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ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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第1章ミスト編

第一部・ミスト 1話

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 太陽の光も差し込まぬ、見渡す限り荒野の世界で、1つの人影が動く。
 まるで辺りを警戒するように道なき荒野を進む人影は、何百年も前に形作られた天然の洞窟へとその姿を消していく。
 その洞窟の中は外の世界とは打って変わり、魔術によるランプにより、まるで坑道のような有様だった。

「報告いたします。人間どもが一一いちいち型戦闘生命体を1体撃破したようです」

 先ほどの人影が、洞窟の奥に鎮座する、黒い物体へと報告する。
 黒い物体は人型のように見えるが、彼の特徴的な頭部と背中から生える翼が人間ではないことを物語っている。
 報告を聞いた黒い物体は興味を惹かれたように人影に向き直る。

「人間どもはまたそこまでの力をつけてきたのか」

 感情を含まない声色で淡々と話す。その表情は無感情な声とは異なり、新しい玩具を見つけた子供のように輝いていた。

「はい。・・・如何致しますか?現在、別の一一いちいち型が近くにおりますが」

「撒き餌だ。方法は任せる」

 そこまで言うと、黒い物体は人影に背を向け、何かの準備を始める。

「はは、畏まりました」

 人影は黒い物体に対して一礼すると、その場から消えた。



 ローレシア大陸は中央、南部、東部の三か所に大分される、非常に大きな大陸である。
 大国のみで十ヶ国ほどもある広大なこの大陸は、主に「人種」と呼ばれる、人間が数多く住む大陸でもある。
 その中の南部にあるエストラーダ皇国は、エストラーダ王三世が治める大陸有数の大国である。建国から未だ70年ほどの国家ではあるものの、国境を大小五ヶ国と接していることから、皇国建国前から内陸輸送の中心地として栄え、現在も多くの商人や旅人で賑わう国家である。
 そんな皇国のある村の近くで、1頭の魔獣が5、6歳ほどの1人の少年を背中に乗せ、森を歩いていた。
 木漏れ日の覗く森の中で、少年は先ほどまで起きていた非現実的な光景を思い返していた。

(あの力は何だったんだろう・・・)

 その日、少年の故郷は魔物に襲われた。何とか生き残った少年だったが、その代償に魔物を率いていた魔人によって母親を亡くしたのである。
 そして、その母の敵討ちをした際の謎の力。
 年不相応な身のこなし。そして、それまで一度も使ったことのない魔法の行使――

(まるで、僕じゃないみたいだった)

 そう思いながら右手を見る。父親から贈られた短剣を握った手だ。
 その小さな手は小さく震えているように見えた。

「・・・ふぐお、さっきの何だったか、わかる?」

 少年は闇のように黒い体毛をした熊型の魔獣――シャドウベアのふぐおに声をかける。

「フグオ?」

 尋ねられたふぐおは、首を傾げる。その顔は少年の位置からは見えないが、おそらく、きょとんとした顔をしているのだろう。

「だよね、わかるはずないよね」

 元々、答えが得られるとは思っていなかったのだろう。少年はとくに気にする様子もなく、視線を正面に戻した。



 場所は変わり、エストラーダ皇国の町の1つであるミストから伸びる街道にて。
 既に太陽は少し見上げるような位置まで昇っており、あと2~3時間ほどすれば正午という位置まで来ていた。
 ミストから伸びる街道を挟んで片側には所々に木々が見られる平原が広がり、もう片側には緑の密度の濃い森が広がっており、平時であればミストからの商人や旅人などで賑わう場所であった。
 そんな場所で、3体の魔物と戦闘を繰り広げている5人組がいた。

「これで10体目ッ!」

 身の丈ほどもある大剣を振るいながら、男性が声をあげる。燃えるような深紅の髪を持つ男性は、髪色と瓜二つな色の鎧をその身に着け、集団の先頭に立ちながら戦っていた彼は、そのまま魔物を両断し魔力へと返していく。
 さらに返す刃でもう1体、魔物を両断した。

「最後、貰ったー!」

 男性の背後から突如声が上がる。男性の脇から現れたのは翡翠のような美しい緑色の髪の女性。両刃の短剣をその手に握り、残った魔物へ猪のように急接近していく。

「おい、ミリー!危ねえだろ!」

 大剣使いの男性が衝突寸前の位置を通った女性に文句を言う。ミリーと呼ばれた女性はそんなことは気にすることなく、魔物に短剣を突き刺し、魔力へと返すと。

「ジンが遅いだけだよー。僕、悪くないと思うけどー?」

 あっけらかんと口答えする。大人の女性らしさを備えながら、翡翠のような色の髪をショートで切り揃えた彼女は、その言動のせいか少しばかり幼く感じてしまう。
 ミリーの発言に反論したのはジンと呼ばれた赤毛の男性ではなく、彼と同じように大剣を使う別の男性だった。

「馬鹿か。一歩間違えば大惨事だぞ?お前は気づいたか知らんが、ジンの奴は寸前で動きを止めていたんだからな」

 男性がフルフェイス型の兜のバイザー部分を上げながらミリーをたしなめる。落ち着き払っていて、知的な雰囲気を漂わせる彼だが、その体に身に纏っている重厚な鎧から、その肉体はかなり鍛え上げられていることが分かる。

「ジンなら止めるに決まってるよ。そこは信頼してるから」

 そう言いながら少年のような笑みを浮かべるミリー。

「あー、もう。・・・ミリー、今度同じようなことやったら罰として一週間炊事担当。いいな?」

 このままでは話が平行線になりそうだったためか、内心溜息をつきながらジンがそう告げる。
 これに対し、ミリーは不満そうにしていたが、渋々といった表情で同意した。
 ミリーの同意を得たジンは、彼らから見て右手に広がる平原へ向かおうとする。

「それでよし。・・・あそこで休憩するぞ」

 その言葉の後、5人が動き出した時だった。彼らの背後から、気の抜けた音がしたのは。
 がさがさがさ、どしゃ。フグオ――

「・・・全員、臨戦態勢!」

 突然のことに一瞬固まる5人組だったが、ジンの一声で一斉に得物を手にする。そしてそのまま、物音がした方に注意を向けていると――

「ふぐお、急に走らないでよ・・・おでこ打った」

「フグウ」

 青みを帯びた黒髪を太陽によって青みのある灰色に変えた、真っ黒な熊に乗った子供が姿を現したのだった。



 人通りのない、のどかな街道。街道を挟み森と平原に分かれているその場所には、6つの人影と1頭の動物のみが存在していた。
 5人の人影に対し、1人と1頭に分かれている2つのグループは、丁度街道の道幅分くらいの距離をとって互いに立ち尽くしていた。
 5人組は男性3人と女性2人。もう片方は5、6歳の子供と3メートルほどの巨体を持つ真っ黒な熊だった。

「・・・こど、も?」

 5人組の先頭にいた赤髪の男性――ジンが目の前に現れた存在に対して思わず口を開く。
 丁度影になっているため顔はよく見えないが、木々の隙間から降る陽光は彼の髪を青みのある灰色シャドウブルーに照らしていた。
 そして、視線がゆっくりとその下にいる熊に移る。

(魔物・・・じゃないのか?)

 目の前の子供が乗っている熊はどう見ても魔物にしか見えないのだが、こちらを見ながら一切襲ってこようとしない。むしろ、背中に乗せている子供を守るかのようにこちらを警戒しているようだった。
 子供型の魔人は今まで確認されていないが、魔物の背中に乗っている時点で魔人である可能性は非常に高い。
 そう考えたジンは、右にいる重厚な鎧を着た男性に目配せする。そうして――

「おい、坊主。こんなところで何をしているんだ?」

 ジンが子供に声をかける。最大限に警戒していたジンに返ってきたのは――

「ふぐお、おろして。僕たち、助かったんだ」

 歓喜に満ちた言葉だった。
 急いで地面に降りた子供は「ふぐお」という熊の元を離れ、ジンの元へ走り寄っていく。

「・・・は?」

 無警戒にジンの元へ来た彼を見て、後方に居た男性が声をあげる。小盾とメイスを装備した、スキンヘッドの上に銀髪のモヒカンが乗る男性だった。

「おじさんたち、冒険者さんだよね?僕、リオ。森の中で魔物に襲われて逃げて来たんだ」

 ジンの元へ来た子供――リオが目を輝かせながらジンの顔を見上げる。その少女と見間違いそうな整った顔立ちは、まっすぐにジンの顔を見つめていた。
 リオと目が合ったジンが思わず目を逸らす。

「あ、ああ。確かに冒険者だが・・・森で魔物に襲われたって言ったか」

「うん。友達も、目の前で・・・」

 そう言いながらリオがふっと表情を暗くする。それを見たジンは、気づくとリオの頭を優しく撫でていた。

「・・・ところで、あれは一体なんなんだ?」

 ジンの右にいた男性がリオに尋ねる。くだんのふぐおは木陰で静かに座っているが、すでにジンたちを警戒している様子はないようで、のんびりと毛づくろいをしていた。

「ふぐお。お母さんが言うには、シャドウベアの子供だって」

 シャドウベア。その漆黒の闇のように黒い体毛から魔物と誤認されることが多い熊型の魔獣である。成体で体長5メートルにもなるが、魔獣であるが故に性格は極めて温厚であり、ありとあらゆる命に対して友好的である。
 魔獣であるため、魔力を体内に有し、魔法を扱うことができるのも特徴である。

「シャドウ、ベア・・・」

 初めて魔獣を目にしたジンたちがまじまじとふぐおを眺める。
 よく見れば、魔物達と異なり光の反射で黒い毛が白くなっていることや体の動きに合わせて筋肉の動きも垣間見ることができるのだが、いかんせんふぐおが木陰にいたため、ジンたちにはわからなかった。

「フグウ」

 自身が注目されていることに気が付いたのか、ふぐおが不満そうな声をあげ立ち上がると、そのままリオ達の元へと歩いていく。
 やがてリオのもとに着いたふぐおは、ジンたちをちらっと見た後、リオに背中を向けしゃがみ込む。

「フグ」

 ふぐおが一声鳴き、リオに背中に乗るように首をめぐらす。
 それを見たリオがふぐおの背中へとよじ登り、ふぐおに声をかけた。

「ふぐお、寂しがり屋さんなんだね」

「フグ」

 背中に乗ったリオが声をかけると、ふぐおが頷く。

「とと、こんなところで油売ってる場合じゃねえな。・・・リオ、だったか。俺らと一旦近くの町まで行こう」

 ついでに情報共有をしながらな。
 そう言いながら、ジンたちはリオとふぐおを護衛するように周りを囲み、ミストへ戻ったのだった。
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