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2.誰も存在を

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「助けてください!」

 そう言いながら店に入ってきたのは15歳くらいの少年じゃった。

 しかし、「助けてください!」か。

 何を助けて欲しいのかは気になったのじゃが、それ以上に気になったのが、

「ここがどんな店なのかわかっておるのか?」

 今日開店したばかりの、それも宣伝もしていないので誰も存在を知らない店に、「助けてください!」と言いながら入ってくるなんて普通では絶対にありえないことじゃ。

 しかし、入ってきた時の少年の表情は本当に助けを求めている目じゃったので、冷やかしやいたずらではないじゃろう。

 じゃからこそ、どこでこの店のことを知ったのかが気になるのじゃよ。

 すると、ワシの問いを聞いた少年はチラッと四季と春を見たのじゃ。

「そこの2人が入っていくお店がどんな店なのか気になって外で盗み聞きしていたので、ここがよろず屋というなんでも屋だということは知っています」

 少年の答えにワシは納得したのじゃ。

 確かに、執事とメイドの2人組が入った店がどんな店かは気になるものじゃろう。

 しかしじゃ。「助けてください!」と言うくらいひっ迫した状況で、いくら気になったからといっても盗み聞きしている暇なんてあるのか?ホントにこやつは焦っているのか?と思ってしまうのじゃよ。

 まぁ、そんなひっ迫した状況でも好奇心に負けてしまう時があるじゃろうし、この店がどんな店かわかってくれているだけマシだと思うことにするとしようかの。

「わかっているならよい。話を聞きたいからそこに座るといい」

 ワシが客用に用意していた椅子を示すと、春が慣れた手つきで椅子を引き、四季はいつの間にかワシの後ろへと移動してきておった。

 そんな2人の行動に少年は驚いておったが、春が「どうぞ」と座るように勧めると、驚いた表情のまま椅子に座ったのじゃ。

「さて、まずは自己紹介からじゃろうな。
 ワシの名前は夕夜じゃ。よろず屋のマスターをしてもおる。で、こっちのメイドが四季でそっちの執事が春じゃな。2人共ワシの親友で開店したことを聞きつけてやって来たのじゃよ」

 ワシが紹介をすると、2人は少年に向けて軽く一礼したのじゃ。

「えっと、俺の名前はシバルです」

 少年、シバルも軽く一礼してきた。

「それで、助けてくださいとはどういうことじゃ?」
「あの!結婚式を止めたいのです!」

 まさかの発言にワシの思考は一瞬フリーズしてしまったのじゃよ。

 しかし、すぐに我に返るとシバルの目を見た。

 まっすぐワシを見る目は本気じゃった。

 じゃったのじゃが、異世界の結婚は日本の結婚とはワケが違うのじゃよ。

 日本の結婚は、役所に婚姻届を出せばその時点で夫婦と認められ、新たに夫婦になった2人はそれを周囲の人達に知らせるために、招かれた人達は2人を祝うために結婚式をあげるのが一般的じゃ。最近では結婚式をあげない夫婦が増えているらしいがな。

 しかし、異世界には神が実在しておるので、結婚は教会で神に夫婦になることを報告し、夫婦になることを誓う大事な儀式なのじゃ。そして、神に対して誓いをたてると2人の薬指に神からエンゲージリングが送られるのじゃ。

 さらに、異世界で結婚することが重要視されている最大の理由が、結婚しなければ子供を作れない、ということなのじゃよ。

 なんて言えば、「そんなの普通だろ?」なんて言われそうじゃが、異世界では神によって禁止されているせいで結婚して夫婦にならなければ子供を作ることが、ようするにまぐわうことが出来ないのじゃよ。

 キスや裸になって体を触り合って楽しむことは出来るのじゃが、最後の一線を超えることは絶対に出来ないのじゃよ。

 それがたとえ恋人や結婚を誓いあった婚約者だとしてもじゃ。

 その代わりと言ってはなんじゃが、結婚初夜の子づくりでは確実に子供が出来るのじゃよ。

 そして、この世界には自らの意志で離婚という考えがないのじゃよ。

 理由としては、異世界あるあるその2。

 異世界は病気に関する知識や治療法が乏しいのじゃよ。

 さらに異世界あるあるその3。

 魔物や盗賊・山賊が居たり、戦争も当たり前のようにあるのじゃよ。

 さらにさらに異世界あるあるその4。

 一夫多妻が認められておる。

 そういった理由から、結婚してもすぐに相手が亡くなってしまうなんてことがよくあり、人口減少が激しいので、産めよ増やせという考えを人々が持っておるというのも理由の1つじゃろう。

 しかし、やはり最大の理由は離婚を決めるのも神だということじゃろう。

 さっき言ったが、結婚すると神からエンゲージリングが贈られるのじゃが、これは神にしか外すことが出来ないものであり、エンゲージリングがはめられておる以上は夫婦なのじゃよ。

 そして、よほどの理由がない限り、神は離婚を認めないのじゃよ。

 離婚するような理由の例をあげれば、相手がDVじゃったり、生活が出来なくなる程金づかいが荒かったり、犯罪を犯したり、子供を虐待しておった場合じゃな。

 その場合、神はエンゲージリングを取り上げ、原因となった者は2度と結婚することが出来なくなるのじゃよ。

 そういった理由もあって、この世界の結婚はかなり重要で神聖な儀式なのじゃ。

 じゃから、依頼されたからといっておいそれと「わかりました。結婚式を止めます」なんて言えないのじゃよ。

「まずは、なぜ結婚式を止めたいのか、その理由を聞かせて欲しいのじゃよ」
「理由は俺の彼女が無理矢理貴族に連れて行かれて結婚させられそうだからです!」

 貴族が絡んでおるとなると、さらに厄介な案件みたいじゃな。

 しかし、こやつの彼女を無理矢理連れて行くとは、ヒドい貴族じゃな。

「無理矢理とはどういうことじゃ?」
「5日前に村にイビラチャっていう貴族の息子がやって来て、俺の彼女のシャルを「嫁にする」と言って無理矢理連れて行ったんだ!」
「あ~」

 イビラチャという名前を聞いて、なるほどと納得出来てしまったのじゃよ。

「やっぱり知ってるのか?」
「そりゃの。ここの領主の息子じゃからの」

 そう。イビラチャはここの領主と第2夫人との間に生まれた次男坊の名前じゃ。そして、典型的な貴族至上主義の考え方を持つ、ワシから見ればダメな貴族の典型じゃな。

 そういえば最近15歳になったはずじゃったな。

 異世界あるあるその5。

 成人の年齢は15歳で結婚出来る年齢も15歳。

 成人の年齢が低いのも結婚出来る年齢が低いのも、色々な要因で人が亡くなりやすい環境で、産めよ増やせな考え方が浸透しておるからじゃろうな。

 しかし、15歳になってそんなに経っていないはずなのに、イビラチャがこんな行動を起こすとわな。

 とも一瞬思ったが、イビラチャの性格ならありえないことではないと思い直したのじゃ。

 とはいえ、あの一家なら大丈夫なはずじゃが、シバルがかなり心配しているし、イビラチャが行動を起こしたことが気になるから調べてみるかのう。

「結婚を止める依頼を受けるかどうかを判断するために、1日かけて色々と調べさせて事実確認させてもらってもよいかの?」
「そんなことを言ってたら結婚式が行われてしまうよ!」

 椅子から立ち上がり、カウンターに身を乗り出してワシに近づいてきたシバルから距離を取るためにワシは椅子を引いたのじゃ。

「落ち着かんか」
「落ち着いてられませんよ!」

 さらに身を乗り出そうとしてくるシバルの額を軽く叩いてやったのじゃ。

「確認じゃが、お主の村からここまで馬車で何日かかるのじゃ?」
「3日だ!」
「ならば、お主がこの街に着いたのは昨日じゃな」

 ワシの予想が正解じゃったのじゃろう。シバルは驚いた表情で固まったのじゃ。

「どうしてわかったんだ?」

 驚いたことで冷静になれたシバルは椅子に座り直したのじゃ。

「簡単なことじゃよ。お主の村にイビラチャがやって来てお主の彼女を連れ去ったのが5日前じゃ。当然お主はすぐに追いかけたかったが、何の準備もなく追うわけにもいかぬじゃろう。じゃから1日遅れて追うことになったと考えれば、この街に昨日着いたという考えに至るのは普通じゃろう」

 ワシの推理を聞いたシバルは軽く息をのんでおった。

「しかし、1日遅れてでもよいから冷静に準備を行って追いかけてくる程冷静じゃったお主ならばすぐにわかることじゃと思うのじゃがな」
「どういうことですか?」
「こちらも簡単な話じゃ。結婚式をあげるためにも準備をする時間が必要じゃということじゃよ」

 ワシの指摘でようやくそこに思いいたったシバルは目を見開いた。

「特に貴族の結婚式となれば式場やドレス、料理など様々なモノを豪華にしようとするから用意にも時間がかかるし、出席者の数も当然多くなるじゃろうから集まるのにも時間かかるものじゃ。そして、イビラチャがこの街に帰ってきたのは2日前じゃろうから、早くてもあと3日4日の時間の猶予はあるじゃろう。ならば、情報を集めるのに1日くらい使っても問題なかろう。というより、情報が無いことにはどう結婚式を止めるのかの計画すら立てることが出来ぬよ」
「そう、でした」

 シバルは理解してくれたようじゃが、それでも彼女のことが心配じゃからじゃろう。シバルの返事はどこか歯切れの悪いモノじゃった。

 その心配もわからなくもないが、そんな歯切れの悪い返事をされてしまったら釘を刺さなければならなくなるのじゃよ。

「彼女のことが心配じゃろうが、お主だって1人ではどうにもならないと思ったからこんなよくわからぬ店に助けを求めたのじゃろう?ならば、不用意な行動はするではないぞ。その不用意な行動は結婚式を止めることが出来なくなるじゃけじゃなく、お主の彼女にも危険がおよぶかもしれんからな。もしお主が不用意な行動をした場合はワシはすぐに依頼から手を引かせてもらうのじゃよ」
「それはつまり、依頼を受けてもらえるということでいいのですか?」

 シバルが期待した眼差しを向けてきた。

「情報次第では変わるかもしれんが、とりあえず今は受けるつもりでおるよ」

 そう言うと、シバルはホッとしておった。

 情報次第とは言ったが、イビラチャのことはよく知っておるので情報を集めてから「やっぱり受けないのじゃ」ということにはならないじゃろう。

 じゃが、シバルがどんな奴なのか知らぬので、「もしかして」があるかもしれんし、やはり情報が無いことには助け出すための計画も立てれぬので、情報は必要なのじゃよ。

「では、明日のこの時間にまたここへ来るのじゃよ。その時に正式に依頼を受けるかの返事はするのじゃ」
「わかりました。よろしくお願いします」

 立ち上がったシバルはワシに向かって頭を下げてきたのじゃった。
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