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1月1日・後編
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神社への参拝の後おじさんの食堂へと向かった俺たちは、新年会までの時間をそこで潰していた。周囲には俺たちと同じように騒ぐ大人たちがおり、皆それぞれに新年の挨拶を交わしていた。
「ねえ、新君。さっきの神社での話、本当なの?」
その様子をぼんやりと眺めていた俺にみやこが小声で話しかけてきた。
「ああ。バスのニュースの後と、光が来た日の午後にな」
対する俺も小声で返す。するとみやこは何かを考え始めたようで、しばらく黙り込む。
「お兄ちゃん、平子さんと何を話してるの?」
そんな俺たちの間へ入り込んでくる光。
「ああ、さっき神社で嫌な夢を見たって話したろ?その事についてだよ」
俺の説明を聞いて納得する光。そうして当たり前のように俺の膝に収まると、俺に声をかけてくる。
「ねえねえ、お兄ちゃん。明日はお兄ちゃんと遊びに行きたいな」
「明日か・・・。明日は林太の家に行って新年の挨拶をしてから遊ぶ予定だけど、光も来るか?」
遊びに行きたいと言う光に対して俺はそう答える。それを聞いた光は少しだけ不満そうな表情になるが、参加したいと口にした。
「なあ、かねみつ。明日光も一緒に行っていいか?」
「もちろん。3人じゃスマファミはつまんないしな」
「じゃあ光も行くからおばさんに伝えといてくれ」
林太に確認を取るとすぐにOKが出たので、俺は最後にそう伝える。――ちなみにスマファミとは、最大4人で対戦できる対戦型アクションゲームの事だ。
金宮家には10年ほど前に出た家庭用ゲーム機が今も現役で稼働しており、毎年正月には3人で「去年の厄を吹き飛ばす」というゲン担ぎに使っている。
そんな風に友人たちと話をしていると、店主のおじさんから声が上がった。
「あー、あー。・・・紳士淑女の皆様、今宵は――」
まるで貴族様のパーティにでも出てきそうな台詞を口にするおじさん。そんなおじさんに対して地元の大人たちから野次だったりツッコミだったりが飛ぶが、おじさんは気にすることなく台詞を続けていく。
「――えー、では。長くなりましたが、今年も新年会を始めさせていただきます。好きなだけうどんをすすってくださいね」
その言葉の食後、おじさんの視線が俺に向く。と同時に、いつの間にやら姿を消していた幸子さんの手によって、山盛りのホルモンうどん~我が家すぺしぁる~が運ばれてくる。そのサイズを見た瞬間、辺りにざわめきが起こる。なぜなら――
「はい、あらちん」
「・・・」
その山盛りのホルモンうどんは俺の目の前に運ばれてきたからだ。・・・確かに好きだとは言った。おじさんも大量に作っておくと言っていた。だが、いくら何でも――
「この量は非常識すぎるだろ!?」
俺は山盛りになっているホルモンうどんを見て思わず叫ぶ。これが普通のお皿に山盛りになっているのであればいい。
だが今、俺の目の前にあるのは直径で20センチくらいある器にこれでもかと盛られに盛られたホルモンうどん。器からはみ出している部分だけで10センチ近くはありそうなのに、器自体の深さが7センチくらいという意味不明な量だった。多分、1.5キロは確実に超えていると思う。
「あらちん、頑張って食べてね~。私も手伝ったんだよ~」
どう反応するべきか困る台詞を満面の笑みと共に口にする幸子さん。――嬉しいと言えば嬉しい。だが、さすがにそれを言えるほどの勇気はないし、これを作る手伝いをしたと言われては正直言って迷惑だったりもする。流石にこの量を1人で食べきるのはとてもではないが出来ない。
「あ、そうなんですか、ありがとうございます」
俺はどう返すべきか思案していたが、結局はそう返すことしかできなかった。
「おー、いいぞ、頑張れ新君!」
「フレーフレーあ・ら・た!」
大人たちからの悪ふざけの声が飛ぶ中、俺は目の前に出されたホルモンうどんをひたすらかき込み続けていた。
まるでフードファイターのようになっている俺を見ながら、幸子さんが満足そうな表情を浮かべる。
「あらちん、いい食べっぷりだね~」
俺の姿を見ながらそう口にする幸子さん。すると、先ほどからずっと俺の膝の上に収まっていた光が急に声を上げる。
「お兄ちゃん、ひかりにも!」
「・・・幸子さん、1人じゃ厳しいんで光にも参加させていい?」
「駄目。これは私と店長からあらちんに贈呈したお年玉だから」
急に真面目な表情になりながらそう口にする幸子さん。・・・どうやら、俺はこの大量のホルモンうどんをすべて胃の中に収めなくてはいけないらしい。すると、俺の目の前に追加のホルモンうどんが運ばれてくる。
「はい、光ちゃん」
それを運んできたのは、この食堂で働くおばさん。対する光は不満そうな表情を浮かべるが、俺の隣にいる幸子さんの無言の圧力により黙って食べ始める。
「あらちん、あらちんが他の人に声をかけたら全員にこれを食べてもらうね」
そう口にしながら、今俺が食べている非常識なほどに盛られたホルモンうどんを指さす。というか、今日の幸子さん、滅茶苦茶怖いんだけど・・・。なんでヤンデレみたいな雰囲気なの?
「幸子さん、なんで今日こんなに当たりが強いんですか?」
「あらちんの前だからだよ~」
「・・・意味わかんないです」
幸子さんの口にした台詞に対し、正直に答える。・・・実は俺、知らない内に嫌われるようなことをしたんだろうか・・・?
そして、そんな俺たちを見る恭介兄たち。ちなみに皆は巻き込まれたくないのか、先ほどから何も口にしていなかった。それでも同情するような視線を向けてくるので、正直なことを言うと食べ辛かったりする。・・・食事中に同情の眼差しを向けられるとか、俺は一体何をしたんだろうか?何もしてないぞ?
「意味は分からなくていいよ~。そういうあらちんも好きだから~」
「やっぱりなんか怒ってますよね!?笑顔が怖いんですけど!?」
「あらちん、黙ってあらちんは私の作ったご飯を食べてればいいの」
「は、はい」
やはり俺は何かしたらしい。ていうか、幸子さんのこんな姿は初めて見た。何で怒らせたかは分からないが、今は大人しく食べていよう。
そうして俺が山盛りのホルモンうどんを食べ終わったのは、新年会が終了する少し前だった。なお、食べきるのに2時間近くかかった。
「お~、あらちん食べきったね。・・・ねえ、あらちん。明日の午後って時間ある~?」
先ほど俺がホルモンうどんを食べている時に見せていた雰囲気はどこへやら。完全にいつもの幸子さんに戻ったようで、急に俺に尋ねてきた。
「え?ある、とは思いますけど・・・」
「なら、買い物に付き合ってくれる~?明日から雪が降る可能性があるらしいから、準備したいの~」
ふわふわするような、気の抜けた話し方で俺にそう聞いてくる幸子さん。どうやら、先ほど怒らせたかと思っていたのは杞憂だったようだ。
「俺でよければいいですよ。どこで集合に?」
「それじゃあ、この食堂で~。私、2時にはバイトが終わるから」
「了解です。じゃあ、そのくらいに来ますよ」
幸子さんとそんな会話をしていると、光が急に声をあげる。
「じゃあ光も行く!いいよね、幸子姉」
「うん、いいよ。それじゃあ明日は3人でお出かけだね~」
楽しそうな表情になる幸子さんと光。・・・なんだかんだ言って、この2人は仲が良い。俺と幸子さんはお互いに小学校低学年の頃に知り合った。その頃の幸子さんはいじめの標的になっていたせいか、結構荒れていたっけか。・・・そういえばその頃のニュースも学校でのいじめに関する物が多かったな。
そしてその頃の光は、学校以外であれば俺が行く先々について来ていた。まだ俺を兄と見ることで、心の平穏を保っていた頃だ。
そんな中で2人は知り合ったのだが、俺という共通の友人を通してまるで姉妹のように仲良くなっていったのだ。おそらく「お互いに傷を分かち合ったからなのだろう」と俺は勝手に思っている。
「それじゃあ、あらちん、光ちゃん。明日楽しみにしてるね~」
幸子さんがそう口にしてから数分後、おじさんが新年会の終了を知らせたのだった。
新年会終了後、恭介兄たちと別れた俺と光、みやこの3人は食料品を買うためにスーパーに来ていた。
先頭を切って店内を回るみやこの背中を光と共に追いかける俺は、手にしたカートへどんどんと食料品を入れていくみやこへ声をかける。
「・・・みやこ、それ全部持って帰るつもりか?」
カートへと山のように積み上げられた食料品たちは数日分は確実にある。袋に入れれば4袋くらいにはなりそうだ。
「ええ、もちろんよ?1週間分だもの、このくらいはいくわよ」
4人分を1週間で21食分。いや、お昼はたまに家では食べないから20食未満か。それでも買いすぎだと思うんだが・・・ていうか、数日前に山ほど買い込んでいただろうに。
「いや、賞味期限とかあるだろ?そんなに大量にあったらどれかしらは切れるんじゃないのか?」
「大丈夫よ。野菜とかはともかく、お肉は冷凍しておけば数日間は問題ないわ。それに、消費期限でなければ2日くらいなら害はほとんどないもの」
そのまま少しだけ説明をしてくるみやこ。
「生ものは期限が短いけど、加工してあるものは総じて期限が長くなる傾向があるわ。一番いい例は漬物かしら」
「あー、確かに。何年物とかってたまに聞くもんな」
「それからお肉は、冷凍することで菌がほとんど活動しなくなるの。さすがに死滅するわけじゃないから、いつかは腐ったりするんだけどね」
みやこの口から出てくる説明を聞いて思わず感心する。こういった知識があるのはさすが料亭の娘といったところか。
「そういえば食パンも冷凍したら長持ちするって言うよな」
「それも今話したことと同じよ。それから、冷凍食品って結構持つでしょ?それも同じ理由よ」
確かに、冷凍食品は1年くらい持つものも普通に見かける。――もしも、人類が冷凍という技術を会得していなかったら、今頃どんな世の中になっていたんだろう。
空輸とかで来るものは加工された食品ばかりになっていそうだな。そしてほとんどの国が食糧難に喘いでいそうだ。・・・待て、冷凍ってすごいな。
「・・・人類の進歩ってすごいな」
その結論に行き当たった俺は、思わず先人たちに感謝したのだった。・・・なお、急に口にしたことにより、みやこと光には気味悪がられたが。
その後大量の荷物を持ちながら帰宅した俺たちは、いつものように4人で食卓を囲んでいた。
「お兄ちゃん、あ~ん」
「はいはい、あーん」
そして光もいつものように俺の膝の上に座り、雛鳥のように口を開けていた。
「・・・見慣れた自分が怖いわ」
そしてその様子を見るみやこが溜息と共にそう口にする。
「はっはっは、もう見慣れたとは、みやこも毒されて来たのう」
そんなみやこを見ながら笑い声を上げる祖父。確かに、1週間程度で慣れてきたとあれば俺の記憶の中でも最速かもしれない。林太や恭介兄たちは数か月かかったし、家族以外で俺たちのことを一番見てきた幸子さんでも1月半はかかった。――半同棲みたいな生活だと、こういった光景に慣れるのが早いのだろうか?
「ほぼ毎食こんな風に見せられていたら慣れますよ・・・」
祖父の言葉を聞いたみやこがうんざりした表情でこちらを見てくる。まあ、俺でも今の俺たちと同じことを真横でされたら似たような表情を向けるかもしれない。
だが本人たちからすれば、それすら気にならないのだから不思議なものだ。――本当に不思議だな、今うんざりした表情を向けてきているみやこに対して一切罪悪感が湧かないのだから。
「なんならみやこも同じようにしてもらったらどうじゃ?」
そんなみやこへ祖父が唐突にそう口にする。対するみやこは「えっ!?」と驚いた声を上げると、祖父の方を見た。
「そんな羨ましそうな顔をするならやってもらえ。新もそのくらいは構わんじゃろう?」
「い、いやいや!えぇ?」
よほど驚いているのか、半ギレ気味に俺を見てくる。・・・なぜ半ギレなのかは分からないが、行動から驚いていることには間違いはない。
「おじいちゃん、お兄ちゃんのあーんはひかりだけの特権だもん!誰にも渡さないもん!」
そしてそこへ反論していく光は、みやこへと挑戦するような視線を向けながら俺へとさらに引っ付いてくる。
「・・・光だけの特権になった覚えはないんだけどな・・・」
「何か言った?お兄ちゃん?」
「いや、何も」
ぼそりと呟いた俺の台詞は、光の耳にはしっかりと入っていたらしく、思いっきり睨まれた。そして光は、みやこへと視線を戻す。
(・・・どうでもいいから早く飯を食わせてくれよ・・・)
次第に目線で火花を散らし始める2人を見ながら、俺は静かにそう思ったのだった。
そして夕食後。
あのあと「光、もうご飯食べないんなら降りてくれ」と俺が口にしたことによりひとまずその場は収まったのだが、そのせいで拗ねた光はしばらく俺の方を見てくれなかった。――というか、今も俺の方を見ようとしていない。
(まあ、たまにはいいか)
普段は甘えてばかりの妹の怒っている表情を見ているのも面白いしな。まあ、ガチの喧嘩じゃないから出来る事なのだが、ガチの喧嘩中にこんなことをしていたらただの阿保か馬鹿だろう。
そうこうしている内に祖父が寝室へ戻り、夕食後から点けっぱなしになっていたテレビから天気予報が流れ始める。
「・・・明日から暫く雪が降るんだな」
「みたいね。あまりいい気分ではないけど」
俺の台詞にみやこが反応する。彼女が口にした言葉は、果たしてどちらの意味なのだろうか・・・?
「雪か・・・そういえば、初めて会った日の夜もこんな風に話してたよな」
ふと、祖父の家に来た日のことを思い出す。あの日もこんな風に天気予報が流れていて――
(・・・あれ?そういえばあの時も誤魔化すような喋り方をしていたっけか。で、雪は降らないって言われて、本当に降らなかった)
あの時は凄いなと思っていたが、今思えばそのことを知っていたからあんな話し方をしていたのか。・・・待てよ、そもそも初めて会った時、みやこはバス停にいた。でも、俺の記憶が正しければバスから降りたのは俺だけだった。ついバス停にいたから一緒に降りたものだと思っていたが、まさかあそこで待っていたのか?
「・・・ちゃん、お兄ちゃん!・・・どうしたの、恐い顔して」
急に光に声をかけられてハッとする。どうやら考え事に没頭していたらしく、テレビは次の番組が始まっていた。
「いや、なんでもないよ。少し考え事してただけだ」
「そうなの?平子さんと話してる最中に急に黙っちゃったから・・・」
どうやら俺は気づいたら黙りこくっていたらしい。その間の記憶も曖昧なところを見ると、集中しすぎて何を言われても上の空だったに違いない。変なことを口走ってなければいいが・・・
「あれ、みやこは?」
「平子さんならそこで硬直してるよ?お兄ちゃんが急に告白まがいのことを言ってたから」
・・・既に口走っていたらしい。俺は一体何を言ったんだ?
「・・・光、ちなみに俺はなんて言ってたんだ?」
気になってしまった俺は、事実を確認するために光に尋ねる。すると光は顔を赤くしながら口を開いた。
「えっと・・・「みやこと会った日は運命か何かなのか」って、言ってたよ?」
光から答えを聞いた瞬間に全身が火を噴きそうなほどに熱くなる感覚を覚える。ていうか、無意識の内にそんなこと言うとか失礼だし滅茶苦茶恥ずかしい。・・・穴があったら潜って生き埋めにされたいくらいだ。二度と日の光を浴びたくない。
「そ、そうか。うん、なんか、ごめん」
なんとかみやこに謝るが、自分でも理解が追いつかなかったせいで片言になってしまう。すると、石像のように固まったみやこの口がゆっくりと開いた。
「本当よ!何?どうせなんかくだらないことでも考えていたんでしょうけど、いきなりあんなことを言うとか神経おかしいんじゃないの!?馬鹿なの?ねえ!」
俺の言葉を聞いた瞬間、怒り心頭といった様子のみやこがマシンガンの如く言葉を打ち出してくる。もちろん俺に反論の余地はないわけで、その言葉の嵐が止まるまでずっと黙っていたのだった。
「ねえ、新君。さっきの神社での話、本当なの?」
その様子をぼんやりと眺めていた俺にみやこが小声で話しかけてきた。
「ああ。バスのニュースの後と、光が来た日の午後にな」
対する俺も小声で返す。するとみやこは何かを考え始めたようで、しばらく黙り込む。
「お兄ちゃん、平子さんと何を話してるの?」
そんな俺たちの間へ入り込んでくる光。
「ああ、さっき神社で嫌な夢を見たって話したろ?その事についてだよ」
俺の説明を聞いて納得する光。そうして当たり前のように俺の膝に収まると、俺に声をかけてくる。
「ねえねえ、お兄ちゃん。明日はお兄ちゃんと遊びに行きたいな」
「明日か・・・。明日は林太の家に行って新年の挨拶をしてから遊ぶ予定だけど、光も来るか?」
遊びに行きたいと言う光に対して俺はそう答える。それを聞いた光は少しだけ不満そうな表情になるが、参加したいと口にした。
「なあ、かねみつ。明日光も一緒に行っていいか?」
「もちろん。3人じゃスマファミはつまんないしな」
「じゃあ光も行くからおばさんに伝えといてくれ」
林太に確認を取るとすぐにOKが出たので、俺は最後にそう伝える。――ちなみにスマファミとは、最大4人で対戦できる対戦型アクションゲームの事だ。
金宮家には10年ほど前に出た家庭用ゲーム機が今も現役で稼働しており、毎年正月には3人で「去年の厄を吹き飛ばす」というゲン担ぎに使っている。
そんな風に友人たちと話をしていると、店主のおじさんから声が上がった。
「あー、あー。・・・紳士淑女の皆様、今宵は――」
まるで貴族様のパーティにでも出てきそうな台詞を口にするおじさん。そんなおじさんに対して地元の大人たちから野次だったりツッコミだったりが飛ぶが、おじさんは気にすることなく台詞を続けていく。
「――えー、では。長くなりましたが、今年も新年会を始めさせていただきます。好きなだけうどんをすすってくださいね」
その言葉の食後、おじさんの視線が俺に向く。と同時に、いつの間にやら姿を消していた幸子さんの手によって、山盛りのホルモンうどん~我が家すぺしぁる~が運ばれてくる。そのサイズを見た瞬間、辺りにざわめきが起こる。なぜなら――
「はい、あらちん」
「・・・」
その山盛りのホルモンうどんは俺の目の前に運ばれてきたからだ。・・・確かに好きだとは言った。おじさんも大量に作っておくと言っていた。だが、いくら何でも――
「この量は非常識すぎるだろ!?」
俺は山盛りになっているホルモンうどんを見て思わず叫ぶ。これが普通のお皿に山盛りになっているのであればいい。
だが今、俺の目の前にあるのは直径で20センチくらいある器にこれでもかと盛られに盛られたホルモンうどん。器からはみ出している部分だけで10センチ近くはありそうなのに、器自体の深さが7センチくらいという意味不明な量だった。多分、1.5キロは確実に超えていると思う。
「あらちん、頑張って食べてね~。私も手伝ったんだよ~」
どう反応するべきか困る台詞を満面の笑みと共に口にする幸子さん。――嬉しいと言えば嬉しい。だが、さすがにそれを言えるほどの勇気はないし、これを作る手伝いをしたと言われては正直言って迷惑だったりもする。流石にこの量を1人で食べきるのはとてもではないが出来ない。
「あ、そうなんですか、ありがとうございます」
俺はどう返すべきか思案していたが、結局はそう返すことしかできなかった。
「おー、いいぞ、頑張れ新君!」
「フレーフレーあ・ら・た!」
大人たちからの悪ふざけの声が飛ぶ中、俺は目の前に出されたホルモンうどんをひたすらかき込み続けていた。
まるでフードファイターのようになっている俺を見ながら、幸子さんが満足そうな表情を浮かべる。
「あらちん、いい食べっぷりだね~」
俺の姿を見ながらそう口にする幸子さん。すると、先ほどからずっと俺の膝の上に収まっていた光が急に声を上げる。
「お兄ちゃん、ひかりにも!」
「・・・幸子さん、1人じゃ厳しいんで光にも参加させていい?」
「駄目。これは私と店長からあらちんに贈呈したお年玉だから」
急に真面目な表情になりながらそう口にする幸子さん。・・・どうやら、俺はこの大量のホルモンうどんをすべて胃の中に収めなくてはいけないらしい。すると、俺の目の前に追加のホルモンうどんが運ばれてくる。
「はい、光ちゃん」
それを運んできたのは、この食堂で働くおばさん。対する光は不満そうな表情を浮かべるが、俺の隣にいる幸子さんの無言の圧力により黙って食べ始める。
「あらちん、あらちんが他の人に声をかけたら全員にこれを食べてもらうね」
そう口にしながら、今俺が食べている非常識なほどに盛られたホルモンうどんを指さす。というか、今日の幸子さん、滅茶苦茶怖いんだけど・・・。なんでヤンデレみたいな雰囲気なの?
「幸子さん、なんで今日こんなに当たりが強いんですか?」
「あらちんの前だからだよ~」
「・・・意味わかんないです」
幸子さんの口にした台詞に対し、正直に答える。・・・実は俺、知らない内に嫌われるようなことをしたんだろうか・・・?
そして、そんな俺たちを見る恭介兄たち。ちなみに皆は巻き込まれたくないのか、先ほどから何も口にしていなかった。それでも同情するような視線を向けてくるので、正直なことを言うと食べ辛かったりする。・・・食事中に同情の眼差しを向けられるとか、俺は一体何をしたんだろうか?何もしてないぞ?
「意味は分からなくていいよ~。そういうあらちんも好きだから~」
「やっぱりなんか怒ってますよね!?笑顔が怖いんですけど!?」
「あらちん、黙ってあらちんは私の作ったご飯を食べてればいいの」
「は、はい」
やはり俺は何かしたらしい。ていうか、幸子さんのこんな姿は初めて見た。何で怒らせたかは分からないが、今は大人しく食べていよう。
そうして俺が山盛りのホルモンうどんを食べ終わったのは、新年会が終了する少し前だった。なお、食べきるのに2時間近くかかった。
「お~、あらちん食べきったね。・・・ねえ、あらちん。明日の午後って時間ある~?」
先ほど俺がホルモンうどんを食べている時に見せていた雰囲気はどこへやら。完全にいつもの幸子さんに戻ったようで、急に俺に尋ねてきた。
「え?ある、とは思いますけど・・・」
「なら、買い物に付き合ってくれる~?明日から雪が降る可能性があるらしいから、準備したいの~」
ふわふわするような、気の抜けた話し方で俺にそう聞いてくる幸子さん。どうやら、先ほど怒らせたかと思っていたのは杞憂だったようだ。
「俺でよければいいですよ。どこで集合に?」
「それじゃあ、この食堂で~。私、2時にはバイトが終わるから」
「了解です。じゃあ、そのくらいに来ますよ」
幸子さんとそんな会話をしていると、光が急に声をあげる。
「じゃあ光も行く!いいよね、幸子姉」
「うん、いいよ。それじゃあ明日は3人でお出かけだね~」
楽しそうな表情になる幸子さんと光。・・・なんだかんだ言って、この2人は仲が良い。俺と幸子さんはお互いに小学校低学年の頃に知り合った。その頃の幸子さんはいじめの標的になっていたせいか、結構荒れていたっけか。・・・そういえばその頃のニュースも学校でのいじめに関する物が多かったな。
そしてその頃の光は、学校以外であれば俺が行く先々について来ていた。まだ俺を兄と見ることで、心の平穏を保っていた頃だ。
そんな中で2人は知り合ったのだが、俺という共通の友人を通してまるで姉妹のように仲良くなっていったのだ。おそらく「お互いに傷を分かち合ったからなのだろう」と俺は勝手に思っている。
「それじゃあ、あらちん、光ちゃん。明日楽しみにしてるね~」
幸子さんがそう口にしてから数分後、おじさんが新年会の終了を知らせたのだった。
新年会終了後、恭介兄たちと別れた俺と光、みやこの3人は食料品を買うためにスーパーに来ていた。
先頭を切って店内を回るみやこの背中を光と共に追いかける俺は、手にしたカートへどんどんと食料品を入れていくみやこへ声をかける。
「・・・みやこ、それ全部持って帰るつもりか?」
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「ええ、もちろんよ?1週間分だもの、このくらいはいくわよ」
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「いや、賞味期限とかあるだろ?そんなに大量にあったらどれかしらは切れるんじゃないのか?」
「大丈夫よ。野菜とかはともかく、お肉は冷凍しておけば数日間は問題ないわ。それに、消費期限でなければ2日くらいなら害はほとんどないもの」
そのまま少しだけ説明をしてくるみやこ。
「生ものは期限が短いけど、加工してあるものは総じて期限が長くなる傾向があるわ。一番いい例は漬物かしら」
「あー、確かに。何年物とかってたまに聞くもんな」
「それからお肉は、冷凍することで菌がほとんど活動しなくなるの。さすがに死滅するわけじゃないから、いつかは腐ったりするんだけどね」
みやこの口から出てくる説明を聞いて思わず感心する。こういった知識があるのはさすが料亭の娘といったところか。
「そういえば食パンも冷凍したら長持ちするって言うよな」
「それも今話したことと同じよ。それから、冷凍食品って結構持つでしょ?それも同じ理由よ」
確かに、冷凍食品は1年くらい持つものも普通に見かける。――もしも、人類が冷凍という技術を会得していなかったら、今頃どんな世の中になっていたんだろう。
空輸とかで来るものは加工された食品ばかりになっていそうだな。そしてほとんどの国が食糧難に喘いでいそうだ。・・・待て、冷凍ってすごいな。
「・・・人類の進歩ってすごいな」
その結論に行き当たった俺は、思わず先人たちに感謝したのだった。・・・なお、急に口にしたことにより、みやこと光には気味悪がられたが。
その後大量の荷物を持ちながら帰宅した俺たちは、いつものように4人で食卓を囲んでいた。
「お兄ちゃん、あ~ん」
「はいはい、あーん」
そして光もいつものように俺の膝の上に座り、雛鳥のように口を開けていた。
「・・・見慣れた自分が怖いわ」
そしてその様子を見るみやこが溜息と共にそう口にする。
「はっはっは、もう見慣れたとは、みやこも毒されて来たのう」
そんなみやこを見ながら笑い声を上げる祖父。確かに、1週間程度で慣れてきたとあれば俺の記憶の中でも最速かもしれない。林太や恭介兄たちは数か月かかったし、家族以外で俺たちのことを一番見てきた幸子さんでも1月半はかかった。――半同棲みたいな生活だと、こういった光景に慣れるのが早いのだろうか?
「ほぼ毎食こんな風に見せられていたら慣れますよ・・・」
祖父の言葉を聞いたみやこがうんざりした表情でこちらを見てくる。まあ、俺でも今の俺たちと同じことを真横でされたら似たような表情を向けるかもしれない。
だが本人たちからすれば、それすら気にならないのだから不思議なものだ。――本当に不思議だな、今うんざりした表情を向けてきているみやこに対して一切罪悪感が湧かないのだから。
「なんならみやこも同じようにしてもらったらどうじゃ?」
そんなみやこへ祖父が唐突にそう口にする。対するみやこは「えっ!?」と驚いた声を上げると、祖父の方を見た。
「そんな羨ましそうな顔をするならやってもらえ。新もそのくらいは構わんじゃろう?」
「い、いやいや!えぇ?」
よほど驚いているのか、半ギレ気味に俺を見てくる。・・・なぜ半ギレなのかは分からないが、行動から驚いていることには間違いはない。
「おじいちゃん、お兄ちゃんのあーんはひかりだけの特権だもん!誰にも渡さないもん!」
そしてそこへ反論していく光は、みやこへと挑戦するような視線を向けながら俺へとさらに引っ付いてくる。
「・・・光だけの特権になった覚えはないんだけどな・・・」
「何か言った?お兄ちゃん?」
「いや、何も」
ぼそりと呟いた俺の台詞は、光の耳にはしっかりと入っていたらしく、思いっきり睨まれた。そして光は、みやこへと視線を戻す。
(・・・どうでもいいから早く飯を食わせてくれよ・・・)
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(まあ、たまにはいいか)
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そうこうしている内に祖父が寝室へ戻り、夕食後から点けっぱなしになっていたテレビから天気予報が流れ始める。
「・・・明日から暫く雪が降るんだな」
「みたいね。あまりいい気分ではないけど」
俺の台詞にみやこが反応する。彼女が口にした言葉は、果たしてどちらの意味なのだろうか・・・?
「雪か・・・そういえば、初めて会った日の夜もこんな風に話してたよな」
ふと、祖父の家に来た日のことを思い出す。あの日もこんな風に天気予報が流れていて――
(・・・あれ?そういえばあの時も誤魔化すような喋り方をしていたっけか。で、雪は降らないって言われて、本当に降らなかった)
あの時は凄いなと思っていたが、今思えばそのことを知っていたからあんな話し方をしていたのか。・・・待てよ、そもそも初めて会った時、みやこはバス停にいた。でも、俺の記憶が正しければバスから降りたのは俺だけだった。ついバス停にいたから一緒に降りたものだと思っていたが、まさかあそこで待っていたのか?
「・・・ちゃん、お兄ちゃん!・・・どうしたの、恐い顔して」
急に光に声をかけられてハッとする。どうやら考え事に没頭していたらしく、テレビは次の番組が始まっていた。
「いや、なんでもないよ。少し考え事してただけだ」
「そうなの?平子さんと話してる最中に急に黙っちゃったから・・・」
どうやら俺は気づいたら黙りこくっていたらしい。その間の記憶も曖昧なところを見ると、集中しすぎて何を言われても上の空だったに違いない。変なことを口走ってなければいいが・・・
「あれ、みやこは?」
「平子さんならそこで硬直してるよ?お兄ちゃんが急に告白まがいのことを言ってたから」
・・・既に口走っていたらしい。俺は一体何を言ったんだ?
「・・・光、ちなみに俺はなんて言ってたんだ?」
気になってしまった俺は、事実を確認するために光に尋ねる。すると光は顔を赤くしながら口を開いた。
「えっと・・・「みやこと会った日は運命か何かなのか」って、言ってたよ?」
光から答えを聞いた瞬間に全身が火を噴きそうなほどに熱くなる感覚を覚える。ていうか、無意識の内にそんなこと言うとか失礼だし滅茶苦茶恥ずかしい。・・・穴があったら潜って生き埋めにされたいくらいだ。二度と日の光を浴びたくない。
「そ、そうか。うん、なんか、ごめん」
なんとかみやこに謝るが、自分でも理解が追いつかなかったせいで片言になってしまう。すると、石像のように固まったみやこの口がゆっくりと開いた。
「本当よ!何?どうせなんかくだらないことでも考えていたんでしょうけど、いきなりあんなことを言うとか神経おかしいんじゃないの!?馬鹿なの?ねえ!」
俺の言葉を聞いた瞬間、怒り心頭といった様子のみやこがマシンガンの如く言葉を打ち出してくる。もちろん俺に反論の余地はないわけで、その言葉の嵐が止まるまでずっと黙っていたのだった。
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