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三章 過去の行い

8.スナックあつよ

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 もらった情報を外村に送り、芙季子はタクシーを捕まえて川口に向かう。
 タクシーの中でネット検索する。

『あつよ』ではヒットしなかったが、『川口のスナック』だと、スナックを紹介しているページが見つかった。
『あつよ』も紹介されていて、住所と電話番号が書かれていた。

 川口駅で降ろしてもらい、地図アプリを頼りに足を使って店を探す。
 コンビニと不動産屋に挟まれた3階建ての古びた雑居ビルに『あつよ』と書かれた看板を見つけた。

 時刻は昼、営業をしているわけがなく、看板の電気も灯っていない。
 店の番号に電話をかけてみたが、誰も出なかった。
 夕方にまた来ようと、ひとまずその場を離れた。

 外村から宮前亜矢の履歴書が入手できたとメールが届き、チェーンのカフェに入る。

 住所や誕生日にざっと目を通し、学歴と職歴を見る。
 小学校中学校は地元の公立校、高校は私立の女子高だった。

 本人が言っていた通り。この中学で山岸沙都子と出会い、執拗ないじめに遭った。容姿を罵られたと言っていたが、原因はそれだけなのだろうか。

 高校卒業後、飲食店で接客業を始めているが、職種や店名は書いていなかった。
 この店で3年半ほど勤めた後、退職している。
 調理師免許を取得し、現在の派遣会社に登録をしたのは、出産後。

 履歴書では亜矢が38年の人生をどう生き抜いてきたのか、わかることは少なかった。

 建物の明かりが目立ち始めた頃。芙季子は『あつよ』に戻ってきた。
 看板に明かりが灯っていた。木製の扉を開く。

「いらっしゃいませ」

 華やかな女性たちの声が掛かる。
 バーカウンターに女性が一人、奥のカラオケモニターの前にもう一人、どちらも30歳前後に見えた。
 開店直後だったようで、まだ客は誰もいなかった。

「お一人ですか。お待ち合わせですか」

 バーカウンターのホステスが訊ねてくる。
 一人だと告げると、カウンター席の端に案内された。
 入口は近いが目立たず、店内が見渡せる。他の客と接点がなさそうな席だった。芙季子にとってはありがたい配慮だった。

 ハイボールで喉を潤すと、溜め息のような吐息のような声が漏れた。
 水分摂取を心掛けていたが、疲れた体に流し込むアルコールは格別だった。あっという間に飲み切ってしまい、二杯目を注文してしまった。
 お通しの総菜に箸を伸ばす。もやしとちくわとわかめをポン酢で和えた総菜はピリ辛で、落ちていた芙季子の食欲を刺激した。

「これ、美味しいですね」
「ありがとうございます。人気の一品なんですよ。あたしが考案したんじゃないですけど」

 彼女はしっとりした笑みを見せた。明るい茶色のロングヘアを左側にまとめ、黒のスーツの中は白のVネックのカットソー。品があり、落ち着いた雰囲気を放っていた。

「ママさんですか」
「いえ。萌恵と申します」
 差し出された名刺を受け取る。

「こちらは長いんですか」
「5年ほどになります」
「働きやすい職場なんですね」
 5年だと萌恵は亜矢のことを知らないだろう。

「あつよママがいろいろとお節介を焼いてくれるので、居心地が良くて」
「今日は、ママさんは出勤されますか」

「ええ。まもなく参ります。ママのお知り合いですか」
「いえ。こういう者です」
 芙季子も名刺を渡す。

「週刊誌の記者さんですか」

「こちらで働いておられた宮前亜矢さんについてお聞きしたくて。ママさんに話を通していただいてもよろしいですか。ご希望でしたら、営業時間外に出直しますので」

「ママに訊いてみますね」
「よろしくお願いします。あと、おでんの盛り合わせください」
「はい。おでん盛り合わせですね。ありがとうございます」

 出汁がよく染みこんだおでんを食べていると、男性客が二人三人と入店し、賑わってきた。
 夜を迎えたばかりの時間帯だから、二軒目以降のお客たちではないようだ。
 1時間もすると、店の雰囲気は変わるだろうけど。

「お待たせしました。ママのあつよと申します」

 おでんを食べ終えた頃、花柄のワンピースに白のジャケットを着たショートカットの女性が現れた。
 60代頃と思われたが、華と品があり、若々しく、チャーミングな人だった。

 芙季子は居住まいを正す。
「週刊成倫の記者の大村と申します。営業中にお邪魔しまして、申し訳ありません」

「おでんはいかがでした?」
「風味のある良いお出汁が染みていて、大変美味しかったです」

「亜矢ちゃんが教えてくれたんですよ」
「宮前亜矢さんが、ですか」

「ええ。亜矢ちゃんはお料理がとても上手で、評判だったんです。私、お料理が苦手で、スナック菓子しかお出しできなかったんですよ。それが亜矢ちゃんのお陰で美味しいお通しが出せるようになって、お客様に喜んで頂けるようになったんです」

「調理師免許取得は出産後でしたが」

「私が勧めたんですよ。昼のお仕事を始めるなら資格がある方がいいわよと。得意を生かせるお仕事なら、シングルマザーでも食べていけるんじゃないかって」

「やはり、再婚はされていないのですね」
 洋服店の店主が言っていた通りだったが、不倫とは限らない。

「亡くなられたご主人のことはーー」
 質問を重ねようとした時、キーンと耳障りな音が店内に響いた。客の一人がマイクを握っていた。
 賑わう店内で聞き込みは難しいかもしれない。それにママの独占はよくないだろう。

「お時間を改めます。申し訳ないですが、ママのご都合を教えて頂けませんか」
「閉店後にいらっしゃる? 深夜0時ですが」

「ママのご都合がよければ、何時でも構いません」
 芙季子が本気で答えると、ママがおかしそうに笑った。

「冗談ですよ。その頃は酔っ払ってますから、まともに答えられるかわかりませんよ。真面目な方ね。明日、定休日ですから、ランチでも戴きながらお話ししましょう」

「取材に応じてくださり、ありがとうございます」
 改めて名刺の交換をしあい、川口駅午後1時に待ち合わせる約束を交わした。

 帰宅途中、美智琉からメッセージが届いた。
 明日の予定を確認する内容だった。
 そういえば、今日も動いているのに美智琉に連絡をするのをすっかり忘れていた。
 明日ママと会う約束をしたことを伝え、『来ますか』と尋ねると、『行く』とすぐに返ってきた。
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