美弥ちゃんと幽霊犬

衿乃 光希

文字の大きさ
上 下
5 / 32

五話 ルークスとお散歩

しおりを挟む
「神社で神様にあいさつしよっか」
 マンションを出た美弥はどこから行こうかな、と考えて、朝下りてきた坂道をまた上った。ルークスと出会わせてくれた神様にお礼をいっておこうと考えた。

 綴喜神社は小高い丘の一番上にある。周りは森みたいに木がたくさん生い茂っている。
 石段を挟んで駐車場があって、今日もたくさん車が止まっている。
 五十段ある石段の右側は登り専用、左側は下り専用に分かれている。
 のっしのっしと登るラブラドールに続いて、美弥も石段を上がる。

 小型犬を抱っこした人、キャリーバッグを抱えている人、飼い主さんの真横にぴたりとついていく中型犬や大型犬が降りてくる。

 チワワ、プードル、ミニチュアダックス、ビーグル、ゴールデン、ポメラニアン、パグ、マルチーズ、シェルティ。
 どのイヌもかわいくて、美弥はにこにこする。
 でもやっぱりルークスが一番だ。
 きっとどの飼い主さんも、自分の子が一番と思っているはず。

 石段を上がりきると、鳥居をくぐる前に一礼をする。
 伯父さんに教えてもらってから、来るときはちゃんと礼をするけれど、帰るときはうっかり忘れてしまう。

 参道をまっすぐ奥に行くと社殿がある。 
 参道は神様が通る道だから、真ん中をよけて通る。
 参道の左はルークスが帰ってきた石象がたくさんあるところ。
 向こうにおみくじやお守り、絵馬を買う社務所があって、伯父さんや巫女さんたちは普段ここにいる。
 社殿に一番近いところに絵馬やおみくじを結ぶところがある。

 参道の右にはペット用の納骨堂のうこつどう火葬場かそうばがある。
 ルークスのお骨はこの納骨堂に納めた。
 中はたくさんのペットたちの骨壺こつつぼ位牌いはいと写真が保管されている。
 楽しい思い出と、お別れの悲しみがあふれている場所。

 美弥は参道をまっすぐに進んだ。
 拝殿はいでんの左右で、狛犬がにらみをきかせている。牙を出して怖い顔だけど、邪気じゃきはらうと聞いてから、怖くなくなった。

 参拝さんぱいの列に並んで、順番を待つ。
 飼い主さんと順番を待つ柴犬。なにかに気を取られて列を外れようとして飼い主さんにリードを引っ張られるジャックラッセル。
 個性豊かでおもしろい。

 ルークスは美弥の横について、興味深そうに他のイヌを眺めていた。
 順番が回ってきた。お賽銭を五円入れて、二回お辞儀、二回手を叩いて、一回お辞儀。
 参拝のやり方も伯父さんから教わった。

「ルークスを帰してくれて、ありがとうございます。できればパパにも会いたいです」

 美弥は小さな声で呟いて、参拝を終えた。

 神社を出る。
「どこに行こうか」

 バスに乗ると少し離れたところに動物園と大きな公園、図書館と音楽堂がある。今のルークスは美弥以外の人に見えていないから、一緒に入れる。

 動物園には何度か連れて行ってもらった。佳嗣伯父さんの子供たち、兄の智嗣ともし、弟の兼嗣けんしと一緒に。
 智嗣は美弥の四歳年下、兼嗣は六歳年下だから、美弥がお姉ちゃんになって二人のお世話を手伝った。
 手をつないで一緒に見て回ったり、トイレに連れて行ったり、迷子にならないように目を光らせたり。
 ハラハラの連続だったから、美弥はゆっくり楽しめなかった。

 また行きたいなと思っていたけど、さすがに一人で動物園まで行くには遠い。
 ルークスと一緒に行くのはとても楽しそう。だけど、もう少し大きくなって、バスに一人で乗れるようになって、ママがいいよといってくれるまでの楽しみにとっておこう。

 今日動物園や図書館に行くのは諦めて、自宅マンションの周辺を歩こうかなと考えたところで、
(みやちゃんのしょうがっこうはどこ? ぼくもいきたい)
 ルークスから行きたいところの要望があった。

「小学校は、スーパーの近くにあるよ」
 美弥は目の前の道路を挟んだ、反対側の街並みを指差した。丘になっているので、校舎と校庭がわずかに見える。
 
 二学期が始まって一週間。美弥としては、あまり行きたい場所ではなかった。
 まだ仲の良い子はいないし、意地悪してくる子もいるから。

(ぼくにはみえないや)
 美弥が指差す先を見ていたルークスが、残念そうな声を上げた。
 犬の視力は悪くて、ぼんやりとしか見えていないんだよ、とパパが教えてくれたことを思い出す。
 そのぶん、鼻と耳がとてもすぐれているんだよと。

「行ってみる?」
 ルークスが一緒ならいいかな。日曜日に学校に来ている子はいないだろうし。
 と美弥は勇気をだしてみた。

(うん、いく)
 目を合わせたルークスの目が、きらきらと輝いていた。

 マンション前の横断歩道を使って道路を渡る。スーパーの横の細い道を進むと、校庭が見えてきた。

 前の学校と造りはあまり変わらない。
 校舎が二棟ふたむねと、体育館とプール。
 正門は校庭の横の道をずっと行って、左に曲がったところにある。

(みやちゃんは、ここでおべんきょうしているんだね。たのしそう)
 ルークスは気楽でいいなあ、と美弥は思う。
 学校にいるみんながみんな優しいわけじゃない。勇気を振りしぼって声をかけてみたけど、困った顔をされると話しづらくなる。
 イントネーションが違うといって、笑ってくる子もいるのだから。

 明日からの学校が少し嫌だなあと、暗い気分になりながら、学校の周りをぐるっと歩く。

(ぼくもいっしょにいくね)
「うん。教室も一緒に入れるよ」
(いっていいの?)
「だって誰にも見えてないんやもん」
(そっか。ぼくもいっしょに、おべんきょうできるんだね)

 嬉しそうに尻尾を振って歩いているルークスのおかげで、少し気持ちが晴れた。正門でバイバイじゃなくて、教室でも一緒にいられると想像して、心強かった。

「だけど、学校やと話しかけられへんね。声に出さずにお話できないんかな?」
(やってみてよ、みやちゃん)
「え? テレパシーなんてできひんよ」
(テレパシーって、なんだろう?)
「ええと、心と心で会話する感じかなあ」
(やってみよう。やってみようよ)

 遊びをせがむときみたいに、前脚を持ち上げてルークスがぴょんとぴょんとはねる。

 美弥は声にださずに『おすわり』とルークスに心で伝えてみた。

 はねまわっていたルークスが、ぴたっと動きを止めて、すとんとお尻を地面におろした。
「すっごーい」
 美弥は興奮して、拍手した。

「おやつあげられへんのが残念や」
 美弥は心から残念に思った。

(みやちゃん、口をうごかさないで)
 つい忘れて声に出してしまった。ルークスに話すように頭で考える。
『そうやった。テレパシーやった』
(うん。きこえてるよ)

 心での会話が成功した。
 ルークスに話しかけるのは自分の部屋だけにして、部屋以外では心でルークスに話しかけようと決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済み】破滅のハッピーエンドの王子妃

BBやっこ
児童書・童話
ある国は、攻め込まれ城の中まで敵国の騎士が入り込みました。その時王子妃様は? 1話目は、王家の終わり 2話めに舞台裏、魔国の騎士目線の話 さっくり読める童話風なお話を書いてみました。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。 第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。 のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。 新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。 迷走するチヨコの明日はどっちだ! 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第三部、ここに開幕! お次の舞台は、西の隣国。 平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。 それはとても小さい波紋。 けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。 人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。 天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。 旅路の果てに彼女は何を得るのか。 ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」 からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

ぽぽみんとふしぎなめがね

珊瑚やよい(にん)
絵本
 ぽぽみんが「いいなぁ〜」っと思ったおめめに変身するお話です。ほら子供ってすぐ人のモノほしがるでしょ?  0才から3才の子供向けの絵本です。親子で読んでいただけたら幸いです。  わーい!! おかげさまでアルファポリスの絵本コンテストで奨励賞を頂きました!! 読んでくださった皆さんありがとうございます。  いつか津田健次郎さんが読み聞かせして下さらないかな♡♡♡   《誕生秘話》  漫画『呪術廻戦』が大好きで、その中に『ナナミン』というニックネームのキャラクターがいらっしゃいます(本名 七海建人)。  ナナミンって口に出すとリズミカルで言いやすいし、覚えやすいし、響きもいいのでお得満載だと思ったの。そこから『みん』をとりました。というか私が個人的にナナミンが大好き。  『ぽぽ』はなんとなく子供が言いやすそうだから。  ちなみにぽぽみんのシッポの柄とメガネのデザインもナナミンからきています。さあくんの名前とデザインは……ほら……あれですね。ナナミンの先輩のあの方ですね。この絵本はオタクママの産物。  カタツムリは以前娘が飼っていたカタツムリの『やゆよ』。  消防車は息子が好きな乗り物。  魚は以前飼っていた金魚の『もんちゃん』のギョロ目を参考にしています。  ぽぽみんの頭の形は、おやつに娘が食べていた大福です。大福を2回かじるとぽぽみんの頭の形になりますよ。今度やってみて。アイディアってひょんな事から思いつくんですよ。  体のデザインは私が難しいイラストが描けないので単純なモノになりました。ミッフィちゃんみたいに横向かない設定なんです。なぜなら私が描けないから。  そんなこんなで生まれたのが『ぽぽみん』です。  

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

母は強し! 三途の河原で、鬼と戦うのだ

ウサギテイマーTK
児童書・童話
間違ってあの世に行きかけた、母小雪の無双話。

処理中です...