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一章 女子高生殺傷殺人未遂事件
⒉一人目の被害者
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8時半。芙季子は事件となった高校に到着した。
正門前で制服の警察官が立っていた。
半分ほど開けられた門の向こうに、緑が生い茂っている庭があった。ココスヤシやソテツが葉を伸ばし、四角や丸に剪定されたツツジなどの低木がところどころに植えられている。その中で、警察の鑑識課員が調べている姿が見える。
正門の周辺にはマスコミが大勢集まっていた。
学校は捜査中のため休校。教師の姿は見当たらない。自宅待機なのか、職員室に集まって今後の対策を練っているのか。正門からでは伺いしれない。当然ながら生徒の姿もなかった。
高校は最寄り駅から南東に20分ほど歩いたところにある。学校の周辺は住宅街だった。
壁が色褪せた、年季の入った建物が多い。
所轄の警察署に詰めている外村の情報によると、この町は夜間のひったくりや盗難事件も多く、治安はあまり良くない。だが、事件の直近で不審者に対する通報はなかったらしい。
芙季子はマスコミだらけの正門から離れた。学校の周囲を巡るために歩く。
角のテニスコート沿いに曲がると、先の方で数人が校舎に向かって立っているのが見えた。マスコミ関係者かと思ったが、近寄るとまだ成人していないように見えた。もしかするとここの生徒かもしれない。芙季子はICレコーダーの録音を押してから、「ねえ」と声をかけた。
「誰?」
「マスコミじゃね?」
男子3人と女子1人。
サイズの大きなTシャツとパンツをゆるく着た彼らは、体は大きいが、芙季子に向けた顔には幼さが残っている。
女子はメイクをしていて雰囲気は大人っぽかったが、よく見るとやはり10代の顔つきだった。トップスは長袖パーカーだが、ボトムスはホットパンツ。日焼けした剥きだしの脚が眩しいほどに艶やかだ。
「ここの生徒さん?」
「そうっす」
顔を見合わせた後、個々に頷いた。
「休校、知らなかったわけじゃないよね。どうしたの?」
「あ……部室に忘れ物して取りに来たんすけど、入れてもらえなくて」
ひときわ背が高い、サイドを刈り上げたベリーショートの男子が答えた。
「あたしはただの野次馬。家にいても暇だったから遊びに来ただけ。そしたらこいつらいて」
男子たちには素朴さが窺えたが、彼女はノリの軽そうな雰囲気があった。
「みんな同じ部活なの?」
「オレたちは同じっす。こいつは同じクラス。1年っす」
男子3人は同じ部活で、彼女とベリーショートの彼が同じクラスらしい。
「事件のこと、怖いよね。何か知ってる?」
芙季子は直球で訊ねてみた。彼らには回りくどく訊くよりいいのではないかと判断した。
四人は顔を見合わせた後、「噂ですけど」とマッシュヘアの男子がスマホを操作した。
見せてくれたのは、SNSのアカウントだった。
『やっべ。うちらの高校で殺人事件あったらしい』から始まり、動画も投稿されていた。真っ暗な中を赤色灯が光り、ヘルメット姿の救急隊員が映し出される。サイレンや慌てる人の声が混在し、騒然とした様子が窺えた。
動画はほんの十数秒。警察官に遮られて終わった。被害にあった生徒は一切写っていない。
画面をスクロールしていくと、最初の書き込みから一時間ほど経った後、被害者の一人が『山岸由依だと思う』と書かれてあった。慌てている家族全員を救急病院で見かけたらしい。
「この山岸由依っていう生徒は知ってる? 何年生?」
「クラスは違うけど、1年です」とマッシュヘアの彼。
「あたし、中1の時同じクラスだった」と女子が小さく挙手をした。
芙季子は(ナイス!)と胸の内で声を張りあげた。
「どこの中学だった?」
教えてもらった中学校名をメモしながら、山岸由依について質問をする。
「どんな子だった? 問題を起こすような子だった?」
「問題? ある意味問題児だったかな。天然過ぎるっていうか、なんか変わった子だった」
女子生徒は小首を傾げながら、答えてくれる。
「変わった子って、具体的にはどんな感じ?」
「えーと、体操服で授業に出てたことがあった」
「制服が汚れたとかで?」
「ううん。誰かにからかわれたみたい。先生にめっちゃ怒られてた」
「他には」
「子供向けの魔法少女物アニメが好きだって言って、クラスのみんなに幼児がいるって笑われてた」
「友達はいた?」
「いなかったんじゃないかな。誰かと一緒にいた姿は記憶にない気がする」
「いじめとかは?」
「ああ、いじめてもいじめ甲斐がない子って感じ。何言われても泣かないし悔しそうにもしないし」
「反応がないの?」
「ううん。ずっと笑ってるの」
「わははって?」
「そういうんじゃなくて。ニコニコっていうかニヤニヤっていうか。先生に怒られても反省してる感じなかったな」
「微笑んでるってこと?」
「うん。だから気持ち悪くて、誰も相手にしてなかった」
黙って聞いていた男子が「こっわ」と呟いた。
「他には何か覚えてない?」
「関わらないようにしてたから」
思い出しながら話してくれた女子生徒は、ついに首を振った。どうやらここまでのようだ。
「貴重な情報をありがとう。良かったらみんなで何か食べて」
芙季子は財布から千円札を二枚取り出し、彼女に渡した。
彼女は「やった」と喜んで受け取った。さりげなく名刺も忍ばせておく。
外村に山岸由依の名前を知らせると、『調べます』とすぐに返信がきた。
芙季子は周辺の住宅街で取材をするため、正門前にある住宅のインターホンを押した。
正門前で制服の警察官が立っていた。
半分ほど開けられた門の向こうに、緑が生い茂っている庭があった。ココスヤシやソテツが葉を伸ばし、四角や丸に剪定されたツツジなどの低木がところどころに植えられている。その中で、警察の鑑識課員が調べている姿が見える。
正門の周辺にはマスコミが大勢集まっていた。
学校は捜査中のため休校。教師の姿は見当たらない。自宅待機なのか、職員室に集まって今後の対策を練っているのか。正門からでは伺いしれない。当然ながら生徒の姿もなかった。
高校は最寄り駅から南東に20分ほど歩いたところにある。学校の周辺は住宅街だった。
壁が色褪せた、年季の入った建物が多い。
所轄の警察署に詰めている外村の情報によると、この町は夜間のひったくりや盗難事件も多く、治安はあまり良くない。だが、事件の直近で不審者に対する通報はなかったらしい。
芙季子はマスコミだらけの正門から離れた。学校の周囲を巡るために歩く。
角のテニスコート沿いに曲がると、先の方で数人が校舎に向かって立っているのが見えた。マスコミ関係者かと思ったが、近寄るとまだ成人していないように見えた。もしかするとここの生徒かもしれない。芙季子はICレコーダーの録音を押してから、「ねえ」と声をかけた。
「誰?」
「マスコミじゃね?」
男子3人と女子1人。
サイズの大きなTシャツとパンツをゆるく着た彼らは、体は大きいが、芙季子に向けた顔には幼さが残っている。
女子はメイクをしていて雰囲気は大人っぽかったが、よく見るとやはり10代の顔つきだった。トップスは長袖パーカーだが、ボトムスはホットパンツ。日焼けした剥きだしの脚が眩しいほどに艶やかだ。
「ここの生徒さん?」
「そうっす」
顔を見合わせた後、個々に頷いた。
「休校、知らなかったわけじゃないよね。どうしたの?」
「あ……部室に忘れ物して取りに来たんすけど、入れてもらえなくて」
ひときわ背が高い、サイドを刈り上げたベリーショートの男子が答えた。
「あたしはただの野次馬。家にいても暇だったから遊びに来ただけ。そしたらこいつらいて」
男子たちには素朴さが窺えたが、彼女はノリの軽そうな雰囲気があった。
「みんな同じ部活なの?」
「オレたちは同じっす。こいつは同じクラス。1年っす」
男子3人は同じ部活で、彼女とベリーショートの彼が同じクラスらしい。
「事件のこと、怖いよね。何か知ってる?」
芙季子は直球で訊ねてみた。彼らには回りくどく訊くよりいいのではないかと判断した。
四人は顔を見合わせた後、「噂ですけど」とマッシュヘアの男子がスマホを操作した。
見せてくれたのは、SNSのアカウントだった。
『やっべ。うちらの高校で殺人事件あったらしい』から始まり、動画も投稿されていた。真っ暗な中を赤色灯が光り、ヘルメット姿の救急隊員が映し出される。サイレンや慌てる人の声が混在し、騒然とした様子が窺えた。
動画はほんの十数秒。警察官に遮られて終わった。被害にあった生徒は一切写っていない。
画面をスクロールしていくと、最初の書き込みから一時間ほど経った後、被害者の一人が『山岸由依だと思う』と書かれてあった。慌てている家族全員を救急病院で見かけたらしい。
「この山岸由依っていう生徒は知ってる? 何年生?」
「クラスは違うけど、1年です」とマッシュヘアの彼。
「あたし、中1の時同じクラスだった」と女子が小さく挙手をした。
芙季子は(ナイス!)と胸の内で声を張りあげた。
「どこの中学だった?」
教えてもらった中学校名をメモしながら、山岸由依について質問をする。
「どんな子だった? 問題を起こすような子だった?」
「問題? ある意味問題児だったかな。天然過ぎるっていうか、なんか変わった子だった」
女子生徒は小首を傾げながら、答えてくれる。
「変わった子って、具体的にはどんな感じ?」
「えーと、体操服で授業に出てたことがあった」
「制服が汚れたとかで?」
「ううん。誰かにからかわれたみたい。先生にめっちゃ怒られてた」
「他には」
「子供向けの魔法少女物アニメが好きだって言って、クラスのみんなに幼児がいるって笑われてた」
「友達はいた?」
「いなかったんじゃないかな。誰かと一緒にいた姿は記憶にない気がする」
「いじめとかは?」
「ああ、いじめてもいじめ甲斐がない子って感じ。何言われても泣かないし悔しそうにもしないし」
「反応がないの?」
「ううん。ずっと笑ってるの」
「わははって?」
「そういうんじゃなくて。ニコニコっていうかニヤニヤっていうか。先生に怒られても反省してる感じなかったな」
「微笑んでるってこと?」
「うん。だから気持ち悪くて、誰も相手にしてなかった」
黙って聞いていた男子が「こっわ」と呟いた。
「他には何か覚えてない?」
「関わらないようにしてたから」
思い出しながら話してくれた女子生徒は、ついに首を振った。どうやらここまでのようだ。
「貴重な情報をありがとう。良かったらみんなで何か食べて」
芙季子は財布から千円札を二枚取り出し、彼女に渡した。
彼女は「やった」と喜んで受け取った。さりげなく名刺も忍ばせておく。
外村に山岸由依の名前を知らせると、『調べます』とすぐに返信がきた。
芙季子は周辺の住宅街で取材をするため、正門前にある住宅のインターホンを押した。
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