STEOP 気になる異装のはとこさん

弧川ふき

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(月彦の視点) 文化祭当日2

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 文化祭初日。教室。異性装のフルーツ餅喫茶。自分はウェイトレス姿で、おじさんとおばさんと、そして想い人もそこにいて。
 ぼうっとした呼夢こゆめに、何を言えばいいのか、自分でも分からなかった。
 ――なんで何も言わないんだよ。何か言ってよ。いつまでもこうしてられないんだから。
 おじさんとおばさんは感想を言ってくれる。「美味しいな」もそうだけど、「可愛い」とかも。
 ――ここで一番聞きたいのは呼夢こゆめの言葉なのに。
 おじさんとおばさんは雑談もする、
「こういうのって懐かしいわね」
 とか、
「俺達がやったのは何だったか」
「何だったの? 思い出してよほら早く」
 なんて。でも呼夢こゆめが無言。
 そばに僕は立っていて、でもそれが許されるのは、次の次の次の客が来るまでの間だけ。
「いつまでもいてもな」
 ――そんな。
「堪能しました」
「た、堪能って」
「美味しかったよ」
「ああ、そういう」
「もちろん月彦つきひこくんの姿も面白かったよ」
「……はは、どうもっ」
 なんだか、笑顔を張り付けた感じがした。僕がそう言った瞬間、呼夢こゆめはこっちを見ていて、それに僕が気付いたら、急に――
つきちゃんは、か、可愛いよ……い、いつもね……」
「……ふふ、そっか、ありがと」
 急に胸が温かくなった気がして、そのあとで三人が去った。手を振って送った。三人ともが手を振り返してくれた。呼夢こゆめは忙しそうな表情をしていたけど。――そのあとも、胸の温かさは続いた。
 保温と愛は無関係じゃない。ふとそんなことを思った。
 次の客が来た。僕の担当だ。
 キウイ餅と紅茶を頼まれて、調理担当に伝えて、持っていく段になって運んだ。
 すると。
「可愛いけど男なんでしょ?」
「ええそうです」
 こういう時、わざとというか、格好に合わせて声を出すこともある。どちらかというと高い声だった。接客は大事だし、顔もニッコリ。そうしたら。
「ホントぉ~? まあいいけど~、じゃあ、写真撮っていい? そのくらいイイよね?」
 立ち上がった彼が急に横に立って僕の肩を掴んだ。しかも寄せられて、そのあとその手を腰に回してきてフォンボードで撮るポーズをして――
 ――気持ち悪い。腰の手! 気持ち悪い!
「ほら笑えって、そんくらいいいだろ男だろ」
 とっさに押し剥がそうと手を突き出したし、回された手も叩いた。いつかのストーカーを相手にするみたいに。でもこの人はビクともしない。
 そんな時、ウェイター担当の女子が近付いてきたらしいことが分かった――近くから声がしたからだ。
「男相手でもそんなことしないでください! 嫌がり続けてるの分かりませんか!」
 舌打ちした男は、
「男同士の悪ふざけだろうが!」
 と言って出ていった。その背中に、助けてくれた女子の声が飛んだ。
「二度とやるんじゃねえ!」
「あ、ありがと、田畑山たばたやまさん」
「ううん。雅川ががわくんも、お疲れ、ああいう人には強く出ないと」
「はは、前には強く出たことあったけど……うん……気を付けるよ」
「……こういうことあるんだ」
「うん……だ、だから、辛さ分かるよ、助けてもらえて、よかった」
「ワタシでよければいつでも頼ってよ」
「……あー……うん」
 ――なんて弱いんだ僕は。あんなに力を入れたのに。

 給仕役の担当時間が終わったのを黒板の上の時計を見て確認すると、
「交代しまーす」
「はぁい」
 と言い合って、サブバッグを手に、教室に設置した仕切りの向こうの簡易更衣室に入って着替えた。
 ケースに入ったままのカメラを首から提げた姿で出ると、ウェイトレスの服を店員用スペースにしている場所の机に置き、
「お疲れ様」
雅川ががわくんもお疲れ」
 と言い合って、教室の後ろの自分用の棚にサブバッグを戻してそれを隠す文化祭時のみの垂れ幕を下ろして、教室を出た。
 腕時計をフォンボード化させて呼び出し音を耳で聞きながら、呼夢こゆめを探した。電話の応答はすぐされた。
「もしもし月ちゃん?」
「……ね、今終わったから」
「じゃ、じゃあ、会えるね。ど、どこ?」
 戸惑いが混じったみたいな明るい声が聴けて、少し嬉しい。
「体育館前にいて。すぐ行くから」
 声が震えた。うまく言えたか分からない。
 ……体育館前で会うと。
「僕は、僕のために僕の格好をしてる」
「……うん、分かってるよ?」
「受け入れなきゃいけないことも、多分ある」
「え……。何か……あったの?」
 情けない姿…なのかもしれない。僕は言えなかった。
「別に」鼻が鳴ったけど。「写真を見返してみようかなと思って」
「一緒に?」
「うん。一緒に」
 深呼吸をしてから、体育館前の階段にふたり並んで座った。
 カメラの後ろの画面でデータを、顔を近付けてふたりで見た。
「あー、これあの時の。綺麗に撮れてる。ねっ」
「うん」
 評価してくれた呼夢こゆめの明るい声が、愛おしくて大好きで、それだけを聞きたいと思った。

 翌日。
 文化祭二日目は、とにかく店を回った。
 楽しんで、楽しみ尽くして、あんなことは忘れてしまおう。
 ストーカーの前にも本当はあんなことをされた。もっと酷いことだった。そんなのも全部。これからもあるのかなと想像してしまって、いつまで傷つけばいいの? なんて思ってしまう。
 でもこれまでのことなんて、忘れてやる。
 だからって、あんなことをやっていい理由にするなよと、未来の僕でもきっと言うだろう。
 ――クズになるな、輝け。そう言えたらいいのかな。分かんないや。
 どうせなら輝いているものを見て自分も輝けたらとか、そんなことを思うだろう。あんな人にもせめてそんな人であってほしい、そういう気持ちがあってほしい、分かる人でいてほしい……と、そんなことを思う。
 輝くものが好き。
 だから、きっと、僕は、呼夢こゆめのことが好きなんだ。
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