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九話 学校での美弥
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教室を見つけよう、というルークスの提案にのって、二人の後をついていく。
兄弟は正門すぐの校舎と校庭前の校舎をつなぐ渡り廊下を進み、教室前の廊下を左に曲がった。
一階は一年生の教室があり、二階は二年生と四年生の教室がある。
浩ちゃんは一年二組の教室に入った。
離れるとき、お兄ちゃんは浩ちゃんの頭をぽんぽんとやった。がんばれよといっているように、美弥には見えた。
お兄ちゃんは校舎の端まで行って、階段を昇り、三階まで上がる。
六年一組の教室に入ったのを確かめると、美弥は二階に降りて、自分の教室である四年三組の教室に入った。
わいわいがやがやと、お友達同士で集まり、話に花を咲かせている。
週明けなので、共有したい話がたくさんたまっているのだろう。
美弥はクラスメイトたちに視線も向けず、自分の席についた。廊下側の一番後ろが美弥の席。
ランドセルから取り出した教科書とノートと筆箱を机に入れていき、最後に取り出した今日図書館に返す本を広げて読み始めた。
もう読み終えている本だけど、何度読んでもおもしろい。それに、誰とも話さなくてすむから。
(みやちゃん、あいさつしないの?)
イスの足元でおすわりをするルークスが話しかけてくる。
『いいの。お話の邪魔をしたくないから』
美弥は本から顔を上げることもなく答えた。
二学期初日、転校してきた美弥に興味をもって話しかけてくれた子はいた。
親の転勤で引っ越してきたの? どこに住んでいたの?
京都にずっと住んでいたことを話すと、舞妓さんって、あの姿で街を歩いているの? 神社ばっかりで遊ぶ所あるの? イントネーションがおかしいねと笑われた。お笑い芸人みたいおもしろいことをいえよ、といわれたりした。
なにもいい返せなくて美弥が黙りこむと、つまらないといわれて離れていった。
どうしてなのか美弥にはわからなかった。
テレビを見れば、方言のままで活躍している芸能人がたくさんいる。方言を笑われていることもない。
自分たちが使っている言葉と違うからと、どうしてからかわれないといけないのだろう。
それとも、うまくいい返せず、おもしろいこともいえなかった自分が悪いのかな。
もともと人と話すことが苦手な美弥にとって、一度に複数の質問をされても困ってしまうし、そもそもイントネーションが変だといわれても、十年間それで育ってきたのだから、すぐには変えられない。
パニックになった美弥は、学校ではできるだけ話さないという選択をした。
(さみしくない?)
ルークスにきかれて、美弥はなにもいい返せなかった。寂しいと思っているから。
寂しいけれど、自分から話しかけるのは難しい。また笑われたり、変だといわれたりするかも、と思うと行動に移せなかった。
『ルークスはさ、うちに来るまで、本当のお父さんお母さんと一緒にいてて、ある日いきなり引き離されてうちに来たやんか。寂しくなかった?』
(はじめはこわかった。しらないにおいしかしないし、あそぶきょうだいはいなくて。ごはんはくれるけど、たべていいのかわからなかった)
ルークスはおはようといいながら、教室に出入りする生徒たちをきょろきょろ見ている。
警戒しているからではなくて、興味をもって見ているようだ。
ルークスは子犬のころから好奇心旺盛だったけど、東家に来たときは、よく困ったような顔をしていた。
『二日間サークルから出てこえへんかったんよって、パパとママがよくいってた』
(ぼく覚えてないよ)
『そうだよね。あたしも覚えてないもん』
(みやちゃんは、何才だったの)
『二歳。だからルークスが小さいときのことは覚えてないんだ。写真は見返してるけど』
ルークスのベッドとおトイレを置いて、周りを柵で囲んでいた。柵の中では自由に遊べるように広くとられていて、美弥と遊んでいる写真がアルバムにたくさんある。
ルークスが成長して大きくなってからは、家の中を自由に動けるようにしていたから、子犬期から一才を過ぎたころまでのこと。
『あたしたちが新しい家族だって、気づいときのことは覚えてる?』
(おぼえてない。だけど毎日ごはんをくれて、おしっこやうんちをかたづけてくれて、たくさんあそんでくれて。この人たちに甘えていいんだって、おもったのはおぼえているよ)
『安心した?』
(うれしかった)
『そうなんだ』
(うん。うれしかったよ)
二回ルークスに嬉しかったといわれて、美弥は泣きそうになった。ルークスの気持ちが伝わってきたから。
ルークスはいつだってポジティブだ。もらえなかったおやつが今日はもらえるかもしれない。だからおねだりしてみる。
遊んで欲しい気持ちのとき、おもちゃをくわえて寄って来る。
だめといわれてもあきらめない。
いたずらをして叱られることもあるのに、少ししたらけろっとした顔でまた寄って来る。けなげで、一所懸命で、素直。そんな姿がとてもかわいい。
東家のアイドルだった。
和司お祖父ちゃんも含めた四人で、大切な家族として暮らしてきた。
その想いはルークスにも伝わっていただろうし、寄り添ってくれるルークスからも伝わっていた。態度や顔から。
それが言葉だともっと心が伝わってきて、美弥の心や記憶を刺激し、揺さぶった。
先生が教室に入ってこなかったら、美弥はきっと涙を流していた。
兄弟は正門すぐの校舎と校庭前の校舎をつなぐ渡り廊下を進み、教室前の廊下を左に曲がった。
一階は一年生の教室があり、二階は二年生と四年生の教室がある。
浩ちゃんは一年二組の教室に入った。
離れるとき、お兄ちゃんは浩ちゃんの頭をぽんぽんとやった。がんばれよといっているように、美弥には見えた。
お兄ちゃんは校舎の端まで行って、階段を昇り、三階まで上がる。
六年一組の教室に入ったのを確かめると、美弥は二階に降りて、自分の教室である四年三組の教室に入った。
わいわいがやがやと、お友達同士で集まり、話に花を咲かせている。
週明けなので、共有したい話がたくさんたまっているのだろう。
美弥はクラスメイトたちに視線も向けず、自分の席についた。廊下側の一番後ろが美弥の席。
ランドセルから取り出した教科書とノートと筆箱を机に入れていき、最後に取り出した今日図書館に返す本を広げて読み始めた。
もう読み終えている本だけど、何度読んでもおもしろい。それに、誰とも話さなくてすむから。
(みやちゃん、あいさつしないの?)
イスの足元でおすわりをするルークスが話しかけてくる。
『いいの。お話の邪魔をしたくないから』
美弥は本から顔を上げることもなく答えた。
二学期初日、転校してきた美弥に興味をもって話しかけてくれた子はいた。
親の転勤で引っ越してきたの? どこに住んでいたの?
京都にずっと住んでいたことを話すと、舞妓さんって、あの姿で街を歩いているの? 神社ばっかりで遊ぶ所あるの? イントネーションがおかしいねと笑われた。お笑い芸人みたいおもしろいことをいえよ、といわれたりした。
なにもいい返せなくて美弥が黙りこむと、つまらないといわれて離れていった。
どうしてなのか美弥にはわからなかった。
テレビを見れば、方言のままで活躍している芸能人がたくさんいる。方言を笑われていることもない。
自分たちが使っている言葉と違うからと、どうしてからかわれないといけないのだろう。
それとも、うまくいい返せず、おもしろいこともいえなかった自分が悪いのかな。
もともと人と話すことが苦手な美弥にとって、一度に複数の質問をされても困ってしまうし、そもそもイントネーションが変だといわれても、十年間それで育ってきたのだから、すぐには変えられない。
パニックになった美弥は、学校ではできるだけ話さないという選択をした。
(さみしくない?)
ルークスにきかれて、美弥はなにもいい返せなかった。寂しいと思っているから。
寂しいけれど、自分から話しかけるのは難しい。また笑われたり、変だといわれたりするかも、と思うと行動に移せなかった。
『ルークスはさ、うちに来るまで、本当のお父さんお母さんと一緒にいてて、ある日いきなり引き離されてうちに来たやんか。寂しくなかった?』
(はじめはこわかった。しらないにおいしかしないし、あそぶきょうだいはいなくて。ごはんはくれるけど、たべていいのかわからなかった)
ルークスはおはようといいながら、教室に出入りする生徒たちをきょろきょろ見ている。
警戒しているからではなくて、興味をもって見ているようだ。
ルークスは子犬のころから好奇心旺盛だったけど、東家に来たときは、よく困ったような顔をしていた。
『二日間サークルから出てこえへんかったんよって、パパとママがよくいってた』
(ぼく覚えてないよ)
『そうだよね。あたしも覚えてないもん』
(みやちゃんは、何才だったの)
『二歳。だからルークスが小さいときのことは覚えてないんだ。写真は見返してるけど』
ルークスのベッドとおトイレを置いて、周りを柵で囲んでいた。柵の中では自由に遊べるように広くとられていて、美弥と遊んでいる写真がアルバムにたくさんある。
ルークスが成長して大きくなってからは、家の中を自由に動けるようにしていたから、子犬期から一才を過ぎたころまでのこと。
『あたしたちが新しい家族だって、気づいときのことは覚えてる?』
(おぼえてない。だけど毎日ごはんをくれて、おしっこやうんちをかたづけてくれて、たくさんあそんでくれて。この人たちに甘えていいんだって、おもったのはおぼえているよ)
『安心した?』
(うれしかった)
『そうなんだ』
(うん。うれしかったよ)
二回ルークスに嬉しかったといわれて、美弥は泣きそうになった。ルークスの気持ちが伝わってきたから。
ルークスはいつだってポジティブだ。もらえなかったおやつが今日はもらえるかもしれない。だからおねだりしてみる。
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だめといわれてもあきらめない。
いたずらをして叱られることもあるのに、少ししたらけろっとした顔でまた寄って来る。けなげで、一所懸命で、素直。そんな姿がとてもかわいい。
東家のアイドルだった。
和司お祖父ちゃんも含めた四人で、大切な家族として暮らしてきた。
その想いはルークスにも伝わっていただろうし、寄り添ってくれるルークスからも伝わっていた。態度や顔から。
それが言葉だともっと心が伝わってきて、美弥の心や記憶を刺激し、揺さぶった。
先生が教室に入ってこなかったら、美弥はきっと涙を流していた。
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