21 / 90
闇這編
意思疎通。気付かれぬように。陰の思考。最終決断。
しおりを挟む
見状嘉烈を食事室に呼んだ晴己の別人格は、こう言った。
「目的が分かった以上、たんまり怖がってから終われるようにしてくれ。ぎりぎり危険な状況に自分から近付く。今回相手は骨を操ってくる、怖がってから君は相手を気絶させようとして君が気絶する、それが一番いいだろう。ジャンズーロさえ欺くんだ」
「本当にそれでいいのかな。ジャンズーロは俺達を解放してくれる? 本当に? 忘れさせるとは言ったけど」
「そこへの対策はやらなくていい、まあやってみはするが。実際ここにいる全員が行方不明になれば天界の者も恵力学園の皆のことを怪しんで調査するだろう、それによって調査の手が自分に向く、デメリットが大きいと考えている筈だから、ジャンズーロは本当に忘れさせようとする筈だ、前後に闇界での出来事、アスレアとのやり取りもあったからな、怪しい動きがあった以上……闇界に手が伸びる。それを避けるために」
「た、確かにそうなりそうだけど……」
「まあこちらでも何かしようとするから、そちらはそちらで頑張れ。ええと……見状」
「あ、ああ……」
食事室を出てその扉を閉めた嘉烈は、見回りの時の動き易い服と靴を身に着けている。その姿に、爆発する可能性のある首輪が追加される。そして透明ドアを出た。
彼の戦う場は草原へと変化した。
相手の能力は骨だと晴己の別人格が言った。相手にとって、こちらを操るのがそもそも攻撃になる、だから草原のように見晴らしのいい所なのだろうと嘉烈は考えた。自分が有利になるように動くにはまず隠れる、これはどんな時もほぼ鉄則だが、今回は異例にすらならないだろう、彼はそうも考えた。
木や岩がぽつぽつとあるが、それに隠れるのではなく、しゃがんだ。草の頭より下に自分がいれば、まず姿を見られない。そして彼は考えた。
(それにしても骨か。それは確かに怖い。恐ろしい……)
この恐怖に抗わない方が実験の進みがいいと聞いた。彼は抗わないことにした。
一方、『羽』側の食事室には、林田ビカクの元に、氷手太一もいた。太一は嘉烈と入れ違いに入ったのだった。
その時嘉烈が扉を閉めるのを見てから――
相手から次に誰を出すかの情報を聴くと、ビカクは、それを晴己と太一に話した。
「次は目が終わるスプレーだって……家族の声は聞こえない、階層が違うのかも。それかここじゃないのかも」
「なんだそれ。というかそういう作戦に出てたのか」
と、言いながら、食事用の部屋はこうなっていたのかと言わんばかりに辺りを見た太一に、晴己の別人格が、まず、
「ああ、作戦自体は他言無用だ、あちらの部屋ではジャンズーロに聞かれるからな」
と、釘を刺した。
「まじで?」
太一は口を覆った。
「じゃあ、目を使えなくするスプレーか、そいつには誰がいいか……なるほど、その方がいいか」
晴己の別人格は、透明な誰かと話したようにしたあと、晴己に人格を明け渡した。
そして晴己は『かみをあやつる』によって無から紙を生み出した。速水園彦がもう戦ったことを思い出すと、晴己は、そこに、こう文字を浮き出させた。
18:時沢ルイ
そうしたのは紙もペンも食事室には無いからだった。ジャンズーロにバレずにやるには能力で記さざるを得ない。
きっとこれでいい――と晴己は考えた。相手の能力をメモしないのは、ジャンズーロにバレないためでもあるし、こちらが得る筈の恐怖を減らさずに済むからだった。さっき嘉烈にも教えるべきではなかったかもしれないが、あえて教えたのは、『骨』の場合はそうした方が恐怖心を煽れるのではと思ったからだった。違いがあるかどうかを見たいという意味もあった。
「じゃあ林田さん、スプレーの次はどんな力?」
ビカクは、晴己が戻ってきたことを察し、少しばかり温かみを感じながら、
「スプレーの次は誰? どんな力?」
と意思伝達を行なった。そして聞こえてきた声を伝える。
「次は栞を操る人だって」
晴己はそれならと、まだ戦ってない者を頭に浮かべ、その中から選び、紙に浮き出させた。
19:然賀火々末
「とりあえず、三十二番目まで、どんな力の人が出るのか、相手の順番を全部聞いてよ」
晴己がそう言うと、ビカクがその伝達をし、届いた声を参考に、彼らは考えた。
そうして相手の順番に合わせたリストを作製した。
18:時沢ルイ
19:然賀火々末
20:林田ビカク
21:更上磨土
22:淡出硝介
23:形快晴己
24:ジンカー・フレテミス
25:今屋村キン
26:阿来ペイリー
27:立山太陽
28:温地美仁
29:シャダ・ウンムグォン
30:千波由絵
31:大月ナオ
32:海凪麦
晴己は引っ込み、別人格がまた表に出た。
「これを持ってウンムグォンと話す。彼女に指示を任せて俺は質問攻めをする。解放方法についても嘘が無いか問い詰めてみる」
そんな食事室に、見回り勢の動き易い服装をした硝介が入ってきた。
晴己は即座にジェスチャーをした、閉めてから話せと。
数秒、考え込んだ硝介だったが、ジェスチャーが続くので、それを見て彼は考え、意味を理解し、自分の口に人差し指を当て、扉を閉めた。それからある程度小声で。
「何か会議でもしてたのか? 俺はもう腹がな。小腹がやべえ。とりあえず何か食っておきたくてさ」
「あとで順番を伝える」晴己の別人格が告げていく。「割と早めだからそのつもりで食えよ」
「お、おう……」
そして晴己の別人格は、ビカクと太一を連れ、控えの部屋へと出た。
大画面には現在の戦いが。
見状嘉烈は空中にいた。相手の男が彼の骨を操り空へ浮かせていたのだ。彼は恐怖の最中にいた。ただ、それでいい、自分達が怖がれば怖がるほど彼らの何かが変わり、実験は終わりへと近付く――彼はそう考え意図的に自分の恐怖をすら煽った。死にたくないと思い、そして悲鳴を上げた。
嘉烈は抵抗しようとはした。壊れそうな物の疲労度を相手の足元のそれとすり替え足場を崩せないかと。ただ、どれだけ探しても、そこまでの消耗度合いの物体はそこらに無かった。その力は、すり替え先の規模が大きければすり替え元にも同程度の規模を必要とする――もしくはすり替え元が小さいならすり替え先以上の消耗度を必要とする、その意味で見合う物が無かったのだ。
ゆえに、嘉烈は空に浮かされている間、抵抗もできずに、しかも自身の手足の骨達が軋むのを感じていた。
(これが折れ、もし治らなかったら……!)
嘉烈は恐怖し、そうなったらすり替えてやると思いながらも、落下した。相手が操るのをやめたのだ。
地面に激突するまでの最中、ジャンズーロを欺くため、彼は一応自分を庇おうとした。膝と腕から激突。そしてその両方の骨が折れた。
身動きができなくなり、相手にダメージをすり替えようとした嘉烈だったが、相手がどこにいるのかは、もう、倒れた彼には分からなかった。……そして頭部にもダメージがあった彼の脳は、休息を迎えた。
別室の彼の父親と祖父母と叔父とその妻とその息子が悲壮感で満たされた顔をした。
「あれもちゃんと治るのか……? 嘉烈……!」
父親の悲しい声がその部屋に響いた。
起き上がった時、彼は治療室にいた。起き上がることができた。腕を、脚を動かすことができた。それだけで彼は涙した。……それは彼には大きな事だった。
『次は18戦目(『羽』の気絶者数:10、『羽』の死者数:1)』
晴己の別人格がシャダに任せた指示を受け、時沢ルイが、首輪を冷たく感じながら、広場に出た。
今度のフィールドは車の整備工場だった。
人の気配はない。ずっと、フィールドに対戦者以外はいない。恐らく壁や車を隠れ蓑にして攻撃される。
晴己や太一、ビカクは相手の力を予め知っているが故の恐怖を増幅させようとしたが、伝え聞いてすらいないルイはまず相手の力を知らないが故の恐怖を増やし、慎重に身を隠しながら動いた。
そんなルイを他所に、待機室にいる晴己の別人格は質問した。
「ジャンズーロ、この実験が終わった時のことについて……ここのことを忘れさせることについて聞きたい。本当に忘れさせるだけで済ませてくれるのか?」
「忘れさせるさ、それで済ませると言っただろ」
それが本当かどうか。
ジャンズーロはこの部屋の外にいる、どういう積もりかを能力で判別することはできない。だがもし方法があるなら。
晴己が神ほどの存在になるしかない。天使のようにはなれた。与羽根と『を』の紙をすら扱える。祈り与えることまでも。晴己はそれをあの船の上で――自分へと使えてしまった。それ以上の存在になり結界を突破する能力を使えれば。
だがそれは無理だ。簡単に行く筈がない。
ここでのことを本当に忘れさせる可能性は高い。そうでないとジャンズーロは怪しまれる。だが彼の考えがそこまで及んでいなかったら? 信じて殺される可能性は、低いが、無くはない。
晴己の別人格は考え続けた。
(安堂シュバナー・ルッツにも罪を一度着せている。天界でも闇界でもない鬼妖のどちらかにまで……。そうか、本当にやり兼ねない。着せるやり方なら可能性は上がる。させないためには)
新しい能力を晴己は作れる、与えることも。天使の所業。
(だがジャンズーロは外。力は届かない。天使暦の恐らく長いベージエラとやらにも恐らく無理、そもそもベージエラはここにいない。ベージエラと同等ほどの力を持つだけではアスレアにも無理。晴己には到底――)
晴己が神ほどの存在になるしか。やはりそうなる。だがそれは――。
いや、本当に無理だろうか。
(いや、確かに晴己にはできない、そのくらいに神や闇神、鬼神、妖神は遠い存在だ。だが……では晴己の振りをしている私になら。私に晴己が力を与えるには――。いけるかもしれない! 結界を無視してジャンズーロの思惑を読む程度なら、この方法でなら、負担もなく――できるかもしれない! かなりの確率で!)
そう考えると、また、晴己の別人格は食事処へと入った。
戦場では、ルイが、死角から急に現れたスプレーに吹き付けられ、その噴出物を空間面の接続によって別の場所へと通したところだった。そして接続面をずらすことでスプレーまでをも『あちらの空間』へ移動させると、その能力を解いた。
そして車の前へ出て辺りを見た。恐らく相手がいると信じて。実際女性がいた。武器ある所敵あり――ルイの予想は当たった。
そして相手へ空間接続面を向かわせる――が、後ろからスプレ―の音がした。
「あああああ!」
ルイの視界は暗闇と化した。後ろからの噴出でも、空気の流れによって目まで届いたのだった。
ならば能力で見る。ルイはそれができる。〇・一秒の過去をずっと見続けるようにすれば、ほぼ現在を見続けられる。
(私ならそれができるから選ばれたのかも)
自分を誇りに思ったルイだった。
だが、そこへの大量のスプレーによる背後からの打撃の数々に、ルイの反応は一瞬遅れることが続き、後手に回り、ついには振り向き様の防御が間に合わず、やられた。
悲鳴も出ないほどの恐怖。このまま死ぬ可能性もあった。
「ルイ!」
別室の、彼女の父親は名を呼んだ。母親も痛切に――
「もうやめて!」
願うことしかできない。
防御の仕方も分からなくなり、何度も痛みを覚えたあとで、いつの間にか気を失っていた。
ルイは目を覚ました筈だったが、視力は戻らなかった。
大月ナオと千波由絵が口々に、
「よかった」
「痛いとこ、ある?」
と言った。聞いたのはナオ。
「大丈夫だけど、目は見えない。能力のせいだからかも」
「嘘……嘘でしょ」
「本当」
ルイはそう言うと、この部屋は中継されているということを想定した。
「私……ほかの人もこういう風になりそうで、それが怖い……」
最初に戦った不動和行が中々目覚めなかったことをルイは思い返した。
「命があるのはいい、ほっとしてる。でも、なんでこんな戦いをしなきゃいけないんだ……!」
ルイの父親は憤慨した。自分の娘の目が見えなくなったから――。
小腹を満たした硝介が、晴己と入れ違いに食事室を出た。そして透明ドアの上の表示の切り替わる瞬間を見ていた。
『次は19戦目(『羽』の気絶者数:11、『羽』の死者数:1)』
一方、食事室では。
そこには晴己の姿しかない。
晴己の別人格は、二人きりで会話をし始めた。
「晴己、『を』の紙を作ってくれ。呼ぶのではなく。余力はあるか? できるか?」
「うん、できる」
「よし、なら作るんだ、ここでだ」
「分かった」
数秒が経つ。
そして手の上に『を』の紙が現れた。
「よし、よくやった晴己」
「そ、そうかな……」
とはいえこの紙が『こんな人物に対してでも』効力を持たなければ意味は無い。
そう考えた彼の別人格は、能力を『結界すら越えて相手の予定を読み取る』とした。それを晴己に話し、晴己が『かみをあやつる』にて浮かび上がらせた。そしてその別人格へと祈った。
新しい与羽根のマークは、晴己の腕に付かなかった。
「よし、使うぞ」使えると信じての声。
人格が変わると、その腕にそれまであった羽根印も消え、そして新しい印が手首の外側に現れた。羽根の上に刻まれた数は26-4、今回のための四つ目の羽根印。
その印は体に刻まれているように見えて、実は魂に刻まれているようなものなのだと、晴己は、別人格が体を操る間に脳内で気付いた。『肉体を改造する』という力でしかない筈の彼の力だが、その範囲は実はもっと広いのだろうという事もここで彼は気付いた――脳内や神経の出来事が電気信号なら、そういった見えない何かまでをも含めて対象なのかもしれない――と。
別人格がその力を、今、使った。
(念のためにこんな力にしたが、これを晴己が覚えても恐らく無理だろうな。能力の信号のようなモノそのものを結界が拒否する。その拒否すらも受け付けない階級である必要がある。その程度である必要が。だから――)
『くくく……奴らの記憶を忘れさせれば、この夜のことだけでは、誰も何かを疑うことなどできない。そしてこいつらは死人を出さないようにやり合うだろうしな。……くくく、手のひらの上だ、何もかも。そして操り易い者だけを手下にし、この方法で力を与え、裏の仕事をさせる、気に食わない者はその手に。ふふふふ、私の支配……そのための人形は主犯が私だとは話さない……くくく……』
「確認できたぞ」
晴己の別人格は勝ちを確信し微笑んだ。
「ジャンズーロは本当に記憶を消す手法を取る」
すると人格が変わった。晴己が口を動かした。
「ありがとう、ズガンダーフさん」
そしてまた人格が切り替わった。
「いや何、闇界と、この件に関わった命のためだ。あの時――船上で、私と操りの力との繋がりを『切断』してくれた晴己の御蔭だ、操られて暴走した私を止めてくれたのも晴己だ、私は感謝を返しているだけだ」
「だからこそだよ。別に僕にそんな積もりなんて無かったし、どうだったとしても返してもらう積もりなんて無い、けど、だからこそ、その返すことでみんなを守ろうとしてくれた、全部が全部、本当に嬉しい、ありがとう」
「……うむ」
「でも、ズガンダーフさんに乗り移る力があるなんて」
「まあ、闇神候補ともなればな。人にもよるが」
「でもズガンダーフさん、これからどうするの」
「……まあ、どうにか考えるさ」
そして、ズガンダーフの人格のまま、晴己の肉体は食事室を出た。
十九人目として、ズガンダーフがシャダに任せた指示通り、アスレアの与えた服を着た然賀火々末が出ていた。
フィールドは図書館になっていた。
「然賀なら大丈夫なんじゃないか、火と紙だ」
と温地美仁は言ったが、シャダ・ウンムグォンは首を横に振った。
「いや、相性はそうだけど、今は気絶させ合わないといけない、よくある使い方は今回は無理よ」
「そ、そうか……」
美仁は考えを改めてすぐ、
(じゃあどうするんだ)
と心配しながら大画面へと目をやった。
火々末は能力を使わずに相手の位置を探った。そして絵本もある遊戯室の角に彼女自身が追い込まれたらしいことだけは分かっていた。
互いに、そこを最終的な戦いの場にすると強い意志で思っていた。
棚に隠れた所から、火々末へと相手の女性が栞を放った。その動きをぎりぎり捉え、火々末は間一髪で避けた。
そういった回避が続く。子供用のマットの上で転がって体勢を整える。しかも攻撃をするのは相手だけ。
火々末は、能力『可燃ガスを出す』のためのライターを手に持ってすらいない。そもそもこの戦いの場に誘われた時から持ってはいない。
彼女が火を使わないせいか、控えの部屋の数名は彼女の考えを理解できず心配し疑念交じりの声援を飛ばしそうになっていた。
心配は恐怖心と隣り合わせのようなもの。無言で見守る者達の心の中でそれは強く募った。
彼女の腕に栞が当たるとそこから血が舞った。
「あっぐ……!」
つい声を出し体勢を崩した火々末の元へ、次弾が向かう。
避け切れず左目に刺さった。
「あああっ!」
更に姿勢を崩した彼女の手足に、相手の栞は、まるでそれらを封じるように刺さった。
彼女は、死にたくないと思いながら、必死に念じていた。念じてはいたのだ。
そして数秒後、火々末は気を失った。
彼女は遊戯室に入ってからずっと可燃ガスを出し続けていた。
彼女の出したそれは空気より重たかった。その遊戯室に溜まったガスの密度のために彼女は酸欠になったのだった。少し前から息を止めていた彼女だったが、相手の酸欠まで待てるかと思いきや、そうはならなかった。結果として無事離脱できたとは言える。
「ヒー姉ちゃん!」
別室では、彼女の弟や両親が、辛そうな顔をした。
『次は20戦目(『羽』の気絶者数:12、『羽』の死者数:1)』
透明ドアの上の表示が切り替わってからそれほど経っていない頃、治療室で目を覚ました火々末は、文句を言った。
「できれば相手を――とは思ったけど、わざと自分も気絶できるように戦うなんて、勘弁よ、むず過ぎ」
「でもよかった」
と、由絵が言うと、火々末は笑った。
「私もよかった、ちゃんと意識を取り戻せて。これ怖いこと言ってるよねホント」
「ホントに……」
決闘選手の待機部屋では、林田ビカクが、
「じゃ、じゃあ、次は私が」
と、意気込んだ、アスレアの術による服が映える気合を入れるポーズと共にだ。
彼女が透明ドアの横の台に復帰した首輪をし、広場へと出ると、そこはデパートの衣服フロアへと変わった。
そして待機部屋では、晴己がシャダの隣に座り――別人格がこう言った。
「最終的な結論はこうだ」
そして晴己が表に出、シャダに渡しておいた紙に触れ、念じた。そこの最後の一行の下に、三行だけ加えられた。
『アイツは本当に忘れさせる積もりだ。
新しい能力で結界を破って予定を知った。
怖がって気絶狙い。アイツを納得させる』
「それを見ろ」
そう言った時は既にズガンダーフの人格と入れ替わっていた。そして晴己以外の誰に対しても自分がズガンダーフであることは隠し続けた。
シャダは『それ』というワードが何を示すかをすぐに理解し、紙をちらりと見た、ジャンズーロに悟られないようにこっそりと。そして何も言わずに晴己に向かって頷いた。理解の合図として。
戦場のビカクは、その時ちょうど相手の男の位置を特定したところだった。常にマネキンや展示の服に注意しながら観察した結果だった。
だが、襲い掛かってきたのはそれらを引き立てる飾りの貝殻だった。
あまりの小ささ。不意を突かれた。
それでもビカクは、チェーンソー化した腕から先で空飛ぶ貝殻達をぶった切った。
その様を見た相手にも恐怖が生じた。だが手元にはまだあるという笑みも生じた。
次の攻撃はさっきより多かった。
そして今度は、数枚が、アームソーとも言えるビカクの武器を潜り抜け、彼女の腹に触れた。その瞬間、彼女は腹から痛みが広がるのを感じた。そして数秒後、眠りへと落ちた。
「そんな! どうなったの!」
別室ではビカクの母親が叫んだ。兄も祈るばかりだった。
『次は21戦目(『羽』の気絶者数:13、『羽』の死者数:1)』
と、透明ドアの上の表示が変わったのを見て、立山太陽が問い掛けた。
「次は? 誰が行く?」
それは演技でもあった。晴己の別人格やシャダ、木江良うるえとのやり取りで太陽に話は通っていたからだ。
「私」
と、進み出たのは、見回りのままの服の更上磨土。
治療室では、目を覚ましたビカクが、腹を押さえ、痛みが無くなっていることを理解していた。
「よかった。……お腹、痛かったの?」
由絵がそう言った。
「うん。あたったみたい」
そして。今度の戦場は映画館となった。二度目だ。
ただ、待機所では、これは偽りの安心感ではないかと考えた者がいた。ジンカー・フレテミスがそうだった。彼はシャダの行動を見ていた。彼女と晴己に対して、
「なあ、本当にいいのか、このままで。忘れさせるって言ってるけど本当か? いや本当だとしてもだ、笑って済ませられる事か? 違うだろ? 止めたい事だろ、これは――」
強く切ない顔で言うジンカーに、晴己の声が――
「それにはもう打つ手が無い。それでも話したいなら一寸こっちに来てくれ」
と。ただ、言ったのは晴己の別人格。そして彼は食事室へと入った。
ジンカーも入る。
シャダも気になっていた。それ故、シャダは、うるえに、紙による指示を頼み、最後の三行だけはジャンズーロに悟られないようにと極々小声で耳打ちし、シャダもまた食事室へと入った。
扉が閉まってから、三人で。
まずは晴己の声が。
「ジャンズーロを欺くためだ。信じて誰にも話すな。演技が苦手な者からはバレる虞がある」
「俺には話せ」
そう言ったジンカーに、晴己の別人格が、
「ジャンズーロは確かに下卑た存在だ。そして、実は、手はある」
と言い、そして教えた。
シャダは顔色を変えなかった。その自信があったから自分は聞いておこうと思ったのだった。
方法を知ったジンカーは驚いた。
「じゃ、じゃああんたは本当はその……! で、でも、そんな方法で本当に?」
ズガンダーフは、晴己の顔を縦に動かした。
そして、ジンカーの心を、さっきよりも厚い安心感が覆った。
二十一人目として、映画館化したフィールドでは磨土が走り回っていた。そしてこう思っていた。
(どこにいてもすぐに! 位置が分かる能力と、もう一つある、絶対!)
相手は透視し、自身の髪を操って長くし、刺すように攻撃した。そのどれをも避ける。避け続ける。
以前なら『物を硬くする』の力しか使えなかった磨土だが、今なら『土を操る』もある。
だが、そこには土が無い。見当たらない。ジャンズーロは控えの部屋での磨土と晴己のやり取りを見ていた。実験結果に直結しないモルモットには厳しくし、早く結果をとジャンズーロは望んでいる。汚い考えだ。
磨土は土を探した。
もしやこっちに?――と、廊下を真っ直ぐ行った先に――トイレのそばに漸く植木鉢を見付けた。そこの土を手に取り予め土団子にしておいた。
そこから道を戻ろうとした先に、相手の女性の姿が。
食べ物やドリンクなどの売り場まで、廊下は一直線。横に逃げ場は無い。
自分は的でしかないと気付くと、磨土はゾクリとしながら放った。
「ああああ!」
相手の髪も伸びてきた。
その一瞬は、磨土の中でも人生で一番長い一瞬だった。そして。
『物を硬くする』で想像以上に破壊力を増した土の塊は、相手の顎の先に命中し、脳を僅かに左右に揺らし、その女性を気絶させた。
そんな磨土の手の先から肩まで、髪は刺さり、突き抜けていた。あまりの激痛が磨土を襲った。それほどのギリギリの緊張と恐怖の中で――
(よかった、よかった……っ!)
磨土は喜びを噛み締めていた。その時、貫いた髪は消えた――女性ごと。磨土の首からは首輪が消えた。
皆が見守る大画面の横――透明ドアの上の表示が変わった。
『次は22戦目(『羽』の気絶者数:13、『羽』の死者数:1)』
観客席かもしくは実況席のような場所で、ジャンズーロは舌打ちした。
別室では磨土の両親、弟が喜びで心を満たしていた。
「ああ、磨土、よかった、ああ……!」
ズガンダーフは晴己の別人格として控えの部屋の椅子に座り、ジャンズーロの動きに反応できるよう心の準備をした。
そして二十二人目としては、
「じゃあ、淡出、お願い」
とシャダに言われた硝介が、首輪を手にした。
「目的が分かった以上、たんまり怖がってから終われるようにしてくれ。ぎりぎり危険な状況に自分から近付く。今回相手は骨を操ってくる、怖がってから君は相手を気絶させようとして君が気絶する、それが一番いいだろう。ジャンズーロさえ欺くんだ」
「本当にそれでいいのかな。ジャンズーロは俺達を解放してくれる? 本当に? 忘れさせるとは言ったけど」
「そこへの対策はやらなくていい、まあやってみはするが。実際ここにいる全員が行方不明になれば天界の者も恵力学園の皆のことを怪しんで調査するだろう、それによって調査の手が自分に向く、デメリットが大きいと考えている筈だから、ジャンズーロは本当に忘れさせようとする筈だ、前後に闇界での出来事、アスレアとのやり取りもあったからな、怪しい動きがあった以上……闇界に手が伸びる。それを避けるために」
「た、確かにそうなりそうだけど……」
「まあこちらでも何かしようとするから、そちらはそちらで頑張れ。ええと……見状」
「あ、ああ……」
食事室を出てその扉を閉めた嘉烈は、見回りの時の動き易い服と靴を身に着けている。その姿に、爆発する可能性のある首輪が追加される。そして透明ドアを出た。
彼の戦う場は草原へと変化した。
相手の能力は骨だと晴己の別人格が言った。相手にとって、こちらを操るのがそもそも攻撃になる、だから草原のように見晴らしのいい所なのだろうと嘉烈は考えた。自分が有利になるように動くにはまず隠れる、これはどんな時もほぼ鉄則だが、今回は異例にすらならないだろう、彼はそうも考えた。
木や岩がぽつぽつとあるが、それに隠れるのではなく、しゃがんだ。草の頭より下に自分がいれば、まず姿を見られない。そして彼は考えた。
(それにしても骨か。それは確かに怖い。恐ろしい……)
この恐怖に抗わない方が実験の進みがいいと聞いた。彼は抗わないことにした。
一方、『羽』側の食事室には、林田ビカクの元に、氷手太一もいた。太一は嘉烈と入れ違いに入ったのだった。
その時嘉烈が扉を閉めるのを見てから――
相手から次に誰を出すかの情報を聴くと、ビカクは、それを晴己と太一に話した。
「次は目が終わるスプレーだって……家族の声は聞こえない、階層が違うのかも。それかここじゃないのかも」
「なんだそれ。というかそういう作戦に出てたのか」
と、言いながら、食事用の部屋はこうなっていたのかと言わんばかりに辺りを見た太一に、晴己の別人格が、まず、
「ああ、作戦自体は他言無用だ、あちらの部屋ではジャンズーロに聞かれるからな」
と、釘を刺した。
「まじで?」
太一は口を覆った。
「じゃあ、目を使えなくするスプレーか、そいつには誰がいいか……なるほど、その方がいいか」
晴己の別人格は、透明な誰かと話したようにしたあと、晴己に人格を明け渡した。
そして晴己は『かみをあやつる』によって無から紙を生み出した。速水園彦がもう戦ったことを思い出すと、晴己は、そこに、こう文字を浮き出させた。
18:時沢ルイ
そうしたのは紙もペンも食事室には無いからだった。ジャンズーロにバレずにやるには能力で記さざるを得ない。
きっとこれでいい――と晴己は考えた。相手の能力をメモしないのは、ジャンズーロにバレないためでもあるし、こちらが得る筈の恐怖を減らさずに済むからだった。さっき嘉烈にも教えるべきではなかったかもしれないが、あえて教えたのは、『骨』の場合はそうした方が恐怖心を煽れるのではと思ったからだった。違いがあるかどうかを見たいという意味もあった。
「じゃあ林田さん、スプレーの次はどんな力?」
ビカクは、晴己が戻ってきたことを察し、少しばかり温かみを感じながら、
「スプレーの次は誰? どんな力?」
と意思伝達を行なった。そして聞こえてきた声を伝える。
「次は栞を操る人だって」
晴己はそれならと、まだ戦ってない者を頭に浮かべ、その中から選び、紙に浮き出させた。
19:然賀火々末
「とりあえず、三十二番目まで、どんな力の人が出るのか、相手の順番を全部聞いてよ」
晴己がそう言うと、ビカクがその伝達をし、届いた声を参考に、彼らは考えた。
そうして相手の順番に合わせたリストを作製した。
18:時沢ルイ
19:然賀火々末
20:林田ビカク
21:更上磨土
22:淡出硝介
23:形快晴己
24:ジンカー・フレテミス
25:今屋村キン
26:阿来ペイリー
27:立山太陽
28:温地美仁
29:シャダ・ウンムグォン
30:千波由絵
31:大月ナオ
32:海凪麦
晴己は引っ込み、別人格がまた表に出た。
「これを持ってウンムグォンと話す。彼女に指示を任せて俺は質問攻めをする。解放方法についても嘘が無いか問い詰めてみる」
そんな食事室に、見回り勢の動き易い服装をした硝介が入ってきた。
晴己は即座にジェスチャーをした、閉めてから話せと。
数秒、考え込んだ硝介だったが、ジェスチャーが続くので、それを見て彼は考え、意味を理解し、自分の口に人差し指を当て、扉を閉めた。それからある程度小声で。
「何か会議でもしてたのか? 俺はもう腹がな。小腹がやべえ。とりあえず何か食っておきたくてさ」
「あとで順番を伝える」晴己の別人格が告げていく。「割と早めだからそのつもりで食えよ」
「お、おう……」
そして晴己の別人格は、ビカクと太一を連れ、控えの部屋へと出た。
大画面には現在の戦いが。
見状嘉烈は空中にいた。相手の男が彼の骨を操り空へ浮かせていたのだ。彼は恐怖の最中にいた。ただ、それでいい、自分達が怖がれば怖がるほど彼らの何かが変わり、実験は終わりへと近付く――彼はそう考え意図的に自分の恐怖をすら煽った。死にたくないと思い、そして悲鳴を上げた。
嘉烈は抵抗しようとはした。壊れそうな物の疲労度を相手の足元のそれとすり替え足場を崩せないかと。ただ、どれだけ探しても、そこまでの消耗度合いの物体はそこらに無かった。その力は、すり替え先の規模が大きければすり替え元にも同程度の規模を必要とする――もしくはすり替え元が小さいならすり替え先以上の消耗度を必要とする、その意味で見合う物が無かったのだ。
ゆえに、嘉烈は空に浮かされている間、抵抗もできずに、しかも自身の手足の骨達が軋むのを感じていた。
(これが折れ、もし治らなかったら……!)
嘉烈は恐怖し、そうなったらすり替えてやると思いながらも、落下した。相手が操るのをやめたのだ。
地面に激突するまでの最中、ジャンズーロを欺くため、彼は一応自分を庇おうとした。膝と腕から激突。そしてその両方の骨が折れた。
身動きができなくなり、相手にダメージをすり替えようとした嘉烈だったが、相手がどこにいるのかは、もう、倒れた彼には分からなかった。……そして頭部にもダメージがあった彼の脳は、休息を迎えた。
別室の彼の父親と祖父母と叔父とその妻とその息子が悲壮感で満たされた顔をした。
「あれもちゃんと治るのか……? 嘉烈……!」
父親の悲しい声がその部屋に響いた。
起き上がった時、彼は治療室にいた。起き上がることができた。腕を、脚を動かすことができた。それだけで彼は涙した。……それは彼には大きな事だった。
『次は18戦目(『羽』の気絶者数:10、『羽』の死者数:1)』
晴己の別人格がシャダに任せた指示を受け、時沢ルイが、首輪を冷たく感じながら、広場に出た。
今度のフィールドは車の整備工場だった。
人の気配はない。ずっと、フィールドに対戦者以外はいない。恐らく壁や車を隠れ蓑にして攻撃される。
晴己や太一、ビカクは相手の力を予め知っているが故の恐怖を増幅させようとしたが、伝え聞いてすらいないルイはまず相手の力を知らないが故の恐怖を増やし、慎重に身を隠しながら動いた。
そんなルイを他所に、待機室にいる晴己の別人格は質問した。
「ジャンズーロ、この実験が終わった時のことについて……ここのことを忘れさせることについて聞きたい。本当に忘れさせるだけで済ませてくれるのか?」
「忘れさせるさ、それで済ませると言っただろ」
それが本当かどうか。
ジャンズーロはこの部屋の外にいる、どういう積もりかを能力で判別することはできない。だがもし方法があるなら。
晴己が神ほどの存在になるしかない。天使のようにはなれた。与羽根と『を』の紙をすら扱える。祈り与えることまでも。晴己はそれをあの船の上で――自分へと使えてしまった。それ以上の存在になり結界を突破する能力を使えれば。
だがそれは無理だ。簡単に行く筈がない。
ここでのことを本当に忘れさせる可能性は高い。そうでないとジャンズーロは怪しまれる。だが彼の考えがそこまで及んでいなかったら? 信じて殺される可能性は、低いが、無くはない。
晴己の別人格は考え続けた。
(安堂シュバナー・ルッツにも罪を一度着せている。天界でも闇界でもない鬼妖のどちらかにまで……。そうか、本当にやり兼ねない。着せるやり方なら可能性は上がる。させないためには)
新しい能力を晴己は作れる、与えることも。天使の所業。
(だがジャンズーロは外。力は届かない。天使暦の恐らく長いベージエラとやらにも恐らく無理、そもそもベージエラはここにいない。ベージエラと同等ほどの力を持つだけではアスレアにも無理。晴己には到底――)
晴己が神ほどの存在になるしか。やはりそうなる。だがそれは――。
いや、本当に無理だろうか。
(いや、確かに晴己にはできない、そのくらいに神や闇神、鬼神、妖神は遠い存在だ。だが……では晴己の振りをしている私になら。私に晴己が力を与えるには――。いけるかもしれない! 結界を無視してジャンズーロの思惑を読む程度なら、この方法でなら、負担もなく――できるかもしれない! かなりの確率で!)
そう考えると、また、晴己の別人格は食事処へと入った。
戦場では、ルイが、死角から急に現れたスプレーに吹き付けられ、その噴出物を空間面の接続によって別の場所へと通したところだった。そして接続面をずらすことでスプレーまでをも『あちらの空間』へ移動させると、その能力を解いた。
そして車の前へ出て辺りを見た。恐らく相手がいると信じて。実際女性がいた。武器ある所敵あり――ルイの予想は当たった。
そして相手へ空間接続面を向かわせる――が、後ろからスプレ―の音がした。
「あああああ!」
ルイの視界は暗闇と化した。後ろからの噴出でも、空気の流れによって目まで届いたのだった。
ならば能力で見る。ルイはそれができる。〇・一秒の過去をずっと見続けるようにすれば、ほぼ現在を見続けられる。
(私ならそれができるから選ばれたのかも)
自分を誇りに思ったルイだった。
だが、そこへの大量のスプレーによる背後からの打撃の数々に、ルイの反応は一瞬遅れることが続き、後手に回り、ついには振り向き様の防御が間に合わず、やられた。
悲鳴も出ないほどの恐怖。このまま死ぬ可能性もあった。
「ルイ!」
別室の、彼女の父親は名を呼んだ。母親も痛切に――
「もうやめて!」
願うことしかできない。
防御の仕方も分からなくなり、何度も痛みを覚えたあとで、いつの間にか気を失っていた。
ルイは目を覚ました筈だったが、視力は戻らなかった。
大月ナオと千波由絵が口々に、
「よかった」
「痛いとこ、ある?」
と言った。聞いたのはナオ。
「大丈夫だけど、目は見えない。能力のせいだからかも」
「嘘……嘘でしょ」
「本当」
ルイはそう言うと、この部屋は中継されているということを想定した。
「私……ほかの人もこういう風になりそうで、それが怖い……」
最初に戦った不動和行が中々目覚めなかったことをルイは思い返した。
「命があるのはいい、ほっとしてる。でも、なんでこんな戦いをしなきゃいけないんだ……!」
ルイの父親は憤慨した。自分の娘の目が見えなくなったから――。
小腹を満たした硝介が、晴己と入れ違いに食事室を出た。そして透明ドアの上の表示の切り替わる瞬間を見ていた。
『次は19戦目(『羽』の気絶者数:11、『羽』の死者数:1)』
一方、食事室では。
そこには晴己の姿しかない。
晴己の別人格は、二人きりで会話をし始めた。
「晴己、『を』の紙を作ってくれ。呼ぶのではなく。余力はあるか? できるか?」
「うん、できる」
「よし、なら作るんだ、ここでだ」
「分かった」
数秒が経つ。
そして手の上に『を』の紙が現れた。
「よし、よくやった晴己」
「そ、そうかな……」
とはいえこの紙が『こんな人物に対してでも』効力を持たなければ意味は無い。
そう考えた彼の別人格は、能力を『結界すら越えて相手の予定を読み取る』とした。それを晴己に話し、晴己が『かみをあやつる』にて浮かび上がらせた。そしてその別人格へと祈った。
新しい与羽根のマークは、晴己の腕に付かなかった。
「よし、使うぞ」使えると信じての声。
人格が変わると、その腕にそれまであった羽根印も消え、そして新しい印が手首の外側に現れた。羽根の上に刻まれた数は26-4、今回のための四つ目の羽根印。
その印は体に刻まれているように見えて、実は魂に刻まれているようなものなのだと、晴己は、別人格が体を操る間に脳内で気付いた。『肉体を改造する』という力でしかない筈の彼の力だが、その範囲は実はもっと広いのだろうという事もここで彼は気付いた――脳内や神経の出来事が電気信号なら、そういった見えない何かまでをも含めて対象なのかもしれない――と。
別人格がその力を、今、使った。
(念のためにこんな力にしたが、これを晴己が覚えても恐らく無理だろうな。能力の信号のようなモノそのものを結界が拒否する。その拒否すらも受け付けない階級である必要がある。その程度である必要が。だから――)
『くくく……奴らの記憶を忘れさせれば、この夜のことだけでは、誰も何かを疑うことなどできない。そしてこいつらは死人を出さないようにやり合うだろうしな。……くくく、手のひらの上だ、何もかも。そして操り易い者だけを手下にし、この方法で力を与え、裏の仕事をさせる、気に食わない者はその手に。ふふふふ、私の支配……そのための人形は主犯が私だとは話さない……くくく……』
「確認できたぞ」
晴己の別人格は勝ちを確信し微笑んだ。
「ジャンズーロは本当に記憶を消す手法を取る」
すると人格が変わった。晴己が口を動かした。
「ありがとう、ズガンダーフさん」
そしてまた人格が切り替わった。
「いや何、闇界と、この件に関わった命のためだ。あの時――船上で、私と操りの力との繋がりを『切断』してくれた晴己の御蔭だ、操られて暴走した私を止めてくれたのも晴己だ、私は感謝を返しているだけだ」
「だからこそだよ。別に僕にそんな積もりなんて無かったし、どうだったとしても返してもらう積もりなんて無い、けど、だからこそ、その返すことでみんなを守ろうとしてくれた、全部が全部、本当に嬉しい、ありがとう」
「……うむ」
「でも、ズガンダーフさんに乗り移る力があるなんて」
「まあ、闇神候補ともなればな。人にもよるが」
「でもズガンダーフさん、これからどうするの」
「……まあ、どうにか考えるさ」
そして、ズガンダーフの人格のまま、晴己の肉体は食事室を出た。
十九人目として、ズガンダーフがシャダに任せた指示通り、アスレアの与えた服を着た然賀火々末が出ていた。
フィールドは図書館になっていた。
「然賀なら大丈夫なんじゃないか、火と紙だ」
と温地美仁は言ったが、シャダ・ウンムグォンは首を横に振った。
「いや、相性はそうだけど、今は気絶させ合わないといけない、よくある使い方は今回は無理よ」
「そ、そうか……」
美仁は考えを改めてすぐ、
(じゃあどうするんだ)
と心配しながら大画面へと目をやった。
火々末は能力を使わずに相手の位置を探った。そして絵本もある遊戯室の角に彼女自身が追い込まれたらしいことだけは分かっていた。
互いに、そこを最終的な戦いの場にすると強い意志で思っていた。
棚に隠れた所から、火々末へと相手の女性が栞を放った。その動きをぎりぎり捉え、火々末は間一髪で避けた。
そういった回避が続く。子供用のマットの上で転がって体勢を整える。しかも攻撃をするのは相手だけ。
火々末は、能力『可燃ガスを出す』のためのライターを手に持ってすらいない。そもそもこの戦いの場に誘われた時から持ってはいない。
彼女が火を使わないせいか、控えの部屋の数名は彼女の考えを理解できず心配し疑念交じりの声援を飛ばしそうになっていた。
心配は恐怖心と隣り合わせのようなもの。無言で見守る者達の心の中でそれは強く募った。
彼女の腕に栞が当たるとそこから血が舞った。
「あっぐ……!」
つい声を出し体勢を崩した火々末の元へ、次弾が向かう。
避け切れず左目に刺さった。
「あああっ!」
更に姿勢を崩した彼女の手足に、相手の栞は、まるでそれらを封じるように刺さった。
彼女は、死にたくないと思いながら、必死に念じていた。念じてはいたのだ。
そして数秒後、火々末は気を失った。
彼女は遊戯室に入ってからずっと可燃ガスを出し続けていた。
彼女の出したそれは空気より重たかった。その遊戯室に溜まったガスの密度のために彼女は酸欠になったのだった。少し前から息を止めていた彼女だったが、相手の酸欠まで待てるかと思いきや、そうはならなかった。結果として無事離脱できたとは言える。
「ヒー姉ちゃん!」
別室では、彼女の弟や両親が、辛そうな顔をした。
『次は20戦目(『羽』の気絶者数:12、『羽』の死者数:1)』
透明ドアの上の表示が切り替わってからそれほど経っていない頃、治療室で目を覚ました火々末は、文句を言った。
「できれば相手を――とは思ったけど、わざと自分も気絶できるように戦うなんて、勘弁よ、むず過ぎ」
「でもよかった」
と、由絵が言うと、火々末は笑った。
「私もよかった、ちゃんと意識を取り戻せて。これ怖いこと言ってるよねホント」
「ホントに……」
決闘選手の待機部屋では、林田ビカクが、
「じゃ、じゃあ、次は私が」
と、意気込んだ、アスレアの術による服が映える気合を入れるポーズと共にだ。
彼女が透明ドアの横の台に復帰した首輪をし、広場へと出ると、そこはデパートの衣服フロアへと変わった。
そして待機部屋では、晴己がシャダの隣に座り――別人格がこう言った。
「最終的な結論はこうだ」
そして晴己が表に出、シャダに渡しておいた紙に触れ、念じた。そこの最後の一行の下に、三行だけ加えられた。
『アイツは本当に忘れさせる積もりだ。
新しい能力で結界を破って予定を知った。
怖がって気絶狙い。アイツを納得させる』
「それを見ろ」
そう言った時は既にズガンダーフの人格と入れ替わっていた。そして晴己以外の誰に対しても自分がズガンダーフであることは隠し続けた。
シャダは『それ』というワードが何を示すかをすぐに理解し、紙をちらりと見た、ジャンズーロに悟られないようにこっそりと。そして何も言わずに晴己に向かって頷いた。理解の合図として。
戦場のビカクは、その時ちょうど相手の男の位置を特定したところだった。常にマネキンや展示の服に注意しながら観察した結果だった。
だが、襲い掛かってきたのはそれらを引き立てる飾りの貝殻だった。
あまりの小ささ。不意を突かれた。
それでもビカクは、チェーンソー化した腕から先で空飛ぶ貝殻達をぶった切った。
その様を見た相手にも恐怖が生じた。だが手元にはまだあるという笑みも生じた。
次の攻撃はさっきより多かった。
そして今度は、数枚が、アームソーとも言えるビカクの武器を潜り抜け、彼女の腹に触れた。その瞬間、彼女は腹から痛みが広がるのを感じた。そして数秒後、眠りへと落ちた。
「そんな! どうなったの!」
別室ではビカクの母親が叫んだ。兄も祈るばかりだった。
『次は21戦目(『羽』の気絶者数:13、『羽』の死者数:1)』
と、透明ドアの上の表示が変わったのを見て、立山太陽が問い掛けた。
「次は? 誰が行く?」
それは演技でもあった。晴己の別人格やシャダ、木江良うるえとのやり取りで太陽に話は通っていたからだ。
「私」
と、進み出たのは、見回りのままの服の更上磨土。
治療室では、目を覚ましたビカクが、腹を押さえ、痛みが無くなっていることを理解していた。
「よかった。……お腹、痛かったの?」
由絵がそう言った。
「うん。あたったみたい」
そして。今度の戦場は映画館となった。二度目だ。
ただ、待機所では、これは偽りの安心感ではないかと考えた者がいた。ジンカー・フレテミスがそうだった。彼はシャダの行動を見ていた。彼女と晴己に対して、
「なあ、本当にいいのか、このままで。忘れさせるって言ってるけど本当か? いや本当だとしてもだ、笑って済ませられる事か? 違うだろ? 止めたい事だろ、これは――」
強く切ない顔で言うジンカーに、晴己の声が――
「それにはもう打つ手が無い。それでも話したいなら一寸こっちに来てくれ」
と。ただ、言ったのは晴己の別人格。そして彼は食事室へと入った。
ジンカーも入る。
シャダも気になっていた。それ故、シャダは、うるえに、紙による指示を頼み、最後の三行だけはジャンズーロに悟られないようにと極々小声で耳打ちし、シャダもまた食事室へと入った。
扉が閉まってから、三人で。
まずは晴己の声が。
「ジャンズーロを欺くためだ。信じて誰にも話すな。演技が苦手な者からはバレる虞がある」
「俺には話せ」
そう言ったジンカーに、晴己の別人格が、
「ジャンズーロは確かに下卑た存在だ。そして、実は、手はある」
と言い、そして教えた。
シャダは顔色を変えなかった。その自信があったから自分は聞いておこうと思ったのだった。
方法を知ったジンカーは驚いた。
「じゃ、じゃああんたは本当はその……! で、でも、そんな方法で本当に?」
ズガンダーフは、晴己の顔を縦に動かした。
そして、ジンカーの心を、さっきよりも厚い安心感が覆った。
二十一人目として、映画館化したフィールドでは磨土が走り回っていた。そしてこう思っていた。
(どこにいてもすぐに! 位置が分かる能力と、もう一つある、絶対!)
相手は透視し、自身の髪を操って長くし、刺すように攻撃した。そのどれをも避ける。避け続ける。
以前なら『物を硬くする』の力しか使えなかった磨土だが、今なら『土を操る』もある。
だが、そこには土が無い。見当たらない。ジャンズーロは控えの部屋での磨土と晴己のやり取りを見ていた。実験結果に直結しないモルモットには厳しくし、早く結果をとジャンズーロは望んでいる。汚い考えだ。
磨土は土を探した。
もしやこっちに?――と、廊下を真っ直ぐ行った先に――トイレのそばに漸く植木鉢を見付けた。そこの土を手に取り予め土団子にしておいた。
そこから道を戻ろうとした先に、相手の女性の姿が。
食べ物やドリンクなどの売り場まで、廊下は一直線。横に逃げ場は無い。
自分は的でしかないと気付くと、磨土はゾクリとしながら放った。
「ああああ!」
相手の髪も伸びてきた。
その一瞬は、磨土の中でも人生で一番長い一瞬だった。そして。
『物を硬くする』で想像以上に破壊力を増した土の塊は、相手の顎の先に命中し、脳を僅かに左右に揺らし、その女性を気絶させた。
そんな磨土の手の先から肩まで、髪は刺さり、突き抜けていた。あまりの激痛が磨土を襲った。それほどのギリギリの緊張と恐怖の中で――
(よかった、よかった……っ!)
磨土は喜びを噛み締めていた。その時、貫いた髪は消えた――女性ごと。磨土の首からは首輪が消えた。
皆が見守る大画面の横――透明ドアの上の表示が変わった。
『次は22戦目(『羽』の気絶者数:13、『羽』の死者数:1)』
観客席かもしくは実況席のような場所で、ジャンズーロは舌打ちした。
別室では磨土の両親、弟が喜びで心を満たしていた。
「ああ、磨土、よかった、ああ……!」
ズガンダーフは晴己の別人格として控えの部屋の椅子に座り、ジャンズーロの動きに反応できるよう心の準備をした。
そして二十二人目としては、
「じゃあ、淡出、お願い」
とシャダに言われた硝介が、首輪を手にした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる