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ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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第1章終章編

1章終幕編 2話

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「そう言い切った後、ミサトは家を飛び出して行ったの。・・・ほんと、馬鹿よね」

 ミサトの昔話を終えたエレナが一言、そう呟く。それは、今は彼女の思いが分かるといった風にも、ミサトに対して未だに呆れているという風にもとれる、酷く曖昧なものだった。
 そしてミサトの話を聞いたリオはと言うと――

「お母さん、きっと辛かったんだ」

 ミサトの心の痛みを噛み占めるようにそう呟いた。

「辛かった・・・。確かに、今思えばそうかもね」

 リオの呟いた台詞に同意するように呟いくエレナ。だが、当時の彼女は全く違った感想を抱いたようで。

「でも、リオ君には悪いのだけれど、その時の私は「出来損ないの妹」だと思っていたわ。親不孝な、世間知らずの大馬鹿者、未熟者って。・・・実際、あの子は私よりも劣っていたところがあったし、あの子が物心ついた頃から両親にずっとそう言われ続けていたから。・・・って、こんな事を言っても、言い訳にしかならないわね」

 自分でそう口にしてから気づいたのか、エレナが今更ながらに反省したような面持ちになると、自嘲めいた笑い声を上げると共に口を開いた。

「それに、子供は誰の元に生まれてくるかなんて選べない。産んだのであれば、ちゃんと責任をもって育てないと駄目よね」

「・・・そうだね」

 エレナのような豊富な人生経験がある訳では無いリオが膝の上で眠るメインを見る。
 母親であるミサトの過去を聞いたリオはどう思ったのだろうか。おそらく、彼では言葉に出来ない、様々な感情と思いが混ざり合ったことだろう。強いて言葉にするのであれば、もはや「世界を恨む」とほぼ同義だろう――なぜなら、ミサトを取り巻いた環境の中に、絶対的な悪は存在していなかったのだから。
 だが少なくとも、リオに何かしらの心境の変化は与えたようで、メインを見るリオの瞳は、まるで不安を押し隠すかのようにわずかに震えていた。



 それから数日が経ち、無事何事も無くミストへ到着したリオ達は、関所での検査を終え町の中へと足を踏み入れていた。
 そのまま町を歩くこと数分。町の南側にあるリオの義両親であるティアナとサミュエルの2人が切り盛りする宿屋へと到着したリオ達は、ゆっくりと宿屋の入り口にある扉を開く。
 時刻は昼時。流石にこの時間ではお客の姿はほぼ無く、宿屋にいるわずかなお客も、リオ達の事を「珍しい時間に来た客」程度にしか思っていないらしく我関せずといった様子でランチタイムを過ごしていた。
 そして、リオの義理の母親であるティアナはというと、受付であるテーブルに突っ伏しながら穏やかに寝息を立てていた。

「・・・お義母さん、まだお昼に寝る癖は治ってないんだ・・・」

 心地よさそうに昼寝をしているティアナを見ながらリオが呟く。
 夜遅くまで起きている彼女にとって、ちょうどお昼時の時間というのは睡魔が襲ってくる時間らしく、どうやらこの日は睡魔に負けてしまった様子だった。

「お義母さん、起きて。寝るのはまだ2時間早いよ」

「・・・どっちも駄目だと思うのだけれど」

 2時間後なら良いというリオの発言に対してエレナが静かにツッコミを入れる。

「んー・・・あと5時間・・・」

「お義母さん、そんなに寝てたらお仕事終わらないよ?」

「いや、その前に今すぐ起こして仕事させなさいよ・・・」

 まるでコントのようなリオとティアナの台詞を聞いていたエレナがそう呟く。するとリオが困ったような表情をエレナに向けながら――

「え、それじゃあお義母さんが発狂しちゃうよ」

 そう口にする。それを聞いたエレナは、リオが知る限りで一番盛大なツッコミを入れた。

「どういう状況よ!?」

「えっと、お義父さんが言うには「寝てないからだ」って」

「・・・ティアナ、私が知っている以上に大変な思いをしていたのね・・・じゃなくて、1人で切り盛りしてるわけじゃないんでしょう?」

 リオの説明を聞いて納得しかけるエレナ。だがそれ以前に引っかかる部分があったようで、リオに尋ねるような視線を向ける。
 するとリオは事実を口にするべきか迷った挙句、ティアナが結婚したことを口にする。

「・・・どうせ私は妹たちに先を越された哀れな姉よーー!・・・って、なんだか同じことを前にも言った気がするわ・・・」

 ティアナが結婚したとリオから聞いたエレナが叫ぶと、どうやら自身のその言動に既視感を覚えたらしく、自問自答を始める。
 ちなみに、リオが5歳の頃にエレナが同じことを口走ったのだが、残念ながら今の彼女は思い出せない様子だった。
 すると、眠っているそばで騒がしくされたからなのか、それとも自問自答を始めたエレナを無視してリオが声をかけ続けていたからなのか、睡魔に負け熟睡していたティアナがゆっくりと目を覚ましのびをすると、傍らにいたリオの存在に驚いた声を上げる。

「リオ!?いつから・・・?」

「ついさっき。それから、エレナさんも一緒だよ」

 驚いた表情を浮かべるティアナをよそに、リオは自問自答を続けるエレナの方を視線で示す。それに釣られてエレナの方を見たティアナは、以前会った時とはなんとなく雰囲気が違うエレナに違和感を覚えたらしく、リオに小声で何かあったのか尋ねる。

「リオ、お姉ちゃんがなんだかおかしいんだけど、何かあったの?」

「え?・・・・・・何もないよ?」

 それに対して、若干不自然になりながら答えたリオ。そんなリオに対して何か言いたそうな表情をしたティアナだったが、その言葉を飲み込んだようで、夫のサミュエルを呼ぶ。

「なんだい、ティアナ・・・っと、リオ!いつ帰ってきたんだい?」

 ティアナに呼ばれたサミュエルが厨房から顔を出すと、ティアナのそばにいたリオの姿を見つけ飛び出してくると、エプロン姿のままリオと抱き合う。

「ついさっきだよ。・・・お義父さんも元気?」

「ああ。ティアナと一緒に待ってたよ。・・・ただ、4か月は最短記録かな?」

「ふふ、そうだね」

 お互いに笑顔になりながら会話を続ける2人。そんなリオに対してティアナが声をかけた。

「あ、そうだ、リオ。あなたに会わせたい人が居るの。ディナータイムの前にここに来てくれる?」

「・・・?うん、わかった」

 ティアナの台詞に首を傾げながらも頷くリオ。すると、リオの左腕へとぎゅっとなにかがくっついてくる。

「お兄ちゃん、まだ?」

 リオの左腕へと抱き着いた存在。それはガレイから一緒にミストまでやってきた、茜色の髪を持つ5歳となった少女・メインだった。

「あ、ごめん。・・・お義父さん、お義母さん、この子は――

「リオがもうお嫁さんを連れて来たわーー!」

 リオがメインの事を紹介しようとすると、ティアナが急に叫び声を上げる。そしてそれとよく似た光景を見たことのあるリオは「え、また?」と思わず呟いてしまう。なぜなら、ティアナの言動はガレイでエレナとミリーがした言動と同じだったからである。

「リオ、ちゃんとこの子のご両親に許可は貰っているのかい?いくらこの国が――」

「ちょ、ちょっと待ってよ!僕はメインを王都の親戚の人の所に送り届けるだけだから!」

 サミュエルの台詞になんとなく嫌な予感がしたリオが、彼の台詞をぶったぎるように慌てて口を開く。そしてそれを聞いたサミュエルがリオに細かい説明を求めると、リオはメインの両親がガレイであった攻防戦で亡くなった事とそこで懐かれた事。そして今はメインを王都の郊外に住む親戚の元へと送り届けている最中であることを伝える。

「なるほど、ね。・・・と、ティアナ、そこまでにしておかないとメインちゃんが怖がってるよ」

 リオの説明を聞いたサミュエルが、尾ひれを付けた上で未だ吹聴しつづけるさけびつづけるティアナに声をかけると、いつのまにかリオの背後に隠れるようにしていたメインに声をかける。

「ごめんね、彼女、少し思い込みが強いところがあるから・・・」

「だーれが頭の中お花畑よ!」

「いや、そこまでは言ってないだろう・・・」

 未だに興奮しているのか、サミュエルにまで突っかかるティアナ。そしてそんな彼女をリオの背後から静かに窺うメイン。

「メインちゃん、こっちにおいで」

 元々人見知りなところがあるメインだが、叫び続けたティアナに対して警戒心を抱いたらしく、ティアナが手招きしても一切近づこうとしなかった。その代わり――

「メインちゃん、こっちにおいで」

 ティアナと全く同じ台詞を口にしたサミュエルの元へと、始めは躊躇ったものの、すぐに歩いていくメイン。そしてサミュエルの手を取ると、その姿を見たサミュエルはメインの頭を撫でながらティアナの方をちらりと見る。
 そしてそれを挑戦と受け取ったのか、ティアナが負けじとメインの事を呼ぶが、メインは一切彼女の元へは行こうとしなかった。

「・・・メイン、お義母さんは叫んだりしても怖い人じゃないから。・・・ほら」

 サミュエルの元に居るメインに声をかけるリオ。するとサミュエルに呼ばれた時とは比べ物にならないほどに早くティアナの元へ向かうメイン。そうしてティアナの元に辿り着いたメインは、リオの方へと窺うような視線を向ける。
 その視線に答えるようにメインの元へ向かうリオ。――その光景を見た人々の中で、メインにとっての信頼度ランキングはリオが1位であると確定したのは余談である。

「よしよし。・・・娘が居たらこんな感覚なのかしら」

 自身のそばまでやってきたメインの頭を撫でながらそう口にするティアナの目線は、厨房へと戻ろうとしていたサミュエルへと注がれる。
 そしてその視線を感じたのだろう。サミュエルは一瞬背中を震わせると、視線を向けてきた存在と目が合う。――おそらく、リオに義弟か義妹が出来るのは遠い未来では無いだろう。

「・・・そういえば、リオにもこうしたことがあったわね」

「そうなの?」

 メインの頭を撫でていたティアナが不意にそう口にする。するとメインは、桃色の瞳を輝かせながら期待するような視線を向ける。
 そのメインの姿に変なスイッチが入ったのだろう、ティアナがリオとの過去を話し始める。

「あれはね、リオが6歳になったばかりの頃だったかしら。ふぐおと――」

 リオが夫妻と暮らしていた時の話を始めるティアナ。そしてそれを聞くメインの瞳が段々と興奮していく様子を、リオはエレナと共に見守るのだった。
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