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第1章ミスト編
第一部・ミスト 最終話
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ミストから南北に伸びる街道。魔物の影響により、人通りのなくなったその場所に、1人の老人を中心とする10人ほどの人の姿があった。
その集団は、偶然通りかかった赤毛の男性――ジンに声をかける。
「すまんが、ミストはどちらに行けば着けるかのう」
先頭にいた老人が尋ねる。長剣を腰に指した老人の服には、何か所も傷があり、一部は血で赤く染まっていた。
「それなら、この道を向こうに歩いていけば着けますよ」
この場に不釣り合いな格好をした老人を怪しみながら、ジンは自分の歩いてきた方向を指さす。
(よく見たら、うしろの奴らも怪我してるみたいだな)
ふと、老人の背後にいた人々にジンが目を向ける。老人と共にいる人々は、老若男女問わず、全員が体中に傷を負っていた。
「おお、そうか。わしはグルセリアという。おぬしが先ほどから見ておる者たちはユリアナ村の生き残りじゃ」
老人は名前を名乗り、ユリアナ村の村人たちを街道へ手招きする。すると、近くに隠れていた人々がぞろぞろと姿を現す。
全員が出てくると、鍬を持った男性達が、ジンを警戒しながらグルセリアの脇に立つ。
(・・・軽傷8名、重傷3名といったところか)
新しく現れた人々に対し、ジンは素早く怪我人の数を数える。
「ユリアナ村の生き残りって言ったよな?じゃあ、リオって男の子の父親はいるか?」
「いや、おらんのう。あの子の父親は冒険者でな、一週間ほど前に仕事で村を出たっきりじゃ」
グルセリアが首を振る。
「そうか」
ジンがそう言って少し考えこむ。
「のう、おぬし。迷惑でなければミストまで共に来てくれんか。また魔物が出てはかなわんからのう」
ふと、グルセリアがそんなことを言い出し、それを聞いた村人は、口々に声をあげる。
「グルセリアさん!なんてことを言い出すんですか!」「そうだ、こいつが善人である確証はないんですよ!」「だが、またあいつらに襲われたらどうするんだ」「そんときは俺たちが守ればいいだろう!」
村人たちの声は次第に口論になっていき、ヒートアップしていく。グルセリアはしばらく黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「静まれ。・・・ここで言い争っても仕方なかろう。それに、これ以上怪我人が出ては誰か置いて行くことになる」
ついさっきまで、殴り合いになりそうなほどの剣幕だった村人たちは、グルセリアの言葉を黙って聞く。
「それに、この者はリオのことを知っておった。・・・おそらく、あの子は彼に保護されたのじゃろう。違うか?」
グルセリアに尋ねられたジンは肯定し、リオを見つけた時のことを話す。それを聞いた村人たちは、いくらか安心した様子で、ジンと共にミストへ向かったのだった。
その頃ミストでは、1人の女性が、淀みのない黒髪をゆったりと揺らしながら、露店の立ち並ぶ大通りをふらふらと歩いていた。
近辺の村が魔物に襲われたためあまり人通りは多くないが、露店商は特に気にした様子もなく呼び込みをしていた。
(あら、こんなところにアクセサリー店があったのね)
ふと、路肩にあった露店が目に入る。そこでは店主の女性がお客である女性を相手に世間話をしていた。おそらくお客の女性は常連なのだろう、お互いに少し気を許した喋り方をしていた。
「あら、この間の髪留め、売れたのね」
「ええ、奥様へのプレゼントでって2人で来られましてね。わざわざ値引きしたのに元の売値で買おうとされるから驚きましたよ」
困った困ったと言いながら、露天商の女性は傍らに置いてあった袋に手を伸ばす。
「・・・それがその時の売上なの?」
「まさか。ただ、旦那様がこの袋ごと渡してくださいましてね。「良いものを売ってくれたので、お礼に使ってくれ」って」
そう言って、彼女は袋の口を開け、売り上げを数え始める。
「へぇ。変わったことをする方もいるのね」
女性はそうつぶやいたあと、露店を後にする。
露天商は女性に挨拶をすると、再び手元に視線を移す。と、そこでこちらを見ている女性に気が付いた。
「そこの綺麗な方。御用でしたらどうぞ~。冷やかしも大歓迎ですよ」
「私?」
黒髪の女性――エレナは自分を指さしながら確認する。
「あなた以外、どこに綺麗な方がいらっしゃるんですか?どうぞ、見ていってくださいな」
露天商はやれやれといった風に再びエレナを呼ぶ。
(・・・ちょっとだけ、見ていこうかしら)
エレナはそう思い、露天商の元へ向かう。
そして、綺麗に陳列されているアクセサリーを見ていると。
「あら、綺麗なネックレスね。素材は・・・」
「おや、お目が高いですねぇ。銀で出来たネックレスですよ。お値段は100円になりますね」
そう言いながら、露天商がネックレスを差し出す。親指ほどの大きさに、緻密な装飾の施された金属部分に革の紐が括り付けられている、職人の細かさが表れているようなネックレスだった。
「意外と高いのね。――こういうところは初めてだから、相場が分からないわね・・・」
値段を聞いてうめくエレナ。そんな彼女を見て、露天商は意外そうな顔をする。
「意外ですね。お客さん、冒険者ですよね?結構儲かってそうな感じですけど」
「あまりお金は使わないのよ。なんせ、私のいるパーティーは報酬は共有だから。それに、食費が馬鹿みたいにかかってるから・・・」
そこで、露天商はふふっと笑い出す。
「あら?私、おかしなこと言ったかしら?」
エレナは、急に笑い出した露天商を不思議に思いながら尋ねると、露天商は軽く咳払いをしてから口を開いた。
「お客さんは、仲間の皆さんのことをとても大切に思っていらっしゃるんですね。・・・さっきお仲間さんのことを話してたお客さん、とてもいい表情でしたよ。仲間の皆さんがうらやましいです」
露天商はそう言うと、その手にしていたネックレスをエレナの首にかける。
「ちょ、私、買わないわよ!?」
慌ててネックレスを外すエレナ。だが、その彼女の手を露天商が止め――
「それは差し上げます。お代はいりませんから」
そう言って、再び彼女の首にネックレスを付け直した。対するエレナも引き下がるわけにもいかず。
「でも、そういうわけには・・・」
「なら、今度は仲間の方と一緒に来てくださいな」
そう言って、露天商はエレナに笑顔を向ける。そして急に真面目な表情になり、エレナの目を覗き込む。その瞳はまるで、彼女が抱えていた悩みを見透かしているかのようだった。
「・・・それとお客さん。誰かを気に掛けて優しくするのもいいですけど、手の出しすぎは悪い結果も呼びますからね」
それを聞いたエレナは思わず息を飲む。彼女が口にした台詞が、エレナの抱える悩みに対する答えに思えたからである。
息を飲んだエレナの表情を見た露天商は、いつの間にか元の表情に戻り――
「商人っていうのは、人を見る目がいいんですよ」
少しだけ悪い笑みを浮かべたのだった。
「昔の過ち?」
ミストのギルドでは、リオがミリーの言葉に首を傾げていた。
「うん。・・・これは僕とジン以外知らない話なんだけど――」
そう言って、ミリーは語りだした。
――昔、ジンはある機関を調査する依頼を受けていたんだ。
その機関は、元暗殺者が指導する教育機関だったんだけど、裏で危ない組織が絡んでるかもしれないってことで、冒険者を動員して調査していたんだって。
調査の結果、その教育機関の教員の一部が、危ない組織と取引をしていたんだ。結局、それが元でその教育機関は閉鎖されたんだ。
そこまで語り、ミリーは一旦口をつぐむ。
「おい、どうしたんだ?それがなんで過ちになるんだ?」
黙ったミリーを急かすようにアッガスが尋ねる。そんなアッガスを目で睨むオーガスだったが、同じ疑問を抱いたようだった。
「そうだな。教育機関とやらが無くなったのはジンのせいではないだろう。・・・まさか、教え子を引き取ったわけでもないだろう?」
「・・・そのまさかだよ」
ミリーはそう言って3人を順番に見る。そして大きく深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。
「僕は、その教育機関・・・《俊閃の女王》の教え子で、ジンに引き取られた教え子の1人だったんだ」
その集団は、偶然通りかかった赤毛の男性――ジンに声をかける。
「すまんが、ミストはどちらに行けば着けるかのう」
先頭にいた老人が尋ねる。長剣を腰に指した老人の服には、何か所も傷があり、一部は血で赤く染まっていた。
「それなら、この道を向こうに歩いていけば着けますよ」
この場に不釣り合いな格好をした老人を怪しみながら、ジンは自分の歩いてきた方向を指さす。
(よく見たら、うしろの奴らも怪我してるみたいだな)
ふと、老人の背後にいた人々にジンが目を向ける。老人と共にいる人々は、老若男女問わず、全員が体中に傷を負っていた。
「おお、そうか。わしはグルセリアという。おぬしが先ほどから見ておる者たちはユリアナ村の生き残りじゃ」
老人は名前を名乗り、ユリアナ村の村人たちを街道へ手招きする。すると、近くに隠れていた人々がぞろぞろと姿を現す。
全員が出てくると、鍬を持った男性達が、ジンを警戒しながらグルセリアの脇に立つ。
(・・・軽傷8名、重傷3名といったところか)
新しく現れた人々に対し、ジンは素早く怪我人の数を数える。
「ユリアナ村の生き残りって言ったよな?じゃあ、リオって男の子の父親はいるか?」
「いや、おらんのう。あの子の父親は冒険者でな、一週間ほど前に仕事で村を出たっきりじゃ」
グルセリアが首を振る。
「そうか」
ジンがそう言って少し考えこむ。
「のう、おぬし。迷惑でなければミストまで共に来てくれんか。また魔物が出てはかなわんからのう」
ふと、グルセリアがそんなことを言い出し、それを聞いた村人は、口々に声をあげる。
「グルセリアさん!なんてことを言い出すんですか!」「そうだ、こいつが善人である確証はないんですよ!」「だが、またあいつらに襲われたらどうするんだ」「そんときは俺たちが守ればいいだろう!」
村人たちの声は次第に口論になっていき、ヒートアップしていく。グルセリアはしばらく黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「静まれ。・・・ここで言い争っても仕方なかろう。それに、これ以上怪我人が出ては誰か置いて行くことになる」
ついさっきまで、殴り合いになりそうなほどの剣幕だった村人たちは、グルセリアの言葉を黙って聞く。
「それに、この者はリオのことを知っておった。・・・おそらく、あの子は彼に保護されたのじゃろう。違うか?」
グルセリアに尋ねられたジンは肯定し、リオを見つけた時のことを話す。それを聞いた村人たちは、いくらか安心した様子で、ジンと共にミストへ向かったのだった。
その頃ミストでは、1人の女性が、淀みのない黒髪をゆったりと揺らしながら、露店の立ち並ぶ大通りをふらふらと歩いていた。
近辺の村が魔物に襲われたためあまり人通りは多くないが、露店商は特に気にした様子もなく呼び込みをしていた。
(あら、こんなところにアクセサリー店があったのね)
ふと、路肩にあった露店が目に入る。そこでは店主の女性がお客である女性を相手に世間話をしていた。おそらくお客の女性は常連なのだろう、お互いに少し気を許した喋り方をしていた。
「あら、この間の髪留め、売れたのね」
「ええ、奥様へのプレゼントでって2人で来られましてね。わざわざ値引きしたのに元の売値で買おうとされるから驚きましたよ」
困った困ったと言いながら、露天商の女性は傍らに置いてあった袋に手を伸ばす。
「・・・それがその時の売上なの?」
「まさか。ただ、旦那様がこの袋ごと渡してくださいましてね。「良いものを売ってくれたので、お礼に使ってくれ」って」
そう言って、彼女は袋の口を開け、売り上げを数え始める。
「へぇ。変わったことをする方もいるのね」
女性はそうつぶやいたあと、露店を後にする。
露天商は女性に挨拶をすると、再び手元に視線を移す。と、そこでこちらを見ている女性に気が付いた。
「そこの綺麗な方。御用でしたらどうぞ~。冷やかしも大歓迎ですよ」
「私?」
黒髪の女性――エレナは自分を指さしながら確認する。
「あなた以外、どこに綺麗な方がいらっしゃるんですか?どうぞ、見ていってくださいな」
露天商はやれやれといった風に再びエレナを呼ぶ。
(・・・ちょっとだけ、見ていこうかしら)
エレナはそう思い、露天商の元へ向かう。
そして、綺麗に陳列されているアクセサリーを見ていると。
「あら、綺麗なネックレスね。素材は・・・」
「おや、お目が高いですねぇ。銀で出来たネックレスですよ。お値段は100円になりますね」
そう言いながら、露天商がネックレスを差し出す。親指ほどの大きさに、緻密な装飾の施された金属部分に革の紐が括り付けられている、職人の細かさが表れているようなネックレスだった。
「意外と高いのね。――こういうところは初めてだから、相場が分からないわね・・・」
値段を聞いてうめくエレナ。そんな彼女を見て、露天商は意外そうな顔をする。
「意外ですね。お客さん、冒険者ですよね?結構儲かってそうな感じですけど」
「あまりお金は使わないのよ。なんせ、私のいるパーティーは報酬は共有だから。それに、食費が馬鹿みたいにかかってるから・・・」
そこで、露天商はふふっと笑い出す。
「あら?私、おかしなこと言ったかしら?」
エレナは、急に笑い出した露天商を不思議に思いながら尋ねると、露天商は軽く咳払いをしてから口を開いた。
「お客さんは、仲間の皆さんのことをとても大切に思っていらっしゃるんですね。・・・さっきお仲間さんのことを話してたお客さん、とてもいい表情でしたよ。仲間の皆さんがうらやましいです」
露天商はそう言うと、その手にしていたネックレスをエレナの首にかける。
「ちょ、私、買わないわよ!?」
慌ててネックレスを外すエレナ。だが、その彼女の手を露天商が止め――
「それは差し上げます。お代はいりませんから」
そう言って、再び彼女の首にネックレスを付け直した。対するエレナも引き下がるわけにもいかず。
「でも、そういうわけには・・・」
「なら、今度は仲間の方と一緒に来てくださいな」
そう言って、露天商はエレナに笑顔を向ける。そして急に真面目な表情になり、エレナの目を覗き込む。その瞳はまるで、彼女が抱えていた悩みを見透かしているかのようだった。
「・・・それとお客さん。誰かを気に掛けて優しくするのもいいですけど、手の出しすぎは悪い結果も呼びますからね」
それを聞いたエレナは思わず息を飲む。彼女が口にした台詞が、エレナの抱える悩みに対する答えに思えたからである。
息を飲んだエレナの表情を見た露天商は、いつの間にか元の表情に戻り――
「商人っていうのは、人を見る目がいいんですよ」
少しだけ悪い笑みを浮かべたのだった。
「昔の過ち?」
ミストのギルドでは、リオがミリーの言葉に首を傾げていた。
「うん。・・・これは僕とジン以外知らない話なんだけど――」
そう言って、ミリーは語りだした。
――昔、ジンはある機関を調査する依頼を受けていたんだ。
その機関は、元暗殺者が指導する教育機関だったんだけど、裏で危ない組織が絡んでるかもしれないってことで、冒険者を動員して調査していたんだって。
調査の結果、その教育機関の教員の一部が、危ない組織と取引をしていたんだ。結局、それが元でその教育機関は閉鎖されたんだ。
そこまで語り、ミリーは一旦口をつぐむ。
「おい、どうしたんだ?それがなんで過ちになるんだ?」
黙ったミリーを急かすようにアッガスが尋ねる。そんなアッガスを目で睨むオーガスだったが、同じ疑問を抱いたようだった。
「そうだな。教育機関とやらが無くなったのはジンのせいではないだろう。・・・まさか、教え子を引き取ったわけでもないだろう?」
「・・・そのまさかだよ」
ミリーはそう言って3人を順番に見る。そして大きく深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。
「僕は、その教育機関・・・《俊閃の女王》の教え子で、ジンに引き取られた教え子の1人だったんだ」
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