美弥ちゃんと幽霊犬

衿乃 光希

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二十二話 ケンカ

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(まさかルークスが吠えられてる?)
 小型犬エリアからは、遠くて様子が見えない。
 美弥は柵を回って、大型犬エリアに向かって走った。

 幽霊のルークスを嫌がった子たちに囲まれているんじゃないか。
 触れられないからケガはしない。だけど怖い思いをしているんじゃないか。

 美弥が行っても助けられる状況ではないかもしれない。かえって美弥も危なくなるかもしれない。
 だけど、ルークスの姿を確認したくて、気が急いた。

 つまづいて転びそうになった。慌ててしがみついた柵は、大型犬エリアのものだった。
 吠え声はまた続いていた。
 顔を上げて、ルークスの姿を探す。

 黒いラブラドールとポインターが、からみあい、互いを追いかけ回し、牙をむいて大きな声をあげている。
 ルークスは、二匹の間に入ってケンカを止めようとしていた。
 ルークスが囲まれている状況ではないことに安心した。けれど、ケンカは良くない。

 美弥はイヌのケンカを見たのは初めてだった。
 大きな声、暴れる姿。止めようとする飼い主が声をあららげる。
 怖かった。足がすくんだ。
 ルークスが囲まれていたとしても、助けに入るのはむりだ。

 ペットは家族。
 そう思っていたけれど、やっぱり獣なんだ。と、思わされた。

 それだけに、止めようと果敢かかんに挑むルークスの姿は、たのもしかった。

 両飼い主さんによって、二匹は引き離された。
 なおも威嚇しようとしたけど、飼い主さんの鋭い声で、引き下がった。
 ルークスの必死な声が、二匹を落ち着かせたようにも、美弥には見えた。

「先生、早く早く」
 ドッグランの入り口の方から、誰かを急かす声が聞こえてきた。

 顔を向けると、こちらに走ってくるショートカットの女の人がいた。
 美弥の後ろを通り越し、大型犬エリアの二重扉をくぐる。

 近くにいた黒ラブさんの飼い主さんと話をしてから、しゃがんでイヌの体を見た。
 飼い主さんも一緒にしゃがんで、黒ラブさんを抱き寄せる。
 声は聞こえないけれど、話しかけながら優しく体に触れていく。
 水をかけて、タオルを巻いたあと、ポインターさんにも同じことをした。


 美弥が女の人をじっと見つめていると、
「きりたに動物病院の先生よ」
 と教えられた。
 背後にいたのは、ポメのおばさんだった。

 きりたに動物病院は、幹線道路沿いにある動物病院だと、思い出した。
真己まき先生は、ここの五階に住んでいらっしゃるの。インターフォンを押してみたら、いらっしゃったから。すぐに駆けつけてくださるなんて、ありがたいわ」

 どうやらポメのおばさんが、一度マンションの外に出て、インターフォンで先生を呼び出したようだ。
 美弥が一歩も動けなかった間に。

 診察が終わったのか、二匹を連れた飼い主は、距離を開けてこちらに来た。
 背後から人の気配がなくなったのを感じた。
 二匹が大型犬エリアを出ると、ルークスもゆっくり歩いて美弥の元に戻ってきた。

『おかえり。ルークス、よく止められたね』
(ただいま。あの二匹、気があわなかったみたいだね。そんなこともあるよ」

 戻ってきたルークスは、美弥のように恐怖は感じていないようだった。

 先生はスマホで電話をしながら歩いてくる。
 美弥の近くを通るタイミングで、通話を終えたのか、スマホを耳から離した。
「あの」
 美弥は思い切って先生に声をかけた。

「ん? なにかな?」
 先生は美弥を見ると、立ち止まってくれた。

「二匹は、ケガしたん?」
 激しいケンカだったから、気にかかっていた。

 先生はしゃがんで、美弥と目線を合わせてくれた。
「軽くだけど、出血があったから、念のため、病院に行ってもらったんだ。二匹とも、うちの病院にかかってくれていたから」

「大丈夫なん?」
「大丈夫だよ。消毒をして、なめてしまわないように処置をすれば、すぐに治るから」
「良かった」

 心の底からほっとした。
 それだけ、迫力のあるケンカだったから。
 
「あとね、もし知ってたら、教えて欲しいねん。マンションに住んでいるティーカッププードルさん、動物病院に来てはる?」

「お嬢さん、個人情報は教えられないんだよ。その子がどうかしたの?」
「んとね、うちの家の上にいるんやけど、ケンカの声が聞こえたから、プードルさん怖がってないかなって気になって」

「心配してるんだね。教えてくれてありがとう。もし、うちにかかっていたら、気をつけておくよ」

「お願いします。あたし、801の東美弥です」
「私は503に住んでる、桐谷真己きりたにまきです。よろしく。じゃあね、優しい美弥さん」
「さようなら」

 先生はドッグランを出て行った。
 マンションの近くにある動物病院の獣医さんなら、なにか知っているかもと思って質問してみたけれど、ティーカッププードルさんの情報は、まったく得られなかった。
 
(先生、教えてくれなかったね)
『ダメだったね。ポメさんとダックスさんは、まだ遊んでやるから、聞いてみようか』
(そうしよう)

 小型犬エリアに戻った。
 二人は離れて、イヌを遊ばせていた。ケンカを見てしまった後だからかもしれない。

「あの、ここで茶色のティーカッププードルさんを見かけたことない?」
「ティーカッププードル? トイプーならいてるけど、もっと小さい子よねえ」

「たぶん、このくらい?」
 ルークスにちらりと確認しつつ、手で大きさを表した。

「そうよね。ティーカップだもの。おばさんは見たことないわ」
「ありがとうございました。ポメちゃんはなんていうお名前なん?」

「カタカナで、コタロウよ」
「コタロウくん。かっこいいなあ、もっかいなでてもいい?」
「はい。どうぞ」
 白ポメのコタロウくんの、ふわふわした毛に触れさせてもらって、じゃあねと別れた。

 次は茶色と一部が白い毛のダックスさん。目の上の眉みたいに見える毛がかわいい。
 若いお姉さんは背中を見せていたから、先にイヌの方が美弥に気がついた。

 高い声で吠えられ、近づいてはいけなかったかなと、足を止めた。
 
「あの、ごめんなさい」
 振り返ったお姉さんに謝る。

「ごめんね。うちの子、人が少し苦手で」
「あ、じゃ……」
 離れようとした美弥に、お姉さんは、

「声が怖くなかったら、なででくれる?」
 ダックスさんを抱っこして膝に乗せた。

「お名前はきいてもいい?」
「レオンよ」

「かっこいい。ライオンや」
「肝っ玉はチキンだけどね」
 お姉さんがダックスさんをなでながら笑った。

「レオンくん、こんにちは」
 キャンキャンと吠えるけど、お姉さんに「こら」と優しくわれて、クウンとかわいい声に変わった。

「かわいいなあ」

 しゃんがんでレオンくんに手をかいでもらう。
 怖がらせていけないなと思ったので、なでるのはやめておくことにした。

 お姉さんに、ティーカッププードルさんの質問をしてみた。
 結果はポメのおばさんと一緒だった。お姉さんも見かけたことはないみたい。

「そんなに小さいんだったら、おさんぽデビューもまだかもしれないね」
「そうなん?」

「二回か三回のワクチンを打って、少ししてからだから。ドッグランはまだ来ちゃダメだと思うの」

 お姉さんに教えてもらったお礼をいって、レオンくんにバイバイして、美弥はドッグランから出た。
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