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二章 閑古鳥よ啼かないで
2.サ飯
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仲居たちにアンケートを取った結果、サウナ業務のユニフォームは、ポロシャツとジャージになった。動きやすく、汗の吸水がいいから。
フロント業務は、旅館らしさを出すため、着物のままになった。
榊はスーツ、男性風呂を担当する郡治は作務衣を希望し、みさえはフロントに立つシフトのときだけ、着物を着ることになった。
「嬉しい。皆さんのユニフォームに憧れていたんです」
着物を渡されたみさえは、まるで少女のように無邪気に喜んでいた。
事前予約制の食事にも、板前たちから許可が下りた。
宿泊客がいないとき、腕を振るえないのを寂しく感じていたらしい。
「宿泊客が多いときは、どう対応しますか?」
青田から訊ねられた。
春風は少し考えた後、
「それなら、一日の数を限定しましょう。十食……は少ないかな? 二十食が多ければ、十五とか。限定にするとレア感が出て、リピートに繋がると思うし」
「わかりました。数は僕たちで決めましょうか?」
青田に訊かれた板長が「うん」と頷いた。
「女将、すごいっすね。ぽんってアイデア浮かぶんすね」
「本業だったからね」
柳竜太からの褒め言葉をそのまま受け取り、にっこりと笑いかけた。琴葉からの言葉であれば、嫌味と受け取っていただろう。
以前の職場はたしかにイベント会社だったが、準備と進行のみで、企画はできなかった。
ここは資金は乏しいが、アイデア次第で工夫して自由にやれる分、企画の出し甲斐があった。
「メニューと数は任せます。開始時期と値段は榊さんも交えて検討しましょう。あたしの方はホームページでの告知とチラシの準備をしておきます」
数日後、サウナ客が落ち着いた夜に、試食会を始めた。
春風の前には膳は二つ並んでいる。
和の膳はしょうが焼きと五穀米、小付は春雨サラダ・冷奴・ブロッコリーのピーナッツ和え。ゴボウやしめじの入った具沢山の味噌汁。
洋の膳はビニヤニライス、カレー、ラッシー。
両方にシーザードレッシングのかかったサラダ、キウイとリンゴが添えられている。
しょうが焼きを食べた春風は、想像より濃い味付けに軽くむせた。
「濃いんだけど、どうしたの?」
和食なら父が作っているはずだと、板長を見やる。
「俺、サウナに入る習慣ないから、好きな奴に訊いてみたんだよ。そしたら、濃い味付けのがっつりしたものが食べたくなるって言っててさ。運動の後って飯が旨いじゃない」
「なるほど、それでか。ちょっとびっくりした。運動に喩えるとよくわかる」
春風は中高とバスケ部で汗を流した。部活後のご飯は普段より美味しかった。
父の味らしくないから、体調が悪いのかと心配になったが、理由がわかって安心する。
「榊さんは、どう思う」
「僕は好きですね。しょうが焼きが濃い分、小付があっさりしているので、食が進みます」
榊の感想に、父は嬉しそうな笑顔を見せた。
洋の膳は、春風好みのピリ辛で、問題なく美味しかった。
「どちらも美味しかったです。濃い味付けなのはうちらしくないかもしれないけど、サウナ後だから、いいのかな。このお膳をどう売っていくか、だけど……一日二膳にするのか、日替わりか週替わりか」
「仲居さんたちの勤務体制はどうなりますか?」
榊からの質問に答える。
「サウナ営業を始めてから、昼3人夜2人の体制でしょう。食堂はあたしも給仕に行くので、サウナから一人回して、2人体制でと考えています」
「慣れるまで、一膳で週替わりではどうですか?」
「完全予約制にするから、注文を受けるのはドリンクだけでしょう。そんなにばたばたしないと思うのよ。なんならあたし一人でもいいのかなって思ってるぐらい。甘い?」
「予約人数にもよると思いますが、数はどれくらいから開始しますか」
「まずはドリンク一杯付きで十食からにして、予約が増えるようなら、予約枠を増やしていこうかなと考えています」
うーんと少し考えてから、春風は口を開いた。
「一日二膳、限定十食を二週間やってみようと思います。予約の問い合わせが増えるようなら、五食か十食に拡大。それで一ヶ月様子を見てましょう。できれば来月はメニューを替えたいですね」
「宿泊のお客様が増えたら、どう対応しますか?」
「平日のみの営業にするか、一時的に止めるか。本業の宿泊を優先する方向で考えます。どうですか」
誰からも異論はなかった。
新たに作ってもらったお膳の写真をホームページに載せ、メールでの予約を受け付けると、十食はすぐに埋まった。
実際に食べたお客様に感想を伺うと、あっさりしたものだけだと物足りない、濃いものは食べたいがカロリーは気になる。和の膳はその両方がバランス良く食べられるのがいい。
洋の膳は汗をかきながらも食べたいパンチ力がいい。
どちらも好評で、二週間後に予約数を十食ずつ増やしても、すぐに予約が埋まった。
フロント業務は、旅館らしさを出すため、着物のままになった。
榊はスーツ、男性風呂を担当する郡治は作務衣を希望し、みさえはフロントに立つシフトのときだけ、着物を着ることになった。
「嬉しい。皆さんのユニフォームに憧れていたんです」
着物を渡されたみさえは、まるで少女のように無邪気に喜んでいた。
事前予約制の食事にも、板前たちから許可が下りた。
宿泊客がいないとき、腕を振るえないのを寂しく感じていたらしい。
「宿泊客が多いときは、どう対応しますか?」
青田から訊ねられた。
春風は少し考えた後、
「それなら、一日の数を限定しましょう。十食……は少ないかな? 二十食が多ければ、十五とか。限定にするとレア感が出て、リピートに繋がると思うし」
「わかりました。数は僕たちで決めましょうか?」
青田に訊かれた板長が「うん」と頷いた。
「女将、すごいっすね。ぽんってアイデア浮かぶんすね」
「本業だったからね」
柳竜太からの褒め言葉をそのまま受け取り、にっこりと笑いかけた。琴葉からの言葉であれば、嫌味と受け取っていただろう。
以前の職場はたしかにイベント会社だったが、準備と進行のみで、企画はできなかった。
ここは資金は乏しいが、アイデア次第で工夫して自由にやれる分、企画の出し甲斐があった。
「メニューと数は任せます。開始時期と値段は榊さんも交えて検討しましょう。あたしの方はホームページでの告知とチラシの準備をしておきます」
数日後、サウナ客が落ち着いた夜に、試食会を始めた。
春風の前には膳は二つ並んでいる。
和の膳はしょうが焼きと五穀米、小付は春雨サラダ・冷奴・ブロッコリーのピーナッツ和え。ゴボウやしめじの入った具沢山の味噌汁。
洋の膳はビニヤニライス、カレー、ラッシー。
両方にシーザードレッシングのかかったサラダ、キウイとリンゴが添えられている。
しょうが焼きを食べた春風は、想像より濃い味付けに軽くむせた。
「濃いんだけど、どうしたの?」
和食なら父が作っているはずだと、板長を見やる。
「俺、サウナに入る習慣ないから、好きな奴に訊いてみたんだよ。そしたら、濃い味付けのがっつりしたものが食べたくなるって言っててさ。運動の後って飯が旨いじゃない」
「なるほど、それでか。ちょっとびっくりした。運動に喩えるとよくわかる」
春風は中高とバスケ部で汗を流した。部活後のご飯は普段より美味しかった。
父の味らしくないから、体調が悪いのかと心配になったが、理由がわかって安心する。
「榊さんは、どう思う」
「僕は好きですね。しょうが焼きが濃い分、小付があっさりしているので、食が進みます」
榊の感想に、父は嬉しそうな笑顔を見せた。
洋の膳は、春風好みのピリ辛で、問題なく美味しかった。
「どちらも美味しかったです。濃い味付けなのはうちらしくないかもしれないけど、サウナ後だから、いいのかな。このお膳をどう売っていくか、だけど……一日二膳にするのか、日替わりか週替わりか」
「仲居さんたちの勤務体制はどうなりますか?」
榊からの質問に答える。
「サウナ営業を始めてから、昼3人夜2人の体制でしょう。食堂はあたしも給仕に行くので、サウナから一人回して、2人体制でと考えています」
「慣れるまで、一膳で週替わりではどうですか?」
「完全予約制にするから、注文を受けるのはドリンクだけでしょう。そんなにばたばたしないと思うのよ。なんならあたし一人でもいいのかなって思ってるぐらい。甘い?」
「予約人数にもよると思いますが、数はどれくらいから開始しますか」
「まずはドリンク一杯付きで十食からにして、予約が増えるようなら、予約枠を増やしていこうかなと考えています」
うーんと少し考えてから、春風は口を開いた。
「一日二膳、限定十食を二週間やってみようと思います。予約の問い合わせが増えるようなら、五食か十食に拡大。それで一ヶ月様子を見てましょう。できれば来月はメニューを替えたいですね」
「宿泊のお客様が増えたら、どう対応しますか?」
「平日のみの営業にするか、一時的に止めるか。本業の宿泊を優先する方向で考えます。どうですか」
誰からも異論はなかった。
新たに作ってもらったお膳の写真をホームページに載せ、メールでの予約を受け付けると、十食はすぐに埋まった。
実際に食べたお客様に感想を伺うと、あっさりしたものだけだと物足りない、濃いものは食べたいがカロリーは気になる。和の膳はその両方がバランス良く食べられるのがいい。
洋の膳は汗をかきながらも食べたいパンチ力がいい。
どちらも好評で、二週間後に予約数を十食ずつ増やしても、すぐに予約が埋まった。
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