上 下
40 / 85

40.我慢出来ずに

しおりを挟む
「ちょっとちょっと。私達の紹介もしてよ」

 チョウちゃんとイチョウさんがじゃれ合っていっこうに紹介してくれないことにしびれをきらしたギャルが声をあげた。
 その言葉でまだ自己紹介の途中だということを思い出したイチョウさんはギャルを見てからチョウちゃんを見た。

「それもそうね」

 イチョウさんはチョウちゃんから手を離すとソファに座り直した。

「ほら、チョウちゃん」

 痛みを和らげるためなのか、少しうつむきながら頭を揉んでいたチョウちゃんの腰を肘でつつく。

「なに?」
「なに?じゃなくて進行してよ」
「えっ、私がするの?」

 驚くチョウちゃんが僕の方を見てきた。

 その反応が僕からすればありえない。

「さっきまでチョウちゃんが進行してたのだから当然でしょ」

 当然のことなので言いきってあげると、「う~」と言ったチョウちゃんは最後にもう1度頭を揉んでから顔をあげた。

「イチョウの右隣にいるのが冬野ユキちゃんだね」
「冬野ユキで~す。今年から花見大学に通う女子大生で~す」

 自己紹介したユキさんは机の上に乗りだして顔を近づけてきた。

「町内テレビを見てる時から思ってたけど、やっぱり男前でカッコいいよね~」

 まじまじと僕の顔を見てくるユキさん。

 その距離の近さとユキさんが言った言葉に僕は苦笑した。

「アハハ」

 男前。カッコいい。

 その言葉をこれまで何度かけられたことだろうか。

 女の僕にとってはいつまで経っても、何度言われても好きになることも、嬉しくなることもない言葉。しかし、初対面の人からはほぼ確実に言われる言葉。

 チョウちゃん達のようにおちょくるように言ってきたのなら怒るのだけど、ユキさんは本気でまじめに褒め言葉として言っているので怒るに怒れない。

「ぷぷっ。やっぱり男前でカッコいいって言われるね」

 こうやっておちょくるように言われたのなら、

「ぐふっ」

 こうしておしおきとしてしっかりと殴るだけだ。

 打ち込んだ拳を引き抜くと、チョウちゃんはゆっくりとソファに倒れ込んだ。

「コウくん。いきなり殴るなんてヒドいよ」

 泣き真似まで始めるチョウちゃんだが、おちょくられたあとにそんなことをされたら余計にイラッとしてくるので逆効果でしかない。

「おちょくってくるから自業自得でしょ」

 そして、昔から何度もされているおしおきなのだから文句を言わないでほしい。

「事実を言ったまでじゃん!」

 確かにユキさんがそう言ってきたのでそのことをチョウちゃんは言ったまでなのだけど、最初のひと笑いがムダであり、それさえなければおちょくりとは判断しないしおしおきされることもなかったのだ。

「じゃあ、なんで笑ったのかな?」

 拳を握りながらチョウちゃんに視線を向けるとチョウちゃんは僕から距離をとってソファの端に移動した。

「あ~。男前やカッコいいって言っちゃダメだった?」

 ソファに座り直したユキさんは、僕とチョウちゃんの会話を聞いて申し訳なさそうに頬を掻いた。

 言ってはダメということはないのでそこまで申し訳なさそうにしなくてもいいのだけど、でも、言っておきたいことはしっかりと言う。

「いえ。チョウちゃんみたいにおちょくるように言われなければまだマシなんですけど、やっぱり女子なのであまり嬉しくはないですよね」

 僕が苦笑していると、「あ~」とユキさんも苦笑した。

「確かに。嬉しくない人は嬉しくないよね~」
「はい。僕もあまり嬉しくないと感じる人なので、次からはあまり言わないでくれると嬉しいですね」
「わかったよ~」

 すぐに頷いてくれたユキさん。

 これぐらい素直に聞いてくれる人が周りになかなかいないので、なんだか新鮮な反応に思えてくるね。

「でも、やっぱり男前って思っちゃうから我慢出来ずに言っちゃうかもしれないけど、その時はゴメンね」
「あ~。はい。それは仕方ないですし、しょっちゅう言われてるのでチョウちゃんみたいにおちょくるために言わなければ大丈夫ですよ」

 僕の言葉にユキさんはホッとしていた。

「しょっちゅう言われてるんだからそろそろそうやって言わないでって言うの止めない?」

 チョウちゃんがそんな提案をしてくる。

「止めない。さっきも言ったけど、僕にとっては言われてあまり嬉しい言葉じゃないからね。それに、ユキさんみたいにちゃんと聞いてくれる人もいるから止めないよ」
「男前~」

 早速チョウちゃんがおちょくってきた。

「チョウちゃん」
「男前~男前~」
「はぁ」

 と、ため息を吐いてチョウちゃんの方を向くと、チョウちゃんはソファの肘掛けを飛び越えてその後ろに隠れた。

「チョウちゃん。そこまで逃げるならおちょくって言わないでね」

 大きくため息を吐いていると、

「でも、ホントは男?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

バスでのオムツ体験

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
バスで女の子がオムツを履く話です

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

処理中です...