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第3章機械魔道連邦編
第三部・逃避行 最終話
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突然現れ、リオの行動を制限するような動きを見せた魔物。その行動を不思議に思いながら中央の山道まで一度戻ってきたリオが、中央の山道へと足を進める。
先ほどまでの細く険しい道とは打って変わって、馬車1台が通れそうなほどに広い山道を歩いていく。
(それにしても、さっきの魔物はなんだったんだろう)
そこで1人足を進めていたリオは、先ほど出会った魔物のことを考えていた。
本能のままに生きとし生けるものを襲う存在。それが魔物だ。そして普通の魔物よりも数段凶悪な魔物。それがグレンで初めて確認された「変異種」である。
この変異種と呼ばれる魔物は、合成獣のように複数の中枢神経が重なり合って出来ている。そしてそれが変異種の弱点であり、容姿に次ぐ特徴の一つである。
だがさきほど出会った魔物の行動は「魔物らしくない動き」以外にも「変異種でありながら変異種ではない変異種」という、矛盾した感覚をリオの中に残していたのだ。
リオが何故そう考えたのか――それは本人ですら分からない。なぜならその考えは、リオの直感から生まれたものだったからだ。
だが理由が何であれ、向こうから襲ってこないのであれば今のリオにとっては些細な問題だった。
そのため、エストラーダ皇国に入るためにひたすら山道を進んでいたのだが――
(また出た・・・!?)
山道を進むこと1時間。次第に日が傾き始めた頃、リオの目の前へ先ほど姿を消したはずの魔物の姿があった。
変異種の姿をした魔物。だが、どこか雰囲気の違う、全く別物の存在。
無機物のようにそこへ鎮座する魔物は、まるでリオのことを監視するように立ち尽くしていた。
先ほどのように別の山道から進もうかとリオが考える。だが残る食料を考えると、彼に別の道を進むという時間は無いに等しかった。
そうして対峙すること数分。全くと言っていいほどに動きを見せないその魔物に、リオが違和感を越え不気味さすら抱く。
ごくり、と息を飲む。
背筋を伝う冷や汗。全身へ感じた恐怖。震える手足――
それらが全て目の前に居る魔物と対峙しているからだとリオが気づくまでに少しの時を要した。
――間違いなく、強い。
大きく息を吐く。それと同時に引き抜いた短剣の刃が煌めく。
(今から北側の山道に向かっている時間は無い。なら、押し通るまで!)
直後、リオが跳躍する。対する魔物は、自身を構成している生物の1つである蛇の頭をリオに向ける。
真っ直ぐリオへ向かい伸びていく頭。それが大きく口を開けたかと思うと、その口から酸が飛ぶ。
(――!)
首を巡らし間一髪のところで酸を躱したリオが魔物の背後へと着地する。
それと同時に魔法を行使する為魔力を練り上げようとするが――
(そうだった、これ、着いたままなんだった)
魔力の流れを阻害する腕輪によって集めた魔力が一瞬の内に霧散してしまう。
対する魔物はリオの魔法を警戒する素振りを見せていたが、魔力が霧散したことを感じ取ったのか一瞬の内に距離を詰めた。
それと同時に、魔物の体を構成している4つの頭の内、羊の頭から大剣が、獅子の口から大量の魔力弾が精製された。
横薙ぎに振るわれた大剣を回避、そのまま距離をとろうとしたリオだったが、追撃として飛んできた魔力弾が地面へ着弾。それによって起きた土煙にリオの視界が奪われる。
直後、土煙を切り裂きながら大剣がリオへ迫る。
「っぐ・・・」
響き渡る金属音。それと同時にリオの体が宙に浮き、岩壁へと叩きつけられた。
リオがぶつかった衝撃で岩壁へと亀裂が走る。
全身に受けた衝撃により、リオが喀血する。
――なんて威力・・・
岩壁へと叩きつけられたリオが目の前に立ちはだかった魔物を睨むと、対抗するかのように魔物が得物を振りぬいたままの姿勢でリオを見下した。
狩人に追い詰められた獲物。その言葉の通りの状態に、リオの背筋へ悪寒が走った。
あの日と同じだ。これから起こることは容易に想像できる。ただ一方的に蹂躙されて終わるのだ。それも――形すら残らないほど無残に。
次第にリオの瞳へと諦観が漂い始める。
すると、それを感じ取ったのか魔物の口元が歪んでいく。その姿はまるで、恐怖感に沈んでいくリオを楽しんでいるようでもあった。
だが魔物の行動は諦めかけていたリオに火を点けたようで、地面へ落ちた得物を握り直し、再度魔物と相対した。
(諦めてる場合じゃない。ここをどうにか乗り切れば僕の勝ちだ)
別に目の前に居る魔物を倒す必要はない。倒せる力が無いのなら、ただ撒けばいいだけだ。その方法は少ないながらも確かに存在している。
だが一番の問題は、今のままでは逃げ出したところですぐに追いつかれてしまうということだ。なら、どうすればいいか――
その答えは、既にリオの中で出ていた。
(狙うべきは足。危険なことに変わりはないけど、倒すよりは数倍安全で簡単だ)
リオが覚悟を決め、魔物の足元を目掛け一直線に駆け出す。対する魔物はリオの足を止める様に魔力弾を精製、雨霰の如く撃ちだした。
弾幕のように放たれたその攻撃は、一発たりともリオに掠ることすらなくリオの周囲へいくつもの窪みを作り上げていく。
この程度なら当たらない。
そう確信したリオは、さらに魔物の懐へと接近していく。だがそれは、リオをさらに懐へと誘い込みたかった魔物の罠だったようで、魔力弾を全て避けきったリオの眼前へと蛇の頭が迫る。
――ガキンッ!
「っぐぅ!」
咄嗟に右腕で魔物の攻撃を受けたリオの右腕から血が流れ出した。それと共に、リオが脳が痺れて溶けてしまいそうな感覚を覚える。
それと同時に、うめき声を上げたリオの右腕から彼の手を離れた短剣と共に、半分に砕かれた腕輪が落下する。
(腕輪が、とれた・・・?)
地面へと落下した短剣と腕輪。それをリオが視界に収めた瞬間、頭上から大剣が迫った。
間に合わない――
眼前に迫る大剣を見つめながら、リオがそう直感する。
回避しようにも右腕を楔代わりにされ、防御をするために左腕に握った短剣を持ち上げようにもそれよりも先に到達するであろう衝撃に備え、リオが目をつむる。
だがその次の瞬間、リオの脳裏へと、先ほど砕かれ地面へと落下した腕輪が映る。
(そうだ、もう腕輪は無いんだ。なら――)
自身を縛る枷であった魔力の流れを阻害する腕輪は偶然にも破壊された。そしてそれは、今なら自由に魔法が扱えるという事だ。
「《防護壁》!」
刻一刻と迫る、魔物の振るった大剣。それが自身の体に触れるよりも早く魔力を練り上げたリオは、間一髪のところで障壁を展開した。
ぶつかり合う障壁と大剣。見た目以上の威力を誇る両者の矛と盾は、周囲へと暴風を撒き散らしながら互いに拮抗する。
(重たい・・・!)
障壁越しに感じる予想以上の衝撃に、リオの額へと汗が浮かび始める。
このままではこっちが押し負ける――
そう感じたリオは、この状況を変えるために何か出来ないかと模索し始める。
倒す必要はない。今ここを切り抜ければそれだけでいい。そしてそのためには、少しの間でもいいから魔物の足を止めるだけでいい。そして今は、さっきまでと違って魔法も使える。可能性はいくらでも模索できるはずだ。
(まずはこの蛇の頭をどうにかしないと。そうしたら次は近距離での攻撃を潰すために羊の頭か大剣をなんとかする。可能なら、その間に魔物の足を止めよう)
作戦は決まった。
魔物の攻撃を防ぎ続けながら、リオの瞳が自身の右腕に食らいついたままの蛇の頭へと向く。
「っぐ、ああ!」
だが魔物の方もリオの纏う空気が変わったことを察したのか、勝負を急ぐようにリオの右腕にさらに深く牙を立てた。
再度脳へと駆け巡る激痛。だが蛇の頭はリオの腕に深く嚙みついたことによって、完全に動きが止まる。
「はあああぁ!」
直後、リオが自身の右腕ごと魔物の頭を貫く。
「キシャアアアアアァァァ!!」
断末魔を上げながら魔力へと返っていく蛇の頭。その次の瞬間、自身の右腕を貫いた短剣を左手で引き抜き、即座に魔力を纏わせサイズを片手剣サイズへと変化させていく。
それと同時に障壁が消え去り、魔物の得物が地面へと突き刺さる。
それによって巻き起こる土煙。その中を迷うことなく駆けたリオは、魔物の足元へ接近。そのまま左腕に握った得物で魔物の右前足を切り裂いた。
直後、バランスを崩し転倒する魔物。それを見逃さなかったリオが更に追撃を加え、遠距離攻撃をしてくる獅子の頭を両断した。
(よし、これで十分。あとは逃げるだけだ)
直後、片手剣サイズに変化させていた短剣を元に戻し鞘へと仕舞う。そうして地面に落ちていたもう一本の短剣を拾い上げると、そのままエストラーダ皇国側へと向かい駆け出した。
その行動でリオが逃げたことを悟ったのだろう、彼が去った山道には怒り狂った魔物の咆哮が響き渡った。
その日の夜。なんとか魔物から逃げ出したリオは、時間と共に感覚の無くなってきた右手を見つめながら溜息を吐いていた。
魔物との戦闘で出来た傷口。その最大の原因である自身の行動を振り返っていたリオが思わず空を見上げる。
(今になって思えば、勢いだけで面倒な事にしちゃった)
こんなの見せたら絶対に心配するよね。
今のリオの右手には適当なサイズにちぎった布が止血帯代わりに巻かれていた。、
止血帯代わりに使用している布は既に真っ赤に染まっており、そのうえ右手の感覚も無くなってきていることから、もはや止血できているのかどうかも分からない状態だった。
こんな状態のリオを見れば、必ず仲間たちは心配するだろう。いや、それ以前に、まず間違いなくリオには説教が待っていることだろう。「もっと体は大切にしろ」という内容で。
それが分かっているからこそ、リオは仲間たちと必ず再会しなければならない。
(過ぎたことをどうこう言ってても仕方ないし、明日からの行動を考えよう)
夜空の下、リオは1人山道を進んでいく。すると、決意に満ちたままの瞳とは裏腹に、不意に体が左右に揺れた。
(あ、あれ?)
急に眩暈が襲ってきたことを自覚した次の瞬間、自身が尻餅をついていることにリオが気づく。それと同時に、頭がぼんやりとしてすっきりとしない感覚を覚える。
少しし、脳みそへと血が戻ってくるような感覚と共に立ち上がる。若干ふらつきながらも立ち上がったリオは、数度頭を振り正面を見据えた。
よくわかんないけど、行こう。
一度深呼吸をし、傾斜のある山道を進んでいく。その姿を見守るように、月はリオの進む先を照らしていた。
一方その頃。
リオの遥か後方では、先ほどリオが戦った魔物が夜闇の中で唸り声を上げながら蠢いていた。
どうやら魔物は周囲の魔力を吸収して再生しているらしく、先ほどリオによって消滅したはずの蛇の頭と右前足は完全に、獅子の頭はそれとなく原型が分かるまでに復活していた。
「憎いか?」
そんな魔物に対し、声をかける存在があった。
姿までは魔物の背に隠れていてよく見えないが、老人のような若干しわがれた声が聞こえてきた。
老人らしき人物の言葉に魔物が唸り声をあげながら反応すると、直後、魔物の体が急速に元通りになっていった。――いや、それだけでなく、魔物自体の姿が大きく変化していく。
つい先ほどまでの合成獣の姿が見るからに重そうな鈍器だとすれば、こちらは軽く鋭利な刀剣の刃だろう。
蛇、獅子、羊、熊の4つあった頭は蛇と獅子の2つに減り、俊敏な肉食獣のような出で立ちへと変化。まるで動物の一種のような姿になった。だがそれがただの動物で無いことは、周囲にほとばしっている魔力と全身を覆う漆黒の闇がよく物語っていた。
姿が変わったとほぼ同時に、魔物が駆け出す。
「よほど憎かったか。だが、これでキングの計画を邪魔できるのなら問題なかろう。これで世界はあるべき姿へと戻る」
その後ろ姿を見送るのは、初老の老人。
くつくつと笑う老人は魔物が去った方向を見据える。その方向は、つい先刻リオが去って行ったエストラーダ皇国へと続く山道の先だった。
独り言のように呟いた彼はそのまま姿を消す。己の目的を果たすために――
先ほどまでの細く険しい道とは打って変わって、馬車1台が通れそうなほどに広い山道を歩いていく。
(それにしても、さっきの魔物はなんだったんだろう)
そこで1人足を進めていたリオは、先ほど出会った魔物のことを考えていた。
本能のままに生きとし生けるものを襲う存在。それが魔物だ。そして普通の魔物よりも数段凶悪な魔物。それがグレンで初めて確認された「変異種」である。
この変異種と呼ばれる魔物は、合成獣のように複数の中枢神経が重なり合って出来ている。そしてそれが変異種の弱点であり、容姿に次ぐ特徴の一つである。
だがさきほど出会った魔物の行動は「魔物らしくない動き」以外にも「変異種でありながら変異種ではない変異種」という、矛盾した感覚をリオの中に残していたのだ。
リオが何故そう考えたのか――それは本人ですら分からない。なぜならその考えは、リオの直感から生まれたものだったからだ。
だが理由が何であれ、向こうから襲ってこないのであれば今のリオにとっては些細な問題だった。
そのため、エストラーダ皇国に入るためにひたすら山道を進んでいたのだが――
(また出た・・・!?)
山道を進むこと1時間。次第に日が傾き始めた頃、リオの目の前へ先ほど姿を消したはずの魔物の姿があった。
変異種の姿をした魔物。だが、どこか雰囲気の違う、全く別物の存在。
無機物のようにそこへ鎮座する魔物は、まるでリオのことを監視するように立ち尽くしていた。
先ほどのように別の山道から進もうかとリオが考える。だが残る食料を考えると、彼に別の道を進むという時間は無いに等しかった。
そうして対峙すること数分。全くと言っていいほどに動きを見せないその魔物に、リオが違和感を越え不気味さすら抱く。
ごくり、と息を飲む。
背筋を伝う冷や汗。全身へ感じた恐怖。震える手足――
それらが全て目の前に居る魔物と対峙しているからだとリオが気づくまでに少しの時を要した。
――間違いなく、強い。
大きく息を吐く。それと同時に引き抜いた短剣の刃が煌めく。
(今から北側の山道に向かっている時間は無い。なら、押し通るまで!)
直後、リオが跳躍する。対する魔物は、自身を構成している生物の1つである蛇の頭をリオに向ける。
真っ直ぐリオへ向かい伸びていく頭。それが大きく口を開けたかと思うと、その口から酸が飛ぶ。
(――!)
首を巡らし間一髪のところで酸を躱したリオが魔物の背後へと着地する。
それと同時に魔法を行使する為魔力を練り上げようとするが――
(そうだった、これ、着いたままなんだった)
魔力の流れを阻害する腕輪によって集めた魔力が一瞬の内に霧散してしまう。
対する魔物はリオの魔法を警戒する素振りを見せていたが、魔力が霧散したことを感じ取ったのか一瞬の内に距離を詰めた。
それと同時に、魔物の体を構成している4つの頭の内、羊の頭から大剣が、獅子の口から大量の魔力弾が精製された。
横薙ぎに振るわれた大剣を回避、そのまま距離をとろうとしたリオだったが、追撃として飛んできた魔力弾が地面へ着弾。それによって起きた土煙にリオの視界が奪われる。
直後、土煙を切り裂きながら大剣がリオへ迫る。
「っぐ・・・」
響き渡る金属音。それと同時にリオの体が宙に浮き、岩壁へと叩きつけられた。
リオがぶつかった衝撃で岩壁へと亀裂が走る。
全身に受けた衝撃により、リオが喀血する。
――なんて威力・・・
岩壁へと叩きつけられたリオが目の前に立ちはだかった魔物を睨むと、対抗するかのように魔物が得物を振りぬいたままの姿勢でリオを見下した。
狩人に追い詰められた獲物。その言葉の通りの状態に、リオの背筋へ悪寒が走った。
あの日と同じだ。これから起こることは容易に想像できる。ただ一方的に蹂躙されて終わるのだ。それも――形すら残らないほど無残に。
次第にリオの瞳へと諦観が漂い始める。
すると、それを感じ取ったのか魔物の口元が歪んでいく。その姿はまるで、恐怖感に沈んでいくリオを楽しんでいるようでもあった。
だが魔物の行動は諦めかけていたリオに火を点けたようで、地面へ落ちた得物を握り直し、再度魔物と相対した。
(諦めてる場合じゃない。ここをどうにか乗り切れば僕の勝ちだ)
別に目の前に居る魔物を倒す必要はない。倒せる力が無いのなら、ただ撒けばいいだけだ。その方法は少ないながらも確かに存在している。
だが一番の問題は、今のままでは逃げ出したところですぐに追いつかれてしまうということだ。なら、どうすればいいか――
その答えは、既にリオの中で出ていた。
(狙うべきは足。危険なことに変わりはないけど、倒すよりは数倍安全で簡単だ)
リオが覚悟を決め、魔物の足元を目掛け一直線に駆け出す。対する魔物はリオの足を止める様に魔力弾を精製、雨霰の如く撃ちだした。
弾幕のように放たれたその攻撃は、一発たりともリオに掠ることすらなくリオの周囲へいくつもの窪みを作り上げていく。
この程度なら当たらない。
そう確信したリオは、さらに魔物の懐へと接近していく。だがそれは、リオをさらに懐へと誘い込みたかった魔物の罠だったようで、魔力弾を全て避けきったリオの眼前へと蛇の頭が迫る。
――ガキンッ!
「っぐぅ!」
咄嗟に右腕で魔物の攻撃を受けたリオの右腕から血が流れ出した。それと共に、リオが脳が痺れて溶けてしまいそうな感覚を覚える。
それと同時に、うめき声を上げたリオの右腕から彼の手を離れた短剣と共に、半分に砕かれた腕輪が落下する。
(腕輪が、とれた・・・?)
地面へと落下した短剣と腕輪。それをリオが視界に収めた瞬間、頭上から大剣が迫った。
間に合わない――
眼前に迫る大剣を見つめながら、リオがそう直感する。
回避しようにも右腕を楔代わりにされ、防御をするために左腕に握った短剣を持ち上げようにもそれよりも先に到達するであろう衝撃に備え、リオが目をつむる。
だがその次の瞬間、リオの脳裏へと、先ほど砕かれ地面へと落下した腕輪が映る。
(そうだ、もう腕輪は無いんだ。なら――)
自身を縛る枷であった魔力の流れを阻害する腕輪は偶然にも破壊された。そしてそれは、今なら自由に魔法が扱えるという事だ。
「《防護壁》!」
刻一刻と迫る、魔物の振るった大剣。それが自身の体に触れるよりも早く魔力を練り上げたリオは、間一髪のところで障壁を展開した。
ぶつかり合う障壁と大剣。見た目以上の威力を誇る両者の矛と盾は、周囲へと暴風を撒き散らしながら互いに拮抗する。
(重たい・・・!)
障壁越しに感じる予想以上の衝撃に、リオの額へと汗が浮かび始める。
このままではこっちが押し負ける――
そう感じたリオは、この状況を変えるために何か出来ないかと模索し始める。
倒す必要はない。今ここを切り抜ければそれだけでいい。そしてそのためには、少しの間でもいいから魔物の足を止めるだけでいい。そして今は、さっきまでと違って魔法も使える。可能性はいくらでも模索できるはずだ。
(まずはこの蛇の頭をどうにかしないと。そうしたら次は近距離での攻撃を潰すために羊の頭か大剣をなんとかする。可能なら、その間に魔物の足を止めよう)
作戦は決まった。
魔物の攻撃を防ぎ続けながら、リオの瞳が自身の右腕に食らいついたままの蛇の頭へと向く。
「っぐ、ああ!」
だが魔物の方もリオの纏う空気が変わったことを察したのか、勝負を急ぐようにリオの右腕にさらに深く牙を立てた。
再度脳へと駆け巡る激痛。だが蛇の頭はリオの腕に深く嚙みついたことによって、完全に動きが止まる。
「はあああぁ!」
直後、リオが自身の右腕ごと魔物の頭を貫く。
「キシャアアアアアァァァ!!」
断末魔を上げながら魔力へと返っていく蛇の頭。その次の瞬間、自身の右腕を貫いた短剣を左手で引き抜き、即座に魔力を纏わせサイズを片手剣サイズへと変化させていく。
それと同時に障壁が消え去り、魔物の得物が地面へと突き刺さる。
それによって巻き起こる土煙。その中を迷うことなく駆けたリオは、魔物の足元へ接近。そのまま左腕に握った得物で魔物の右前足を切り裂いた。
直後、バランスを崩し転倒する魔物。それを見逃さなかったリオが更に追撃を加え、遠距離攻撃をしてくる獅子の頭を両断した。
(よし、これで十分。あとは逃げるだけだ)
直後、片手剣サイズに変化させていた短剣を元に戻し鞘へと仕舞う。そうして地面に落ちていたもう一本の短剣を拾い上げると、そのままエストラーダ皇国側へと向かい駆け出した。
その行動でリオが逃げたことを悟ったのだろう、彼が去った山道には怒り狂った魔物の咆哮が響き渡った。
その日の夜。なんとか魔物から逃げ出したリオは、時間と共に感覚の無くなってきた右手を見つめながら溜息を吐いていた。
魔物との戦闘で出来た傷口。その最大の原因である自身の行動を振り返っていたリオが思わず空を見上げる。
(今になって思えば、勢いだけで面倒な事にしちゃった)
こんなの見せたら絶対に心配するよね。
今のリオの右手には適当なサイズにちぎった布が止血帯代わりに巻かれていた。、
止血帯代わりに使用している布は既に真っ赤に染まっており、そのうえ右手の感覚も無くなってきていることから、もはや止血できているのかどうかも分からない状態だった。
こんな状態のリオを見れば、必ず仲間たちは心配するだろう。いや、それ以前に、まず間違いなくリオには説教が待っていることだろう。「もっと体は大切にしろ」という内容で。
それが分かっているからこそ、リオは仲間たちと必ず再会しなければならない。
(過ぎたことをどうこう言ってても仕方ないし、明日からの行動を考えよう)
夜空の下、リオは1人山道を進んでいく。すると、決意に満ちたままの瞳とは裏腹に、不意に体が左右に揺れた。
(あ、あれ?)
急に眩暈が襲ってきたことを自覚した次の瞬間、自身が尻餅をついていることにリオが気づく。それと同時に、頭がぼんやりとしてすっきりとしない感覚を覚える。
少しし、脳みそへと血が戻ってくるような感覚と共に立ち上がる。若干ふらつきながらも立ち上がったリオは、数度頭を振り正面を見据えた。
よくわかんないけど、行こう。
一度深呼吸をし、傾斜のある山道を進んでいく。その姿を見守るように、月はリオの進む先を照らしていた。
一方その頃。
リオの遥か後方では、先ほどリオが戦った魔物が夜闇の中で唸り声を上げながら蠢いていた。
どうやら魔物は周囲の魔力を吸収して再生しているらしく、先ほどリオによって消滅したはずの蛇の頭と右前足は完全に、獅子の頭はそれとなく原型が分かるまでに復活していた。
「憎いか?」
そんな魔物に対し、声をかける存在があった。
姿までは魔物の背に隠れていてよく見えないが、老人のような若干しわがれた声が聞こえてきた。
老人らしき人物の言葉に魔物が唸り声をあげながら反応すると、直後、魔物の体が急速に元通りになっていった。――いや、それだけでなく、魔物自体の姿が大きく変化していく。
つい先ほどまでの合成獣の姿が見るからに重そうな鈍器だとすれば、こちらは軽く鋭利な刀剣の刃だろう。
蛇、獅子、羊、熊の4つあった頭は蛇と獅子の2つに減り、俊敏な肉食獣のような出で立ちへと変化。まるで動物の一種のような姿になった。だがそれがただの動物で無いことは、周囲にほとばしっている魔力と全身を覆う漆黒の闇がよく物語っていた。
姿が変わったとほぼ同時に、魔物が駆け出す。
「よほど憎かったか。だが、これでキングの計画を邪魔できるのなら問題なかろう。これで世界はあるべき姿へと戻る」
その後ろ姿を見送るのは、初老の老人。
くつくつと笑う老人は魔物が去った方向を見据える。その方向は、つい先刻リオが去って行ったエストラーダ皇国へと続く山道の先だった。
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【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
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