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第1章ミスト編
第三部・新たな家族 5話
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リオ達が住む宿屋の二階から、宿泊していた人々が続々と一階に降りてくる。彼らが向かう先は一つであった。
「こっちは三人前なー」「こっちは二人分頼む」「六人前頼む」
ティアナが経営する宿屋は、他の宿屋と異なり朝と夜の二回食事を提供していた。
別料金にはなるが、宿泊していれば少し安くなるため、利用している客は多い。また、他の宿屋に泊まっている人々も多く訪れているようで、五十人ほどが座れるフロアは朝早くにも関わらず満席状態であった。
「はい、三人前お待ちー!団体さんはちょーっと待ってて―!」
受け取り口となっている場所には、十数人ほどの列が出来ていた。
「リオ君、これ、あそこの二人組に持って行って」
ティアナがお盆に二人分の食事を乗せてリオに手渡す。
お盆を受け取ったリオは、二人掛け用の席に座る女性二人のもとへ向かう。
「お待たせしました」
リオがそう言い、二人に食事を渡す。食事を受け取った女性たちは、リオに声をかける。
「あら、可愛いウエイトレスさんね」
「お手伝い、頑張ってね」
リオに声をかけた女性二人は、そのまま食事に手を付け始めた。
それを見届けたリオは、空になったお盆を片手にティアナの下へ戻る。
「はい、二人分お待ちー!団体さん、こっちに六人分用意してあるから、悪いけど自分たちで持って行って!」
てきぱきとお客をさばいていくティアナ。既に朝に用意した分は半分以上がその姿を消しており、今のペースではあっという間になくなってしまいそうだった。
「リオ君、今度はあそこの人ね。――サミュエル、追加二十食、お願いね!」
リオの姿を見つけたティアナが、一人分の食事をお盆に乗せる。と同時に厨房で追加のパンを焼いていたサミュエルに指示をとばした。
ティアナから食事を受け取り、歩き出したのはいいが、人混みの中でお客の一人にぶつかってしまうリオ。
そんなリオを慌てて助けたのは、食事を持っていくはずの席に座っていた若い男性だった。
「おっと。・・・気をつけな。可愛いウエイトレスさん」
リオの腕をつかみ、倒れないように支える。リオがぶつかってしまったお客は、少しばかり気まずそうにリオを見ていた。
「あ、ごめんなさい」
「ああ、いや。俺もよく周りを見てなかったからな、お互い様だ。・・・悪かったな、あんた」
リオに詫びたお客の男性は、リオを助けた若い男性に声をかける。
「かまわないさ。それよりも、彼女のような可愛い子が怪我をしなくてよかった。・・・それに、食材も無駄にならなくて、ね」
若い男性は首を振りながら答えると、リオの手にしていたお盆を自分の座っていたテーブルに置くと、リオに尋ねる。
「これ、僕の分だろう?」
尋ねられたリオが頷くと、男性は食事だけをテーブルに移しお盆を返す。
「はい。周りに注意するんだよ、可愛いお嬢さん」
男性はそう言うと着席し、食事に手を付けていく。そんな彼の向かいには、リオとぶつかった男性が座る。
その場を離れたリオは、胸中で愚痴っていた。
(僕、男なんだけどな)
リオがそう愚痴った直後、まるでリオの心の声を聞き取ったかのように、リオとぶつかった男性が笑い声をあげた。
「しっかし、あんた面白いな。あの子、男の子だろ?」
「いや、あなたも中々面白いですよ。あの子の顔立ち・・・将来、絶世の美女になりますよ?」
若い男性が反論する。どうやら、リオのことを少女と勘違いしているらしく、そのことで男性と話が弾んでいるようだった。
本能的にその場を去る速度を速めたリオは、そのあと、直接確かめようとした男性二人から逃れることができたのは余談である。
朝一の激闘から早二時間。フロアを埋め尽くしていた人々はいずこかへ去り、建物内は未だに部屋に残る数組の宿泊客と数名の食事中のお客だけとなっていた。
「ふぅ、終わったわ・・・」
宿屋の受付に座るティアナが小さく息をついていた。そんな彼女に、余った朝食をアレンジしたものを片手にサミュエルが近づく。
ちなみに、食事の提供は一時的にリオが受け持っていた。
「今日はいつもより多かったね。明日の仕込みはもう少し多くしておいた方がいいかもね」
「そうね。もう三十食は増やさないと」
売上数を見ながらティアナが呟く。
ユリアナ村が魔物に襲われてから一週間ほどが経ち、安全となったミストに訪れる人の数も増えたらしく、昨日今日と明らかに客数が増えていたのである。
「あと、食材も買い込んでおかないとね。このペースだと明後日か明々後日くらいには昨日の倍は出るわよ」
「もう一人か二人くらい人手が欲しくなるね。従業員、募集するかい?」
サミュエルの提案に、朝食を口にしながら首を振るティアナ。
「パス。ひとまずリオ君もいるし、下手に人を雇う必要はないわ。・・・というか、うまいこと経営できてるとは言っても、払えるお金もないし」
彼女はそう言いながら帳簿を開き、なにやら複雑そうな計算を始めた。ティアナの経営する宿屋は両親の頃から続いており、軌道には乗っているのだが、税や施設の維持費。さらには食材費などを考えると、決して裕福というわけではなく、かなりぎりぎりのラインで経営していたのだ。
「けど、無理して体を壊すわけにもいかないから、早めに一人従業員は雇わないと。最悪、これまでの貯金を切り崩すことは考えておこう」
「・・・わかってるわ」
サミュエルはそう言い、番をしているリオの下へと向かった。
一人残されたティアナは、帳簿とにらめっこをしながら前日の売り上げを計算する。
(・・・たしかに、このままの生活じゃ、私はともかく、彼やリオ君が大変よね)
売り上げを帳簿へ記入し終えたティアナが椅子にもたれかかる。
(たしかに、貯金は両親から引き継いだ分もあるからそれなりにはある。けど――)
その態勢のまま、目をゆっくりとリオに向ける。リオは、義父のサミュエルと話している最中だった。
時折、お互いに笑顔を見せながら話している様子から、数日前と比べても、さらに打ち解けてきたのだろう。――二人の姿は本当の家族のようにも見えた。
(今までは私一人だけの生活費だったからよかったけれど、これからは三人分の生活費を捻出しないといけないのよね)
無論、生活費や税等を引いても、彼女の手元に残るお金で贅沢をしなければ三人が食べていく分には困らないほどのお金はある。だが、そこから一定額を貯金に回すことを考えると、ほぼ手元には残らない。
(おまけに、もうこの広さじゃ部屋もフロアもパンク気味なのよね。最低でも二倍くらいの広さがないと・・・)
今朝も席数が足りず、人数に関係なく相席をしてもらっていたほどだったのだ。それでも、一割くらいは床や屋外で食事をしていたので、既にパンクしていたともいえる。
ティアナが思わずため息をつく。と、そこへ扉を開く音が響いた。
「はい、いらっしゃいませー」
「すまんが・・・まだ食事はいただけるのかな?」
扉から入ってきたのは、一人の老人だった。老人は、挨拶をしてきたティアナに声をかける。
「はい。・・・何名様でしょうか」
「五人じゃ。――ああ、食べるのは外におる三人だけじゃ。あとは飲むものさえあれば良い」
老人がそう言い、外にいる面々を中に呼ぶ。
「でしたら、あちらにいる子のところへ。お飲み物は、朝食と一緒にお出ししているものになりますが」
「おお、構わんよ」
老人はそう言い、奥で番をしているリオの下へ向かう。と――
「あれ、グルセリアさん!」
リオが驚いた声をあげる。老人もほかの四人も、リオの存在には気づいていなかったのか、声をかけられて驚いた表情を浮かべる。
「おお、リオ!おぬし、ここで働いておるのか?」
「うん。ティアナ叔母さんとサミュエルさんと一緒に暮らしてるよ」
リオが頷きながら返す。リオの話を聞いたグルセリアがふむ、と考え込む。
「叔母さん・・・ということは、ミサトの姉妹じゃな。あそこにおる女性がそうなのか?」
グルセリアが示した先に座るティアナを見て、頷き肯定するリオ。と、そこへ。
「グルセリアさん、早く飯をいただきましょうよ。俺らもう腹ペコで」
話の長くなりそうなグルセリアを制するように、彼の背後にいた男性が声をあげ、ほかの面々も、男性に同調し始める。
そんな彼らを見たグルセリアは、リオに三人分の食事と二人分の飲み物を用意するように言う。それを聞いたリオは、食事と飲み物を用意し始めた。
「おお、すまんな」
早々と用意したリオにお礼を言い、四人と共に席に着くグルセリア。そして、その場にいる四人と雑談を始める。
そんな彼らの一連のやりとりを見ながらぼんやりと室内を眺めるティアナ。しばらくし、彼女が気づいた頃には、夢の中へと船を漕いでいた。
そうして、新しく始まったリオの平凡な日常は過ぎていったのだった。
「こっちは三人前なー」「こっちは二人分頼む」「六人前頼む」
ティアナが経営する宿屋は、他の宿屋と異なり朝と夜の二回食事を提供していた。
別料金にはなるが、宿泊していれば少し安くなるため、利用している客は多い。また、他の宿屋に泊まっている人々も多く訪れているようで、五十人ほどが座れるフロアは朝早くにも関わらず満席状態であった。
「はい、三人前お待ちー!団体さんはちょーっと待ってて―!」
受け取り口となっている場所には、十数人ほどの列が出来ていた。
「リオ君、これ、あそこの二人組に持って行って」
ティアナがお盆に二人分の食事を乗せてリオに手渡す。
お盆を受け取ったリオは、二人掛け用の席に座る女性二人のもとへ向かう。
「お待たせしました」
リオがそう言い、二人に食事を渡す。食事を受け取った女性たちは、リオに声をかける。
「あら、可愛いウエイトレスさんね」
「お手伝い、頑張ってね」
リオに声をかけた女性二人は、そのまま食事に手を付け始めた。
それを見届けたリオは、空になったお盆を片手にティアナの下へ戻る。
「はい、二人分お待ちー!団体さん、こっちに六人分用意してあるから、悪いけど自分たちで持って行って!」
てきぱきとお客をさばいていくティアナ。既に朝に用意した分は半分以上がその姿を消しており、今のペースではあっという間になくなってしまいそうだった。
「リオ君、今度はあそこの人ね。――サミュエル、追加二十食、お願いね!」
リオの姿を見つけたティアナが、一人分の食事をお盆に乗せる。と同時に厨房で追加のパンを焼いていたサミュエルに指示をとばした。
ティアナから食事を受け取り、歩き出したのはいいが、人混みの中でお客の一人にぶつかってしまうリオ。
そんなリオを慌てて助けたのは、食事を持っていくはずの席に座っていた若い男性だった。
「おっと。・・・気をつけな。可愛いウエイトレスさん」
リオの腕をつかみ、倒れないように支える。リオがぶつかってしまったお客は、少しばかり気まずそうにリオを見ていた。
「あ、ごめんなさい」
「ああ、いや。俺もよく周りを見てなかったからな、お互い様だ。・・・悪かったな、あんた」
リオに詫びたお客の男性は、リオを助けた若い男性に声をかける。
「かまわないさ。それよりも、彼女のような可愛い子が怪我をしなくてよかった。・・・それに、食材も無駄にならなくて、ね」
若い男性は首を振りながら答えると、リオの手にしていたお盆を自分の座っていたテーブルに置くと、リオに尋ねる。
「これ、僕の分だろう?」
尋ねられたリオが頷くと、男性は食事だけをテーブルに移しお盆を返す。
「はい。周りに注意するんだよ、可愛いお嬢さん」
男性はそう言うと着席し、食事に手を付けていく。そんな彼の向かいには、リオとぶつかった男性が座る。
その場を離れたリオは、胸中で愚痴っていた。
(僕、男なんだけどな)
リオがそう愚痴った直後、まるでリオの心の声を聞き取ったかのように、リオとぶつかった男性が笑い声をあげた。
「しっかし、あんた面白いな。あの子、男の子だろ?」
「いや、あなたも中々面白いですよ。あの子の顔立ち・・・将来、絶世の美女になりますよ?」
若い男性が反論する。どうやら、リオのことを少女と勘違いしているらしく、そのことで男性と話が弾んでいるようだった。
本能的にその場を去る速度を速めたリオは、そのあと、直接確かめようとした男性二人から逃れることができたのは余談である。
朝一の激闘から早二時間。フロアを埋め尽くしていた人々はいずこかへ去り、建物内は未だに部屋に残る数組の宿泊客と数名の食事中のお客だけとなっていた。
「ふぅ、終わったわ・・・」
宿屋の受付に座るティアナが小さく息をついていた。そんな彼女に、余った朝食をアレンジしたものを片手にサミュエルが近づく。
ちなみに、食事の提供は一時的にリオが受け持っていた。
「今日はいつもより多かったね。明日の仕込みはもう少し多くしておいた方がいいかもね」
「そうね。もう三十食は増やさないと」
売上数を見ながらティアナが呟く。
ユリアナ村が魔物に襲われてから一週間ほどが経ち、安全となったミストに訪れる人の数も増えたらしく、昨日今日と明らかに客数が増えていたのである。
「あと、食材も買い込んでおかないとね。このペースだと明後日か明々後日くらいには昨日の倍は出るわよ」
「もう一人か二人くらい人手が欲しくなるね。従業員、募集するかい?」
サミュエルの提案に、朝食を口にしながら首を振るティアナ。
「パス。ひとまずリオ君もいるし、下手に人を雇う必要はないわ。・・・というか、うまいこと経営できてるとは言っても、払えるお金もないし」
彼女はそう言いながら帳簿を開き、なにやら複雑そうな計算を始めた。ティアナの経営する宿屋は両親の頃から続いており、軌道には乗っているのだが、税や施設の維持費。さらには食材費などを考えると、決して裕福というわけではなく、かなりぎりぎりのラインで経営していたのだ。
「けど、無理して体を壊すわけにもいかないから、早めに一人従業員は雇わないと。最悪、これまでの貯金を切り崩すことは考えておこう」
「・・・わかってるわ」
サミュエルはそう言い、番をしているリオの下へと向かった。
一人残されたティアナは、帳簿とにらめっこをしながら前日の売り上げを計算する。
(・・・たしかに、このままの生活じゃ、私はともかく、彼やリオ君が大変よね)
売り上げを帳簿へ記入し終えたティアナが椅子にもたれかかる。
(たしかに、貯金は両親から引き継いだ分もあるからそれなりにはある。けど――)
その態勢のまま、目をゆっくりとリオに向ける。リオは、義父のサミュエルと話している最中だった。
時折、お互いに笑顔を見せながら話している様子から、数日前と比べても、さらに打ち解けてきたのだろう。――二人の姿は本当の家族のようにも見えた。
(今までは私一人だけの生活費だったからよかったけれど、これからは三人分の生活費を捻出しないといけないのよね)
無論、生活費や税等を引いても、彼女の手元に残るお金で贅沢をしなければ三人が食べていく分には困らないほどのお金はある。だが、そこから一定額を貯金に回すことを考えると、ほぼ手元には残らない。
(おまけに、もうこの広さじゃ部屋もフロアもパンク気味なのよね。最低でも二倍くらいの広さがないと・・・)
今朝も席数が足りず、人数に関係なく相席をしてもらっていたほどだったのだ。それでも、一割くらいは床や屋外で食事をしていたので、既にパンクしていたともいえる。
ティアナが思わずため息をつく。と、そこへ扉を開く音が響いた。
「はい、いらっしゃいませー」
「すまんが・・・まだ食事はいただけるのかな?」
扉から入ってきたのは、一人の老人だった。老人は、挨拶をしてきたティアナに声をかける。
「はい。・・・何名様でしょうか」
「五人じゃ。――ああ、食べるのは外におる三人だけじゃ。あとは飲むものさえあれば良い」
老人がそう言い、外にいる面々を中に呼ぶ。
「でしたら、あちらにいる子のところへ。お飲み物は、朝食と一緒にお出ししているものになりますが」
「おお、構わんよ」
老人はそう言い、奥で番をしているリオの下へ向かう。と――
「あれ、グルセリアさん!」
リオが驚いた声をあげる。老人もほかの四人も、リオの存在には気づいていなかったのか、声をかけられて驚いた表情を浮かべる。
「おお、リオ!おぬし、ここで働いておるのか?」
「うん。ティアナ叔母さんとサミュエルさんと一緒に暮らしてるよ」
リオが頷きながら返す。リオの話を聞いたグルセリアがふむ、と考え込む。
「叔母さん・・・ということは、ミサトの姉妹じゃな。あそこにおる女性がそうなのか?」
グルセリアが示した先に座るティアナを見て、頷き肯定するリオ。と、そこへ。
「グルセリアさん、早く飯をいただきましょうよ。俺らもう腹ペコで」
話の長くなりそうなグルセリアを制するように、彼の背後にいた男性が声をあげ、ほかの面々も、男性に同調し始める。
そんな彼らを見たグルセリアは、リオに三人分の食事と二人分の飲み物を用意するように言う。それを聞いたリオは、食事と飲み物を用意し始めた。
「おお、すまんな」
早々と用意したリオにお礼を言い、四人と共に席に着くグルセリア。そして、その場にいる四人と雑談を始める。
そんな彼らの一連のやりとりを見ながらぼんやりと室内を眺めるティアナ。しばらくし、彼女が気づいた頃には、夢の中へと船を漕いでいた。
そうして、新しく始まったリオの平凡な日常は過ぎていったのだった。
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