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49.里帰り
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妖狐が消えたのを確認すると、烏天狗たちは撤収にかかった。
夏樹たちには特にやることがないので、その様子を眺めていた。烏天狗ってかっこええよなあ、と思いながら。
隊長と所長が話をしている。二人がふと、視線を別の山の方に向けた。
気になって夏樹も見たけれど、何も見えなかったし感じなかった。
「さて、俺たちも帰ろうか」
話し終えた所長が、戻ってきた。
「あのさ、オレ行きたい所あるねんけど」
夏樹が言うと、所長はわかっているというように、頷いた。
待ってもらっていた妖タクシーに乗り込む。所長が行き先を告げた。
連れて行ってもらったのは、夏樹の故郷。
妖狐が里を襲った真夜中、突然現れた大きな霊力を感知した所長と佐和は、その出所を探した。
保護した夏樹から聞いた話で場所を予想して、里に向かった時には、残念ながら生きている人はいなかった。
二人で土葬をして戻ってくると、夏樹の記憶が飛んでいた。
師匠いわく、ショックが強すぎて、自分自身で封印をしたような状態だと。
いわゆる記憶喪失の状態になった。
「ここや」
タクシーを降りてすぐ、夏樹はお地蔵さまを見つけた。
妖狐に襲われたとき、姉に越えていいよと言われて、初めてお地蔵さまを越えた。
「長い間、里を守ってくれてありがとうな」
お地蔵さまに手を合わせてから、夏樹は山に向かった。
8年という月日は、山にとってはあっという間なのか、夏樹の記憶の中にある道は草木に覆われ見えなくなっている。
遭難しそうな不安を少し抱えながら歩いていくと、姉と別れた場所だと思われる崖に出た。痕跡は残っていないけど。
崖から里を見下ろす。
畑があって、小さな家が点在していて、四季折々の花が咲き、水田には空が映る。
忌まわしい記憶と共に、愛おしい記憶も一気に蘇った。
しばらく崖から里を見下ろしてから分岐する道に戻ると、所長たちが待ってくれていた。
里に向かう道を下っていく。
「オレ、いつも裸足で走り回ってた。ケガするから草鞋履けっていわれても、裸足が好きで。着物の裾はだけさせて、森走ってたな」
「野生児だと言いました」
「言われたな」
冬樺と笑い合う。
冬樺に記憶がないことを話したのは、揚羽の猫を探している時。まだ打ち解ける前だった。
仲良くなろうと思って、あれこれ話しかけていた。
あの頃の冬樺には距離があって、どうやったら距離が縮まるのかと夏樹は考えていた。
一緒に里に戻ってくるとは、想像もしなかった。
森が開けると、身長並みの雑草がはびこる、打ち捨てられた廃墟が広がっていた。
建物は屋根が落ちていたり、歪んでいたり、まさに朽ちている最中。
電気もガスも水道も通っていなかった。昔からの営みのままに、長い間暮らしてきて、そこで生まれ育った夏樹も、それ以外の生活を知らなかった。
世の中はめまぐるしく変わっていったのに、この里だけは鎖国状態で守られていた。
「どれくらいの人数が、ここで暮らしていたんですか」
「数えたことなかったけど、多くはなかったな。20人とか30人とか」
「俺たちが埋葬したご遺体は26人だったよ」
「26人やて」
所長の言葉をそのまま伝える。
「今知ったんですか」と冬樺は軽く笑った。
夏樹も一緒に笑う。
自分が住んでいた所なのに、夏樹は何も知らなかった。なぜ里から出てはいけないのか、疑問や不満を思うこともなく、与えられた暮らしを受け入れていた。
「家、これやわ」
奇跡的に崩壊を免れている、一軒の家の前で足を止めた。
平屋で茅葺の屋根、引き戸は壊れて外れ、中が丸見えだった。
崩れないか気をつけながら、中に入った。
土間があり、その奥は板敷きの居間。ここで食事をして、母と姉は繕い物をしていた。
さらに奥の部屋には扉で遮られた二部屋があって、夏樹と姉は、父の祖父母と一緒に寝ていた。
母の祖父母もすぐ近くに住んでいたから、時々泊まりに行っていた。
室内は床が抜け、食器が割れて散乱し、荒れていた。けれど、たしかに人が住んでいた痕跡は残っていた。
質素な生活だっただろう。今とは真逆。快適を知った今では、もうこの頃の生活には戻れない。
寒くても堪え、水の冷たさに震え、ようやく訪れた春の訪れに喜び、夏野菜の植え付け、夏は川遊びをして涼をとり、セミの鳴き声の変化で夏の終わりを感じ、作物の収穫や種の乾燥、冬野菜の植え付け、衣替えなどをして冬に備え、家族が寄り添って寒さに耐える。
正月には餅をつき、全員がひとつ歳を取る。数えで年齢を刻むのは、現代ではあまりしないと夏樹が知ったのは、里を出てから。
派手なお祭りはないけど、年に二回、豊作祈願と収穫祭を行っていた。
覚えていた。心の奥底にしまってあっただけ。家族の顔も、生活も、幼いながらに、記憶していた。
夏樹は家の中に向けて、深く頭を下げた。
「大丈夫ですか?」
外に出ると。待っていた冬樺が訊ねてきた。
「大丈夫」
目元が熱い気がするけど、きっと気のせいだ。
お祭りをしていた祠を探して移動する。
祠はたしか、里の端、山を背にして作られていたはず。
「所長、この辺に祠なかった?」
記憶の中の位置には、こんもりとした山がひとつあって、草が生えている。
「祠は傷んでいたから、勝手ながら処分した」
「そっか」
「祠の跡地に、ご遺体を埋葬したんだ」
「じゃあ、この小さい山は、お墓?」
「そうだよ。里の中で倒れていたご遺体は、すべて運んだ」
「所長、佐和さん、ありがとう。めっちゃ大変やったやろう」
「そんなんええの。番人として以前に、人としてできることを考えた結果やから」
佐和は切なそうな顔で、首を振った。
四人は墓前で手を合わせた。
「僕の家族が酷いことをして、申し訳ありません」
隣で冬樺が小さく呟いていた。
「よし、帰ろう」
夏樹はすっきりした心地で、最後まで手を合わせていた冬樺の肩を叩く。
そして一同は、自然に飲まれようとしている夏樹の故郷に別れを告げた。
*
待ってもらっていた妖タクシーで、ならまちに向かう。
「冬樺の誕生日って、いつ?」
後部座席に並んで座る。佐和を真ん中に、冬樺と夏樹で挟む。
「唐突に何ですか?」
夏樹は佐和の左にいる冬樺に顔を向ける。
「ええやん。いつ?」
「11月9日です」
「まだ先やな」
「これは、あなたの誕生日を訊き返さないといけないパターンですか?」
「嫌々聞かんといてえな。でも答えるで。オレは8月26日。佐和さんが決めてくれた日やねん」
「え? どうしてですか?」
興味がなさそうな態度だった冬樺が、驚いたように夏樹に顔を向けた。
「正月で全員歳取るって決まってたから、自分の誕生日知らんねん。でも、暑い時期に生まれたっていうのだけは、姉から聞いてた」
「あたしと夏樹が家族になろうって話し合った日でね」と佐和が加わる。「なら今日を夏樹の誕生日にしようって。夏樹きょとんってして、それ何? って訊いてきたんやで」
佐和が懐かしい話をする。
その辺りの記憶も曖昧だったけれど、思い出した。
「誕生日が個別にあって、その日に祝ってもらえるなんて知らんかったからな」
「初めて尽くしやったもんね。記憶失ってて逆に良かったんちゃう?」
「それな。覚えてたらギャップに馴染めんくって、泣いてたと思うわ」
「記憶がないと夏樹さんから聞いたとき、つらくないのかなと思ったんです。記憶がないのはつらい事だと思い込んでいました。でも夏樹さんを見ていると、心を助ける場合もあるんですね」
「物事は、なんでもケースバイケースだよ。ひとつの型に押し込めちゃいけないと俺は思うよ」
助手席の所長が、振り返らずに言う。
「啓一郎くんの名言でたー。で、夏樹、今年は何が欲しいん? 頑張ったから奮発しちゃうで」
「いつも悩むねんなあ。オレ、意外と物欲ないからなあ。とりあえずブレスレットは必要やな」
「それは必需品。鋭意製作中やから、もうちょっと待っててな」
「三日月までには頼むわ」
「うん。任せて。はよせんと、霊力上がりまくって大変なことになるもんな」
「そやで。所長にもらったスマホ、壊してしまいそうや」
「あの弾けたブレスレットには、霊力を抑える効果があったんですね」
「あれがないと、満月には物に触れらへんくなってまうねん。バチバチ静電気くらいまくって、痛い痛い」
「家電壊れるしね」
「たまに髪も立つから、ショート以外できひん」
「ATM壊したっていうのも」
「そう、その時期。夏樹連れて銀行行ったら、一斉に調子悪くなって、慌てて出たんよ」
「なんて危険な人なんですか」
驚くというより、呆れたように冬樺に言われた。
なんとかしたくても、勝手に増えていくものはどうしようもできなくて、師匠が霊力を吸収するブレスレットを作ってくれた。
ずっとつけていたから、なくなった腕がすーすーする気がして、落ち着かなかった。
「ブレスレットは誕プレとは別やから、今年もみんなで美味しい物食べに行く?」
「そうやな。そうしよう」
「毎年、皆さんで食事に行かれるんですか?」
「夏樹の時だけね」
「佐和さんがいて、所長がいて、今年から冬樺とカマ吉が加わって。誰も欠けることなく、毎日が過ごせればいい。それが一番やわ」
「なにこの子、泣かせるやん」
佐和はおどけたような言い方をした。けれど、目尻が光っているのが見えた。
「ところで、冬樺」
所長が話を切り替えた。声の調子が少し変わったから、仕事の話だろうか。夏樹と冬樺が所長に注意を向ける。
「この間、バディ解消の申し出があったが、どうする?」
「はあ?! 冬樺、なんやねんそれ。バディ解消? 初聞きやで。そんなにオレが嫌いなん?」
「違います。そういう意味で言ったんじゃないです」
「ほんならどういう意味やねん。まだ仕事の距離感でしか付き合わへんって言うんか?」
「一人前だと認めて欲しくて言ったんです。僕が新米だから、夏樹さんとバディを組んだんでしょう。でもバディがいなくても単独で動けます。花子さまの時は、事務所の仕事をしていないから除外して、山室さんの時から、僕は単独で動きました。もうセットでなくて、いいと思うんです」
「たしかにな。冬樺はよく勉強しているし、戦えるようにもなった。ひとりで動いた時の危険は、減っていると思う」
所長が夏樹を褒める。
「油断はしません。夏樹さんに比べて、戦闘力はまだまだですから、引き続き精進します」
冬樺は勉強熱心だし、妖狐を倒したから、トラウマもたぶん克服できていると思う。
だからといってバディ解消は、夏樹は納得がいかない。
そもそも、冬樺が半人前だから面倒をみないといけない、そんなつもりで一緒に行動していたのではなかった。
「セットでもええやん。一緒に動く必要がある時もくるで」
「必要があれば、組みますよ。半人前ではなくて、一人前同士として」
冬樺の顔をまじまじと見る。一瞬混乱したけど、結局なにも変わらないということのようだ。
「そういうこと? なんやねん、下げといて上げたな。今までどおりってことやん」
「意識の問題です。半人前で組んだバディだったんですから」
「よっしゃ。一人前同士のバディ再結成や」
落ち込んだり、喜んだり。喜怒哀楽激しい夏樹の声が、車内いっぱいに溢れた。
夏樹たちには特にやることがないので、その様子を眺めていた。烏天狗ってかっこええよなあ、と思いながら。
隊長と所長が話をしている。二人がふと、視線を別の山の方に向けた。
気になって夏樹も見たけれど、何も見えなかったし感じなかった。
「さて、俺たちも帰ろうか」
話し終えた所長が、戻ってきた。
「あのさ、オレ行きたい所あるねんけど」
夏樹が言うと、所長はわかっているというように、頷いた。
待ってもらっていた妖タクシーに乗り込む。所長が行き先を告げた。
連れて行ってもらったのは、夏樹の故郷。
妖狐が里を襲った真夜中、突然現れた大きな霊力を感知した所長と佐和は、その出所を探した。
保護した夏樹から聞いた話で場所を予想して、里に向かった時には、残念ながら生きている人はいなかった。
二人で土葬をして戻ってくると、夏樹の記憶が飛んでいた。
師匠いわく、ショックが強すぎて、自分自身で封印をしたような状態だと。
いわゆる記憶喪失の状態になった。
「ここや」
タクシーを降りてすぐ、夏樹はお地蔵さまを見つけた。
妖狐に襲われたとき、姉に越えていいよと言われて、初めてお地蔵さまを越えた。
「長い間、里を守ってくれてありがとうな」
お地蔵さまに手を合わせてから、夏樹は山に向かった。
8年という月日は、山にとってはあっという間なのか、夏樹の記憶の中にある道は草木に覆われ見えなくなっている。
遭難しそうな不安を少し抱えながら歩いていくと、姉と別れた場所だと思われる崖に出た。痕跡は残っていないけど。
崖から里を見下ろす。
畑があって、小さな家が点在していて、四季折々の花が咲き、水田には空が映る。
忌まわしい記憶と共に、愛おしい記憶も一気に蘇った。
しばらく崖から里を見下ろしてから分岐する道に戻ると、所長たちが待ってくれていた。
里に向かう道を下っていく。
「オレ、いつも裸足で走り回ってた。ケガするから草鞋履けっていわれても、裸足が好きで。着物の裾はだけさせて、森走ってたな」
「野生児だと言いました」
「言われたな」
冬樺と笑い合う。
冬樺に記憶がないことを話したのは、揚羽の猫を探している時。まだ打ち解ける前だった。
仲良くなろうと思って、あれこれ話しかけていた。
あの頃の冬樺には距離があって、どうやったら距離が縮まるのかと夏樹は考えていた。
一緒に里に戻ってくるとは、想像もしなかった。
森が開けると、身長並みの雑草がはびこる、打ち捨てられた廃墟が広がっていた。
建物は屋根が落ちていたり、歪んでいたり、まさに朽ちている最中。
電気もガスも水道も通っていなかった。昔からの営みのままに、長い間暮らしてきて、そこで生まれ育った夏樹も、それ以外の生活を知らなかった。
世の中はめまぐるしく変わっていったのに、この里だけは鎖国状態で守られていた。
「どれくらいの人数が、ここで暮らしていたんですか」
「数えたことなかったけど、多くはなかったな。20人とか30人とか」
「俺たちが埋葬したご遺体は26人だったよ」
「26人やて」
所長の言葉をそのまま伝える。
「今知ったんですか」と冬樺は軽く笑った。
夏樹も一緒に笑う。
自分が住んでいた所なのに、夏樹は何も知らなかった。なぜ里から出てはいけないのか、疑問や不満を思うこともなく、与えられた暮らしを受け入れていた。
「家、これやわ」
奇跡的に崩壊を免れている、一軒の家の前で足を止めた。
平屋で茅葺の屋根、引き戸は壊れて外れ、中が丸見えだった。
崩れないか気をつけながら、中に入った。
土間があり、その奥は板敷きの居間。ここで食事をして、母と姉は繕い物をしていた。
さらに奥の部屋には扉で遮られた二部屋があって、夏樹と姉は、父の祖父母と一緒に寝ていた。
母の祖父母もすぐ近くに住んでいたから、時々泊まりに行っていた。
室内は床が抜け、食器が割れて散乱し、荒れていた。けれど、たしかに人が住んでいた痕跡は残っていた。
質素な生活だっただろう。今とは真逆。快適を知った今では、もうこの頃の生活には戻れない。
寒くても堪え、水の冷たさに震え、ようやく訪れた春の訪れに喜び、夏野菜の植え付け、夏は川遊びをして涼をとり、セミの鳴き声の変化で夏の終わりを感じ、作物の収穫や種の乾燥、冬野菜の植え付け、衣替えなどをして冬に備え、家族が寄り添って寒さに耐える。
正月には餅をつき、全員がひとつ歳を取る。数えで年齢を刻むのは、現代ではあまりしないと夏樹が知ったのは、里を出てから。
派手なお祭りはないけど、年に二回、豊作祈願と収穫祭を行っていた。
覚えていた。心の奥底にしまってあっただけ。家族の顔も、生活も、幼いながらに、記憶していた。
夏樹は家の中に向けて、深く頭を下げた。
「大丈夫ですか?」
外に出ると。待っていた冬樺が訊ねてきた。
「大丈夫」
目元が熱い気がするけど、きっと気のせいだ。
お祭りをしていた祠を探して移動する。
祠はたしか、里の端、山を背にして作られていたはず。
「所長、この辺に祠なかった?」
記憶の中の位置には、こんもりとした山がひとつあって、草が生えている。
「祠は傷んでいたから、勝手ながら処分した」
「そっか」
「祠の跡地に、ご遺体を埋葬したんだ」
「じゃあ、この小さい山は、お墓?」
「そうだよ。里の中で倒れていたご遺体は、すべて運んだ」
「所長、佐和さん、ありがとう。めっちゃ大変やったやろう」
「そんなんええの。番人として以前に、人としてできることを考えた結果やから」
佐和は切なそうな顔で、首を振った。
四人は墓前で手を合わせた。
「僕の家族が酷いことをして、申し訳ありません」
隣で冬樺が小さく呟いていた。
「よし、帰ろう」
夏樹はすっきりした心地で、最後まで手を合わせていた冬樺の肩を叩く。
そして一同は、自然に飲まれようとしている夏樹の故郷に別れを告げた。
*
待ってもらっていた妖タクシーで、ならまちに向かう。
「冬樺の誕生日って、いつ?」
後部座席に並んで座る。佐和を真ん中に、冬樺と夏樹で挟む。
「唐突に何ですか?」
夏樹は佐和の左にいる冬樺に顔を向ける。
「ええやん。いつ?」
「11月9日です」
「まだ先やな」
「これは、あなたの誕生日を訊き返さないといけないパターンですか?」
「嫌々聞かんといてえな。でも答えるで。オレは8月26日。佐和さんが決めてくれた日やねん」
「え? どうしてですか?」
興味がなさそうな態度だった冬樺が、驚いたように夏樹に顔を向けた。
「正月で全員歳取るって決まってたから、自分の誕生日知らんねん。でも、暑い時期に生まれたっていうのだけは、姉から聞いてた」
「あたしと夏樹が家族になろうって話し合った日でね」と佐和が加わる。「なら今日を夏樹の誕生日にしようって。夏樹きょとんってして、それ何? って訊いてきたんやで」
佐和が懐かしい話をする。
その辺りの記憶も曖昧だったけれど、思い出した。
「誕生日が個別にあって、その日に祝ってもらえるなんて知らんかったからな」
「初めて尽くしやったもんね。記憶失ってて逆に良かったんちゃう?」
「それな。覚えてたらギャップに馴染めんくって、泣いてたと思うわ」
「記憶がないと夏樹さんから聞いたとき、つらくないのかなと思ったんです。記憶がないのはつらい事だと思い込んでいました。でも夏樹さんを見ていると、心を助ける場合もあるんですね」
「物事は、なんでもケースバイケースだよ。ひとつの型に押し込めちゃいけないと俺は思うよ」
助手席の所長が、振り返らずに言う。
「啓一郎くんの名言でたー。で、夏樹、今年は何が欲しいん? 頑張ったから奮発しちゃうで」
「いつも悩むねんなあ。オレ、意外と物欲ないからなあ。とりあえずブレスレットは必要やな」
「それは必需品。鋭意製作中やから、もうちょっと待っててな」
「三日月までには頼むわ」
「うん。任せて。はよせんと、霊力上がりまくって大変なことになるもんな」
「そやで。所長にもらったスマホ、壊してしまいそうや」
「あの弾けたブレスレットには、霊力を抑える効果があったんですね」
「あれがないと、満月には物に触れらへんくなってまうねん。バチバチ静電気くらいまくって、痛い痛い」
「家電壊れるしね」
「たまに髪も立つから、ショート以外できひん」
「ATM壊したっていうのも」
「そう、その時期。夏樹連れて銀行行ったら、一斉に調子悪くなって、慌てて出たんよ」
「なんて危険な人なんですか」
驚くというより、呆れたように冬樺に言われた。
なんとかしたくても、勝手に増えていくものはどうしようもできなくて、師匠が霊力を吸収するブレスレットを作ってくれた。
ずっとつけていたから、なくなった腕がすーすーする気がして、落ち着かなかった。
「ブレスレットは誕プレとは別やから、今年もみんなで美味しい物食べに行く?」
「そうやな。そうしよう」
「毎年、皆さんで食事に行かれるんですか?」
「夏樹の時だけね」
「佐和さんがいて、所長がいて、今年から冬樺とカマ吉が加わって。誰も欠けることなく、毎日が過ごせればいい。それが一番やわ」
「なにこの子、泣かせるやん」
佐和はおどけたような言い方をした。けれど、目尻が光っているのが見えた。
「ところで、冬樺」
所長が話を切り替えた。声の調子が少し変わったから、仕事の話だろうか。夏樹と冬樺が所長に注意を向ける。
「この間、バディ解消の申し出があったが、どうする?」
「はあ?! 冬樺、なんやねんそれ。バディ解消? 初聞きやで。そんなにオレが嫌いなん?」
「違います。そういう意味で言ったんじゃないです」
「ほんならどういう意味やねん。まだ仕事の距離感でしか付き合わへんって言うんか?」
「一人前だと認めて欲しくて言ったんです。僕が新米だから、夏樹さんとバディを組んだんでしょう。でもバディがいなくても単独で動けます。花子さまの時は、事務所の仕事をしていないから除外して、山室さんの時から、僕は単独で動きました。もうセットでなくて、いいと思うんです」
「たしかにな。冬樺はよく勉強しているし、戦えるようにもなった。ひとりで動いた時の危険は、減っていると思う」
所長が夏樹を褒める。
「油断はしません。夏樹さんに比べて、戦闘力はまだまだですから、引き続き精進します」
冬樺は勉強熱心だし、妖狐を倒したから、トラウマもたぶん克服できていると思う。
だからといってバディ解消は、夏樹は納得がいかない。
そもそも、冬樺が半人前だから面倒をみないといけない、そんなつもりで一緒に行動していたのではなかった。
「セットでもええやん。一緒に動く必要がある時もくるで」
「必要があれば、組みますよ。半人前ではなくて、一人前同士として」
冬樺の顔をまじまじと見る。一瞬混乱したけど、結局なにも変わらないということのようだ。
「そういうこと? なんやねん、下げといて上げたな。今までどおりってことやん」
「意識の問題です。半人前で組んだバディだったんですから」
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