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第五章 新居探し
第二十四話 釣られて落ちた女
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ビジネスホテルを出て、杏子が最初にしたのは、宮部に電話を掛けることだった。相手の仕事場にアポなしで度々訪問することが、不躾なことであると考えたからだ。駅方向へゆっくりと歩きながら、名刺に記載された携帯番号にダイヤルした。時刻は十一時前だ。昼休憩には少し早いので、作業の手を止めてしまうかもしれないが、突撃するよりはずっといいだろうと、杏子は自分に言い聞かせた。
呼び出し音が重なるにつれて、杏子の緊張が増す。
四回目の呼び出し音は、少し鳴ったところで、宮部の声に遮られた。
「はい、宮部です。」
彼の低い声は、電話越しには聞き辛いのではと予想したが、はっきりとした口調のせいか、杏子の耳には明瞭に届いた。
「宮部さん、こんにちは。岡田です。昨日はありがとうございました。」
自分のことがわからないのではないかと一抹の不安を抱いた杏子であったが、宮部は、あっさりと本題に入った。
「こちらこそ、うちの植物を気に入っていただいて、ありがとうございました。で、不動産屋には行かれましたか?」
「はい。二件紹介していただいたんですけど、なにぶん予算が予算なもので、古いアパートとかハイツだそうで・・・。私も慣れない土地で一人住まいなので、壁の薄い集合住宅なんかだと不安だなとも思うんです。」
「やっぱりそうでしたか。この辺は、若い女性が一人暮らしをするような土地柄じゃないですからね。ちなみに、予算がおいくらか伺っても?」
「あの、できたら管理費なんかも込みで、五万円以内が良いんです・・・。」
「それだったら、昨日話した僕の伯母の家、ご覧になりますか?あれから伯母に電話してみたんですけど、家の掃除や手入れなんかを自腹でしてもらえるなら、月一万円で良いそうですよ。」
宮部の破格の申し出に、杏子は思わず足を止めて聞き返した。
「一万円ですか!?」
「一万円です。もう3年ほど借り手を探しているんですよ。年に二度ほど、掃除や庭の手入れの為だけに来るのが面倒みたいで、借りてもらえると助かると言っていました。年に十二万円もあれば、固定資産税の支払いも賄えるそうで、それで一万円なんです。」
「住まわせてください!ぜひ、お願いします。」
杏子は、矢も楯もたまらず、声を張り上げた。突然の大声に、宮部は、耳が痛かったかもしれない。
「まぁ、そう焦らずに。現物を見てから決めてください。古いし、一戸建てですからね。無駄に部屋数があると、面倒なこともありますよ。」
「いえ、そんな・・・。あの、いつ見せていただけますか?伯母様のご都合を伺っていただけますか?」
宮部に窘められて、少し恥じ入ったように、杏子は声のトーンを下げた。
「あぁ、伯母はこちらに来ませんが、鍵は僕が預かっていますから。岡田さんさえ良ければ、今日にでも。」
「今日、伺います!宮部さん、何時がご都合よろしいですか?」
宮部の言葉に被せるように、杏子はまた声を張ってしまった。電話口の向こうからは、今度は窘めではなく、押し殺したように笑う息づかいが聞こえてきた。
「宮部さん・・・笑ってます?」
杏子が恐る恐る尋ねると、謝罪の言葉がすぐに返ってきた。
「すみません、だって。岡田さんの食いつきがあまりにも良くて。そんなに一万円に釣られましたか。」
宮部は、少しからかうような口調だった。杏子は、宮部と打ち解けてきたような気がして、嬉しいやら恥ずかしいやら、自分の頬が熱くなったのを感じた。
「あの・・・釣られました。私、フリーランスとしてはまだ駆け出しだから、収入をすぐに上げるのが難しい分、支出を減らしたかったんです。一万円で住まわせてもらえるなら、本当に、本当に、助かるんです。」
杏子には、宮部とのつながりが欲しいという下心が多分にあったが、この点においてだけは、紛れもない杏子の本心だった。
「わかりますよ。僕だって同じでしたから。応援しますよ。岡田さんは、僕の後輩みたいなものだから。」
今度は笑いもからかいもなく、宮部の真剣な声が杏子のスマホから聞こえてくる。
「後輩・・・ですか?」
徐々に胸が高鳴ってくるのを意識しながら、杏子は静かに聞き返した。
「そう。脱サラの後輩。業種は違っても、軌道に乗るまでが大変っていうところは同じでしょう。伯母の家が嫌でなければ、ぜひ岡田さんに住んでもらいたい。仕事が軌道に乗るまで、好きなだけそこで力を蓄えてください。」
もうダメだった。杏子の心臓は、うるさいほどにその存在を主張しているし、杏子の頬は、茹で蛸も真っ青になるほど赤いだろう。
(私、落ちた・・・。)
もちろん、その辺のマンホールなどにでは無く、恋に、であった。
呼び出し音が重なるにつれて、杏子の緊張が増す。
四回目の呼び出し音は、少し鳴ったところで、宮部の声に遮られた。
「はい、宮部です。」
彼の低い声は、電話越しには聞き辛いのではと予想したが、はっきりとした口調のせいか、杏子の耳には明瞭に届いた。
「宮部さん、こんにちは。岡田です。昨日はありがとうございました。」
自分のことがわからないのではないかと一抹の不安を抱いた杏子であったが、宮部は、あっさりと本題に入った。
「こちらこそ、うちの植物を気に入っていただいて、ありがとうございました。で、不動産屋には行かれましたか?」
「はい。二件紹介していただいたんですけど、なにぶん予算が予算なもので、古いアパートとかハイツだそうで・・・。私も慣れない土地で一人住まいなので、壁の薄い集合住宅なんかだと不安だなとも思うんです。」
「やっぱりそうでしたか。この辺は、若い女性が一人暮らしをするような土地柄じゃないですからね。ちなみに、予算がおいくらか伺っても?」
「あの、できたら管理費なんかも込みで、五万円以内が良いんです・・・。」
「それだったら、昨日話した僕の伯母の家、ご覧になりますか?あれから伯母に電話してみたんですけど、家の掃除や手入れなんかを自腹でしてもらえるなら、月一万円で良いそうですよ。」
宮部の破格の申し出に、杏子は思わず足を止めて聞き返した。
「一万円ですか!?」
「一万円です。もう3年ほど借り手を探しているんですよ。年に二度ほど、掃除や庭の手入れの為だけに来るのが面倒みたいで、借りてもらえると助かると言っていました。年に十二万円もあれば、固定資産税の支払いも賄えるそうで、それで一万円なんです。」
「住まわせてください!ぜひ、お願いします。」
杏子は、矢も楯もたまらず、声を張り上げた。突然の大声に、宮部は、耳が痛かったかもしれない。
「まぁ、そう焦らずに。現物を見てから決めてください。古いし、一戸建てですからね。無駄に部屋数があると、面倒なこともありますよ。」
「いえ、そんな・・・。あの、いつ見せていただけますか?伯母様のご都合を伺っていただけますか?」
宮部に窘められて、少し恥じ入ったように、杏子は声のトーンを下げた。
「あぁ、伯母はこちらに来ませんが、鍵は僕が預かっていますから。岡田さんさえ良ければ、今日にでも。」
「今日、伺います!宮部さん、何時がご都合よろしいですか?」
宮部の言葉に被せるように、杏子はまた声を張ってしまった。電話口の向こうからは、今度は窘めではなく、押し殺したように笑う息づかいが聞こえてきた。
「宮部さん・・・笑ってます?」
杏子が恐る恐る尋ねると、謝罪の言葉がすぐに返ってきた。
「すみません、だって。岡田さんの食いつきがあまりにも良くて。そんなに一万円に釣られましたか。」
宮部は、少しからかうような口調だった。杏子は、宮部と打ち解けてきたような気がして、嬉しいやら恥ずかしいやら、自分の頬が熱くなったのを感じた。
「あの・・・釣られました。私、フリーランスとしてはまだ駆け出しだから、収入をすぐに上げるのが難しい分、支出を減らしたかったんです。一万円で住まわせてもらえるなら、本当に、本当に、助かるんです。」
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「わかりますよ。僕だって同じでしたから。応援しますよ。岡田さんは、僕の後輩みたいなものだから。」
今度は笑いもからかいもなく、宮部の真剣な声が杏子のスマホから聞こえてくる。
「後輩・・・ですか?」
徐々に胸が高鳴ってくるのを意識しながら、杏子は静かに聞き返した。
「そう。脱サラの後輩。業種は違っても、軌道に乗るまでが大変っていうところは同じでしょう。伯母の家が嫌でなければ、ぜひ岡田さんに住んでもらいたい。仕事が軌道に乗るまで、好きなだけそこで力を蓄えてください。」
もうダメだった。杏子の心臓は、うるさいほどにその存在を主張しているし、杏子の頬は、茹で蛸も真っ青になるほど赤いだろう。
(私、落ちた・・・。)
もちろん、その辺のマンホールなどにでは無く、恋に、であった。
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