが、判断をするのはあなたです。黙っておけというなら墓場まで持っていきますよ」

「亜澄さんを憎い気持ちは正直あります。でも、感謝もしているんです。ずっと友達ができなかった由依の、初めての理解者だから。血のお陰なのかもしれませんね」

 由依が手紙を書いている姿を見ている間に頭を冷やせたのか、沙都子はそう言うと、由依に体を向けた。

「由依ちゃん。大切なお話をするからね」

「なぁにママ」
 深刻な母親の様子を受けて、由依も真面目な顔つきになる。

「由依ちゃんと亜澄さんはね、お父さんが同じ人なの。パパ覚えてる?」
「うーん、あんまり覚えてないよ」
 由依が大きく首を傾けた。

「そっか。由依ちゃんと亜澄さんはね、半分同じ血が入ってる、姉妹なのよ」
「姉妹? じゃあ、亜澄ちゃんはお姉ちゃんなの?」

「そうよ。亜澄さんの誕生日が10月で、由依ちゃんが3月だもんね」
「そっかぁ。だから亜澄ちゃん優しいんだね」
 由依はぱっと花のような明るい笑顔を浮かべた。

「亜澄さんは、優しかったの?」
「うん。いつも一緒にいてくれてぇ、お話いっぱいしたの」

「亜澄さんの事、好き?」
「大好きだよ」

「そうなの……そうなのね」
「ママどうしたの? どこか痛いの?」

 突然泣き出した沙都子を、不思議そうな顔で由依は見つめ、母親の手をぎゅっと握りしめた。
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