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二章 旧友との再会

6.奮起

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「元気そう……じゃなさそうだな」
 芙季子を見る美智琉が言い直す。範子は死産のことも話したのだろうかと気にかかる。

「元気じゃないですよぉ。教え子が逮捕されちゃうなんて、ショックです」
 範子は肩を落とした。

 どうやら話さずにいてくれたようだ。
 死産のことは妊娠を知っている人だけが知っていてくれればいい。

「記事を読んだ。まさか範ちゃんと芙季ちゃんが関わっているなんて思いもしてなかった」

「発売当日に逮捕予定が公表されるなんて、わたしも思ってなかったです。会社に非難の電話じゃんじゃんですよ」

「真逆の記事だからな。被害者家族の行動を非難しているように読める」

「非難するつもりなんてカケラもなかったんですけどね。二人を知っている同年代の子が違和感を持っていたから、そのままを書いたんですけど」

「あたしは信じられません。山岸さんは負の感情から遠い所にいる子だと感じてましたもん。高校に入ってから、何かあったんでしょうか? 誰かにあることないこと吹き込まれて信じちゃったのかなあ」
 納得のいかない顔つきで考え込む範子に、芙季子が訊ねる。

「学校にも非難の電話があったの?」

「ありました。学校名が伏せられていても保護者さんにはわかっちゃうんですね。教育委員会が動いて、あたしのことは割とすぐにバレちゃいました。半年前の担任でしたからね。でも後悔はしていませんよ。個人情報を守らなかったことは反省していますけど」

「復職はできそう?」
 範子から職を奪うつもりは、芙季子にはまったくなかった。

「教職免許剥奪にはなりませんでしたから、教育を受け直したら大丈夫だと思いますけど。異動になります。今の学校に戻ることは無理ですから」

「自分の進退を掛けてまで規定を破ったのはなぜだ?」
 美智琉が訊ねる。

「二人のことを知ってもらえれば、守れると思ったんです。同情的な声が上がるんじゃないかなと。でもあたしに見る目がなかったってことですよね」

「範ちゃんこそ逸ったな。真相は二人にしかわからないのだから。守る方法は他にもあったと思うぞ」

「そうですね……」

 肩を落とし、項垂れた範子を芙季子は庇う。
「わたしのせいなんですよ。範ちゃんは取材を一度は断ったし、聞き込みをしていたわたしから生徒を守ろうとしていましたから」

「だが、守秘義務違反だからな。生徒たちの関係性の事実はどうであれ、公務員法に違反する行為だ。範ちゃんは教師を続けたいなら改めないとだめだよ」

「はい。毎日教育委員会のえらい人から言われてます。今後も言われ続けると思います」

 これ以上は必要ないと思ったのか、美智琉の矛先が芙季子に向いた。
「これから芙季ちゃんはどうするんだ? 記事を書いた君に責任は問われないんだろう」

「そうですけど、真相が嫉妬からだとわかりましたから、取材を続けるかどうか」

「上司から、取材の必要はもうないと言われたのか?」

「いえ、デスクも編集長からも何も言われませんでした。クレームなんていつものことですし。業務に障るほどだったのは久しぶりみたいですけど」

「芙季ちゃんは、これで終わらせて納得できるのか?」

 美智留の視線から逃れるように、芙季子は煮えるお鍋に視線を移す。
「納得ですか。できないですけど、無理じゃないですか。取材対象に肩入れして、真実を捻じ曲げて報道してしまうなんて」

「週刊誌なんて、適当にでっち上げて記事にしてるんじゃないのか? 火のないところに火事を起こすのは得意だろう」

「先輩……なんて言い方」
 勢いよく顔を上げる。「そういう記事を書く人がいるのもたしかです。でもほとんどの記者がたくさん取材をして、裏を取ってから記事にしています。多少盛ったり煽ることもありますが」

「芙季ちゃんはどうなんだ? ちゃんと取材した上で書いたのじゃないのか?」

「もちろんです。でも……真実は違うところにありました」

「でも君も、範ちゃんも違うと思ってる。だろう?」

 美智琉の指摘に、芙季子は頷く。
「はい。わたしも山岸由依が嫉妬から刺したとは思えません」

「なら、取材を続ければいいじゃないか。君が納得できるまで。真実を裏付けるものが出てくるかもしれないし、別の真実が隠れているかもしれない」

 芙季子ははっとした。頬を張られた気がした。

「記者ってしつこいしずうずうしいんだよ。人の痛みを遠慮なく抉ってくる。でも弁護士が知らない情報を掴んでたりして、侮れないところもあるんだよな」
 美智琉がぐいと缶チューハイを飲む。

 芙季子はスマホを取り出し、新田に電話を掛けた。『どうした?』とすぐに応答があった。

「デスク。わたし取材続けますから。これ以上に迷惑をかけるかもしれませんけど、いいですよね」

 ふっと鼻で笑うような声が聞こえた後、
『それが俺の仕事だ』
 一言で切れた。

 新田からの了解を取り付けた芙季子は、続けて駒澤にも電話を掛ける。
「お願いがあるの。宮前亜澄と仕事をしたことのあるグラドル紹介して。取材許可は自分で取るから。よろしく」
 電話を終えると、美智琉がこちらを見つめていた。いたずらを仕掛けた子供ように目が輝いている。

「なんですか?」
 美智琉に尻を叩かれたことはわかっていたが、芙季子はとぼけた。

「いや、なんでも。さあ鍋食べるか。煮えたぎっているじゃないか」
 箸を取り上げた美智琉の顔が楽しそうに見え、芙季子は高校時代を思い出した。
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