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一章 女子高生殺傷殺人未遂事件

13.同業者への取材1

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 待ち合わせをした居酒屋に、駒澤は15分ほど遅れてやってきた。
 仕事が長引くなんてよくあることだ。来てくれただけでもありがたい。

 駒澤のためにビールを頼もうとしたが、駒澤は「取材だから、アルコールは後にしましょう」と言った。
 芙季子もお酒は頼まず烏龍茶を飲みながら、お通しのマカロニサラダをつついていた。

 数品注文をしてから、ICレコーダー二台のスイッチを入れた。
 周囲は酔客の立てる声や音が大きい。二台用意していてもちゃんと録音されるか不安で、ノートも用意してメモを取りながら話を始める。

「わたしなりに調べたんだけど、宮前亜澄のグラビアデビューは中学2年生の秋。他誌の十月発売十二月号、新人グラドル特集に掲載。うちの雑誌は翌年の夏、八月発売十月号。撮影は6月か7月だと思うんだけど」

「7月の頭でしたね。梅雨がまだ残った中で海での撮影でした。これ持ってきました」
 成倫社のロゴが入った紙袋が渡される。中には二冊雑誌が入っていた。芙季子がお願いしていたバックナンバーだった。一冊は表紙で、巻頭カラーにもなっている。

「実は問い合わせが相次いでいて、増刷の動きがあるんです」
「母親が暴露したことで、興味を持った人が買おうと動いてるってことね。出版社としてはありがたい事ね」

「大村さんが事前に教えてくれたことで、うちの編集長が営業に事前に伝えていたんです。慌てる前に動けています」

 嬉しそうな駒澤の様子に、だが芙季子は手放しでは喜べなかった。人の命が関わっている。

 宮前亜澄の母親の泣きじゃくる姿に心が動かないわけではなかった。
 記者として冷静に、疑いを持って見ている間は何も思わなかった。
 いったん家に帰ったからだろうか、居酒屋で駒澤を待っている間、考えてしまった。
 我が子が生死の境をさまよっている宮前母の気持ちを。

 事務所に相談もせず、亜澄本人の気持ちもわからない状態での暴露はどうかと思う反面、母親としていてもたってもいられなかったのかもしれない。
 シングルマザーだったのなら、なおさら我が子への想いは強いだろう。
 不安を分かちあえる存在がいなくて、相談できる人もいなくて、一人で子供を守ろうとして、なりふり構わず暴走した。

 警察が捜査をしている今の段階では、褒められた行為ではない。
 が、胸が痛かった。
 子を思う母の気持ちを考えると、胸が締め付けられた。
 涙を堪えているところに駒澤が現れてくれ、泣かずにすんだ。

 表紙ではない方の雑誌を先に見る。
 曇り空と白い波の立つ海を背景に、宮前亜澄が青いビキニで砂浜に横たわっている。左ひじを下にして上体を軽く起こしているから、重力に逆らわない胸がその大きさを主張している。目線はカメラではなくどこか遠くを見つめている。

 ページをめくる。岩壁の前で佇みカメラ目線だが、はにかみ恥ずかしそうに微笑んでいる。
 宮前亜澄のグラビアページは全部で四枚。

「読者アンケートはどうだった?」
「表紙の子に全部持っていかれた感はありますね」

 表紙の女の子は亜澄ほどグラマーではないが、はちきれそうな笑顔が魅力的だった。太陽のような笑顔と、感情の薄い笑顔とでは、与える印象がずいぶんと違う。

「表紙の子、今はタレント活動もしていますよ。どんなときでも笑顔を絶やさないので人気がありますね」
 駒澤がテーブルに届いたシーザーサラダに、箸をつける。

「そうなんだ。たしかに元気がもらえそうな可愛らしい笑顔ね。宮前亜澄は、笑顔が苦手なのかしら」
「母親に叱られているのを見ましたよ。いつまで恥ずかしがってるの。ちゃんと笑いなさいって」

「ステージママなのね。この時も?」
 芙季子は表紙になっているもう一冊を手に取る。今年の三月発売五月号。

「ええ。一緒に来ていました。初めての写真集が出るからとお祝いで表紙と巻頭です。写真集は他社でしたけど、相乗効果を期待して」

「売れた?」

「それなりに。彼女、肌がすごくきれいで、恥ずかしくなると全身がピンク色になるんです。お風呂上りのような。メイクじゃない自然な色味と落ち着いた微笑みが相まって、人気が出てきているんです。なので写真の修正は控え目にしています」

 巻頭ということもあって、さまざまなシチュエーションで撮影されていた。
 浴衣での足湯、名物の食べ歩き、水着での部屋風呂、布団の上ではランジェリーを身に着けて横たわっている。
 まるで温泉デートのような物語性の感じられる写真だった。

「カメラマンも、写真集を撮影した人でと指名されました」
「最初の頃と比べて成長は感じられた?」

「普通なら撮られ慣れているはずなんですけどね、いまだに初々しさは残っていました。珍しいっていうか、いないですよ、そんな子。真似をする子もいるんですよ。宮前亜澄のように視線をカメラに向けず、大きく笑わないように意識して」

「使われるの? その写真」
「使わないです。軒並み失敗していますね」

「計算してできるものではないということね。宮前亜澄はそれが自然にできる子なのね」
 刺身の盛り合わせとアスパラベーコンが届いたので、雑誌を少し移動させる。

「そういうことです。それに、この二枚とこっちの二枚、比べて見てください」
 駒澤がページを何度かめくり、行ったり来たりする。

「街歩きの時と体を見せるときの顔の違い、ここがいいみたいです。なんだちゃんと笑えるじゃないか。しかも可愛いって。わかります?」

「わかるわよ。神対応と塩対応。もしくはデレとツン」
 写真を指差して答える。駒澤はその通りですと言わんばかりに頷く。
 芙季子だってツンデレキャラは嫌いではない。男性でも女性でも可愛いと思う。

「デレを写真で表現するのはわかるけど、ツンは難しそうよね。ただの不機嫌扱いされそう」

「そうなんですよ。動画なら演技で見せられますが、写真はセリフもありませんからね。ただ、宮前亜澄がそれを意識しているのかどうかはわかりませんよ」

「意識してないんじゃない。だからこそ評価に繋がっているのかも」
 雑誌を紙袋に戻して、駒澤に返す。

 湯気の上がる唐揚げが届いて、駒澤の顔がにやける。

 はふはふ言いながら美味しそうに食べる駒澤を見て、芙季子も置いていた箸を取った。
 刺し身をいくつか食べてから、質問を重ねた。

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