STEOP 気になる異装のはとこさん

弧川ふき

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(月彦の視点) 新ヶ木島記念祭2

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 つい約束してしまったショーの現場へとやって来た。午前中にリハとのことで、歩かされた。
 歩くのは、まあ、道を覚えるのが大事なだけっぽくて、そこまで難しくはなかった。
 午後、開場してイベントが進行していく。
 新ヶ木島にいがきじまができた歴史として記録映像が流されたり、歌が歌われたり、クイズ大会が行なわれたり。
 そして、呼夢こゆめの部の出し物の時間が来た。
 控え室にて、衣装は準備済み。
 僕の姿と呼夢こゆめ自身や、明先めいせん高校の服飾・手芸部の参加者全員の姿とを確認した呼夢こゆめは、誰かに視線を向けた。その視線の先に凛々しい顔の人がいる。女性。
 よく見たら……その人にみんなが視線を注いでいる。
 彼女が部長なんだろう。その人の口が今動いた。
「さあリハ通り頑張ろう、リハ通り歩くだけ!」
「おー!」
「よし!」
「はい!」
 それぞれの声が同時にあがった。

 視線が突き刺さるのは僕には慣れない。普段のこととこれは違う。それに僕がいつも受けるのは奇異の目だ。
 とにかく慣れない。
 やり切る中で、自分が着た服を綺麗に見せられたなら、いいものに見せられたなら、それはいいことなんだろう。こちらに刺さる目が大女優を捉えたような目に見えて――錯覚だろうけど――人を満足させられるものを見せられたのなら、よかった。違うなら申し訳ない。
明先めいせん高校、服飾・手芸部でした、ありがとうございました~!」
 進行役が拍手を願うと、ステージから降りるよう指示が出た。
 最後はみんなで一列に並んでいたので、そんな舞台上から、観客が奏でる称賛を聞きながら、リハ通りに脇へと降りた。
「どうだった?」
 全然リハ通りなんかじゃなかった。目って凄い。
 そもそも僕は人の目を気にして生きてきた。「人はそんなにあなたを見てない」と誰に言われても「じゃああの人はなんでこちらを見ているの」「あの人はなんでこっちを見たの」「あの人はなんで通り過ぎた時に『○○』かと思ったって言ったの」と思ったりするほど。小さい頃から女の子だと思った、と何度も思われてきて、気にするなで済むことじゃない。
 これは自分がどうありたいかという事と衝突する事実。自分に素直になれば相反する目と戦わなきゃならない。
 でも舞台は違った。
 僕をそういうことだと知らない人の目だからかな。察した人がたとえいたとしても、そんなの小さな目だ。でも――通り掛かっただけの人の目は、目立つ。目立ってるよ。僕は見られてることを素直に見られてるって言うだけだ。それを人は「人はそんなに見てないよ」と言う。
「どうだった?」と聞いてきたのは呼夢こゆめだった。
 何かを期待してそうな顔をしている。
 そんな彼女に、ちゃんと答えたいと思う。
 うーん、と悩んでから、僕は。
「もう一度とは思わないけど、やりがいは感じたよ。こんなことを、こんな感じでやってんだな、みたいな」
「そう? そっか…。もう一度はやりたくないの? 思わないんだ?」
「うん、思わないね、面倒そうだし。写真を撮りたい時に、自分自身の存在感がもし邪魔を作っちゃったらと思うと嫌かも。そういう意味では構われたくないかな」
「ごめん、今回…」
「いや。いいよ。ね。いいよって僕が言っちゃったから、今回はイーブン」
「イーブンか、そっか、なるほど…」
「でも」
「ん?」
 僕は、おずおずと……これって申し訳ないのかな……と思いながら、聞いてみた。
「この服……もらって、いいの?」
「え、うん、いいよ」
 呼夢こゆめはあっさりしていた。それから何か思い付いたようなにやり顔を見せて呼夢こゆめが聞いた。
「ね、服あげるからさ、毎回ショーに出てみない?」
「くれる…? 毎回…?」
 ワナに誘い込まれたのだろうけど、それは結構な魅力だった。
 ――可愛いメンズ服を探すのって、面倒臭いからなぁ…。
 勘違いされたくないのは、これは誰か他人のためじゃなくて、僕自身のためでしかなくて、自分のやる気だとか、自分が自分らしくあるためだけのことなんだ、何度も言うけど。
 ただ、本当にそのための服は少ない。だって、僕は女装をしている訳じゃないんだから。僕は僕の姿をしているだけだ。なのにそのための服は少ない。
「よし! 乗った! しょうがないから次からもやるよ。自分のためにね!」
 呼夢こゆめのためにとか言う気はなかったし、こんな本心で、ちゃんと付き合っていくのがいいと、それが一番いいと、心から思った。
 返事を聞いた呼夢こゆめは嬉しそうに笑った――そのあと、何かずるいことを思い付いたような顔をした。
「何? 今何か、思い付いたでしょ」
 控え室に行く途中で「むふふ」と呼夢こゆめは笑った。
「内緒」
「あ、分かった、僕の希望を取り入れながら、コスプレ的な要素を若干…入れるつもりでしょ」
「いや…ちょ…まあ…そんな感じではあるけど、違うから、ね? フェ……自分の好みを、ちょ~っと入れるだけだから。ていうか今回もそうしたんだよ?」
「あ、そうなん? これ、いいよね」
 僕は少しだけ前へ出て踊るようにしてみた。
「う、うん……」
 ――僕にこの服が似合い過ぎてるからって、そんなに見なくてもいいだろ?
 …ってくらいに、呼夢こゆめが僕を見詰めていた。……面白い顔。
 世の中がみんなこんな人達なら、人を撮らなくもないかな。撮りたくさせてくれれば――
 少しだけそう思った。ほんの少しだけだ。
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