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ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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第2章メルン編

第三部・「扶桑鴉」 4話

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 リオ達が闘技場を去った直後。
 すでに多くの邸宅が灯りを落としている貴族街の片隅にある石造りの闘技場では、木製の武器同士がぶつかり合う乾いた音が響いていた。
 アイゼンは長剣を。アッガスは小盾、そして普段愛用しているメイスとは異なる武器である長剣を手にしていた。

「普段使わない武器でここまで出来るとは、後輩たちに見習わせたいよ」

「お褒めいただきどーも。・・・こちとらさっさと終わらせたいんだがな」

 鍔迫り合いになりながら言葉を交わすアイゼンとアッガス。すると、アッガスの視線が職員の方を盗み見るように向けられる。――ちなみに職員はというと、アッガスとアイゼンに恨めしそうな視線を向けながらふぐおのことをもふり続けていた。

「私としてはまだまだ終わってほしくないんだがね!」

 アッガスがよそ見をした次の瞬間、アイゼンが力任せにアッガスを押し返そうとする。
 対するアッガスはアイゼンの勢いを利用しそのまま距離を取ると、まるで壁に反射したボールのようにアイゼンへ向かい跳躍。そのまま得物の腹をアイゼンに向け振り下ろした。
 次の瞬間、闘技場内に乾いた音が響く。

「やはり不思議なのは剣の腹で攻撃する点だね。・・・いや、普段の得物の影響かな?」

 剣を剣として振るってこないアッガスに対してそう口にするアイゼン。それに対し、アッガスは何も答えることなく距離を取る。

「おや、図星かな?」

「さあな。・・・とりあえず言えんのは、癖じゃねえってことだけだな」

 何も言わずに距離を取ったアッガスを挑発するように口を開いたアイゼンだったが、アッガスの方は対して気にした様子もなく再度接近していく。
 そしてそのまま打ち合う両者。一合ごとに確実に威力が増している剣戟は、このままでは互いの得物が折れてしまうのではと思えるレベルまで到達してしまう。

「お互いに力任せでぶつかれる、これほど血沸き肉躍ることはないね!」

 嬉々とした表情を浮かべながら得物を振るうアイゼンに対し、面倒くさそうな表情を浮かべるアッガス。

「あーそうだな。――マジでそろそろあそこの職員に文句を言われそうなんで、決めさせてもらうぜ」

 するとアッガスがそう口にした瞬間、アイゼンの前から姿を消す。

「――いない?」

 突如として姿を消したアッガスが向かったであろう自身の背後を振り返るアイゼン。だがその目線の先にはアッガスの姿はなく――

「どこ見てんだよ、いつから俺が背後に回ったって錯覚したんだ?」

 代わりに直前まで正面となっていた背後から、アッガスの声と共に木製の長剣がアイゼンの首元へと触れる。

「・・・ただ真上に跳んだだけとはね・・・」

 自身の右肩あたりに見える剣先を横目で見ながら呟くアイゼン。対するアッガスは彼の首元へと突き出した長剣を引きながら安堵した声を上げる。

「ま、賭けだったんだがな。元正規兵ならこういう癖は簡単に抜けねえと思ったんでな、利用させてもらったぜ」

「はは、癖というものは怖いものだね。――実際、考えるより先に体が動いていたんだから」

 アッガスの種明かしを聞き、乾いた笑い声を上げながらアイゼンが振り返る。
 エストラーダ皇国における兵士の訓練では「相手が姿を消した際はまず背後を警戒するべし」という教訓がある。
 この教訓は主に要人警護の際に役立っており、要人を守りながら戦う際は、敵に背後へ抜けられると残るは丸裸同然の警護対象であることが多い。そのため訓練の内容には相手が姿を消した際に背後を一度確認するというものがある。
 これは訓練の際に全兵士が体に染み込まされるものであり、特に兵士としての歴が長かったアイゼンはその教訓のままに動いてしまったという訳である。

「だが、もう一つの勝負には勝てたようだね」

 すると不意にアイゼンが声を上げる。

「もう一つの勝負?」

「そう、もう一つの勝負だ。・・・ほら」

 アイゼンの台詞に首を傾げるアッガス。そんな彼の背後を指さすアイゼン。
 そしてその方向へアッガスが振り向くと――

「時間稼ぎってことかよ・・・」

 視界の中に先ほど駆け出して行ったリオとマックスの姿が映り、溜息と共にそう口にしたのだった。



 一方、その頃。
 ギルドのある王都南西側では、ギルドの受付に誰もいないという通報のあった近衛兵たちが、いなくなった職員の向かった先について「失踪もしくは誘拐」という名目で捜査を行っていた。
 そして現在彼らが知りえる情報は、今から1時間ほど前に黒い髪の男の子のような少女と茶色い髪の青年、そして中型犬サイズの真っ黒な魔物のような生き物の一行を相手にしていたというものだった。

「――というと、つい20分ほど前にここに来た、と?」

「ええ。うちで宿を取りたいってんで来たんですけど、満室ってことで断ったんですよ。黒髪の娘は残念そうな顔をしてて、それを茶髪の青年がなんか励ましてましたね」

 その王都のギルドから歩くこと5分ほどの位置にある、とある宿屋で1人の近衛兵が聞き込みを行っていた。
 時刻としてはすでに夜である時間を4分の1以上過ぎた頃であり、ほとんどの家屋では屋内を照らす灯りを消し就寝した後であった。

「ほかに特徴はありましたか?可能であれば、性別や身なり、髪の色とアホ毛、魔物のように黒い生き物以外で」

「んー、それ以外は・・・あ、いや。黒髪の娘は半年くらい前に見たことがあるね。たしか同年代の子を連れて王城に向かっていたと思います」

「半年前、王城、少女と同年代の子供・・・ですか。ちなみに、その王城に連れていかれたという女の子の外見などは?」

 順調に進んでいるかに見えた事情聴取だったが、事情聴取に応じる経営者である男性の口にした内容に嫌な予感を感じた兵士がそう尋ねる。

「外見っても、フードをしてたからねぇ・・・10代くらいだったと思いますけど、それ以外は」

「そうですか、ありがとうございます」

 男性から思っていた言葉が出てこなかったことに安堵する近衛兵。そうして宿屋を後にした彼は、偶然近くを通りかかった同僚に声をかける。

「そっちでは収穫あったか?」

「ああ、茶髪の奴は知らないが、黒髪の方は以前お客として泊めたって証言が取れた」

「・・・半年前か」

「ああ。・・・なあ、どう報告するよ?」

「どうって・・・あー・・・」

 同僚の近衛兵の台詞に様々な予想を浮かべたのだろう、2人して目を泳がせ始める近衛兵たち。

「ただのそっくりさんであることを祈ろう」

「だな」

 お転婆姫に最悪の報告をすることが無いように――
 2人で同時にそう口にした彼らは、次の場所へと事情聴取に向かうために分かれたのだった。
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