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十七話 浩志くん(弟)の思い
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「浩ちゃん。お話しよう」
砂場から滑り台に移動していた浩ちゃんを呼び寄せて、美弥は話をしようと提案した。
お兄ちゃんにはヤマトを連れて、場所を離れてもらった。
「ヤマトくん、好き?」
「好き。だって家族だもん」
「一緒にお散歩したいなあ」
「うん」
「お兄ちゃん、リードを持たせてくれへんの、いじわるやと思う?」
「うーん。ボクも悪かったから」
「どうして悪かったのか、わかる?」
浩ちゃんは少し考えたあと、
「約束守らへんかったから」
と答えた。
「お兄ちゃんがダメっていうのは、どうしてかわかる?」
「ヤマトが危ないから」
「うん。浩ちゃん、ちゃんとわかってるやん。じゃあ、どうしてリード持ちたいっていうの?」
「ヤマトがかわいいから自慢したい。ボクの犬だよって」
「誰に自慢するん?」
「高田くん、とか」
「高田くんって、同じクラスの子?」
「そう。あいつ、最近トイプードル飼ったって、犬の話ばっかりするから」
「悔しかったの?」
「うん。柴よりプードルのほうがかわいいって」
浩ちゃんが口を尖とがらせた。
「浩ちゃん、ペット飼ってる人は、自分ところの子が一番って、みんな思ってはるねんで。浩ちゃんにとってヤマトくんが一番。高田くんにとってプードルさんが一番。あたしとってルークスが一番」
「ルークスって?」
「あたしの家族。バーニーズマウンテンドッグっていう種類の大型犬。ヤマトくんより大きいねん」
「ヤマトより大きいの?」
「こぉんな大きさで、毛がもふもふで、気持ちええねん」
美弥が両手を大きく開いて、大きさを例えると、浩ちゃんが目を見開いてはしゃいだ。
「そんなに大きいの?」
美弥の目の前には透けているけど実物がいるので、大げさじゃない。
「そうやで。重たいから、持ち上げられへんかった」
「ボクも、ヤマト持ち上げられない。こんなちいちゃいときは抱っこできたけど、今はむり。重いから」
「力も強くなった?」
「すっごい強い。ぐんぐん引っ張っていくんだよ。でもさ、急に止まるときもあって、ぶつかりそうになるんだ」
「そんなに力強かったら、お兄ちゃんも大変やなあ」
「お兄ちゃん、力強い。ママよりあると思うよ。だってママがお買い物して、重いっていってる袋、お兄ちゃんがずっと持ってあげてるから」
「浩ちゃんは、持ってあげへんの?」
「ボクにはまだむりだからって、ママ持たせてくれない」
「お手伝いしたいなあ」
「いい。だって恥ずかしいから」
「ええ。なんで恥ずかしいの? お兄ちゃんみたいにお手伝いしてくれたら、ママめっちゃ助かるやん」
「大きくなったらにする」
「ええ? 今からやないの? じゃあ、ヤマトくんのこともお兄ちゃんに任せたら?」
「それはヤだ。ボクも散歩させたい?」
「ヤマトくん、力強いんやろ? また放しちゃったらどうするのん?」
「もう放さないよ。体に巻きつける。ぐるぐるって」
浩ちゃんが手を激しく動かして、体に巻きつける様子を表現してくれる。
「それやと、浩ちゃんが危ないやん」
「危なくないよ」
「なんで? ヤマトくん、急に走り出すかもしれへんやん。浩ちゃんこけちゃうかもしれへんで」
「電柱とか柵とかにしがみつく。こうやって」
立ち上がって、ベンチの足にしがみつく。
「むりやと思うよ。ひきずられるよ」
「大丈夫だって」
浩ちゃんは自信満々に答えるけれど、美弥が不安な気持ちでいるのに気づいたのか、立ち上がってとなりに座り直した。
「どうしてもリードを持ってお散歩したいんやったら、あたしにひとつ案があるねん」
「なに?」
「二つリードを繋いだらどうやろ? お兄ちゃんも持って、浩ちゃんも持つ。そしたら危なくなってもお兄ちゃんが助けてくれるんちゃうかなって」
「ボクひとりで持ちたい」
二本のリード作戦がダメなら、浩ちゃんには諦めてもらうしか方法がない。
それ以外の策は美弥には思いついていないから。
大志くんが浩ちゃんにリードを譲ることは絶対にない。
「ねえ、浩ちゃん。リードを放したら、ヤマトがどうなっちゃうのか、ちゃんと考えた?」
「お兄ちゃんがいろいろいってたけど、わかんなかった」
「そっかあ。じゃあ、考えてみようよ」
「なにを?」
「ヤマトが帰ってこれなくなっちゃったらって」
美弥は浩ちゃんにルークスの写真を見せた。
子犬の頃から成犬になり、老犬になり始めた八年間を、浩ちゃんは興味深そうに見ていた。
「こっから先は、悲しい写真になるけど、見る? あたしぜったい泣くから、あまり見ないようにしてるねん」
すでに目元が潤んでいることに、自分でも気づいている。
浩ちゃんは、真剣な顔で頷いた。
美弥は別の保存フォルダを開いた。
十枚だけ別にしている、ルークスの最期の姿。
まだ一年生の浩ちゃんには、残酷な現実かもしれない。
だけど、リードを放した先に待っているかもしれない悲しみがあることを、身をもって知って欲しい。
美弥は浩ちゃんに写真を見せた。
――――――――――――――――――――――――――――
十七.五話はペットとのお別れのシーンがあります。
つらくなりそうだと思った方は、飛ばしてください。
お読みにならなくても、本編がわからなくなることはありません。
砂場から滑り台に移動していた浩ちゃんを呼び寄せて、美弥は話をしようと提案した。
お兄ちゃんにはヤマトを連れて、場所を離れてもらった。
「ヤマトくん、好き?」
「好き。だって家族だもん」
「一緒にお散歩したいなあ」
「うん」
「お兄ちゃん、リードを持たせてくれへんの、いじわるやと思う?」
「うーん。ボクも悪かったから」
「どうして悪かったのか、わかる?」
浩ちゃんは少し考えたあと、
「約束守らへんかったから」
と答えた。
「お兄ちゃんがダメっていうのは、どうしてかわかる?」
「ヤマトが危ないから」
「うん。浩ちゃん、ちゃんとわかってるやん。じゃあ、どうしてリード持ちたいっていうの?」
「ヤマトがかわいいから自慢したい。ボクの犬だよって」
「誰に自慢するん?」
「高田くん、とか」
「高田くんって、同じクラスの子?」
「そう。あいつ、最近トイプードル飼ったって、犬の話ばっかりするから」
「悔しかったの?」
「うん。柴よりプードルのほうがかわいいって」
浩ちゃんが口を尖とがらせた。
「浩ちゃん、ペット飼ってる人は、自分ところの子が一番って、みんな思ってはるねんで。浩ちゃんにとってヤマトくんが一番。高田くんにとってプードルさんが一番。あたしとってルークスが一番」
「ルークスって?」
「あたしの家族。バーニーズマウンテンドッグっていう種類の大型犬。ヤマトくんより大きいねん」
「ヤマトより大きいの?」
「こぉんな大きさで、毛がもふもふで、気持ちええねん」
美弥が両手を大きく開いて、大きさを例えると、浩ちゃんが目を見開いてはしゃいだ。
「そんなに大きいの?」
美弥の目の前には透けているけど実物がいるので、大げさじゃない。
「そうやで。重たいから、持ち上げられへんかった」
「ボクも、ヤマト持ち上げられない。こんなちいちゃいときは抱っこできたけど、今はむり。重いから」
「力も強くなった?」
「すっごい強い。ぐんぐん引っ張っていくんだよ。でもさ、急に止まるときもあって、ぶつかりそうになるんだ」
「そんなに力強かったら、お兄ちゃんも大変やなあ」
「お兄ちゃん、力強い。ママよりあると思うよ。だってママがお買い物して、重いっていってる袋、お兄ちゃんがずっと持ってあげてるから」
「浩ちゃんは、持ってあげへんの?」
「ボクにはまだむりだからって、ママ持たせてくれない」
「お手伝いしたいなあ」
「いい。だって恥ずかしいから」
「ええ。なんで恥ずかしいの? お兄ちゃんみたいにお手伝いしてくれたら、ママめっちゃ助かるやん」
「大きくなったらにする」
「ええ? 今からやないの? じゃあ、ヤマトくんのこともお兄ちゃんに任せたら?」
「それはヤだ。ボクも散歩させたい?」
「ヤマトくん、力強いんやろ? また放しちゃったらどうするのん?」
「もう放さないよ。体に巻きつける。ぐるぐるって」
浩ちゃんが手を激しく動かして、体に巻きつける様子を表現してくれる。
「それやと、浩ちゃんが危ないやん」
「危なくないよ」
「なんで? ヤマトくん、急に走り出すかもしれへんやん。浩ちゃんこけちゃうかもしれへんで」
「電柱とか柵とかにしがみつく。こうやって」
立ち上がって、ベンチの足にしがみつく。
「むりやと思うよ。ひきずられるよ」
「大丈夫だって」
浩ちゃんは自信満々に答えるけれど、美弥が不安な気持ちでいるのに気づいたのか、立ち上がってとなりに座り直した。
「どうしてもリードを持ってお散歩したいんやったら、あたしにひとつ案があるねん」
「なに?」
「二つリードを繋いだらどうやろ? お兄ちゃんも持って、浩ちゃんも持つ。そしたら危なくなってもお兄ちゃんが助けてくれるんちゃうかなって」
「ボクひとりで持ちたい」
二本のリード作戦がダメなら、浩ちゃんには諦めてもらうしか方法がない。
それ以外の策は美弥には思いついていないから。
大志くんが浩ちゃんにリードを譲ることは絶対にない。
「ねえ、浩ちゃん。リードを放したら、ヤマトがどうなっちゃうのか、ちゃんと考えた?」
「お兄ちゃんがいろいろいってたけど、わかんなかった」
「そっかあ。じゃあ、考えてみようよ」
「なにを?」
「ヤマトが帰ってこれなくなっちゃったらって」
美弥は浩ちゃんにルークスの写真を見せた。
子犬の頃から成犬になり、老犬になり始めた八年間を、浩ちゃんは興味深そうに見ていた。
「こっから先は、悲しい写真になるけど、見る? あたしぜったい泣くから、あまり見ないようにしてるねん」
すでに目元が潤んでいることに、自分でも気づいている。
浩ちゃんは、真剣な顔で頷いた。
美弥は別の保存フォルダを開いた。
十枚だけ別にしている、ルークスの最期の姿。
まだ一年生の浩ちゃんには、残酷な現実かもしれない。
だけど、リードを放した先に待っているかもしれない悲しみがあることを、身をもって知って欲しい。
美弥は浩ちゃんに写真を見せた。
――――――――――――――――――――――――――――
十七.五話はペットとのお別れのシーンがあります。
つらくなりそうだと思った方は、飛ばしてください。
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