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大きくてリアル

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(ドン!)

 保健室の扉が開かれることによって鳴った大きな音、

「センセー!匿って!」

 直後にそんな言葉を叫びながら入ってきた女子生徒の姿を見た保健医であるナツは、ため息を吐くことすら忘れて驚いていた。

「センセー匿って!」
「ハル。なによそれは?」
「何って?」

 ナツが何を問いかけているのか訳がわからずに首を傾げるハル。

「その背負っているモノよ」

 ナツがハルの背負っているモノを指差すと、ハルはようやく合点がいったので「あ~」と頷いた。

「見ての通りテディーベアだよ!」
「どう見ても本物の熊にしか見えないのだけど!?」

 ナツの言う通り、ハルが背負っているテディーベアはどこからどう見ても本物の熊にしか見えない、1メートルもある大きな熊だった。

「テディーベアってもっと可愛くデフォルメされた熊のぬいぐるみよね!?」
「スゴく可愛いじゃん!」

 ハルは背負っていた熊を置くと、その両脇に手を入れて持ち上げ、ナツに突き出した。

「怖いわよ!」
「なんで!?」
「そんなに大きくてリアルな熊を私は可愛いとは思えないわよ!」
「そんな~!こんなに可愛いのに!」

 熊をしっかり抱きしめるハルを見てナツはため息を吐いた。

「ハルがそれを可愛いと思うのはいいけど、それをテディーベアとして売っていることに対しては色々と言いたいことがあるわね」
「え?熊のぬいぐるみ=テディーベアじゃないの?」
「はぁ~」

 ハルの言葉にナツは盛大にため息を吐いた。

「熊のぬいぐるみが全てテディーベアと言うわけじゃないわよ」
「え?そうなの?」
「そうよ。だから、これからは熊のぬいぐるみを見たからといってテディーベアとは言わないようにね」
「はーい!」

 元気よく返事をしたハルはハッとした。

「そうじゃなくてセンセー匿って!」
「匿ってって、そんなモノを持ってくるから生徒指導の先生に追いかけられるのでしょ。だったら素直に謝って怒られてきなさい」

 そう言ってナツは机に向かい、シッシッと手を振った。

「違うもん!」
「違うもんって、生徒指導の先生に追われてるから匿ってって言ってきてるのでしょ?」
「違うって!」
「だったら誰が追ってきてるのよ」
「追ってきてるのは生徒指導の先生じゃなくて猟友会の人達だから!」

 予想の斜め上をいく答えに振り返ったナツは熊を指さした。

「やっぱりその熊本物じゃないでしょうね!?」
「ぬいぐるみだよ!」
「ぬいぐるみだったら猟友会の人達が追ってくるなんてことにはならないわよ!」
「もう」

 ナツに言っても匿ってもらえそうにないと思ったハルは、間仕切りカーテンを開けてベッド際に行くと熊をベッドに寝かせて布団をかけ、さらにカバンから取り出したナイトキャップを頭に被せて「よし!」と頷いた。

「よし!じゃないわよ!」

 ナツはハルの頭を叩いた。

「これでどこからどう見ても寝てる熊さんじゃん!」
「確かに寝ている熊さんにはなったけど、だからといって「なら大丈夫か」とはならないわよ!」
「どうして!?」
「どうしても何も、その熊がリアルすぎるからよ!」
「なんだって!」

 オーバーリアクションで驚くハルをよそに、ナツはあらためて寝ている熊さんを見た。

「センセーどうかしたの?」
「いえ。この寝ている熊さんの姿が赤ずきんに出てくる狼みたいだなって思ってね。このあと猟友会の人達が来るのなら、そのまま狩られればハッピーエンドになるんじゃない?」
「そんなの絶対ダメー!」

 熊を守るように覆いかぶさったハルはふと思った。

「でも、この寝ている熊さんが狼なら、私が赤ずきんでセンセーがおばあさんだね」
「誰がおばあさんだ?」
「きゃ~」

 ナツに睨まれてハルがお遊びの悲鳴をあげていると、

「ここか!」

 扉が開いて猟銃を持った男達が入ってきた。

「女子高生が熊に襲われているという連絡を受けてやって来たのですが、ここに熊は居ませんか!?」

 入ってきた猟友会の人の言葉に「やっぱり赤ずきんじゃないの!」と言いたかったナツだが、どうにかその言葉を飲み込んで猟友会の人達に状況を説明し、ハルと一緒に謝罪するのだった。

 ちなみに、そんな騒動を起こしたハルは当然ながら生徒指導の先生からキツーいお説教を受けたのは言うまでもないだろう。
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