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転生したら鼻毛だった件

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 暗い場所、ここはどこなのだろうか。
 思い出せない。ようやく思い出した最後の記憶、それは自転車で坂道を猛ダッシュで下って、そしてブレーキが効かない事に気づいて、そのままガードレール下の崖下に落ちて行った記憶だった。
「そうか僕は死んだのか……」
 意識だけがぼんやりとあるような感覚、そんな中で目の前に光輝く人間が現れた。
「やあ、僕は神。女神じゃなくて残念かもしれないけれど、男神なんだ」
「そうですか。で一体僕に何のようなのでしょうか。もちろん僕は死んだのですよね」
 声としては出ていないが、意識の中でその男神と会話をする。
「そうなんだ。ご察しの通り、君は死んだ。ここは死んだ者が通る中継点のような場所だね。今君は光り輝く魂でぷかぷかと浮かんでいる状態なんだよ」
「はあ」
「それで、用というか。君の来世の事なんだけどさ」
「来世? 天国とか地獄とかには行かないんですか?」
「そうだね。君の場合はまた同じ地球に生まれ変わってもらうよ。特に良い行いをしたわけでもないし、悪い行いをしたわけでもない。可もなく不可もなくって所だからね」
「そうですか。で次に僕は何に生まれ変わるんですか?」
「君の希望はあるかい?」
「僕の希望ですか? 僕の希望を聞き入れてくれるんですか?」
「特に良い事をしたわけじゃないけど、コツコツとゴミ拾いや、咳エチケットなど、若干良い事をしてきていたから、若干良い事ポイントが溜まっているからそれを使えば君の希望を完全に叶えることは出来ないけれど、若干の願いは聞き入れられると思うよ」
「本当ですか!? じゃあ美伽ちゃん。美伽ちゃんの傍に生まれ変わりたい」
「君の大好きな同じクラスだった美伽ちゃんだね」
「知っているんですね」
「まあ、僕は一応神だからね。じゃあ、少しでも転生は早い方が良いね。じゃあ地球に魂を飛ばすよ。あ、後、二つスキルが与えられると思うけど、それは転生してからのお楽しみだね」
 言った直後、僕の意識はぷつんと途絶えた。
「う……ううん」
 僕は目を覚ました。
 だが、ここはどこなのだろうか。辺りには細い、あるいは太い草々が地面に沢山根を生やしている。
 というか、僕もどうやらその黒い草のようだった。
「草に転生したっていうのかよ。笑えねえ。全然美伽ちゃんの傍にいれねえじゃねえか」
 だが、草なのにどういう仕組みか目が見えるし、耳が聞こえる。たぶんこれがスキルなのかもしれない。いらないが。
「おいおい、新人さんよ。黙ってくれないか? うるさくてしゃーないぜ」
「誰だ?」
「お前と同じ鼻毛だよ」
「はい? 何。鼻毛って」
「ああ、お前、まだ自分が鼻毛だと自覚していない、意識低い系の鼻毛か」
 鼻毛に意識低いとかあるのだろうか。
「鼻毛なのに喋れるのか?」
「いや今までは無理だった。お前が鼻毛としてここに来た瞬間、俺の意識が芽生えたんだ」
「俺もだ!」「俺もだ!」「俺もだ!」
 どこかの鼻毛達がそれぞれ言った。
「何てことだ。僕だけじゃなかったのか。なるほどな」
 僕と最初に会話をした鼻毛は何か一人、いや一毛納得したようにうんうん、頷いている。傾げている。
「おい、教えてくれよ。何が分かったんだ?」
「ああ。教えてやる。つまりはこういうことさ。お前はただの鼻毛じゃない。俺達を統制する王鼻毛なんだ」
「王鼻毛? 聞いたことない。つまり僕は王様っていうことか?」
「そうだな。王様だ。お前が生まれた瞬間ここの鼻毛達は意識を持った。そして俺達はお前の一部だ」
「本当かよ。試してみてもいいか?」
「ああ、やってみるがいい」
「敬礼!!」
「ははー、王様!!」
 辺りを見渡すと、全ての鼻毛が綺麗に傾げていた。
「やっぱりそうだ。あんたは王鼻毛だよ。あんたの言葉に逆らうことが決して出来やしない。あんたのおかげで俺達は意識を持つことが出来た。ありがとうな」
 鼻毛にそんな事を言われても(僕も鼻毛だが)、どうすればいいのか分からなくて、むず痒いような、くすぐったいようなそんな気持ちになったけど、決して悪い気はしなかった。
「ところでここが誰の鼻の中だか分かるか?」
「王鼻毛、それについては前から暮している俺達はもうよく分かっている。可憐美伽という女の鼻の中だ」
 可憐美伽! まさか美伽ちゃんの鼻の中だったとは。同性同名の可能性もまだあるが、男神の話で美伽ちゃんの傍に行けるという話を聞いたばかりだったので、ここが美伽ちゃんの鼻の中の可能性は大だ。
「でも、僕のスキルって一体……」
「王鼻毛、スキルって一体何のことだ?」
「いや、何でもない」
 確かスキルは二つ貰えるって男神は言っていた気がする。一つは鼻毛なのに五感が備わっていることだとして、もう一つは? ああそうか。鼻毛の王様として、鼻毛を統制する事が出来るんだな。
 よし、では早速美伽ちゃん三六五日、二十四時間見守ろう。って何をすればいいんだ?
 僕は鼻毛として、鼻毛の王として生まれて何をすれば良いのか途方に暮れた。
 するとそんな僕に気付いたのか、最初に声を掛けてくれた、側近の鼻毛が僕に言った。
「王様、まさか俺達の使命を忘れているわけじゃないよな」
「使命?」
「おいおい、勘弁してくれよ。鼻毛の使命って言ったら、主人の体内にゴミやウイルスが侵入しないようにする為に働くことだろ?」
 なるほど、確かにそうだ。
「だから花粉やウイルスや砂埃が侵入しないように、俺達に迅速かつ的確に指示を出してくれよ。なあ王鼻毛」
「分かった」
 僕は自分の使命に、使命の重さにようやく気付いた。休んでいる時間などない、常に僕は鼻毛の王様として、美伽ちゃんという城の中に敵を決して侵入させないように、王として命を懸けて、動かなければならない。
 それからの日々は辛い日々の連続だった。花粉には皆で密集することで、何とか花粉の侵入を防ぎ、花粉症を発症させないようにしたり、土埃、ウイルスにはあえて鼻の粘膜を刺激し、鼻水を流させる事により、鼻水に砂埃、ウイルスを絡み取らせ、何とか美伽ちゃんの体内の侵入を防いだ。そして僕にもとうとう終わりの日が近付いてきているのを実感していた。
「王鼻毛、すっかり白くなっちまったな」
「お前もな」
 僕はここに生まれた時に最初に声を掛けてくれた、今はすっかり僕と同じく白鼻毛となってしまった、側近で頼れる右腕の鼻毛にそう言った。
「あんたと出会えて嬉しかったよ」
「それは僕の言葉だ。たぶん僕とお前は今日でお別れだ。美伽ちゃんが白鼻毛に気付いたからな。たぶん今夜あたり、僕を抜くだろう」
「ああ。だが、王鼻毛俺達はあんたと一体だ。あんたが死ねば俺達も意識はなくなり、ただの鼻毛となるだろう。だから悲しまなくていいぜ。俺達は一心同体なんだからな」
「ありがとうよ。なあ来世でもまた僕達会えるといいな」
「そうだな。王鼻毛。また、たわいもない会話をして楽しみたいな」
「今度は鼻毛じゃなくて、人間が良いな」
「違いねえ」
 ははっと右腕の側近は笑った。
「どうやら、予想より早く迎えが来たようだ。これが本当の最後だ。ありがとう。鼻毛として生まれて僕は幸せだったよ。美伽ちゃんと共に生きれたし、鼻水にもまみれた。そして何よりお前達と出会えた」
「王様!」「王様!」「王鼻毛!!」「王鼻毛!!」
「「「王鼻毛!!王鼻毛!!」」」
 最後は鼻毛の皆から大合唱を貰い僕は美伽ちゃんに素手で鼻毛を抜かれた。
 意識が薄れ行く中、こんな声が聞こえた。
「何だかこの鼻毛、とても愛おしいわ。捨てようと思ったけどやっぱりだめ。何か透明な箱に入れて、大事に保存しなくちゃ」
 僕の鼻毛の目から涙が零れ落ちた。どうやら僕は王鼻毛として立派に役目を果たすことが出来たようだ。
 僕は清々しい気持ちと、次の人生への期待を胸にそっと眠りについた。
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