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第0章ユリアナ村編
ユリアナ村編 3話・後編
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鬱蒼とした森の中。ついさっき訪れた時には小動物達が平和そうに動き回っていたが、今は魔物の跋扈する魔の森と化していた。
1体、また1体と村へ向かっていく魔物達。そんな魔物達から隠れるように1人の少年が動き回っていた。
「・・・っ!?」
時折響く咆哮が、少年の心臓を跳ね上がらせる。もう何度も聞いた音だが、未だに驚いてしまうのは見つかれば命がないことを知っているからだろう。
少年はほんの少し前に「死」を見た。次は自分の番なんだ。そう覚悟した。
先ほどの魔物は運よく倒すことができたものの、先ほどのような幸運は続かない。それを、わずか5歳の体にすべて刻み込まれた。――否応なしに、だ。
「・・・お母さん・・・」
愛する母親を思い浮かべる。こんなにも会いたいと思うのは、もう二度と会うことができないかもしれないということを知ってしまったからだろう。
「お父さん・・・」
愛する父親を思い浮かべる。その父の悲しむ顔が見えるのは、自分がここで死んでしまうかもしれないと理解しているからだろう。
次々に思い浮かんでくる村人たちの顔。同年代の友人達。とっても怖いけど本当は優しい村の大人たち。知らないことをたくさん教えてくれる老人たち。それらがぐるぐるとリオの頭の中を駆け巡っていた。
もしかしたら、もう、会うことはできないかもしれない。
「っ、ぅ・・・」
気づけば涙が溢れ出す。恐怖という感情によって、意識のとても深い場所に閉じ込められていた感情が、一気に溢れ出すように、少年の頬を伝って地面へ落ちていく。
少年は薄汚れた袖で目元をこする。流れてきた涙は完全には止まらなかったが、それでも構わなかった。
(なんとしてもここから逃げ出さないと)
自分を生かすために魔物の群れの中に消えていったグルセリアのためにも。
ただ無残に殺されたベラや村の人達のためにも。
(なんとしても生きなきゃ)
生きていれば彼らの死は無駄にはならない。そう信じて――
少年は一歩を踏み出そうとする。が、その先に何かがいることに気づく。
(・・・?)
「何か」は動く気配がなく、ただ一点を見つめているように思えた。
恐る恐る隠れていた場所から顔を出す。すると、そこにいたのは―――四つの逞しい足。その先にある、人間などひとたまりもないであろう鋭い爪。逞しい足に違わない、筋肉隆々な肉体。立ち上がれば3メートルはありそうな、まるでホッキョクグマのように巨大な存在。
だが、その表面は熊のように毛で覆われておらず、代わりにどこまでも引き込まれそうなほどに美しい漆黒の闇に覆われている。
「フグオ」
荒い鼻息と共におよそ熊らしくない、人の名前のような鳴き声を出す。
互いに目を合わせたまま、しばらく立ち尽くす両者。お互いに驚いて動けないようだった。
しばし時間が経ち、両者が取った行動は―――
「・・・」
「・・・」
ふいっという効果音と共にそっぽを向くことだった。そして、お互いに静かに距離をとっていく。
(あぶなかった・・・)
十分な距離をとったところで安堵の溜息をつく。そしてふと背後を振り返ると。
「フグオ」
先ほどの熊のような生物がついてきていた。
鬱蒼とした森の中、黒髪をなびかせながら疾走する人影があった。その人影は、何かを探すように立ち止まっては辺りを見回していた。
「ここにもいないの・・・?」
人影が周囲を見回しながら嘆息する。はたして、その人影は――村でグルセリアに後を任せ、リオを探していたミサトだった。
気を取り直して再び駆けだそうとする彼女の耳に、小さな子供の声が飛び込んでくる。
「こんなところに子供が・・・?いえ、きっと罠ね」
彼女は知っていた。グルセリアに任してきた村人全員が、リオを除いたユリアナ村の生き残りであることを。
ミサトは首を振り、先を急ごうとする。だが、頭の中にふと、ある考えが浮かぶ。
(・・・もし、他所から間違って迷い込んできた子供だったら?)
ユリアナ村の近くには姉妹村であるローシェンナがある。子供の足でも2時間も歩けばたどり着ける距離だ。もしユリアナ村の騒ぎを知らない子供達が来ていたら・・・?
そう考えた瞬間、急に森の中から聞こえてきた声に、危機感を覚えるミサト。
(いえ、もしそうならいくら何でもあの煙が見えているはずよね)
だが、ミサトは村の方を見ながら先ほどの考えを否定する。まだ日が昇ってから2時間も経っていない。そもそも、森の中で煌々と火の手が上がっているなら子供達だけで村に来ることはないはずだ。
(だとしたら・・・もしかしてリオ?)
思い当たる可能性を模索すると、1つだけ可能性があった。ミサトは周囲に気を配りながら、その声がする方へと進む。
やがて視界に1人の子供と、1体の魔物が映る。
「リオ!?」
ミサトが見た光景はとてもこの世の光景とは思えぬものだった。
熊型の魔物の背中に、青みを帯びた黒髪を揺らす少年・リオが乗っていたのだ。筋肉隆々な逞しい体。それを覆う、美しい漆黒の闇は、木漏れ日によって所々反射して白く輝いている―――?
「あ、あれ?もしかして・・・シャドウベア?」
魔物を観察していると、おかしな点に気づいてしまうミサト。
本来、魔物の筋肉が動いているかどうかなど、肉眼では判断できない。それなのにリオが乗っている魔物は、はっきりと筋肉の動きが分かる。
さらに、魔物の表面は光のない「完全な」闇であり、決して「反射して白く輝く」などありえない。
「あ、お母さん!」
魔物?に乗ったリオがミサトに気づく。
乗っていた魔物?の背からずり落ちるように地面に降りると、ミサトのもとにやってくる。
「リオ、その子は?」
ミサトがリオの乗っていた存在について尋ねる。対するリオは――
「魔物。でも、優しいよ」
そう言いながら再び魔物?の背中によじ登る。
(や、やっぱりどう見てもシャドウベアね)
改めて至近距離で目の前の存在を観察するミサト。
シャドウベアとは、近年まで魔物と誤認されていた熊である。その表面の毛があまりにも魔物に似ており、遠目ではほとんど見わけがつかないため、誤認されていたのである。
その特徴は黒い体毛と大柄な体である。成体で体長約5メートル、体重約350キロ。気性は穏やかで、危害を加えない限りはありとあらゆる「生命」に対して友好的な「魔獣」と呼ばれる存在である。
ちなみに魔獣とは、体内に魔力を有することは魔物と同じだが、彼らと違い理性があり、現在確認されているすべての種類、すべての個体が穏やかな性格であると言われている。
「この子とはどうやって会ったの?」
「隠れてたらこっちを見てる気がして。それで顔をだしたらいたんだ」
リオはシャドウベアと出会った時のことをかいつまんで説明する。
それを聞いたミサトは、この熊がシャドウベアという種類であること。そして、おそらくまだ子供であるということをリオに伝える。
「こんなに大きいのに?」
改めてシャドウベアを見ながらリオが驚いた声をあげる。
リオの疑問はおそらく誰もが抱くことだろう。だが、魔獣は総じて同種よりも図体がでかいことも特徴である。その理由は様々な説があるが、今でも解明されていない。――そもそも、魔獣という存在自体が近年確認されたばかりであるため未だに謎が多いのだ。
今、リオ達と共にいるシャドウベアは体長が3メートル近くあり、すでにホッキョクグマの成体より巨大。だが、このサイズのシャドウベアはまだ生後1年ほどしか経っておらず、人間でいうと10歳前後なためまだまだ幼い個体であった。
目を丸くしながら驚くリオにミサトがくすくすと笑いながら頷く。
「フグ?」
当のシャドウベアは首を傾げている。自身の体毛と変わらない黒い瞳は、まっすぐにリオを見つめていた。
「ひとまず、ここを離れましょう。・・・リオ、その子も連れていきたい?」
ミサトに尋ねられ、リオは少し考えるが、
「ううん、この子もお母さんがいるはずだし」
首を振りながらそう答える。
だが、そのやり取りを見ていたシャドウベアが突然リオに頭を擦り付け始める。
「わわ・・・どうしたの?一緒に行きたいの?」
「フグウ」
シャドウベアが鼻息と共に頷く。どうやら、置いて行かれることを察したのだろう、体毛と同じ黒い瞳をリオに向ける。
その瞳はどことなく、悲し気だった。
一瞬困った表情になったリオだったが、やがて意を決したように頷くと。
「じゃあ一緒に行こう」
そういってシャドウベアの背中に乗り、街道を目指したのだった。
1体、また1体と村へ向かっていく魔物達。そんな魔物達から隠れるように1人の少年が動き回っていた。
「・・・っ!?」
時折響く咆哮が、少年の心臓を跳ね上がらせる。もう何度も聞いた音だが、未だに驚いてしまうのは見つかれば命がないことを知っているからだろう。
少年はほんの少し前に「死」を見た。次は自分の番なんだ。そう覚悟した。
先ほどの魔物は運よく倒すことができたものの、先ほどのような幸運は続かない。それを、わずか5歳の体にすべて刻み込まれた。――否応なしに、だ。
「・・・お母さん・・・」
愛する母親を思い浮かべる。こんなにも会いたいと思うのは、もう二度と会うことができないかもしれないということを知ってしまったからだろう。
「お父さん・・・」
愛する父親を思い浮かべる。その父の悲しむ顔が見えるのは、自分がここで死んでしまうかもしれないと理解しているからだろう。
次々に思い浮かんでくる村人たちの顔。同年代の友人達。とっても怖いけど本当は優しい村の大人たち。知らないことをたくさん教えてくれる老人たち。それらがぐるぐるとリオの頭の中を駆け巡っていた。
もしかしたら、もう、会うことはできないかもしれない。
「っ、ぅ・・・」
気づけば涙が溢れ出す。恐怖という感情によって、意識のとても深い場所に閉じ込められていた感情が、一気に溢れ出すように、少年の頬を伝って地面へ落ちていく。
少年は薄汚れた袖で目元をこする。流れてきた涙は完全には止まらなかったが、それでも構わなかった。
(なんとしてもここから逃げ出さないと)
自分を生かすために魔物の群れの中に消えていったグルセリアのためにも。
ただ無残に殺されたベラや村の人達のためにも。
(なんとしても生きなきゃ)
生きていれば彼らの死は無駄にはならない。そう信じて――
少年は一歩を踏み出そうとする。が、その先に何かがいることに気づく。
(・・・?)
「何か」は動く気配がなく、ただ一点を見つめているように思えた。
恐る恐る隠れていた場所から顔を出す。すると、そこにいたのは―――四つの逞しい足。その先にある、人間などひとたまりもないであろう鋭い爪。逞しい足に違わない、筋肉隆々な肉体。立ち上がれば3メートルはありそうな、まるでホッキョクグマのように巨大な存在。
だが、その表面は熊のように毛で覆われておらず、代わりにどこまでも引き込まれそうなほどに美しい漆黒の闇に覆われている。
「フグオ」
荒い鼻息と共におよそ熊らしくない、人の名前のような鳴き声を出す。
互いに目を合わせたまま、しばらく立ち尽くす両者。お互いに驚いて動けないようだった。
しばし時間が経ち、両者が取った行動は―――
「・・・」
「・・・」
ふいっという効果音と共にそっぽを向くことだった。そして、お互いに静かに距離をとっていく。
(あぶなかった・・・)
十分な距離をとったところで安堵の溜息をつく。そしてふと背後を振り返ると。
「フグオ」
先ほどの熊のような生物がついてきていた。
鬱蒼とした森の中、黒髪をなびかせながら疾走する人影があった。その人影は、何かを探すように立ち止まっては辺りを見回していた。
「ここにもいないの・・・?」
人影が周囲を見回しながら嘆息する。はたして、その人影は――村でグルセリアに後を任せ、リオを探していたミサトだった。
気を取り直して再び駆けだそうとする彼女の耳に、小さな子供の声が飛び込んでくる。
「こんなところに子供が・・・?いえ、きっと罠ね」
彼女は知っていた。グルセリアに任してきた村人全員が、リオを除いたユリアナ村の生き残りであることを。
ミサトは首を振り、先を急ごうとする。だが、頭の中にふと、ある考えが浮かぶ。
(・・・もし、他所から間違って迷い込んできた子供だったら?)
ユリアナ村の近くには姉妹村であるローシェンナがある。子供の足でも2時間も歩けばたどり着ける距離だ。もしユリアナ村の騒ぎを知らない子供達が来ていたら・・・?
そう考えた瞬間、急に森の中から聞こえてきた声に、危機感を覚えるミサト。
(いえ、もしそうならいくら何でもあの煙が見えているはずよね)
だが、ミサトは村の方を見ながら先ほどの考えを否定する。まだ日が昇ってから2時間も経っていない。そもそも、森の中で煌々と火の手が上がっているなら子供達だけで村に来ることはないはずだ。
(だとしたら・・・もしかしてリオ?)
思い当たる可能性を模索すると、1つだけ可能性があった。ミサトは周囲に気を配りながら、その声がする方へと進む。
やがて視界に1人の子供と、1体の魔物が映る。
「リオ!?」
ミサトが見た光景はとてもこの世の光景とは思えぬものだった。
熊型の魔物の背中に、青みを帯びた黒髪を揺らす少年・リオが乗っていたのだ。筋肉隆々な逞しい体。それを覆う、美しい漆黒の闇は、木漏れ日によって所々反射して白く輝いている―――?
「あ、あれ?もしかして・・・シャドウベア?」
魔物を観察していると、おかしな点に気づいてしまうミサト。
本来、魔物の筋肉が動いているかどうかなど、肉眼では判断できない。それなのにリオが乗っている魔物は、はっきりと筋肉の動きが分かる。
さらに、魔物の表面は光のない「完全な」闇であり、決して「反射して白く輝く」などありえない。
「あ、お母さん!」
魔物?に乗ったリオがミサトに気づく。
乗っていた魔物?の背からずり落ちるように地面に降りると、ミサトのもとにやってくる。
「リオ、その子は?」
ミサトがリオの乗っていた存在について尋ねる。対するリオは――
「魔物。でも、優しいよ」
そう言いながら再び魔物?の背中によじ登る。
(や、やっぱりどう見てもシャドウベアね)
改めて至近距離で目の前の存在を観察するミサト。
シャドウベアとは、近年まで魔物と誤認されていた熊である。その表面の毛があまりにも魔物に似ており、遠目ではほとんど見わけがつかないため、誤認されていたのである。
その特徴は黒い体毛と大柄な体である。成体で体長約5メートル、体重約350キロ。気性は穏やかで、危害を加えない限りはありとあらゆる「生命」に対して友好的な「魔獣」と呼ばれる存在である。
ちなみに魔獣とは、体内に魔力を有することは魔物と同じだが、彼らと違い理性があり、現在確認されているすべての種類、すべての個体が穏やかな性格であると言われている。
「この子とはどうやって会ったの?」
「隠れてたらこっちを見てる気がして。それで顔をだしたらいたんだ」
リオはシャドウベアと出会った時のことをかいつまんで説明する。
それを聞いたミサトは、この熊がシャドウベアという種類であること。そして、おそらくまだ子供であるということをリオに伝える。
「こんなに大きいのに?」
改めてシャドウベアを見ながらリオが驚いた声をあげる。
リオの疑問はおそらく誰もが抱くことだろう。だが、魔獣は総じて同種よりも図体がでかいことも特徴である。その理由は様々な説があるが、今でも解明されていない。――そもそも、魔獣という存在自体が近年確認されたばかりであるため未だに謎が多いのだ。
今、リオ達と共にいるシャドウベアは体長が3メートル近くあり、すでにホッキョクグマの成体より巨大。だが、このサイズのシャドウベアはまだ生後1年ほどしか経っておらず、人間でいうと10歳前後なためまだまだ幼い個体であった。
目を丸くしながら驚くリオにミサトがくすくすと笑いながら頷く。
「フグ?」
当のシャドウベアは首を傾げている。自身の体毛と変わらない黒い瞳は、まっすぐにリオを見つめていた。
「ひとまず、ここを離れましょう。・・・リオ、その子も連れていきたい?」
ミサトに尋ねられ、リオは少し考えるが、
「ううん、この子もお母さんがいるはずだし」
首を振りながらそう答える。
だが、そのやり取りを見ていたシャドウベアが突然リオに頭を擦り付け始める。
「わわ・・・どうしたの?一緒に行きたいの?」
「フグウ」
シャドウベアが鼻息と共に頷く。どうやら、置いて行かれることを察したのだろう、体毛と同じ黒い瞳をリオに向ける。
その瞳はどことなく、悲し気だった。
一瞬困った表情になったリオだったが、やがて意を決したように頷くと。
「じゃあ一緒に行こう」
そういってシャドウベアの背中に乗り、街道を目指したのだった。
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