アタエバネ ~恵力学園一年五組の異能者達~

弧川ふき

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天獣編

封印の羽根を探すための作戦と、目淵正則の力。

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 天使の仕業で超能力を得た。それにより人を守れと。それは形快かたがい晴己はるきにとって、あまりにも衝撃的だった。
 そしてそれができた翌日の放課後、目淵まぶち正則ただのりとともに、晴己は、天前てんぜんベージエラ数学教師に教卓前へと呼び出された。
「あなた達は部活に入ってないわよね。その分、暇でしょ。だから、間違って使われた――封印の羽根を探すのを手伝ってほしいの。異能力研究部とでも称して、みんなが力を使っている状況を記録したり、みんなの違いを発見したり……戦術分析もすればいいしね。とにかく調べるの。いい?」
「まあ……」
 という晴己の、いいですけど感とは違い、正則は目を輝かせた。
「みんなをよく見る絶好の機会です」
 ううむ、これは……とベージエラは思ったが、時既に遅し。この正則という一年生男子の異能力は、
『目測を正確にする』
 というもの。サポートには向いているが――
「あれから流れ作業でやっちゃったけど」
 と、ベージエラは嘆き、続けて言った。
「くれぐれも、女生徒に迷惑を掛けないでね」
「掛けはしません!」
 そう言う正則の目は真剣そのもの。だが晴己でさえ「どんな能力なの?」と聞き知ってからは、「ええ、本当かどうか怪しい……」と思ったのだった。
「というか、天獣てんじゅう封印の羽根って、予備とか無かったんですか?」
 と、ふと晴己が聞いた。
 その頃にはもう五組の教室に残っている生徒は晴己と正則とあともう一人だけだった。
「それがね、予備は一枚あったはずなんだけど、それが無くなってたのよ、天宮てんきゅう儀式用具倉庫っていう場所があって、その中から無くなってた。……あなた達の体から抜き取るのは、使われていたものか保管されていたものか……そのどちらかね。どちらにしろ抜き取ったら即使用することになる、封印にね」
 そこで晴己はまた聞いた。
「抜き取るのは封印の羽根だけなんですか? 全部終わったら全員から抜き取るんじゃ?」
「それは……実はそうしようとしてたんだけど……神様が、その……『それじゃあ地上の人に夢を持たせちゃった手前申し訳なくない?』って……だから、違う人からは抜き取らないことになったの」
「え、そうなんだ。それって……その口調で言われたんですか?」
 これも晴己が聞いた。正則は隣で返事を待っている。
「そうよ。『与えちゃったんだから、その責任として見守ろうよ』だって」
「なんかその神様、若々しいですね」
 晴己はくすくす笑った。
「そうなの。三千歳なんだけど、一周回って『ハァイみんなやってるー?』って感じで」
「あはは、なんか可愛い」
 すると、そんな時。
 正則が、頬を掻きながら言い出した。
「可愛いといえば……形快かたがい、ちょっと変わった?」
「ああ、うん、昨日、帰ってから『肉体改造』で」
「道理で。みんなチラチラ見てたと思うぞ、今日。形快かたがいがなんだか……いつもと違う……キュンッみたいな風にさ」
「ええ~」
「そういえばそうよね」
 と、ベージエラは変化に目を向けた。
 晴己はるきは元々美人だ。
 ただ、筋力や自信が無かったためにオドオドしていた。
 その実、筋トレ自体はしていた。しかしインナーマッスルに留まり、それは外見にあまり変化をもたらしていなかった。
 要するに隠れ良物件なのだが、彼は格好が男らしいことを好まず、男女の良いとこ取り、もしくは女側に少しはみ出すような個性を好み、自身がそうであるのが自分らしいと思っていた。
 その様子に、そもそもは天使だという数学教師ベージエラでさえ魅力を感じていた。
「化粧をして垢抜けたりしてそうな年頃だけど、そういうのとは違って、素で可愛いわね」
「うむ」と正則も。「面影っていうか、元々の形快かたがいの良いトコは残ってるよな、ほとんどそのままだし」
「そ、そう?」
 晴己は照れた。
「ああ。ナチュラルメイクみたいな感じ、そうなるようにしたんだろ? 自然に見える変化なら普通の生活の中でもアリだと思うぜ」
「ホント? ならよかった。……ありがと」
 そこで、晴己は顔に影を作った。
「でもさ、可愛い男なんて嘘だろって目で見て来る人もいるんだよね」
「そんな奴のことなんか気にするなよ」
「う、うん……」
 話を戻したいと思ったベージエラは、この教室に残っていたもう一人からたった今、日誌を受け取り、本当に相手が二人だけになってから、また真剣に向き合った。
「ところで、二人、お互いの能力をまず研究してみるっていうのはどう? それで封印の羽根かどうかの手掛かりを探す」
「そうですね」
「力を使う時、光ったりする?」
「じんわりとは……。形快かたがいは?」
「僕も。じんわり」
「一応私の目の前でやってみて」
 二人は力を使った――それによって手首の外側の羽根模様がじんわりとだけ白く光ったが、それだけだった。
「う~ん……それはふたつとも、与羽根アタエバネによる光ね、天獣封印の羽根を使ってしまったら何か違うのかしら……。明日、朝のホームルームでそれをチェックしてみるわね、ちゃんと明日出席するのよ、遅刻しないこと、あなた達、二人ともよ。違いがあるか確かめるからね」
「はい」
 そしてそんな時だ。
「――! 気配がするわ、危険な天獣が近くに!」
 ベージエラが焦りを露わにした。
「あ、あれ! 先生! 屋上!」
 向こう――北校舎の屋上に、白い何者かの姿が。
「僕が!」
 晴己は窓を開けると、その肉体を改造し、南校舎の五組の教室から、北校舎屋上へと飛び掛かった。
 それを見た正則は窓から乗り出すように観察し、身を震わせた。
「すっげ……!」
 そして正則は思った。
(こんな奴らを……うちのクラスの面々を……俺がサポートできたら――)
 正則は、ぞくぞくとするのと同時に、体が熱くなるのを感じた。
 そのサポートはこれからもう少し先の事になると彼は思っていた。
 そこへ――教室へ走って来る何者かの姿があった。弓道着姿の――弓矢も持った――杵塚きねづか花江はなえだ。彼女もまた五組の選ばれた子供。だが彼女はまだ自分の異能力に慣れてはいなかった。
「北校舎屋上に変なのが……っていうのを聞いたの! アレが天獣なんでしょ! 今どうなってるの!」
形快かたがいが行ったよ、もう大丈夫――」
 一方、晴己は北校舎に飛び掛かったはいいものの、届き切らず、屋上の端にぶら下がっただけだった。
「あぶな……っ! よいしょ! うんしょ! うーん!」
 晴己はよじ登った。かなり力を使った。肩で息をする。それから跳躍して金網を越え、目的の屋上に到着した。
 その天獣には顔がなく、のっぺらぼうのようなものだった。そして長身。人型。両肩からは長い角のようなものが伸びている。
「誰にも危害は加えさせない! 相手は僕だ!」
 晴己はるきは構えた。
 天獣もまた構えた。この天獣は、自分の意思で、晴己と戦うべきと判断したのだった。
 その時、天獣の顔に口が現れた。卵のヒビのように、ただただ白く長い割れ目。
 ゾクリとする晴己には、その姿は、こう見えた――『お前を倒して、この辺りの者を食いに行く』――
 一方教室では、
「私が気を引く!」
 と、杵塚きねづか花江はなえが弓を構えた。
「くっ……フェンスで見え難いっ。相手どのくらいの大きさなの」
「205・2センチだよ」正則は、構えた矢の先を指差すと。「その矢の先からの距離は16メートルと34・5センチ!」
「正確に測る力……? 助かる!」
 花江は胸を開くような動作をした。最大の構え。ジリジリと時計の針が静かに進む。
「……今!」
 と、正則の声。そして矢が飛んだ。空を飛んだそれは白い獣の右肩に命中した。
「ぐぎぎが!」
(今だぁああ!)
 雑念を振り払いこん身の想いと力を込めた晴己が、一歩、前に出た。足を肉体改造で強じんにした彼の一歩はじん大だった。目の前が白一色。そこへたたき込む。
 その一撃で、天獣は、吹き飛び、北校舎の出口横の壁に激しく衝突した。
 その白い体が、ウズヴォヴォヴォと低い音を立て、空へと帰るように消えた。
 晴己は戦えると実感した。
 そして、花江は一安心した。そのそばで、正則は、「こんな俺でも貢献できる」と確信した。
 それらの様を、見守っていたベージエラは、実はこう思っていた。
(なんかこの子達、天使の私より凄くない…? あんな一瞬であんな風に……。しかも杵塚は天の能力ですら……)
 ごくりとのどを鳴らしたのはベージエラだけ――ではない。正則も、そして花江もだった。
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