36 / 42
(月彦の視点) 文化祭当日2
しおりを挟む
文化祭初日。教室。異性装のフルーツ餅喫茶。自分はウェイトレス姿で、おじさんとおばさんと、そして想い人もそこにいて。
ぼうっとした呼夢に、何を言えばいいのか、自分でも分からなかった。
――なんで何も言わないんだよ。何か言ってよ。いつまでもこうしてられないんだから。
おじさんとおばさんは感想を言ってくれる。「美味しいな」もそうだけど、「可愛い」とかも。
――ここで一番聞きたいのは呼夢の言葉なのに。
おじさんとおばさんは雑談もする、
「こういうのって懐かしいわね」
とか、
「俺達がやったのは何だったか」
「何だったの? 思い出してよほら早く」
なんて。でも呼夢が無言。
そばに僕は立っていて、でもそれが許されるのは、次の次の次の客が来るまでの間だけ。
「いつまでもいてもな」
――そんな。
「堪能しました」
「た、堪能って」
「美味しかったよ」
「ああ、そういう」
「もちろん月彦くんの姿も面白かったよ」
「……はは、どうもっ」
なんだか、笑顔を張り付けた感じがした。僕がそう言った瞬間、呼夢はこっちを見ていて、それに僕が気付いたら、急に――
「月ちゃんは、か、可愛いよ……い、いつもね……」
「……ふふ、そっか、ありがと」
急に胸が温かくなった気がして、そのあとで三人が去った。手を振って送った。三人ともが手を振り返してくれた。呼夢は忙しそうな表情をしていたけど。――そのあとも、胸の温かさは続いた。
保温と愛は無関係じゃない。ふとそんなことを思った。
次の客が来た。僕の担当だ。
キウイ餅と紅茶を頼まれて、調理担当に伝えて、持っていく段になって運んだ。
すると。
「可愛いけど男なんでしょ?」
「ええそうです」
こういう時、わざとというか、格好に合わせて声を出すこともある。どちらかというと高い声だった。接客は大事だし、顔もニッコリ。そうしたら。
「ホントぉ~? まあいいけど~、じゃあ、写真撮っていい? そのくらいイイよね?」
立ち上がった彼が急に横に立って僕の肩を掴んだ。しかも寄せられて、そのあとその手を腰に回してきてフォンボードで撮るポーズをして――
――気持ち悪い。腰の手! 気持ち悪い!
「ほら笑えって、そんくらいいいだろ男だろ」
とっさに押し剥がそうと手を突き出したし、回された手も叩いた。いつかのストーカーを相手にするみたいに。でもこの人はビクともしない。
そんな時、ウェイター担当の女子が近付いてきたらしいことが分かった――近くから声がしたからだ。
「男相手でもそんなことしないでください! 嫌がり続けてるの分かりませんか!」
舌打ちした男は、
「男同士の悪ふざけだろうが!」
と言って出ていった。その背中に、助けてくれた女子の声が飛んだ。
「二度とやるんじゃねえ!」
「あ、ありがと、田畑山さん」
「ううん。雅川くんも、お疲れ、ああいう人には強く出ないと」
「はは、前には強く出たことあったけど……うん……気を付けるよ」
「……こういうことあるんだ」
「うん……だ、だから、辛さ分かるよ、助けてもらえて、よかった」
「ワタシでよければいつでも頼ってよ」
「……あー……うん」
――なんて弱いんだ僕は。あんなに力を入れたのに。
給仕役の担当時間が終わったのを黒板の上の時計を見て確認すると、
「交代しまーす」
「はぁい」
と言い合って、サブバッグを手に、教室に設置した仕切りの向こうの簡易更衣室に入って着替えた。
ケースに入ったままのカメラを首から提げた姿で出ると、ウェイトレスの服を店員用スペースにしている場所の机に置き、
「お疲れ様」
「雅川くんもお疲れ」
と言い合って、教室の後ろの自分用の棚にサブバッグを戻してそれを隠す文化祭時のみの垂れ幕を下ろして、教室を出た。
腕時計をフォンボード化させて呼び出し音を耳で聞きながら、呼夢を探した。電話の応答はすぐされた。
「もしもし月ちゃん?」
「……ね、今終わったから」
「じゃ、じゃあ、会えるね。ど、どこ?」
戸惑いが混じったみたいな明るい声が聴けて、少し嬉しい。
「体育館前にいて。すぐ行くから」
声が震えた。うまく言えたか分からない。
……体育館前で会うと。
「僕は、僕のために僕の格好をしてる」
「……うん、分かってるよ?」
「受け入れなきゃいけないことも、多分ある」
「え……。何か……あったの?」
情けない姿…なのかもしれない。僕は言えなかった。
「別に」鼻が鳴ったけど。「写真を見返してみようかなと思って」
「一緒に?」
「うん。一緒に」
深呼吸をしてから、体育館前の階段にふたり並んで座った。
カメラの後ろの画面でデータを、顔を近付けてふたりで見た。
「あー、これあの時の。綺麗に撮れてる。ねっ」
「うん」
評価してくれた呼夢の明るい声が、愛おしくて大好きで、それだけを聞きたいと思った。
翌日。
文化祭二日目は、とにかく店を回った。
楽しんで、楽しみ尽くして、あんなことは忘れてしまおう。
ストーカーの前にも本当はあんなことをされた。もっと酷いことだった。そんなのも全部。これからもあるのかなと想像してしまって、いつまで傷つけばいいの? なんて思ってしまう。
でもこれまでのことなんて、忘れてやる。
だからって、あんなことをやっていい理由にするなよと、未来の僕でもきっと言うだろう。
――クズになるな、輝け。そう言えたらいいのかな。分かんないや。
どうせなら輝いているものを見て自分も輝けたらとか、そんなことを思うだろう。あんな人にもせめてそんな人であってほしい、そういう気持ちがあってほしい、分かる人でいてほしい……と、そんなことを思う。
輝くものが好き。
だから、きっと、僕は、呼夢のことが好きなんだ。
ぼうっとした呼夢に、何を言えばいいのか、自分でも分からなかった。
――なんで何も言わないんだよ。何か言ってよ。いつまでもこうしてられないんだから。
おじさんとおばさんは感想を言ってくれる。「美味しいな」もそうだけど、「可愛い」とかも。
――ここで一番聞きたいのは呼夢の言葉なのに。
おじさんとおばさんは雑談もする、
「こういうのって懐かしいわね」
とか、
「俺達がやったのは何だったか」
「何だったの? 思い出してよほら早く」
なんて。でも呼夢が無言。
そばに僕は立っていて、でもそれが許されるのは、次の次の次の客が来るまでの間だけ。
「いつまでもいてもな」
――そんな。
「堪能しました」
「た、堪能って」
「美味しかったよ」
「ああ、そういう」
「もちろん月彦くんの姿も面白かったよ」
「……はは、どうもっ」
なんだか、笑顔を張り付けた感じがした。僕がそう言った瞬間、呼夢はこっちを見ていて、それに僕が気付いたら、急に――
「月ちゃんは、か、可愛いよ……い、いつもね……」
「……ふふ、そっか、ありがと」
急に胸が温かくなった気がして、そのあとで三人が去った。手を振って送った。三人ともが手を振り返してくれた。呼夢は忙しそうな表情をしていたけど。――そのあとも、胸の温かさは続いた。
保温と愛は無関係じゃない。ふとそんなことを思った。
次の客が来た。僕の担当だ。
キウイ餅と紅茶を頼まれて、調理担当に伝えて、持っていく段になって運んだ。
すると。
「可愛いけど男なんでしょ?」
「ええそうです」
こういう時、わざとというか、格好に合わせて声を出すこともある。どちらかというと高い声だった。接客は大事だし、顔もニッコリ。そうしたら。
「ホントぉ~? まあいいけど~、じゃあ、写真撮っていい? そのくらいイイよね?」
立ち上がった彼が急に横に立って僕の肩を掴んだ。しかも寄せられて、そのあとその手を腰に回してきてフォンボードで撮るポーズをして――
――気持ち悪い。腰の手! 気持ち悪い!
「ほら笑えって、そんくらいいいだろ男だろ」
とっさに押し剥がそうと手を突き出したし、回された手も叩いた。いつかのストーカーを相手にするみたいに。でもこの人はビクともしない。
そんな時、ウェイター担当の女子が近付いてきたらしいことが分かった――近くから声がしたからだ。
「男相手でもそんなことしないでください! 嫌がり続けてるの分かりませんか!」
舌打ちした男は、
「男同士の悪ふざけだろうが!」
と言って出ていった。その背中に、助けてくれた女子の声が飛んだ。
「二度とやるんじゃねえ!」
「あ、ありがと、田畑山さん」
「ううん。雅川くんも、お疲れ、ああいう人には強く出ないと」
「はは、前には強く出たことあったけど……うん……気を付けるよ」
「……こういうことあるんだ」
「うん……だ、だから、辛さ分かるよ、助けてもらえて、よかった」
「ワタシでよければいつでも頼ってよ」
「……あー……うん」
――なんて弱いんだ僕は。あんなに力を入れたのに。
給仕役の担当時間が終わったのを黒板の上の時計を見て確認すると、
「交代しまーす」
「はぁい」
と言い合って、サブバッグを手に、教室に設置した仕切りの向こうの簡易更衣室に入って着替えた。
ケースに入ったままのカメラを首から提げた姿で出ると、ウェイトレスの服を店員用スペースにしている場所の机に置き、
「お疲れ様」
「雅川くんもお疲れ」
と言い合って、教室の後ろの自分用の棚にサブバッグを戻してそれを隠す文化祭時のみの垂れ幕を下ろして、教室を出た。
腕時計をフォンボード化させて呼び出し音を耳で聞きながら、呼夢を探した。電話の応答はすぐされた。
「もしもし月ちゃん?」
「……ね、今終わったから」
「じゃ、じゃあ、会えるね。ど、どこ?」
戸惑いが混じったみたいな明るい声が聴けて、少し嬉しい。
「体育館前にいて。すぐ行くから」
声が震えた。うまく言えたか分からない。
……体育館前で会うと。
「僕は、僕のために僕の格好をしてる」
「……うん、分かってるよ?」
「受け入れなきゃいけないことも、多分ある」
「え……。何か……あったの?」
情けない姿…なのかもしれない。僕は言えなかった。
「別に」鼻が鳴ったけど。「写真を見返してみようかなと思って」
「一緒に?」
「うん。一緒に」
深呼吸をしてから、体育館前の階段にふたり並んで座った。
カメラの後ろの画面でデータを、顔を近付けてふたりで見た。
「あー、これあの時の。綺麗に撮れてる。ねっ」
「うん」
評価してくれた呼夢の明るい声が、愛おしくて大好きで、それだけを聞きたいと思った。
翌日。
文化祭二日目は、とにかく店を回った。
楽しんで、楽しみ尽くして、あんなことは忘れてしまおう。
ストーカーの前にも本当はあんなことをされた。もっと酷いことだった。そんなのも全部。これからもあるのかなと想像してしまって、いつまで傷つけばいいの? なんて思ってしまう。
でもこれまでのことなんて、忘れてやる。
だからって、あんなことをやっていい理由にするなよと、未来の僕でもきっと言うだろう。
――クズになるな、輝け。そう言えたらいいのかな。分かんないや。
どうせなら輝いているものを見て自分も輝けたらとか、そんなことを思うだろう。あんな人にもせめてそんな人であってほしい、そういう気持ちがあってほしい、分かる人でいてほしい……と、そんなことを思う。
輝くものが好き。
だから、きっと、僕は、呼夢のことが好きなんだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
会社の後輩が諦めてくれません
碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。
彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。
亀じゃなくて良かったな・・
と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。
結は吾郎が何度振っても諦めない。
むしろ、変に条件を出してくる。
誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アタエバネ ~恵力学園一年五組の異能者達~
弧川ふき
ファンタジー
優秀な者が多い「恵力学園」に入学するため猛勉強した「形快晴己(かたがいはるき)」の手首の外側に、突如として、数字のように見える字が刻まれた羽根のマークが現れた。
それを隠して過ごす中、学内掲示板に『一年五組の全員は、4月27日の放課後、化学室へ』という張り紙を発見。
そこに行くと、五組の全員と、その担任の姿が。
「あなた達は天の使いによってたまたま選ばれた。強引だとは思うが協力してほしい」
そして差し出されたのは、一枚の紙。その名も、『を』の紙。
彼らの生活は一変する。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事などとは、一切関係ありません。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる