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第0章ユリアナ村編
ユリアナ村編 最終話・中編
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その日はとても寒い日だったそうだ。
そんな中生まれた俺はカムイという名を両親から貰った。
あの厄災が始まったのは、俺が16歳の時だった。――あんたみたいに村を魔物どもに襲われた。
逃げた先でも襲われた。何日も逃避行を続けて、俺はある町で兵士になった。
それから俺はがむしゃらに戦った。
ある時、俺に国王から命令があった。今でいう魔人を討伐しろっていう内容だ。・・・もちろん、俺はすぐに旅に出た。
何年も旅をして、何体も魔人を倒した。そうして、ようやく魔人どもの親玉を倒した。そん時、俺も死んじまった。仲間もいたが、全員お陀仏だったな。
――あ?幾つで死んだか?・・・あんたの両親よりも若い自信はあるぜ。
――そうして、少年に語り掛けていた記憶がまた1つ、消えていく。今まで聞いてきた記憶は――物語は、すべて少年の心に刻まれている。
1つ1つが彼らの生きてきた証だった。時には若くして理不尽な死を経験した者もいた。時には英雄ともてはやされ、政争に使われた挙句、監禁された者もいた。まさに負の記憶だった。
だが、中には幸福な一生を生きた者もいた。愛する者に囲まれ、多くの愛を与えあう。
彼がこれまで見てきた記憶達と相まって、幸福な記憶はより一層重みを増して少年の心に刻まれていた。
(・・・今のが最後、かな)
少年が最後の記憶を見終わると、辺りが眩い光に包まれる。
少年は、揺り籠に揺られるような感覚を覚えながら、ゆっくりと目を閉じた。
鬱蒼とした森の中。風が揺らす木々のざわめきと、森に住む住民たちの営みの音が穏やかな空間を作り出していた。
揺れる木々から零れる日差しは、木漏れ日となって1人の少年のまだ幼い顔を照らしていた。
「んん・・・ここは・・・」
木々のささやきに起こされるように少年が目を覚ます。目をこすりながら辺りを見回す少年の黒髪は、所々光に照らされ青みのある灰色に輝く。
幼いながらも、将来有望そうな端正な顔立ちは視界に飛び込んできた存在によって驚愕の表情となる。
「フグ」
魚介類の種類のような鳴き声。まるで引き込まれそうな漆黒の闇のように黒い体毛と、その体毛の中でもはっきりと認識できるほどに力強い黒い瞳。
体長が3メートルほどある存在の正体は、シャドウベアの子供・ふぐお。
「リオ、おはよう。急に眠っちゃうから心配してたのよ」
そんな2人を見ながら優しい眼差しを向ける、青みを帯びた黒髪の女性。リオの母親であるミサトだ。
リオがミサトの顔を見ると、彼女は微笑んでいた。
「お母さん、ふぐお・・・」
2人を見たリオは、言葉にならない感情を抱く。それは、喜びと後悔、悲しみといった感情が混ざり合った、複雑なものだった。
「どうしたの、リオ。今にも泣きだしそうな顔してるわよ」
そう言いながらミサトがリオをぎゅっと抱きしめる。
「う、だって・・・」
何かを言おうとするリオだったが、こみ上げてくる感情にかき消されてしまう。だがその代わりに、母親の存在を噛みしめるようにその身を委ねる。
そんなリオを見て思うことがあったのだろうか、ミサトはリオの背中をゆっくりと撫で始める。
「大丈夫よ、きっと怖い夢でも見たのよ」
心配するように近づいてくるふぐおにミサトが声をかける。
「フグ・・」
ふぐおは小さく頷くと、ミサトに向けて背中を差し出し、前足で指し示す。その行動は、まるで「乗れ」とでも言っているようだった。
「私もいいの?」
「フグオ」
ふぐおが大きく頷く。
「それじゃあ、お邪魔するわね」
リオを抱きかかえたミサトを背中に乗せたふぐおが走り出したのは、それからほどなくした頃であった。
それから数分。親子を乗せたふぐおは、ある場所で立ち止まっていた。
彼らの前に広がっていたのは、直系6メートルほどの円形の広場。端っこの方は木漏れ日が僅かに地面を照らす程度だが、中心部に近づくほど日陰の部分が少なくなっていた。
辺りに響いているのは、風に揺れる木々のざわめき。そして森の住人たちの営みの音。そして、何者かの声だった。
「おやおや、こんなところにまで逃げられているとは・・・あの子たちも大概使えない子たちですねぇ」
リオ達の反対側から1人の人影が姿を現す。まるで影のように黒い体。全身から溢れ出す魔力は、周囲を威圧するような濃密な殺気となり、彼の存在感をより一層際立たせている。
ユリアナ村を魔物たちに襲わせた張本人・魔人だった。
「魔人・・・あなたが村を襲った張本人ね?」
ミサトが魔人を見据えながら尋ねる。対する魔人は悪びれる様子もなく「ええ、そうですよ」と返し――
「彼らは貴重な犠牲となるのです。あのお方のための、ね」
「・・・リオ、ふぐおから絶対に離れないで。いい?」
魔人の台詞に疑問を抱きながら、ミサトがふぐおから降り、左手で短剣を抜き放つ。
「うん、わかった」
そう言いながらリオはしっかりと頷く。
リオの返事を聞いたミサトは一瞬の内に魔人に肉薄し、短剣を突き出す。
対する魔人は片手剣サイズの魔力剣を精製し、突き出された短剣を右側へいなす。ミサトはそこまでは想定済みだったのか、腰に差していた短剣を抜く。
「ちぃっ」
魔人が舌打ちしながら空いている方の手に魔力剣を精製。短剣サイズに変えると、ミサトの短剣が通るであろう軌道を計算しカウンターを放とうとする。
だが次の瞬間、ミサトの姿が消える。彼女を探してわずかに立ち尽くす魔人。
「ここよ!」
そんな魔人の背後から剣閃が閃く。狙い違わず放たれたその一撃は――
キィィーーンという甲高い金属音と共に魔人に防がれる。攻撃を防がれたミサトはそのままバックステップを踏む。
「なかなか、やりますねぇ」
「あの魔人様に褒められるとはね、悪い気しかしないわ!」
ミサトが腰を低く下げ、再び魔人の懐へ入り込む。対する魔人も両手に握る得物を短剣サイズに変化させ、真っ向から打ち合う。
まるで荒れ狂う暴風のように続く2人の剣戟。
「す、すごい・・・」
そんな光景を見ながらリオは思わず息を飲む。超高速の斬撃を自在に変化させながら繰り出していくミサトの技。そしてそれを真っ向から受ける魔人の技。どちらも高いレベルにあるということは、リオの目からでもよく分かった。
「フグオ」
リオと共にいるふぐおも、その光景を目の当たりにして少なからず興奮しているようだった。
だが、そこで行われているのは演舞でも剣舞でもない、ただの殺し合いである。決着の時はあっけなく訪れた。
――ミサトが放った一撃が魔人の胸を貫いたのだ。
「・・・どうやら、ここまでのよう、ですね」
満身創痍と言ったふうに魔人が呟く。その傷跡からは禍々しい魔力が溢れ出している。
「そうね、これで終わりよ」
ミサトが短剣を構え直し、魔人に近づいていく。
だが、それは魔人の仕掛けた罠だった。既に魔人の手から離れていた魔力剣が、突如大剣へと形を変え、ミサトを襲ったのだ。
次の瞬間、その剣は深々とミサトの腹部を刺し貫いた。
「か、は・・・」
突然のことに、ミサトはそのまま膝を着く。
「はは、まんまと掛かってくれましたね。幻覚すら見破れないとは・・・なんとも程度の低い人間でしょうか」
そう言うや否や、魔人の胸にあったはずの傷口が塞がっていく。――いや、正確には傷そのものが無くなっていた。
「謀った、の、ね・・・」
傷口の痛みを堪えながらミサトが魔人を睨みつける。対する魔人の方は悦楽に満ちた表情を浮かべながら――
「何を言うのかと思えば。謀ったのではなく、あなたが勝手に掛かっただけですよ」
そう言いながらミサトに対し、いつの間にか手にしていた大剣を振り下ろした。
そんな中生まれた俺はカムイという名を両親から貰った。
あの厄災が始まったのは、俺が16歳の時だった。――あんたみたいに村を魔物どもに襲われた。
逃げた先でも襲われた。何日も逃避行を続けて、俺はある町で兵士になった。
それから俺はがむしゃらに戦った。
ある時、俺に国王から命令があった。今でいう魔人を討伐しろっていう内容だ。・・・もちろん、俺はすぐに旅に出た。
何年も旅をして、何体も魔人を倒した。そうして、ようやく魔人どもの親玉を倒した。そん時、俺も死んじまった。仲間もいたが、全員お陀仏だったな。
――あ?幾つで死んだか?・・・あんたの両親よりも若い自信はあるぜ。
――そうして、少年に語り掛けていた記憶がまた1つ、消えていく。今まで聞いてきた記憶は――物語は、すべて少年の心に刻まれている。
1つ1つが彼らの生きてきた証だった。時には若くして理不尽な死を経験した者もいた。時には英雄ともてはやされ、政争に使われた挙句、監禁された者もいた。まさに負の記憶だった。
だが、中には幸福な一生を生きた者もいた。愛する者に囲まれ、多くの愛を与えあう。
彼がこれまで見てきた記憶達と相まって、幸福な記憶はより一層重みを増して少年の心に刻まれていた。
(・・・今のが最後、かな)
少年が最後の記憶を見終わると、辺りが眩い光に包まれる。
少年は、揺り籠に揺られるような感覚を覚えながら、ゆっくりと目を閉じた。
鬱蒼とした森の中。風が揺らす木々のざわめきと、森に住む住民たちの営みの音が穏やかな空間を作り出していた。
揺れる木々から零れる日差しは、木漏れ日となって1人の少年のまだ幼い顔を照らしていた。
「んん・・・ここは・・・」
木々のささやきに起こされるように少年が目を覚ます。目をこすりながら辺りを見回す少年の黒髪は、所々光に照らされ青みのある灰色に輝く。
幼いながらも、将来有望そうな端正な顔立ちは視界に飛び込んできた存在によって驚愕の表情となる。
「フグ」
魚介類の種類のような鳴き声。まるで引き込まれそうな漆黒の闇のように黒い体毛と、その体毛の中でもはっきりと認識できるほどに力強い黒い瞳。
体長が3メートルほどある存在の正体は、シャドウベアの子供・ふぐお。
「リオ、おはよう。急に眠っちゃうから心配してたのよ」
そんな2人を見ながら優しい眼差しを向ける、青みを帯びた黒髪の女性。リオの母親であるミサトだ。
リオがミサトの顔を見ると、彼女は微笑んでいた。
「お母さん、ふぐお・・・」
2人を見たリオは、言葉にならない感情を抱く。それは、喜びと後悔、悲しみといった感情が混ざり合った、複雑なものだった。
「どうしたの、リオ。今にも泣きだしそうな顔してるわよ」
そう言いながらミサトがリオをぎゅっと抱きしめる。
「う、だって・・・」
何かを言おうとするリオだったが、こみ上げてくる感情にかき消されてしまう。だがその代わりに、母親の存在を噛みしめるようにその身を委ねる。
そんなリオを見て思うことがあったのだろうか、ミサトはリオの背中をゆっくりと撫で始める。
「大丈夫よ、きっと怖い夢でも見たのよ」
心配するように近づいてくるふぐおにミサトが声をかける。
「フグ・・」
ふぐおは小さく頷くと、ミサトに向けて背中を差し出し、前足で指し示す。その行動は、まるで「乗れ」とでも言っているようだった。
「私もいいの?」
「フグオ」
ふぐおが大きく頷く。
「それじゃあ、お邪魔するわね」
リオを抱きかかえたミサトを背中に乗せたふぐおが走り出したのは、それからほどなくした頃であった。
それから数分。親子を乗せたふぐおは、ある場所で立ち止まっていた。
彼らの前に広がっていたのは、直系6メートルほどの円形の広場。端っこの方は木漏れ日が僅かに地面を照らす程度だが、中心部に近づくほど日陰の部分が少なくなっていた。
辺りに響いているのは、風に揺れる木々のざわめき。そして森の住人たちの営みの音。そして、何者かの声だった。
「おやおや、こんなところにまで逃げられているとは・・・あの子たちも大概使えない子たちですねぇ」
リオ達の反対側から1人の人影が姿を現す。まるで影のように黒い体。全身から溢れ出す魔力は、周囲を威圧するような濃密な殺気となり、彼の存在感をより一層際立たせている。
ユリアナ村を魔物たちに襲わせた張本人・魔人だった。
「魔人・・・あなたが村を襲った張本人ね?」
ミサトが魔人を見据えながら尋ねる。対する魔人は悪びれる様子もなく「ええ、そうですよ」と返し――
「彼らは貴重な犠牲となるのです。あのお方のための、ね」
「・・・リオ、ふぐおから絶対に離れないで。いい?」
魔人の台詞に疑問を抱きながら、ミサトがふぐおから降り、左手で短剣を抜き放つ。
「うん、わかった」
そう言いながらリオはしっかりと頷く。
リオの返事を聞いたミサトは一瞬の内に魔人に肉薄し、短剣を突き出す。
対する魔人は片手剣サイズの魔力剣を精製し、突き出された短剣を右側へいなす。ミサトはそこまでは想定済みだったのか、腰に差していた短剣を抜く。
「ちぃっ」
魔人が舌打ちしながら空いている方の手に魔力剣を精製。短剣サイズに変えると、ミサトの短剣が通るであろう軌道を計算しカウンターを放とうとする。
だが次の瞬間、ミサトの姿が消える。彼女を探してわずかに立ち尽くす魔人。
「ここよ!」
そんな魔人の背後から剣閃が閃く。狙い違わず放たれたその一撃は――
キィィーーンという甲高い金属音と共に魔人に防がれる。攻撃を防がれたミサトはそのままバックステップを踏む。
「なかなか、やりますねぇ」
「あの魔人様に褒められるとはね、悪い気しかしないわ!」
ミサトが腰を低く下げ、再び魔人の懐へ入り込む。対する魔人も両手に握る得物を短剣サイズに変化させ、真っ向から打ち合う。
まるで荒れ狂う暴風のように続く2人の剣戟。
「す、すごい・・・」
そんな光景を見ながらリオは思わず息を飲む。超高速の斬撃を自在に変化させながら繰り出していくミサトの技。そしてそれを真っ向から受ける魔人の技。どちらも高いレベルにあるということは、リオの目からでもよく分かった。
「フグオ」
リオと共にいるふぐおも、その光景を目の当たりにして少なからず興奮しているようだった。
だが、そこで行われているのは演舞でも剣舞でもない、ただの殺し合いである。決着の時はあっけなく訪れた。
――ミサトが放った一撃が魔人の胸を貫いたのだ。
「・・・どうやら、ここまでのよう、ですね」
満身創痍と言ったふうに魔人が呟く。その傷跡からは禍々しい魔力が溢れ出している。
「そうね、これで終わりよ」
ミサトが短剣を構え直し、魔人に近づいていく。
だが、それは魔人の仕掛けた罠だった。既に魔人の手から離れていた魔力剣が、突如大剣へと形を変え、ミサトを襲ったのだ。
次の瞬間、その剣は深々とミサトの腹部を刺し貫いた。
「か、は・・・」
突然のことに、ミサトはそのまま膝を着く。
「はは、まんまと掛かってくれましたね。幻覚すら見破れないとは・・・なんとも程度の低い人間でしょうか」
そう言うや否や、魔人の胸にあったはずの傷口が塞がっていく。――いや、正確には傷そのものが無くなっていた。
「謀った、の、ね・・・」
傷口の痛みを堪えながらミサトが魔人を睨みつける。対する魔人の方は悦楽に満ちた表情を浮かべながら――
「何を言うのかと思えば。謀ったのではなく、あなたが勝手に掛かっただけですよ」
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