美弥ちゃんと幽霊犬

衿乃 光希

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二十話 ティーカッププードルの声

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 数日後、美弥ちゃんの寝息を確認してから、ルークスはふわりと浮き上がった。
 壁をすり抜けて、夜の街に飛び出す。

 空中散歩にもすっかり慣れた。
 地に足をつけているときと同じように、すいーすいーっと移動していく。

 ヤマトが眠っているところにお邪魔すると、ぱっと目を開けた。

(ルークス。まってたんだ)
(やあ、ヤマト。あれからおさんぽはどう?)
(お兄ちゃんと浩ちゃんといっしょにいってるよ)
(けんかはしていない?)
(うん! ないよ。なかよくおさんぽにいけるってたのしいね。ルークス、ありがとう)

 実はこっそり、美弥とルークスは近くから見ていた。
 お兄ちゃんと浩ちゃんが持つ二本のリードの先は、ヤマトに繋がっていた。
 浩ちゃんは、とてもご機嫌で、リードをしっかり握って歩いていた。
 ヤマトもときどき止まって匂いをかぎながら、楽しそうに歩いていた。

(なやみがなくなって。よかった)
(ルークスがボクのこえをきいてくれたからだよ。ルークスのごしゅじんのおかげだね)
(またはなしをしにきてもいい?)
(もちろんだよ。いつでもあそびにきてよ)
(ありがとう。それじゃ、おやすみヤマト)
(おやすみルークス)

 ヤマトにさよならをして、ルークスは空中を走って戻ってくる。
 美弥の眠るマンションに向けて。

 マンションのとなりにある神社は、真っ暗。周囲にはたくさんの光が灯っている。

 流れていく車の光。
 四角い窓に灯るに、たくさんの黄色い明かり。

(人って、こんなにたくさんいるんだ)
 光っているすべての場所で、人が生活しているんだと、体があった頃には考えもしなかったことをルークスは知った。

 アオーンという遠吠えに反応して、あちこちからイヌの鳴き声が聞こえてくる。
 野良ネコがそわそわして身を隠す気配がする。
 みんな、体を持って産まれてきて、その生を終えるまで生きていく。

 死者はルークス一匹だけ。
 でも寂しくはなかった。

 人の話すことが今までよりもよくわかるし、動物たちの声もきこえる。
(ぼくにしかない力をもらったのかな)
 だから、ルークスは今の状況を楽しんでいた。

 マンションの上空から街を見下ろしていると、
「ちょっと待って! なにをあげてるのよ!」
 誰かを責めるような、女性の大きな声が聞こえてきた。

「冗談でやっていいことじゃないでしょ! イヌはわからないのよっ!」
 相手の声は聞こえない。女性の怒っている声だけがわんわんと響いている。

 ルークスはふわーと降りてきて、声のする部屋を探した。
 マンションのとある一室。ルークスがベランダに降り立つと、震える声で、
(こわいよ)
 と怯える小さな声を聞いた。

(ここのおへやかな)
 すっと壁を抜けて入っていくと、ソファに座る男性と、立っている女性がケンカをしていた。

「飲ませるわけないだろ。誰が本気で、犬に酒を飲ます飼い主がいるんだよ」
「もしも、口をつけてしまっていたら、大変なことになるのよ。ほんとにやめてよ」

 男女の足元で、小さな小さな、茶色の毛並みを持つプードルがぷるぷると震えていた。
(パパ、ママ、やめてやめて)
 怯える声は、この子だったようだ。

(どうしたの?)
 ルークスが話しかけると、プードルは震えながら顔を向けた。黒い目がうるうるしている。
(パパとママがこわいの。おおきなおこえは、こわいの)

 すぐそばで子犬が震えているのに気づかないほど、男女は激しくいい争っている。
 やめてほしくてルークスはワオンと吠えてみた。
 二人は気づいてくれなかった。

(おチビちゃん、ほえてみたら?)
(わたち、おこられない?)
(わからないけど、おわるまでまっているのは、つらいよね)
(ちゅらいけど、ほえていいの? わたち、おこられない?)
(ぼくには、わからない)

 ルークスは男女がケンカをしている理由を知らないし、二人がこの子を可愛がっているのかもわからない。

(やめておく。だってこわいもの)

 プードルはテーブルの下に入り込み、暗いところから二人の様子をじっと見ていた。

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