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大切そうに簪を胸に抱いた弘子は、はらはらと滂沱の涙を流したあと、久美子によって部屋に戻された。
久美子はしばらくしてから戻ってきた。
幸せそうな笑顔を浮かべながら眠ったと話す。
「母は、よく簪の話をしていました。絵に描いてもらったこともあります。預かったという親戚にこっそり訊ねたことがあるのですが、簪好きの資産家に買い取られて以降、行方がわからなくなったそうです。80年近く経って、奇跡が起きたのでしょうかね」
久美子も親孝行ができたと笑顔で話した。
「連絡をくださった親戚の方のSNSに表示されたおかげです」
「なんで持ち主を探そうと思われたんですか」
「状態がすごく良かったので、大切にされてきたのではないかと思いました。持ち主の方を探そうと思ったのはたまたまです。見つかって良かったです。それでは、我々はそろそろ失礼いたします」
所長が立ち上がるのを見て、夏樹と冬樺もならう。
外まで見送ってくれた久美子から、白い封筒が所長に手渡される。封筒にはお車代として、と書かれていた。
別れを告げて車に戻ると、カマ吉は夏樹が座っていた席で丸くなって眠っていた。
車の揺れで気が付いたのか、ぱっと目を覚ます。くわーと欠伸をして、
「おかえり」
と出迎えてくれた。
「ただいま。用事終わったから、帰るで」
運転席の後ろに移動したカマ吉が、座った夏樹の膝の上に戻ってくる。
どうしたのかと思っていると、視界の隅に黒い色が見えた。
「皆さま、誠にありがとうございました」
夏樹の隣に、簪の付喪神が現れた。
「会いたかった方ではなくて、すみません」
所長もすぐに気が付いて、体をひねった。
「いいえ。主はもういなくなってしまわれているのですね。私がもっと早く目覚めていれば、お会いできたのでしょうか?」
「物が付喪神化するのは百年ほどを要します。しかし人は百年も生きられません。仕方のないことかと」
「そうですね。ヒロコさまの手に戻してくださり、ありがとうございます。今後はヒロコさまの余生を見守りたいと存じます」
頭を下げた付喪神の姿が薄くなっていき、消えた。
所長が車を発進させる。
「簪さん、持ち主さんの家族に返せて良かったなあ」
思い返して夏樹が呟く。
「時間がかかるかと思っていたんだけどな。冬樺のお陰だな」
「SNSで見つかるんかなって、ちょっと思っててんけど。すごいもんやな。冬樺、ナイスやったな」
ところが、冬樺は「そうでしょうか」と浮かない声を出す。「ご本人が亡くなっていることは、わかっていましたよね。本当にこれで良かったんでしょうか」
「え?」
思いがけない冬樺の回答に、夏樹は両座席の中央に身を乗り出す。
膝の上にいたカマ吉が、ひょいと飛び降りた。
「冬樺、何言うてんの? 家族が見つからんかった方が良かったってこと?」
「悲しむのがわかってたじゃないですか」
「喜んではったやん」
「残酷な現実を突きつけただけじゃないですか」
「ハルさんには会えんかったけど、弘子さんが結婚したら受け継がれる予定やってんから、弘子さんも持ち主やん」
「だけど実際に弘子さんの手には渡っていません。付喪神が会いたかったのはハルさんです」
「オレが付喪神やったら、本人やなくても家族の元に戻れて嬉しいけどな」
「僕だったら、微妙ですね」
冬樺は前を向いたまま。夏樹は彼の横顔を見つめる。
数日一緒に過ごして少しは感情を出していたのに、今はまた無表情。
意見のぶつけ合いが平行線のまま止まったところで、所長が口を挟んだ。
「価値観の違う議論に、結論はでないよ。今回は弘子さんが涙を流して喜んでくれた。それで良かったんだと思おうよ」
「そうやそうや。バアちゃんもオバちゃんも、喜んでくれたんやから。それでええやん」
「まあ、そうですね」
心から納得したのか、渋々なのかはわからないけれど、冬樺は一応納得したらしい。
「ケンカ? あんちゃんら、ケンカしてるん?」
座り直した夏樹の膝の上に、またカマ吉が乗ってくる。
「ケンカやないよ」
カマ吉に心配かけたかなと思い、夏樹はカマ吉の頭を撫でてやる。
「ほんまか? ワシ、夏のあんちゃんの好きやから、味方するで」
カマ吉がふとももの上で立ち上がってカマを出した。
「カマ出すなって。しかも後ろからってずるいな」
なだめているところで車が曲がり、カマ吉がよろめいた。
膝から落ちそうになったカマ吉を、夏樹が抱え上げる。
「危ないから、じっとしとけって」
「ありがとう、あんちゃん」
カマ吉は来た時と同じように、外を眺め出した。
久美子はしばらくしてから戻ってきた。
幸せそうな笑顔を浮かべながら眠ったと話す。
「母は、よく簪の話をしていました。絵に描いてもらったこともあります。預かったという親戚にこっそり訊ねたことがあるのですが、簪好きの資産家に買い取られて以降、行方がわからなくなったそうです。80年近く経って、奇跡が起きたのでしょうかね」
久美子も親孝行ができたと笑顔で話した。
「連絡をくださった親戚の方のSNSに表示されたおかげです」
「なんで持ち主を探そうと思われたんですか」
「状態がすごく良かったので、大切にされてきたのではないかと思いました。持ち主の方を探そうと思ったのはたまたまです。見つかって良かったです。それでは、我々はそろそろ失礼いたします」
所長が立ち上がるのを見て、夏樹と冬樺もならう。
外まで見送ってくれた久美子から、白い封筒が所長に手渡される。封筒にはお車代として、と書かれていた。
別れを告げて車に戻ると、カマ吉は夏樹が座っていた席で丸くなって眠っていた。
車の揺れで気が付いたのか、ぱっと目を覚ます。くわーと欠伸をして、
「おかえり」
と出迎えてくれた。
「ただいま。用事終わったから、帰るで」
運転席の後ろに移動したカマ吉が、座った夏樹の膝の上に戻ってくる。
どうしたのかと思っていると、視界の隅に黒い色が見えた。
「皆さま、誠にありがとうございました」
夏樹の隣に、簪の付喪神が現れた。
「会いたかった方ではなくて、すみません」
所長もすぐに気が付いて、体をひねった。
「いいえ。主はもういなくなってしまわれているのですね。私がもっと早く目覚めていれば、お会いできたのでしょうか?」
「物が付喪神化するのは百年ほどを要します。しかし人は百年も生きられません。仕方のないことかと」
「そうですね。ヒロコさまの手に戻してくださり、ありがとうございます。今後はヒロコさまの余生を見守りたいと存じます」
頭を下げた付喪神の姿が薄くなっていき、消えた。
所長が車を発進させる。
「簪さん、持ち主さんの家族に返せて良かったなあ」
思い返して夏樹が呟く。
「時間がかかるかと思っていたんだけどな。冬樺のお陰だな」
「SNSで見つかるんかなって、ちょっと思っててんけど。すごいもんやな。冬樺、ナイスやったな」
ところが、冬樺は「そうでしょうか」と浮かない声を出す。「ご本人が亡くなっていることは、わかっていましたよね。本当にこれで良かったんでしょうか」
「え?」
思いがけない冬樺の回答に、夏樹は両座席の中央に身を乗り出す。
膝の上にいたカマ吉が、ひょいと飛び降りた。
「冬樺、何言うてんの? 家族が見つからんかった方が良かったってこと?」
「悲しむのがわかってたじゃないですか」
「喜んではったやん」
「残酷な現実を突きつけただけじゃないですか」
「ハルさんには会えんかったけど、弘子さんが結婚したら受け継がれる予定やってんから、弘子さんも持ち主やん」
「だけど実際に弘子さんの手には渡っていません。付喪神が会いたかったのはハルさんです」
「オレが付喪神やったら、本人やなくても家族の元に戻れて嬉しいけどな」
「僕だったら、微妙ですね」
冬樺は前を向いたまま。夏樹は彼の横顔を見つめる。
数日一緒に過ごして少しは感情を出していたのに、今はまた無表情。
意見のぶつけ合いが平行線のまま止まったところで、所長が口を挟んだ。
「価値観の違う議論に、結論はでないよ。今回は弘子さんが涙を流して喜んでくれた。それで良かったんだと思おうよ」
「そうやそうや。バアちゃんもオバちゃんも、喜んでくれたんやから。それでええやん」
「まあ、そうですね」
心から納得したのか、渋々なのかはわからないけれど、冬樺は一応納得したらしい。
「ケンカ? あんちゃんら、ケンカしてるん?」
座り直した夏樹の膝の上に、またカマ吉が乗ってくる。
「ケンカやないよ」
カマ吉に心配かけたかなと思い、夏樹はカマ吉の頭を撫でてやる。
「ほんまか? ワシ、夏のあんちゃんの好きやから、味方するで」
カマ吉がふとももの上で立ち上がってカマを出した。
「カマ出すなって。しかも後ろからってずるいな」
なだめているところで車が曲がり、カマ吉がよろめいた。
膝から落ちそうになったカマ吉を、夏樹が抱え上げる。
「危ないから、じっとしとけって」
「ありがとう、あんちゃん」
カマ吉は来た時と同じように、外を眺め出した。
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