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後日談
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岡山県津山市にある、とある病院。
市街にある、市内でもそれなりに環境の整ったその病院には、山間部の方で起きたとある事故から1週間の間、目を覚まさず眠り続ける少年の姿があった。
1月4日、津山市内のとある小さな交差点で起きた、スリップしたトラックと歩行者2人の事故。高校2年生の男女を巻き込んだその事故は、事故から1週間も経った今でも全国では噂となっていた。なぜなら――
「お兄ちゃん、今日も来たよ」
今をときめく芸能人・光みゆこと弓田光が兄と慕う少年・平戸新が被害者だったからだ。
光が少年が横たわるベッドのそばにあった丸椅子を手に、彼の元へと向かう。
彼が事故に遭い、彼女の精神状態を危惧した事務所の方から急遽休みを言い渡された彼女は、この日も少年の元にいた。
「今日はね、林太君と海君の2人と遊んできたんだよ。3人で昔みたいに神社の裏手で遊んで――」
光が新に対し、まるで普通に会話をするかのように、この日友人たちとした遊びを話し始める。だが、彼女の話し相手である新は死んだように眠ったままだった。
次第に虚しくなったのか、それとも、彼が事故に遭い昏睡状態という現実を再確認してしまったのか――直前まで饒舌に話をしていた光が、不意に口を閉じてしまった。
やがて目に涙を浮かべ始める光。すると、不意に彼女の目尻から勝手に零れ落ちて行った涙は、泣かないように耐えていた彼女の意思などお構いなしに床へと落下していった。
「光ちゃん・・・」
その様子を間近で目撃した女性が、自身も全身に一杯一杯といった様子を浮かべながら光の頭を撫でる。
「お母さん・・・お兄ちゃん、起きてくれるよね・・・?」
頭を撫でられた光の表情が、まるで丸められた新聞紙のようにしわくちゃになり、その瞳からは堰が切れたように大粒の涙が溢れ出していく。
「大丈夫、新は絶対に大丈夫」
その姿を見た女性が光を力強く抱く。だが彼女自身も息子の現状に不安を感じていたのか、その肩は小刻みに震えていた。
「失礼します」
女性が光と共に感情を共感していると、病室の出入り口から白菫色の髪の少女の声が響いた。
「・・・あら、平子ちゃん」
「新君は・・・変わらずみたい、ですね」
松葉杖を突きながら病室へ入るなり新の姿を見て肩を落とす平子ことみやこ。普段であれば友人を沸かせていた彼女の整った髪はぼさぼさになっており、その表情は憔悴しきっていた。
「いつもありがとうね、平子ちゃん。でも、無理はしないで」
明らかに元気のない顔を見た女性が、みやこを労わる台詞を口にする。
「いえ、無理なんか・・・」
「ううん。この子と同じように怪我をしたのに、あなたはいつも頑張りすぎてる。――たまには、自分のことも労わってあげて?」
「・・・はい、分かりました・・・」
女性に対しみやこが何かを口にしようとしたが、喉まで出かかったところで飲み込む。
「それと、息子は渡さないわよ?」
「ふぇ!?」
「え!?」
女性の口にした台詞にほぼ同時に反応する光とみやこの2人。だがそれは女性の冗談だったらしく「孫の顔が見れる日も近そうね」と嬉しそうに口にした。
ぼんやりとした闇の中。俺の頭には、近くで誰かが何かを話しているという事実だけが残り、何を話しているかまではさっぱり分からない。だが1つ、確実に言えることは「楽しそう」ということだった。
祖父の家のある中国山地の麓にある、バス停付近の交差点。
そこで一緒にスーパーに向かっていたみやこと共に事故に巻き込まれた俺は、この日もいつものように、自分自身が起きているのか起きていないのか分からない状態のまま、耳に入ってくる「物音」をひたすら脳へと記憶し続けていた。
睡眠学習、と言えば聞こえはいいだろうが、あいにくここで聞いたことを今後に活かせるかは正直分からない。ただ1つ言えるのは――
(まさか自分が昏睡状態になって、その上で周囲の物音を記憶出来るとはな)
それだけだった。
「――――」
「――」
「――?」
またぼんやりとした意識の中、何かの音が聞こえる。長さ的に会話なんだろうが、残念ながら何を言っているかまでは――
「やーだ!お兄ちゃんは光が貰うんだもん!」
「なら新とは他人にならないと。そうじゃないとお母さん認めませーん」
分かってしまった。――じゃなくて、母さん、なんだが不穏な気配のする台詞を口にしないでくれ。
――でもない、なんで俺は急に会話が聞こえるようになったんだ・・・?
そう思い、恐る恐る目を開けてみる。すると、ついさっきまではぴくりとも動かなかった瞼が自分の物のように自由に動かせた。
突然の出来事に、俺はそのまま何度も瞬きをする。
(・・・・・・目が、覚めた?)
ただただ事実だけを脳内で考える。そうして少しし、視界に映る真っ白な天井から目を背けるように瞳を動かした。
「やだやだやだやだやだやだやだやだ――」
「駄々っ子ねぇ・・・そんなんだと、平子ちゃんに取られるわよ?」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!」
「そ、そんなに拒否しないで欲しいのだけど・・・」
「あ、いや、平子さんが嫌なんじゃなくて・・・」
そうして視界の端に映ったのは、駄々をこねる光と、わずかに肩を落としたみやこ。そしてその2人をからかっているらしき母さんの姿が映った。
その姿を見た途端、全身から力の抜けていく感覚が俺を襲った。
(――きっと死ぬ前に、神様がみやこ達の様子を見せてくれたんだな)
その昔、奥さんの作った食事を食べたいがためにあの世から現世に戻ってきた旦那さんがいたという話を聞いたことがあった。きっとこれは、神様からのご褒美的なものなんだろう。――そして俺は、みやこの言っていた通りここで退場する運命なんだろう。
神様なんてものはろくに信じていない俺だったが、3人の幸せそうな雰囲気に満足感を覚え、神様に感謝しながらそのまま目を閉じた。
それから数か月後。
俺は、今後2度と見ることは無いだろうと思っていた光景を視界に焼き付けていた。
あの事故から10日後、俺は目を覚ました。目を覚ますのは実質2度目だったから、起き抜けに「ここはあの世?」などと恥ずかしい台詞を口にしてしまったり、そのままみやこの秘密を聞かされたりと、あの日は良い意味でも悪い意味でも濃密な1日だった。
「私は、本来あなたと会わないはずだった人間なの」
それはあの日、みやこが俺に明かした秘密の1つだ。
なんでもみやこは、彼女の言う「前世」で、今回の事故とよく似たシチュエーションで俺に命を救われたらしい。
だがその「世界線」といえばいいだろうか、ともかく彼女の前世に当たる記憶では俺は事故で死んでしまったそうだ。そしてそのまま、俺に対する無念と後悔、そして感謝を忘れずに生涯を終えたことも聞かされた。
だがその話を聞いた俺は、あまりの内容に「にわかには信じられない」と言ってしまった。――本当は信じていたのに。
だがみやこは、さも当たり前のように「知ってる、普通はそうだから」とだけ答えて黙ってしまった。その姿に思わず――
「でも、いろいろと納得はいったから」
歩み寄るような、突き放すような曖昧な台詞を口にしてしまった。するとみやこはしばし考える素振りを見せ――
「お世辞でもそう言ってもらえて嬉しい、かな」
複雑そうな表情を浮かべながら俺から目を逸らしてしまった。
その後みやこから「新君のリハビリ、私にも手伝わせて」と言われ、俺は直前の失言に対する罪滅ぼしのように承諾したのだ。
そうしてなんとか杖を使えば歩けるようになった頃、俺は祖父の住んでいる家へとやってきたという運びだった。
「新、本当に大丈夫?何なら平子ちゃんかお母さんがいようか?」
一応まだ年頃である17歳の男子高校生に、拷問に近い内容を口にする母さん。
「いや、年頃の男子にそれは酷だって。・・・じいちゃんには悪いけど、いろいろと頼らせてもらうから」
「構わんぞ、新。わしは結局両親の世話が出来んかったからな、親孝行と思うて・・・」
「お義父さん、それはあんまり・・・」
「わしは構わんぞ?なんせ悪いのは原子爆弾じゃからの、当時は恨んだものじゃが、今となっては運が悪かったとも言える」
原子爆弾。第二次大戦中にアメリカ軍が広島と長崎に投下したことで有名な大量殺戮兵器だ。
実は祖父の両親は当時の被爆者の家系であり、被爆してから現在の家に移ったそうだ。そのせいかまでは分からないが、祖父が生まれたのは曾祖父母に当たる2人が40代を超えてからだったそうだ。
「いや、そういう意味じゃ・・・」
「なに、あの時代のことを知ることは若い者の務めであり、伝えるのはわしらの責務じゃ。・・・まあ、斯く言うわしも戦争なんぞ経験しとらんがな」
あっけらかんと告げる祖父。そして諸々を台無しにしたその台詞の直後、1人自宅へと入っていった。――なお、この後祖父やみやこ達の助けを借りまくったのは言うまでもない。
その後、みやこや林太たちが通う高校へと編入することになった俺は、高校生として、最後の月を迎えていた。
その中の卒業式の日。リハビリの末、なんとか日常生活に支障が出ないくらいにはなった右足と異なり、完全に自由に動かなくなった左足を補助するための杖を突いたまま式に臨んだ俺は、無事卒業証書を受け取り帰路に就こうとしていた。
「新君、ちょっといい?」
校門を出ようとしたその時、不意にみやこに声をかけられた。
声をかけてきた彼女は、気まずそうな表情を浮かべながら、いつものように俺の顔色を窺うように何度も俺の顔を見てくる。
「一緒に帰らせてくれ、だろ?別に家が同じ方向・・・というか、隣なんだから気にすることはないだろ」
「いや、そうなんだけど・・・」
いつものように俺のことを見守るために声をかけてきたのだと思った俺はみやこに「気にしないでいいと声をかけるが、どうやら彼女の方は違ったようで、どことなく歯切れの悪い台詞を口にした。
そんなみやこに俺がさらに踏み込もうと口を開くと――
「お、新にみやこじゃん、これからデートか?」
「林太、茶化すな」
急に林太が俺たちの間に入りこんできた。すると、それに続くように――
「お兄ちゃん!ひかりと一緒に帰ろ!」
「新せんぱーい、海も連れてきたんで、一緒に――あ、いや、皆であそこ行こうぜ」
「あそこ!?あの、一之宮先輩、いったいどこに行く気ですか!?」
現在、俺と同じ高校に通う面々が続々と集まってくる。そして仕舞いには――
「新、佐藤も連れてきたからみんなでバカ騒ぎしようぜ」
「あらち~ん、この人止めて~」
なぜか幸子さんをジャイアントスイングしながら、学校の敷地内にいた恭介兄が俺たちの元へやってきた。
「さあ、今から新ん家にみんなで突撃だ!」
「「おおーー」」
「「いや、なんで!?」」
俺たちのもとに着くや否や、幸子さんを自由にした恭介兄の提案に手を突きあげた林太と金太。
そんなに対し、俺と海がツッコミをいれると――
「はやく帰ろう、お兄ちゃん!」
「さっさと帰るわよ、新君」
「あらちん、はやく帰ろう?」
光、みやこ、幸子さんの順に俺の自宅へ赴く旨を口にしていった。
その姿を見た俺は、溜息を共に――
(変わらないな)
なんとなくそう思ったのだった。
市街にある、市内でもそれなりに環境の整ったその病院には、山間部の方で起きたとある事故から1週間の間、目を覚まさず眠り続ける少年の姿があった。
1月4日、津山市内のとある小さな交差点で起きた、スリップしたトラックと歩行者2人の事故。高校2年生の男女を巻き込んだその事故は、事故から1週間も経った今でも全国では噂となっていた。なぜなら――
「お兄ちゃん、今日も来たよ」
今をときめく芸能人・光みゆこと弓田光が兄と慕う少年・平戸新が被害者だったからだ。
光が少年が横たわるベッドのそばにあった丸椅子を手に、彼の元へと向かう。
彼が事故に遭い、彼女の精神状態を危惧した事務所の方から急遽休みを言い渡された彼女は、この日も少年の元にいた。
「今日はね、林太君と海君の2人と遊んできたんだよ。3人で昔みたいに神社の裏手で遊んで――」
光が新に対し、まるで普通に会話をするかのように、この日友人たちとした遊びを話し始める。だが、彼女の話し相手である新は死んだように眠ったままだった。
次第に虚しくなったのか、それとも、彼が事故に遭い昏睡状態という現実を再確認してしまったのか――直前まで饒舌に話をしていた光が、不意に口を閉じてしまった。
やがて目に涙を浮かべ始める光。すると、不意に彼女の目尻から勝手に零れ落ちて行った涙は、泣かないように耐えていた彼女の意思などお構いなしに床へと落下していった。
「光ちゃん・・・」
その様子を間近で目撃した女性が、自身も全身に一杯一杯といった様子を浮かべながら光の頭を撫でる。
「お母さん・・・お兄ちゃん、起きてくれるよね・・・?」
頭を撫でられた光の表情が、まるで丸められた新聞紙のようにしわくちゃになり、その瞳からは堰が切れたように大粒の涙が溢れ出していく。
「大丈夫、新は絶対に大丈夫」
その姿を見た女性が光を力強く抱く。だが彼女自身も息子の現状に不安を感じていたのか、その肩は小刻みに震えていた。
「失礼します」
女性が光と共に感情を共感していると、病室の出入り口から白菫色の髪の少女の声が響いた。
「・・・あら、平子ちゃん」
「新君は・・・変わらずみたい、ですね」
松葉杖を突きながら病室へ入るなり新の姿を見て肩を落とす平子ことみやこ。普段であれば友人を沸かせていた彼女の整った髪はぼさぼさになっており、その表情は憔悴しきっていた。
「いつもありがとうね、平子ちゃん。でも、無理はしないで」
明らかに元気のない顔を見た女性が、みやこを労わる台詞を口にする。
「いえ、無理なんか・・・」
「ううん。この子と同じように怪我をしたのに、あなたはいつも頑張りすぎてる。――たまには、自分のことも労わってあげて?」
「・・・はい、分かりました・・・」
女性に対しみやこが何かを口にしようとしたが、喉まで出かかったところで飲み込む。
「それと、息子は渡さないわよ?」
「ふぇ!?」
「え!?」
女性の口にした台詞にほぼ同時に反応する光とみやこの2人。だがそれは女性の冗談だったらしく「孫の顔が見れる日も近そうね」と嬉しそうに口にした。
ぼんやりとした闇の中。俺の頭には、近くで誰かが何かを話しているという事実だけが残り、何を話しているかまではさっぱり分からない。だが1つ、確実に言えることは「楽しそう」ということだった。
祖父の家のある中国山地の麓にある、バス停付近の交差点。
そこで一緒にスーパーに向かっていたみやこと共に事故に巻き込まれた俺は、この日もいつものように、自分自身が起きているのか起きていないのか分からない状態のまま、耳に入ってくる「物音」をひたすら脳へと記憶し続けていた。
睡眠学習、と言えば聞こえはいいだろうが、あいにくここで聞いたことを今後に活かせるかは正直分からない。ただ1つ言えるのは――
(まさか自分が昏睡状態になって、その上で周囲の物音を記憶出来るとはな)
それだけだった。
「――――」
「――」
「――?」
またぼんやりとした意識の中、何かの音が聞こえる。長さ的に会話なんだろうが、残念ながら何を言っているかまでは――
「やーだ!お兄ちゃんは光が貰うんだもん!」
「なら新とは他人にならないと。そうじゃないとお母さん認めませーん」
分かってしまった。――じゃなくて、母さん、なんだが不穏な気配のする台詞を口にしないでくれ。
――でもない、なんで俺は急に会話が聞こえるようになったんだ・・・?
そう思い、恐る恐る目を開けてみる。すると、ついさっきまではぴくりとも動かなかった瞼が自分の物のように自由に動かせた。
突然の出来事に、俺はそのまま何度も瞬きをする。
(・・・・・・目が、覚めた?)
ただただ事実だけを脳内で考える。そうして少しし、視界に映る真っ白な天井から目を背けるように瞳を動かした。
「やだやだやだやだやだやだやだやだ――」
「駄々っ子ねぇ・・・そんなんだと、平子ちゃんに取られるわよ?」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!」
「そ、そんなに拒否しないで欲しいのだけど・・・」
「あ、いや、平子さんが嫌なんじゃなくて・・・」
そうして視界の端に映ったのは、駄々をこねる光と、わずかに肩を落としたみやこ。そしてその2人をからかっているらしき母さんの姿が映った。
その姿を見た途端、全身から力の抜けていく感覚が俺を襲った。
(――きっと死ぬ前に、神様がみやこ達の様子を見せてくれたんだな)
その昔、奥さんの作った食事を食べたいがためにあの世から現世に戻ってきた旦那さんがいたという話を聞いたことがあった。きっとこれは、神様からのご褒美的なものなんだろう。――そして俺は、みやこの言っていた通りここで退場する運命なんだろう。
神様なんてものはろくに信じていない俺だったが、3人の幸せそうな雰囲気に満足感を覚え、神様に感謝しながらそのまま目を閉じた。
それから数か月後。
俺は、今後2度と見ることは無いだろうと思っていた光景を視界に焼き付けていた。
あの事故から10日後、俺は目を覚ました。目を覚ますのは実質2度目だったから、起き抜けに「ここはあの世?」などと恥ずかしい台詞を口にしてしまったり、そのままみやこの秘密を聞かされたりと、あの日は良い意味でも悪い意味でも濃密な1日だった。
「私は、本来あなたと会わないはずだった人間なの」
それはあの日、みやこが俺に明かした秘密の1つだ。
なんでもみやこは、彼女の言う「前世」で、今回の事故とよく似たシチュエーションで俺に命を救われたらしい。
だがその「世界線」といえばいいだろうか、ともかく彼女の前世に当たる記憶では俺は事故で死んでしまったそうだ。そしてそのまま、俺に対する無念と後悔、そして感謝を忘れずに生涯を終えたことも聞かされた。
だがその話を聞いた俺は、あまりの内容に「にわかには信じられない」と言ってしまった。――本当は信じていたのに。
だがみやこは、さも当たり前のように「知ってる、普通はそうだから」とだけ答えて黙ってしまった。その姿に思わず――
「でも、いろいろと納得はいったから」
歩み寄るような、突き放すような曖昧な台詞を口にしてしまった。するとみやこはしばし考える素振りを見せ――
「お世辞でもそう言ってもらえて嬉しい、かな」
複雑そうな表情を浮かべながら俺から目を逸らしてしまった。
その後みやこから「新君のリハビリ、私にも手伝わせて」と言われ、俺は直前の失言に対する罪滅ぼしのように承諾したのだ。
そうしてなんとか杖を使えば歩けるようになった頃、俺は祖父の住んでいる家へとやってきたという運びだった。
「新、本当に大丈夫?何なら平子ちゃんかお母さんがいようか?」
一応まだ年頃である17歳の男子高校生に、拷問に近い内容を口にする母さん。
「いや、年頃の男子にそれは酷だって。・・・じいちゃんには悪いけど、いろいろと頼らせてもらうから」
「構わんぞ、新。わしは結局両親の世話が出来んかったからな、親孝行と思うて・・・」
「お義父さん、それはあんまり・・・」
「わしは構わんぞ?なんせ悪いのは原子爆弾じゃからの、当時は恨んだものじゃが、今となっては運が悪かったとも言える」
原子爆弾。第二次大戦中にアメリカ軍が広島と長崎に投下したことで有名な大量殺戮兵器だ。
実は祖父の両親は当時の被爆者の家系であり、被爆してから現在の家に移ったそうだ。そのせいかまでは分からないが、祖父が生まれたのは曾祖父母に当たる2人が40代を超えてからだったそうだ。
「いや、そういう意味じゃ・・・」
「なに、あの時代のことを知ることは若い者の務めであり、伝えるのはわしらの責務じゃ。・・・まあ、斯く言うわしも戦争なんぞ経験しとらんがな」
あっけらかんと告げる祖父。そして諸々を台無しにしたその台詞の直後、1人自宅へと入っていった。――なお、この後祖父やみやこ達の助けを借りまくったのは言うまでもない。
その後、みやこや林太たちが通う高校へと編入することになった俺は、高校生として、最後の月を迎えていた。
その中の卒業式の日。リハビリの末、なんとか日常生活に支障が出ないくらいにはなった右足と異なり、完全に自由に動かなくなった左足を補助するための杖を突いたまま式に臨んだ俺は、無事卒業証書を受け取り帰路に就こうとしていた。
「新君、ちょっといい?」
校門を出ようとしたその時、不意にみやこに声をかけられた。
声をかけてきた彼女は、気まずそうな表情を浮かべながら、いつものように俺の顔色を窺うように何度も俺の顔を見てくる。
「一緒に帰らせてくれ、だろ?別に家が同じ方向・・・というか、隣なんだから気にすることはないだろ」
「いや、そうなんだけど・・・」
いつものように俺のことを見守るために声をかけてきたのだと思った俺はみやこに「気にしないでいいと声をかけるが、どうやら彼女の方は違ったようで、どことなく歯切れの悪い台詞を口にした。
そんなみやこに俺がさらに踏み込もうと口を開くと――
「お、新にみやこじゃん、これからデートか?」
「林太、茶化すな」
急に林太が俺たちの間に入りこんできた。すると、それに続くように――
「お兄ちゃん!ひかりと一緒に帰ろ!」
「新せんぱーい、海も連れてきたんで、一緒に――あ、いや、皆であそこ行こうぜ」
「あそこ!?あの、一之宮先輩、いったいどこに行く気ですか!?」
現在、俺と同じ高校に通う面々が続々と集まってくる。そして仕舞いには――
「新、佐藤も連れてきたからみんなでバカ騒ぎしようぜ」
「あらち~ん、この人止めて~」
なぜか幸子さんをジャイアントスイングしながら、学校の敷地内にいた恭介兄が俺たちの元へやってきた。
「さあ、今から新ん家にみんなで突撃だ!」
「「おおーー」」
「「いや、なんで!?」」
俺たちのもとに着くや否や、幸子さんを自由にした恭介兄の提案に手を突きあげた林太と金太。
そんなに対し、俺と海がツッコミをいれると――
「はやく帰ろう、お兄ちゃん!」
「さっさと帰るわよ、新君」
「あらちん、はやく帰ろう?」
光、みやこ、幸子さんの順に俺の自宅へ赴く旨を口にしていった。
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