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ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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第1章ミスト編

第二部・ジンの過去 1話

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 けたたましい爆音が響く中、2つの人影が走り抜けていく。

「ミリー、大丈夫か?もうすぐここから出られるからな」

 深紅のような髪をした青年が、少女の手を引いて走っている。周囲には瓦礫が散乱し、その数は現在進行形で増えていく。
 手を引かれる少女は、まるで死体のような淀んだ瞳を青年に向けながら、辺りに気を配っていた。

「ジン、危ない」

 刹那、少女が青年の手を引っ張る。少女らしからぬ勢いに、思わず数歩後退する青年。
 次の瞬間、そのままでは彼が立っていたであろう場所に、巨大な瓦礫が降りそそいでいく。――もしも巻き込まれていれば、青年は間違いなく死んでいただろう。

「すまん、助かった」

 青年が少女に礼を言う。
 対する少女は、その翡翠のような緑色の髪を揺らしながら青年――ジンを見つめる。

「ううん、私はあなたに助けられた。だから助けるのは当たり前」

 少女が無機質に言葉を発する。

「おい、ジン!はやく来いよ!」

 ジンの先を行く人物が彼に声をかける。その手には、教育機関の教え子の手が握られていた。
 教育機関――《俊閃の女王マーダークイーンの指導する、特殊技能教育機関。表向きはそうなっている、皇国直属の機関の1つである。
 だが、その実態は、暗殺のための技能を体に染み込ませるためのものだった。

「しっかし、俺らがいるのに爆破するとか、頭おかしいんじゃねえのか!?」

 彼らはそんな場所から、教え子として連れてこられた5人の少年少女たちを救い出す依頼をこなしている最中だった。

「仕方ないわよ。私たちはこの国における汚点だもの。粛清されて当然よ」

 ジンの後方を走る少女が声をあげる。年齢的にはジンと同年代である彼女は、1人で瓦礫を避けながらついてきていた。
 早ければ結婚していてもおかしくない年齢の彼女は、偶然にも高い魔力のせいで機関へ売り渡されたのだ。
 教え子の中では最年長だったため、心身ともにある程度対応できたのか、唯一人間らしさは失われずにいた存在だった。

「お、見えて来たぞ!」

 先頭を走る人物が、出口を見つけ声を上げる。だが、次の瞬間――
 彼らの頭上で爆発が起きた。

「シュバルツ!」

 ジンが声を出した時には既に手遅れだった。
 爆音と共に崩れ落ちた天井によって、先頭を進む冒険者と教え子は押しつぶされた。おそらく、痛みを感じる暇さえなかったことだろう。――それが幸運なのかは分からないが。

「・・・これじゃあここからは出られなさそうね。――こっちに裏口があるわ。ついてきて」

 後方を走っていた少女が、ジン達を誘いいざないながら別の出口へ向かう。

「ここなんだけど・・・参ったわね、これじゃあ出られないじゃない」

 裏口へと到達した彼女は開口一番、そう口にする。
 彼らの目の前には、何人もの死体と共に積み重なった瓦礫が行く先を塞いでいたのだ。次の瞬間、ジンたちの後方で爆発音が響く。
 爆発による崩落によって、彼らの来た道は完全に塞がれてしまった。

「嘘だろ・・・このままじゃ俺らも押し潰されちまうぞ」

 ジンが悲鳴に近い声をあげた。

「っ・・・あ、ここ!何とか通れそうだよ」

 絶望に浸食されていく一行だったが、彼らと共に居た冒険者が抜け道を見つけ声をあげる。
 彼が見つけたのは、人間1人がなんとか通れそうなほどに狭い、壁にできた亀裂だった。
 ジンが指先をなめ、風が来ているかを確かめる。だが、その先からは微風(そよかぜ)ほどの風も感じられなかった。

「ここ、外に続いてんのか?」

 ジンが思ったことを口にする。

「大丈夫、僕の友達の風精霊が外に通じてるって教えてくれたから」

 そう言い、抜け道を見つけた冒険者が左手に停まった風精霊を見る。
 精霊は使役するか絆を深めた場合、嘘を言わない上に、行動を共にするという特徴がある。そのため、精霊と共にいる彼の言葉に間違いはない。
 それを知っている冒険者たちは、それぞれ共に歩いてきた教え子たちと共に抜け道へと足を踏み入れていく。

「あら、私は誰も手を引いてくれないの?」

 唯一、最年長ということで誰とも行動を共にしていなかった少女が不満そうな声をあげる。だが、そんな彼女に手を差し伸べる冒険者は居なかった。
 少女は誰も相手にしてくれないと悟ると、黒い髪を揺らしながら近くにいたジンの元へ向かう。

「ねえ、私の手を引いてよ」

「いや、いくらなんでもそれは・・・」

 同年代の女性からアプローチを受けたともいえる状況にジンが戸惑いの声を上げる。
 なぜ彼が戸惑うのか、その理由は2つあった。まず1つは、片手が少女によって塞がれていること。もう1つは、彼が同年代の少女が苦手なことである。
 別に彼が恋愛に疎いわけではない。未だに彼女といえる存在すらできたことのない彼だが、それは昔出会った女性と比べてしまうからであった。

「む。あなたは小さい子が好みなのね」

「そんなことは無い!――ていうか、この子に手を出したら俺は死刑だぞ・・・」

 むっと頬を膨らませる少女に対し、ジンは慌てて弁解する。ちなみにだが、後半は隣の少女に聞こえないくらいにぼそりと呟いていた。

「あっそう。でも、どちらにしろ残念だったわね。私、男には興味ないの」

 ジンをからかうだけからかった挙句、少女は衝撃的な発言をする。ちなみに彼女自身、その数年後に結婚するとは思ってもいなかっただろう。
 その言葉の意味を分かりかねて固まるジンだったが、背後で巻き起こった爆発音に我に返る。

「ちっ、急ぐぞ!」

 爆発音に焦ったジンは、最年長の少女と行動を共にしていた少女の2人の手を引き、無理矢理亀裂に体を押し込んだ。



 それからしばらく。亀裂から続く道を進んだ一行は、坑道にも思える洞窟の中にいた。
 辺りは弱々しい光に照らされ、彼らの影はそのほとんどが闇に飲まれていた。

「ひとまず、あそこからは抜け出せたみたいだな」

 最後に抜け道から出てきたジンが、辺りを見回して呟く。

「そうだね。・・・けれど、ここからどう進んだらいいかはわからないよ」

 精霊を片手に乗せた冒険者が困惑する。なにしろ彼の手に乗る精霊によると、現在彼らがいる場所から伸びる道は全て地上に繋がっているとのことだった。
 洞窟の中は4つに分岐しており、見る限りどこが合流地点に指定されている場所に近いかは定かではなかった。
 冒険者の連れている精霊が使役されているものであれば確認できただろうが、ただついて来ている精霊は命令を聞くことは無い。おそらく彼と共にいる精霊は、単純に彼を気に入ったからここに居るだけなのだろう。
 よほど絆が深くない限り、精霊という存在は気まぐれなのだ。

「とにかく進んでみるか?」

 ジンが痺れを切らしたように、目についた道を進もうとする。

「だめだよ、いくらなんでも全員で道を決めなきゃ」

 そんな彼を呼び止めたのは精霊と共にいる冒険者だった。

「けどよ。出口が分かんない以上、とにかく進んだ方がよくないか?この近辺の洞窟なら、合流地点にはなんとかたどり着けるだろ?」

 ジンが反論する。彼の口にした台詞は正論であり、ある種の賭けでもあった。

「わからないよ。ただの洞窟ならいいけど、もしここが坑道なら、数時間彷徨った挙句、合流地点から何キロも離れた場所に出る可能性もあるからね」

 精霊を頭に乗せながら冒険者が答える。彼の言う通り、坑道で間違った道を進むと指定の時刻に他のチームと合流出来ない可能性があったのは事実である。
 だがジンは、勘で左から2番目の道へと歩いていく。

「ちょ、ジン!勝手に行動しちゃ・・・」

 精霊と共にいる冒険者が声を上げる。だがジンは、その声を聞くことなく2人の教え子と共に先へ進んでいき、そんな彼の後を別の冒険者と1人の教え子達がついていく。
 残された冒険者はその光景が理解できず、手を繋ぐ教え子と共にその場に立ち尽くしていた。



「お、外の明かりが見えるぜ」

 洞窟を進むこと1時間。太陽の光の差し込む場所を見つけた一行は、その捗らないはかどらない行進を終えようとしていた。
 彼らの眼前に差す光は、どん底まで落ちていた彼らの士気を回復させるには十二分だったらしく、ジン達は我先にと外へ向かって駆けていく。

「外、ね」

 太陽の下へと出た少女が、風に揺れるその特徴的な青みのある黒髪を捕まえながら呟く。
 大地へと足を踏みしめた彼らの眼前に広がっていたのは、なだらかな平原。そんな彼らの背後には、広大に広がる山脈があった。

「ああ。――だが、合流地点からはそこそこ離れた場所みたいだな」

 ジンが周りの景色と地図を見比べながら呟く。
 彼の持つ地図には、合流地点は人目につかない森の中が記されていた。だが彼らの眼前には見渡す限りの草原が続いており、合流地点の森からはかなり離れているようだった。

(こうなりゃ、直接近くの町に向かうか?幸い、一番近いのは依頼を受けた町だが・・・)

 ジンが思考を巡らす。だが彼がそうしている間にも時間は進み、合流予定時刻は刻一刻と近づいていく。

「・・・仕方ない、町へ向かうか」

 しばらく考え込んでいたジンだったが、やがてそう口にし町へ向かい歩き出す。そんな彼に続いて共にいた面々は歩き出したのだった。
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